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 川上――技術的にはできるのですが、どういうアルゴリズムで筆を再現するのかというのもいろいろな特許が出ていて、それらに引っかからないようにするにはどうしたらいいのかというのが悩みどころなんですね。
 Gペンやカブラペンのようなものは、コミックスタジオの中にも機能としてあるのですが、そういう意味では、アナログでできること以上に表現の幅を広げていけるように努力を継続していかなければいけないと思っています。
 筆にしてもエアブラシにしても、既存の道具をいかにコンピュータでそれらしく見せるかという発想ですが、そうではなくて、コンピュータだからこんな表現ができる、こんなタッチが描けるというようなところにまで、本当は持っていかなければいけないと思います。アナログの紙やペン、消しゴム、カッターナイフというものを、いかにコンピュータに持ってくるかというところでじたばたしているという意味では、本当にまだ取っかかりのところなんだろうと思っています。
 
 モンキー――今までいろいろなコンピュータを見てきて思うのですが、何もかもコンピュータに依頼するのは酷だなという感じがしますね。やはり道具を使うということで、コンピュータが持っているギリギリの限界まで使えればいいかなというのが僕の考えですね。
 ワコムの社長さんとお話をしたとき、筆と同じようなペンを使えないかと言ったら、何とか研究しますという話はしていましたが、そうなるとまた面白いものができるなという感じがしますね。
 
 参加者8――うちの学校の教育を少しだけご紹介してもよろしいでしょうか。
 
 谷川――どうぞお願いします。
 
 参加者8――デッサンなどは、入ったときから徹底してきちんとやらないと、コンピュータに移行した場合、まったくできないんです。アナログの手触り、肌触り、紙触りといったものがありますが、今のコンピュータの仕事はそれらをきちんと表現するようにしようとすることであって、その前の段階で人間がきちんとできないとコンピュータを使っても意味がないんです。
 例えば、絵の具で肌色を作るときに、白と赤を混ぜて、どの程度で希望の肌色ができるかというのを自分で実験して、手を汚して描いてみないとだめなんです。前におられる先生方はまったく同じことをやられてきていると思うのですが。先ほど、同一化したデザインができるんじゃないかというお話がありましたが、基礎ができていれば同じ機械を使っても表現はまったく違ってきます。ブラシの使い方にしても流れにしても、本のページをめくっていったときの流れにしてもまったく違います。
 実際、何をやるにしても、絵が描けること自体はすごく強みだし、想像力も豊かになります。絵が描けないのは、人間としてもったいないことなんです。数学がすごくできても絵が描けない方もいるんですが、それは子供時代に遊びが足りなかったのではないかなと、本当にそう思っております。
 本当に遊んでいる子、落書きのうまい子、絵が好きだと言ったら、もう能力がある子だと僕たちは認めています。好きなことに興味があるというだけで、その人の能力が半分以上開花していると考えています。こちらにお見えになっている方たちにも、落書きをどんどん勧めてほしいですね。もちろん、公共の壁とかに描いている落書きは犯罪ですので、絶対にないようにお願いしたいと思いますが。
 絵を描くのには、写す能力と自分を表現する能力の2通りがあると思います。写す能力が良くても、絵が下手な人はいるんです。石膏像を見て描くのはすごくうまい。けれど、立っている人を上から見ている絵に直させると、マンガ家の右に出る者はいないんです。アニメーターはもっとそれができないと困ります。360度どこからでも同じポーズの視点を変えたものが描けないとアニメは動きませんから。そういうことを踏まえた上でコンピュータを開発していただければ、大変うれしいと思います。
 
