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フォーラム本編
番組「課外授業」について
 
 谷川――本日は、ちばてつや先生と矢口高雄先生においでいただきました。NHKの番組「課外授業 ようこそ先輩」は、このフォーラムで一度は取り上げたいと私自身が思っていました。坂上達夫さんはチーフプロデューサーで、この番組の制作に最初から関わってきた方ですが、今日はご自宅で水道管が破裂したというので、少し遅刻されます。ちば先生と矢口先生については、改めてご紹介する必要もないと思います。番組をご覧になっていない方もいらっしゃると思いますし、きょうはゲストが3人だけで少し時間の余裕があるので、番組の一部を見ながら話を進めたいと思います。
 放映の順番は、ちば先生のほうが先ですが、昨年でしたか。
 
 ちば――もう一昨年ぐらいになるんじゃないでしょうか。
 
 谷川――矢口先生の番組は、今年の3月の放送でした。最初に、ちば先生の母校を紹介していただけますか。
 
 ちば――僕は引き揚げ者です。中国で小学校に入って、引き揚げるために1年間放浪の時期がありました。ひと冬の間、日本にも自分の家にも帰れず、しかも日本人は土足で中国に踏み込んでいたようなものですから、まるで石持って追われるような感じで、あっちへ逃げ、こっちへ逃げして、1年してようやく日本に帰ってきました。その後は、一時、親父の田舎の千葉県飯岡町にいましたが、小学校3年生のとき東京の隅田川のほとりにある小梅小学校に編入し、そこを卒業しました。小梅小学校は、今年80周年を迎えた歴史のある学校です。
 僕は4年前に、NHKの「わが心の旅」という、人が自分のふるさとや想い出の地を訪ねるという番組で、中国を逃げ回っていたときにお世話になった中国人を探す旅をしました。そのときと同じスタッフが、僕が卒業した小学校でぜひこの番組を撮りたいというので、小梅小学校で授業をすることになったのです。
 
 谷川――子供達がマンガを作るという内容でしたね。
 
 ちば――そうです。僕は、マンガの描き方を教えた方がいいのか、マンガについて講義した方がいいのか考えましたが、マンガではキャラクターが大変大事なのです。面白いキャラクターが見つかると、それが生き生きと動いて話が出来るのです。そこで、絵が上手い下手は関係なく、それぞれ自分はこういう人間だということを描くよう、子供達に提案しました。そうしたら、自分を格好いいヒーローのように考える子も、自分はこんな欠点があるという劣等感を持つ子も、それなりに一生懸命に自分を描きました。そのキャラクターがとても良かったので、自分たちで物語を作ってキャラクターを活かしてみようというのを、2日かけてやっていったのです。
 ただ、テーマとしてちょっと難しいかなと思いましたし、子供達も迷っているし、3日、4日かけないとまとまらないかもしれないとも思いました。しかし、ちゃんと2日で、非常に良い形で自分達のキャラクターを活かした物語を作り、起承転結の結まで持っていきました。しかも、みんなが、マンガを描くこと、自分達でキャラクターを作ることを楽しいと感じてもらえたようです。僕自身、途中でまとまらないんじゃないかと思ったときは辛かったんですが、最後には本当に充実した子供達との対話が出来たと思うし、一生忘れない思い出を持ってもらえたと思います。
 
 谷川――矢口先生にも、番組のイントロだけでもお話いただきましょう。
 
 矢口――ちばさんは、2日間で番組を撮ったということでしたね。「課外授業」という番組は、1日目の授業で、どういう目的でこの授業をするかを話して宿題を出し、2日目の授業で、宿題の成果を見るというのが、普通の作り方です。2日目の授業が、中1週間置く場合や、ちばさんのように翌日の場合もあります。
 僕の場合は、去年の10月10日に第1回目の授業をして、正月には子供達が東京にやって来て、3月に学校が閉校になるというので、最後は閉校式にそのフィナーレを飾る形でやるというように、大変長い期間で撮影しました。
 学校は秋田県にあって、増田東小学校という名前ですが、僕のいた頃は西成瀬村立小栗山小学校といいました。当時は1学年25人から35人ぐらいいましたが、20年ぐらい前に山奥の1つの小学校を統合しても生徒数の減少に歯止めがかからず、とうとう今年の3月をもって廃校になって、町の大きい小学校に統合されました。僕の授業は、最後に6年生だった子供達を対象にやりました。女性2人、男性5人の7人でした。
 20年ぐらい前に学校が統合され、遠くの子供達の通学距離が延びてから、スクールバスで送り迎えするようになりました。僕らの小学生時代には、授業が終わると先生は必ず、道草を食わずに家に帰りなさいと言ったものです。しかし、戦後間もない頃で、みんなお腹をすかせていましたから、僕らは道端でスカンポやイタドリ、秋になれば山でアケビを食べて空腹を埋め、文字通り道草を食いながら帰ったのです。
 道草は、目的の場所に行くまでの無駄な時間かというと、実は科学の場、冒険の場、ロマンの場であったりするのです。それがスクールバスの出現によって、子供達から道草のチャンスを奪ってしまったわけです。そこで、僕の授業では、みんなで道草をして、その道草で得られた成果を基に小学校6年間の思い出をカルタにして、卒業式と閉校式の日にみんなでカルタ取りをしようということにしました。
 
