日本財団 図書館


台北国際図書展
東京財団主催シンポジウム
「心に残るこの一冊」
二〇〇二年二月二十三日(土)
於:台北国際会議場(TICC)
 
はじめに
 東京財団は二〇〇二年二月十九日より二十四日まで台北世界貿易センターで開催されました台北国際図書展TIBES二〇〇二「日本年」に協賛致しました。
 
 この図書展では、台湾と日本の事務局共催で「日本年」関連の催事として十四のシンポジウム、講演会等が開催されました。その中で、東京財団の企画で行われた四つのシンポジウムの一つ「心に残るこの一冊」の内容をまとめたのが、この報告書です。
 
 人々が自分の力で生きるために、書物によって人生の指針を得るということがあります。シンポジウム「心に残るこの一冊」では素晴らしい出演者の方々に、これからの国家、社会を担っていく人々へ向けて、ご自身の経験から書物と人生の指針についてご提示いただきました。
 
 このシンポジウムの内容をご報告すると同時に、多くの方々にお読みいただき、これからの国家、社会、教育を考えていくための参考にしていただければ幸いです。
 本報告書を刊行するにあたりまして、事業資金を助成していただきました日本財団に感謝いたします。
 
 2002年10月
 東京財団
 
出演者
司会:
中嶋嶺雄
(アジア太平洋大学交流機構UMAP国際事務総長・前東京外国語大学学長)
/『水の上』(モーパッサン著)
 
パネリスト:
李 登輝(前台湾総統)/『衣裳哲学』(トマス・カーライル著)
金 美齢(台湾総統府国策顧問)/『台湾論』(小林よしのり著)
日下 公人(当財団会長)
/『恋愛と贅沢と資本主義』(ヴェルナー・ゾンバルト著)
 
(敬称略)
 
パネリスト紹介
 ただいまより、シンポジウム「心に残るこの一冊」を開始いたします。
 はじめに李登輝前総統でいらっしゃいます。(拍手)
 続きまして、総統府国策顧問の金美齢先生です。(拍手)
 続きまして、東京財団会長の日下公人です。(拍手)
 本日の司会進行は前東京外国語大学学長、現在は、アジア太平洋大学交流機構UMAPの国際事務総長でいらっしゃいます、中嶋嶺雄先生にお願いいたします。(拍手)
 中嶋先生、よろしくお願いいたします。
司会(中嶋)】 皆さん、こんにちは。中嶋でございます。
 今、外で行われている国際図書展を見てまいりました。これを日本で、あるいは世界の他の都市でやることができるだろうか。それを考えると台湾の方々がいかに本好きか、いかに知的な生活を送っているかということがわかります。かねてから、私は存じておりましたが、読書を通じて、極めて知的な生活空間を持っていらっしゃるのが台湾の皆様であり、しかも、若い人が非常に多いのです。その事に大変驚くとともに、大きな希望を抱いております。この国際図書展の一環として、今回の討論会を開くことになりました。おそらく皆様方も、こういう本をお持ちでしょう。今日はここにいらっしゃるパネリストの方と共に、『心に残る一冊』について、語り合ってみたいと思います。
 まず、李登輝総統については、皆さんご承知なので一言だけ申し上げます。私の見る限りの李総統については「ミスターデモクラシー」、「民主の父」などいろいろの形容ができるんですが、李総統との長いご厚誼をいただく中で、もしもその中で一つをとるなら「世界一の読書人」です。
 次に金美齢さんは大変な人気です。日本でも非常にファンが多いのです。昨日も一緒に、李総統と卓を囲みまして、私はこれは夢のようだと思いました。金さんが李総統と一緒に台湾にいるという意味、それは本当に台湾が民主化されたということで、李総統の民主化にかける決意のたまものだと思います。
 一方、女性の論客というのは往々にして醜いもので、そういう人が、最近日本でいろいろ話題を投げかけました。ところが金美齢さんは日本でも論客として出てくると爽やかで、徹底的にやっつけるのです。金美齢さんは、字のごとく、美しく若々しいのです。
 それから、東京財団会長というのは、ちょっと肩書が堅苦しい。日本では日下公人といえば、難しいことも易しくなり、知性や理性をソフト化するという大変な技をお持ちの大評論家、知識人であります。この人にかかると、どんな難しい議論もうまく解けて、聞いているとそのうちに納得するという日下さんをご紹介します。(拍手)
 私自身については、あまり申し上げる時間がないのですが、長い間、「アジア・オープン・フォーラム」でも、日本と台湾のきずなを強くするために努力させていただきました。
 これらのパネラーの方々に「心に残る一冊」をご紹介いただきます。まず、李登輝先生からトマス・カーライルの『サーター・リザータス』、日本語版で『衣裳哲学』についてお願いいたします。
 それでは李登輝先生、お願いします。(拍手)
 
