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歴史と協働力
 東京財団はこの度、イラクのサマーワ地区の宗教家、医者、小学校の先生七人を日本に招待した。
 小泉首相、石破防衛庁長官、小池環境大臣と面会し、日本のマスコミにも自分達の考えを発表した。
 
 お世話をした感想の一つだが、今イラクの人達には“国”がない。いつ自分達の国ができるか定かでない。
 それでも民衆の毎日の生活は部族長や宗教家を中心にしてつづいている。
 国家があったときはフセインの独裁政治に苦しみ、国家がなくなったときはアメリカの占領軍がいる。
 自分達の手で立派な国家をつくりたいが、宗教や部族の対立がある。
 国家がないことのマイナスは、防衛、治安、社会資本、近代的施設の運営、経済活動の展開ができないことだが、しかし、人々の生活は五千年の昔からつづいていて、民衆レベルの文明の偉大さはわれわれの想像を超えるものがある。
 
 今月のテーマは、“協働力”だが、身近な生活をめぐる人々の協働力は何千年もの歴史と共に備わっている。
 だが近代文明的な協働力はない。
 彼等が日本の高度な文明生活をみて、こんな病院が欲しい、こんな上下水道が欲しいと思うのはもっともだが、それらが機能する社会にはそれなりの協働力をもった人間がいなくてはいけない。
 
 日本は国づくりをまず教育からはじめた。
 戦後独立を果たした多くの国が、「人づくりは軍がする。軍が教育機関だ」と言っていた。
 国の近代化は軍事独裁化からはじまるのが通例で、軍隊は協働の実を如実に体験させてくれるのである。それを卒業してはじめて経済発展がはじまるのだが、今のイラクはその段階だと言えるのだろうか。
 
 イラクには日本の援助で建設した立派な病院が十三もあるが、一部は機能していない。
 その復旧は日本の仕事かどうか。
 日本人の考えは、
一、それは「復興援助」と言える。
二、それは「人道支援」にあたる。
三、費用は安いものだ。
 だが、こういう安易で一人よがりの態度でいいのだろうか。
 先方でも心ある人は自力更生が大事だと考えている。それを発見したのは今回サマーワの方々から得た大きな収穫だった。
 
 日本とイラクの関係について、日本の“協働力”の精神が問われている。
 日本は確かに「国内の相互協働力」では世界最高のものを完成したが、それをそのまま海外にも適用しようとするのは幼児的である。
 相手をスポイルする恐れがある。
 イラクの宗教家は、日本と交際するとその危険があると肌で感じて帰ったように思う。
 「日本人は親切すぎる。幼児的である。それが今後イラク人に伝染するのではないか」
 
 日本人はもっと崇高で偉大な精神を何か語らねばならない。
 それが、今必要な「国際的協働」である。
(二〇〇四年七月「協働力」)
 
宇宙戦艦ヤマトに見る転換力
 今月号のテーマは、“転換力”である。
 
 転換力というと私は“宇宙戦艦ヤマト”を思い出す。
 松本零士さんはあの物語をつくったとき、何か日本人が大活躍をする物語をかきたかったにちがいない。
 
 大活躍には戦争場面がよい。しかし日本人の心は徹底的に平和である。
 そこで戦争目的は地球防衛で敵は宇宙からやってくるか、または人類自身がもっているおろかさとなる。
 
 ここまでは誰でも考える。
 アメリカはもちろんアジアの新興国でもそういう物語をつくりたい人はたくさんいたが、問題はその突然大活躍をするパワーの淵源の説明である。新興国の多くにはそれがない。
 
 その点、有難いことに日本にはその昔、世界最強のパワーをもった歴史がある。
 それは太平洋の海底に眠っている。
 巨大戦艦の大和である。
 
 それを復活させて宇宙に飛ばそう・・・と思いついたのはこれぞたいへんな“転換力”である。
 この転換力だけであのアニメの成功は半分以上約束されたと思う。大和なら巨大なパワーと大活躍のシンボルとして世界が認めてくれる。
 
 日本にはこうした宇宙的大活躍物語のタネに使える歴史的遺産があるとは大したことである。
 遺産は海底に眠っていたから、まさに日本の力である。・・・とは駄洒落に近いが、それが松本零士さんの“転換力”によってはじめて水面上に出たのである。
 
 この例はいろんなことを教えてくれる。
一、日本には意外な底力がある。
二、画期的な新目的を設定すると底力が水面上に浮上してくる。
三、そのとき、固定観念を一掃して、戦艦を宇宙ロケットに大改造するような力が転換力である。
四、現在の日本には底力はあるが転換力がない。
五、それは「地球を救う」という発想がなく、「国際祉会に貢献する」という程度に自分を縛っているからである。
 
 イラクでは三大宗教が千年も前から対立や共生をくり返している。六大文明か、五大文明か、その数は学者によってちがうが、世界の文明が武力をもってイラクで何度も戦っている。
 その地にはじめて日本文明が自らの武力をもって参入した。千年に一度の世界史的な大事件だが、日本にはその準備がなくまた自覚も覚悟もない。
 
 しかし、世界は「地球を救う」的な発言を日本に期待している。
 日本には新しい世界史を今からスタートさせる底力があるからである。
 
 われわれが今もっている派遣目的は「復興支援」と「人道援助」だけだが、それしかしないとは世界史上前例がない画期的な武力派遣である。日本は「自己転換力」の発揮を最小限にしているからでそれもよいと思うが、もう一歩踏み出すこともできる。たとえば「日本は油田を支配する」と言ってみてはどうか。世界はきっと安心する。
 
 日本は公正で公平な国で、必ずや人類共通の資産である地下資源を有効に分配するシステムをつくるだろうと喜ぶ。・・・と考えるのは発想の“転換力”である。
(二〇〇四年八月「転換力」)


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