 谷川――今回のフォーラムのタイトルは、子供がキャラクターを作るというのはこういうことかという思いで、つけさせてもらいました。「課外授業」という番組が始まったのがいつかは正確には知りませんが、最初のときから僕は注目していました。教育の立場から見て、この番組の面白さはいくつかあると思います。
 1つは、これまでの学校というと、指導要領や教科書に規制された内容を手際良く教えていくものでしたが、そういうものとは全く関係がないことです。今年4月から小学校では総合的学習が始まっていて、ある意味では今までの指導要領とは関係のないことをやってもいいことになっていますが、それ以前からNHKの番組で、国が決めたことではなく何でもいいからやってみようと投げ掛けてくれていたのです。
 2つ目は、その小学校の先輩が先生になるところが、何とも言えず良いのです。他人ではなくて、何十年か前に卒業した先輩でこんなにすごい人がうちの学校にはいるんだということを、子供達がすごく真摯に受け止めている姿が伝わってきます。
 3つ目は、その世界の一流として現役で頑張っているOB、OGが、教え方はどうでもいいから教えている。これはすごく良いことだと思います。学校の先生はどうしても、教え方がうまくなければいけないといったことを考えますが、そういうことではなく、本物の力、本物の技術を子供にぶつけていく中で、子供達に大きい感動を与えているのです。今日のお2人の先生だけではなく、この番組には里中満智子先生も出たことがあるそうですが、こうした超一流のマンガ家の先生方がどういう授業をしたのか、子供達はどういう反応をして、どういうメッセージを受け取ったのかを、お2人にとことんお聞きしたいと思います。
 では、ちば先生の番組のビデオの一部をご覧いただくことにしましょう。
 
ちばてつや先生の授業
−自分たちのキャラクターで物語をつくろう−
 
【約30分間、ちば先生の番組のビデオ映写】
 
 谷川――ビデオを見ている間に、坂上さんが到着されました。家の方は大丈夫ですか。
 
 坂上――遅れて申し訳ありませんでした。床の上はまだ水浸しになっております。
 
 谷川――ちば先生は、小学校でああいうことをやるのは初めてですよね。子供達の印象で、予想していたのと実際との違いはありましたか。
 
 ちば――最初は、絵が苦手だ、嫌いだと言う子がたくさんいましたが、へのへのもへじでもいいし、丸の中に点を2つ描いただけでも顔になるよと言ったら、すごくリラックスして、楽しみながら自分のことを描くようになりましたね。そういう意味では、まず絵を描く楽しみを覚えてくれたと思います。
 また、6年生といえば自分を見つめる時期ですが、そのときに具体的に自分にはどういう特徴があるか、どういう欠点があるかということを描いて、自分を見つめる、人間を見つめることができたという意味で、とても良かったと思います。
 それから、番組中に出てきた僕の親友のお坊さんは、今年3月に亡くなりました。撮影当時すでにガンだったのですが、今、そのことを思い出してしまいました。
 
 谷川――ちば先生は、表情が少年ぽいというか、素直な表情をされるので、子供達もそういう表情に刺激されて素晴らしい表情をしているし、小学校の先生でもなかなかああいう授業はできないなと思いました。授業のストーリーそのものは、NHKが作っているのですか。
 
 ちば――プロデューサーやスタッフの人たちと事前に何度も話し合いましたが、どういうことをすれば子供達のためになって、番組としても面白くなるかということで、良いアイデアをたくさん出してもらいました。
 