『衣裳哲学』(トマス・カーライル著)  -----  李 登輝
】 ただいま紹介を受けました李登輝です。日下会長、中嶋先生、金美齢女史、会場の皆様、本日、台北国際図書展並び会議に招かれて、「心に残るこの一冊」これを紹介する機会をいただくこと、無上の光栄と存じます。
 私の若き時代の魂の遍歴に最も大きな影響を与えてくれた本を三冊ぐらい挙げよと言われれば、躊躇なくゲーテの『ファウスト』、倉田百三の『出家とその弟子』、そして、ご報告いたしますトマス・カーライルの『衣裳哲学』を挙げます。前に何度も申し上げましたが、私は若い十五、六歳のころから、自分の内面、つまり、小宇宙を見つめ続けてきました。そして、「人間はなぜ死ぬか」「生きるとはどういうことか」というようなことばかり考え続けてきました。そして、そういうような死生観にまず真っ向から答えてくれたのがトマス・カーライルの『衣裳哲学』であったのです。今申し上げました三冊の本の中で、トマス・カーライルの『衣裳哲学』を、私は一番初めに読み、そしてそれによって影響を受けました。現在の私の中には、そのときに受けた思想の影響は依然として存在しております。
 台湾が日本に統治されていた時代、その年代に当たる台湾の中学生や高校生たちは、「死とは何か」「生とは何か」「人生はいかに生きるべきか」というようなことばかり考えていたようです。私が台北高校時代に非常に感動した、学校でテキストブックとして使ったトマス・カーライルの『衣裳哲学』という作品は、英国の小説家であり、評論家でありますトマス・カーライルの書いたもので、実に深遠な人生哲学を含んでいます。「トイフェルスドレックという教授の生活と意見」という副題にもあるように、架空のドイツ人教授の著書を紹介するという形で書かれた一種の象徴論です。
 一八三六年にアメリカのボストンで単行本として刊行され、続いて一八三八年にイギリスで刊行されました。この書物はイギリスで出版されるときには、出版屋から拒絶されまして、アメリカのボストンで初めて出版化され、二年遅れて、イギリス、ロンドンで刊行されました。
 書物全体は三巻に分かれており、表題となっている『サーター・リザータス』と言うのはラテン語で「つぎはぎの仕立屋」という意味です。つまり、衣服をつくる仕立屋の意味です。日本語で『衣裳哲学』と翻訳されましたが、これは宇宙のあらゆる象徴、形式、制度はしょせん一時的な衣裳、つまり、被服にすぎず、動かぬ本質はその中に隠れているというものです。人間というのはたくさん違った服を着ていますが、実際、心にあるものは何かというのは案外わかっていないんです。それがいわゆる『サーター・リザータス』、これを多面的に例証したのがトマス・カーライルです。
 経済学に至っては、最後にヴェブレンのいわゆる「衣服の経済学」という問題が出てきます。殊に女性がいろいろな服をつけるのは、効用を増すためにやるのですか、という問題から出発しまして、経済学の基本理論にいろいろな疑問を投げかけたものです。我々が衣服を着る、新しい服を着ることによって効用がどうかしたということは間違っているのです。女性に至っては服というのはプライドを示し、ある程度の個人的な、虚栄というもの、見せるために服をつけているということになります。ここに経済学の理論の問題が発生します。カーライルのこの『衣裳哲学』というのは、そのような意味において、経済学にも微妙な影響を与えているものではないかと思います。
 私がこの書物を読んで、本当に心に残った部分というのは、トイフェルスドレック教授を紹介した自叙伝第二巻です。第一巻と第三巻は単なる評論ですが、本当に我々に役立つのはこの第二巻です。実は、第二巻はカーライル自身の精神的な自叙伝であり、全巻が大体十章に分かれていて、美しい文体でロマン主義的な魂の苦悩とその超克を語った三つの章、つまり、「永遠の否定(Everlasting No)」と「無関心の中心(Center of indifference)」と「永遠の肯定(Everlasting Yes)」、これらがこの十章の中における最も華々しい、私が今語るところの「心に残るこの書物」のエッセンスです。
 簡単にこの三つの章の内容について説明しましょう。説明するに当たりまして、この書物を大分引用しましたところがあります。非常に難しいもので、家内が私の書いた内容を五回ぐらい読みまして、初めて了解したものです。この内容を皆さんに一々紹介するのは大変ではないかと思いますけれども、簡単にこれをまとめまして皆さんに紹介したいと思います。ここから何が得られたか、そして、これがなぜ私の心に残る本となったかも私は最後に述べなければなりません。


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