 谷川――ありがとうございました。先生が教えていらっしゃるのは専門学校ですか。
 
 参加者8――そうです。
 
 谷川――結論めいたものが出てしまったのですが、残り時間が少なくなっております。
 川上さんのほうから、言い残したことでも何でも結構ですので、お願いします。
 
 川上――コミックスタジオに関して言うと、紙で、アナログでできることを、どうやってコンピュータ上できちんとできるようにしようかというのを一つのゴールに取り組んでいるところです。
 やっていて気がついたことなのですが、ちょっと絵が下手な子供でも、楽しんでコンピュータに触って絵を描いてくれる。デジタリング・データになれば、ダイレクトにいろいろな人とのやりとりもできるし、最近はインターネットを使ってすぐに発表できる。
 紙ではなくてコンピュータで描くことによるメリットが、プロのマンガ家ではなくて、学校教育の現場でもマンガを切り口にしたツール、デジタルと組み合わせることによって開けてくるところもありそうだと考えています。そういったところにも少しずつ広げていければいいと考えています。
 
 谷川――ではモンキーさん、お願いします。
 
 モンキー――やはり先ほどの繰り返しになりますが、コンピュータはあくまでも道具だと思っていますから、絵を描く基本は絶対に大事なのです。マンガの学校の講師を頼まれて行くときには、「いくらコンピュータが進んだって、コンピュータはマンガを描いてくれないよ」と言っています。人間の考え方といったものも大事だと思っています。結論としては、コンピュータを使うのはあくまでも人間だと。
 
 谷川――日野さん、お願いします。
 
 日野――コンピュータは道具にしかすぎないのですから、どういう使い方をするかによって変わってきます。それはどんなに機械が進歩しても永遠に変わらないと思います。
 
 谷川――どうもありがとうございました。
 先ほど専門学校の先生から、絵を描けないのは遊び心がなかったのではないかという話がありまして、そう言われてみればそうかなという感じがするのです。私は、絵を描けないのですが、絵を描くきっかけがうまくつかめなかったというところがあるんですね。すごく残念だったという感じがしております。
 今日のお話を伺っていて、子供たちの持っている感性をどう育てていくかで、マンガを作ったり、あるいは創作活動に携わる能力ができるのかなと。考えてみると、これは子供たちの持っている現実感というか、現実を見る目を子供1人1人が持っていることがすごく大事なことですね。
 私は、実は60を過ぎたら絵を描こうと密かに思っているんですよ。誰だったか忘れたのですが、「60になったら絵を描いたらいいよ」と言われたことがあって、それは多少自信があります。何が自信があるかというと、私は昔に行った場所などのイメージを記憶するのがすごく得意みたいなんです。何年か前に行ったレストランの椅子の位置とかを覚えているんですよ。言葉では言えないのだけれど、イメージとしては全部入ってしまっているんです。何年かぶりに会った人と話して、「なんでそういうことを覚えているの」と言われるのだけれど、何となく覚えているんです。
 子供たちも同じことだけれど、現実の姿とか光景とかを見ていく、そしてそれをイメージしていくような能力というのがあると絵は描けるものなんでしょうかね。
 
 モンキー――うーん、どうですかねえ。先ほど雲のことを言ったのですが、以前、小学校で講演を頼まれたときに、「雲を見ていると、いろいろな形になって、いろいろな絵が描ける。いろいろな動物も想像できて面白いよ」と言ったら、それから子供が絵を描くのが好きになったという話を学校の先生から聞きました。そういうきっかけというのは必要かなという感じはしますね。
 
 谷川――前回来ていただいた、ちばてつや先生は少女マンガから出発しているんですが、少女が描けてないと編集部に言われて、女の子を観察するんで2年ぐらい歩き回ったそうですね。女性の下着売場とかで、女性がどういう動きをするかとずっと見ていたら、見つかって大変な思いをしたという話をしていました。でも、やはり女性を描くのだったら、女性を見ないとだめですよね。
 
 モンキー――描けないです。写真だけではだめです。
 
 谷川――写真だけではなく、女性の動きとかを見ないと描けないんでしょうね。そういうようなことを、ちょっと思いつきました。
 今日はこれで締めさせていただきます。先生方、どうもありがとうございました。
 
(了)


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