 谷川――矢口先生、ご覧になってどうお感じになりましたか。
 
 矢口――僕は、ちばさんのこの番組は初めて見ました。僕の授業とは好対照です。彼の学校は6年生の1クラスが38人、僕の学校は生徒数がたった7人。山奥の、純朴で、自己表現のへたくそな、賑やかでない生徒達。そのうち1人の女の子は自閉症でした。今のビデオを見ていると、みんなが溌剌として生き生きと話し合っていましたが、僕の方では活発な話し合いはありませんでした。
 去年の10月に行って、まだ山が紅くなり始めた頃でしたが、道草をしてふるさとの秋を見つけよう、そして、自分達が過ごしてきたふるさとがどういうものか、ふるさととは何かというテーマでカルタを作ろうという宿題を出した。ところが困ったことに、自分達は毎日見慣れているためにふるさとがよく分からない、ということになったんです。では、客観的に見るために東京に道草してみたらという提案を僕がして、7人はチケットを買うところからまったくの自力で東京にやってくる。渋谷の駅頭で、ポケーッとしている姿が何ともユーモラスでした。ちばさんの番組を見ていて、両極端の「課外授業」ではないかと思いましたね。
 
 谷川――フロアの方から、感想でも質問でも何でもいいですから、ご発言いただけませんか。今日は金曜日だというのに、学校の先生が何人かお見えになっています。ちば先生がいらしたことのある、飯岡の先生もいらっしゃるようですが、ご意見を伺わせてください。
 
 参加者1――私も一緒に来た友人も飯岡の出身です。小さい頃、題名は忘れてしまいましたが、ちば先生のマンガを読んでいて、これは絶対に飯岡のあの坂だとか、灯台の辺りだとか思う場面があったのですが、飯岡の風景も使っていただけましたか。
 
 ちば――中国から帰ってきてから、たった1年間ですが飯岡小学校に通っていました。平屋の木造校舎で、あちこちのガラスがないような状態でしたね。僕は大陸育ちで海を知らなかったし、あのとき初めて海のそばに住んだんです。そこで海を刷りこまれたものだから、その後、僕のマンガに出てくる海は全部飯岡なんです。
 
 参加者1――ちば先生がそのまま飯岡小学校を卒業してくれたら、私の姪や甥が「ようこそ先輩」でマンガを描いていたかなと思いながら、うらやましく見せていただきました。飯岡では、灯台と海水浴場の2ヵ所にジョーと力石の石像があります。
 
 ちば――町の人がそういうことをやってくれたらしいですね。著作権とかいろいろなことがあるので、本当はいけなかったようなんですが、僕も気がつかないうちに作っちゃったんですよ。しかも、「あしたのジョー」の絵から取ったのではなく、どこかの郵便局か銀行が景品として出した、かわいらしい貯金箱をモデルにして作ったらしいんですね。まだ見たことがないんですが。
 
 谷川――教師の立場として、この授業をどうご覧になりましたか。
 
 参加者1――楽しいですね。私達は、どうしても指導案通りやらなければいけないとか、丁寧にやらなければ、正しい言葉遣いでやらなければなどと思うので、子供が「ちばっち」などと言うと、どうしてあの子はあんなことを言うんだろうとハラハラしちゃいます。
 
 ちば――特に給食を食べてから、友達になってしまいましたね。僕のことを「ちばさん」とか「先生」じゃなく「ちばっち」ですよ。だけど、それはすごく嬉しかったです。
 
 参加者1――私も教室にゲストが来てくださると、一緒に給食を食べてくださいと言うんです。給食のまずさも知って欲しいという気持ちもありますし。子供はやはり、一緒に食べると和やかになりますね。
 
 ちば――子供が描いたキャラクターの中に、額のあたりにぷっつんぷっつん血管が浮き出ているのがいました。とても可愛い子なのですが、自分は殺し屋になりたいと言うので、どうしてだろうと思っていたのですが、2日間にわたって調べてみたら、ちょうど親が離婚騒動で大騒ぎしていて、その子は非常に怒っていたんです。自分の家庭の不幸、親に対する怒りなどが、ああいうふうなキャラクターの絵に出たりするんですね。
 
 谷川――ありがとうございました。ちば先生の素晴らしい授業に拍手をお願いします。
 続いて、矢口先生の授業を拝見したいと思います。


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