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 参加者3――宮崎駿さんが、日本のマンガ、アニメのレベルが落ちてきて、暴力とセックスばかりを描くようなものになっている、と言っています。ジャパニメーションという言葉も、海外ではそういう意味で使われていることが多いそうです。自分の作品はそうではないというのですが、こういう批判に対してはどうお考えになりますか。
 また、宮崎さんは、人工的な社会になってきて、子供たちはマンガを読み、アニメを見、ゲームをして、テレビを見て、携帯で遊んでいるが、そういうことをしているのはおかしい、と言っています。つまり、非常に逆説的ですが、自分の作品を5回も10回も見るような生活を、子供たちはしてはいけないと彼は言っているわけです。そんなものを見ている暇があったら自然の中に遊べと言うのです。これは、ビニールハウスの作物を食べずに、野生の作物を食えという議論と似た議論だと思いますが、こういう彼の問題意識についてはどう思いますか。
 
 参加者4――このフォーラムの目的は「教育現場にマンガ・アニメーションの表現力を採り入れて豊かな人間を育てたい」ということですが、「毎日中学生新聞」の前回のディベートを紹介した記事で谷川先生は、マンガを使った授業が広がらないのは現場で教える先生の中に抵抗があるから、とおっしゃっています。ところで、前回出られた筑波大学附属小学校の先生の話が印象に残っているのですが、教科書の中にマンガを入れようとして、あるアニメ会社にお願いしたところ、断わられた。断わる理由は、マンガは子供の娯楽であって、自分たちは子供たちに娯楽を供給するために作っているが、教科書に載った時点で娯楽でなくなるから載せたくない、と言われたそうです。その辺についてのコメントもいただきたいのですが。
 
 谷川――その会社は宮崎駿さんのスタジオジブリです。それについては後で私がコメントします。
 
 参加者1――団体から反対運動が起きるという私の話に関して、荻野先生からお話がありました。90年代のポルノコミック問題について、和歌山県田辺市の例は私も承知していますが、もう1つ東大阪市にある宗教団体に本部を置く母親中心の会が全国的に活躍したと聞いています。
 また、東京都の報告書は私も読んでいますが、1か月間に出たマンガのこま数を学生が調べて、男性が上で女性が下の絵が多いという数字を出したというのです。ただし、この調査では、女性作家がどれほどいたかという視点が落ちていました。かなりの女性作者がいたはずです。
 
 谷川――では、先生方に、これまで提起されたいろいろな問題をフォローしながら、3、4分ずつお話いただきたいと思います。
 
 馬居――宮崎さんの言われることはよく分かりますが、宮崎さんはきれいごとすぎるので、私はあまり好きではありません。できるならそうしてみたら、と言うしかありませんね。できないから、みんなこうしている。トトロの世界が典型ですが、あの世界に帰れるなら帰ればいいのですが、誰にもできないから、あのアニメを見るのです。彼が批判するマンガの世界があるからこそ、彼のアニメの世界が輝くわけです。もし、みんなが彼と同じ世界を描いたら、彼の世界も普通の世界になってしまいます。自然の世界に戻れないなら、戻れないなりの準備をするしかありません。今の子供たちは、そのまま自然に帰したら死んでしまうと思います。
 東京都の調査はサンプルに非常に問題がありますし、あの指摘にはあまり賛成できません。ただし、人権の問題は、特に絵の場合には、非常にしんどい問題が出てくると思います。
 マンガの可能性ということで、韓国と日本のマンガ家が、日本の原作者を得て1つのマンガを同時に描いています。韓国側の出版社の社長が友人で、その苦悩を話してくれました。これまでも翻訳はあって、互いの国に支障がないように変えていたのですが、一緒に作っていて、しかも毎週ですから、ものすごいしんどい作業だと思います。しかし、だからこそ新たな文化が生まれるともいえますが。
 マンガの特色の1つとして、見て瞬時に頭に入ってくるということがありますが、長い時間読み続けられるのはそれと関わっているのではないかと思います。そういう世界で、異質なものがぶつかり合いながら物を作っていく作業が始まっているということは、これからの新しい可能性を探っていくことになるのではないかと。そういう意味で、人権の問題も、宮崎駿さんの話も、異なる意見がぶつかり合いながら、読者の世界に繋がっていくようなものをどう描けるかが、たぶん本当の意味での影を伴った光ではないかと思います。
 
 荻野――かつてはストーリーマンガとしては「少年マガジン」「少年サンデー」など週刊誌は数が限られていて、有名なマンガはだいたい決まっていたので、子供向けとして出ているマンガはほとんど読めました。ところが今は、雑誌だけでも膨大な数だし、様々なタイプ、子供向けから大人向けまであって、表現もいろいろある。つまり、マンガ自体もジャンルとして多様化しているので、その特定の部分だけを取って議論するのは極めて難しい状況になっている。いろいろなマンガがあるということは、マンガという文化が成熟してきている証拠です。これからはそうした複数形のマンガがあることを前提にして考えなければいけない。例えば宮崎駿だけが良くて、暴力表現の多いものはダメとするのは、極めて非現実的なことだと思います。
 イメージ教育に関して言えば、マンガというジャンルの多様性を十分に理解していないがゆえに、なかなかうまくいっていないようだ。私も大学のゼミでマンガを使ったりしているが、うまく使うことはなかなか難しい。学生の発表でもマンガを使いこなしている例は少ない。それは小学校、中学校でも同じだと思う。私の友人が教科書に書いた、マンガについての文章を送ってくれました。5年生の国語ですが、「マンガの文法」というテーマで、マンガはどういう独自の表現を持っているか、マンガを使ってどういう勉強ができるのかまで書いている。しかし、それを見て学校の先生がどうやってうまく授業ができるのか、私は小学生を教えたことがないので分かりませんが、もし自分がやらされたらかなり難しいところもあるのではないかと思います。
 東京都の報告書については、性の商品化という主張は別にして、調査の仕方にかなり問題があるので評価することはできません。女性作家がどのくらいいるかというのは、また別の問題になるのではないかと思います。もしかすると、マンガ家として売り出す時に、女性でもレディスコミックに描いたらすぐに出られるということがあって、本人たちが喜んで描いていたかどうかは分からない。個人的にそういう作家を知っているわけではありませんが、何かで読んだところでは、そういうことを言っていた人があります。
 マンガは非常に多様化しているにもかかわらず、まだ社会的にあまり認知されていなかった時代を引きずっていて、マンガといえば一括りにして論じてしまう傾向があるので、それをいかに変えていくかが重要だと思います。
 
 犬木――私はこれからも、自分で好んで、ダークなダークなホラーマンガを一生懸命に描いていこうと、改めて思いました。
 
 日下――有害という話が出ましたが、子供にとって有害なのか、先生にとって有害なのか、社会にとって有害なのかが問題です。先生にとって有害というのは、きっと自分の話よりも面白いからでしょう。それから先生はどうコメントしたらよいか分らないから、持て余すのでしょう。子供に対して、このマンガはここを汲み取りなさい、ここはダメですよと、コメントできないいらだたしさで、有害図書にしてしまえということではないかと思いますので。それでは、先生がコメントしやすいように、虎の巻みたいな版を別に作ってやればいいんじゃないかなと考えます。
 子供にとって有害というのは、年齢ですね。あまり早く読ませるものではないでしょう。昔は兄弟がいて、兄さん、姉さんが半分消化したのを読んでいたから、害が少なかったのではないかと思います。そういう予備運動なしに、いきなり読むのは可哀相だ。そんなふうに、いろいろなことを思っていました。
 
 谷川――先ほどの教科書に関するご質問にお答えしておきます。前回、国語の先生が教科書にジブリの作品を使いたいと思って頼みに行ったけれど、断られたという話がありました。実は私たちも社会科の教科書に使いたいと思って頼みに行って、やはり断られているんです。その時の理由は、教科書というのは子供が選べないからだと。つまり、マンガにしろアニメにしろ、子供が自分で好きなものを選ぶところに意味があるのであって、教科書に載ると一定の価値が付与されて、このキャラクターはこう読みなさいとなってしまうというのです。その理屈は、よく分かります。マンガといえども、第三者――教師、国家、特定の団体などが、良いか悪いかを決めるのではなく、消費者としての読者が自分で見極めて選んでいくことが一番重要だし、それが日本のマンガ文化を生んだ一番大きい理由だったと思います。アジアマンガサミットを数年やってきて、そこでいつも言われてきたのは、国家が介入して規制をせず、国民が自ら考えて今のマンガを作ってきたところに、日本のマンガ文化の幅広さがあるということです。
 学校現場で抵抗があるというのは、学校の方にも考えてもらわなければならないことがあります。例えば、授業でマンガというと、先生自身の価値観で教えられてしまいそうです。子供も大人も、自分が好きなマンガを選べばいいのであって、嫌いなマンガをいやいや読まされるのはスジが違う。自分たち自身が選択していく中で自らの文化を内在させていくことが、マンガでは可能なのではないかという感じがします。
 今日は、中身の濃い議論ができました。ありがとうございました。


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