2. ドメスティック・バイオレンス(DV)のさまざまな形態
DVは、さまざまな暴力の形をとって現れます。1つの形だけでなく、それぞれが複雑に絡み合って、被害者を身体的にも心理的にも追い詰めていくところに、DVの恐ろしさ、DVからの逃れにくさがあります。支援をしているうちに、「なぜこの人は、早く夫の元から逃げ出さないのだろう」「せっかく家を出たのに、どうして戻ってしまったの」といったように、被害当事者に対する疑問が沸き起こることが少なからずあるでしょう。そうしたときに、もう一度このぺージに戻って考えてみましょう。
DVの形態として、どのテキストにもまず登場するのが、この「身体的暴力」です。身体的暴力には、次のようなことが挙げられます。
げんこつで殴る、足で蹴る、平手で打つ、髪の毛を引っ張る、押し倒す、けがを負う可能性のある物で殴る、凶器を身体に突きつける、引きずり回す、首を絞める、物を投げつける、腕をよじる、頭を壁に叩きつける、など
DV防止法において、「配偶者からの暴力」はまず、「配偶者からの身体に対する暴力(身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの)」と規定されています。
身体的暴力は、突如、何の前触れもなく振るわれることがほとんどです。加害者の多くは、「お前が俺を怒らせたからだ」と理由をつけますが、概して、被害者の方は、あまりにさ細なことで、暴力を振るわれる“脈絡”が理解できないことが多いのです。圧倒的に力の差がある男性から、突然、それも激しい暴力を振るわれた場合、女性は抵抗しても無駄だと思うようになり、無力感に襲われます。暴力の予測がついても、次第に身動きが取れなくなることがまれではないのです。
身体的暴力は、即、命の危険にかかわることが多くあります。相談の際には、どのような暴力をどれぐらいの頻度で受けているか、最近振るわれた暴力はいつ、どのようなものであったか、病院で診てもらったか、診断書は取っているか、など、あせらず、しかし、きちんと聴き取るようにしましょう。命の危険を感じるときには、とりあえずその場を離れることが大切です。近くの交番や、夜遅くでも逃げ込める近所の場所(コンビニやガソリンスタンド、など)を頭に入れておくことも忘れずに伝えましょう。けがをして病院に行けない場合でも、インスタントカメラなどで写真に残しておくと、後々、保護命令の申し立てや離婚調停、あるいは裁判になったときに役立ちます。携帯の画像などは、消去されたりする可能性が高いので、できればデータを別に保管するとことが必要ですが、夫はそうした情報の保管や漏えいに敏感ですから、見つからないよう気をつけなければなりません。
2004年のDV防止法改正において、身体に対する暴力に準ずる「心身に有害な影響を及ぼす言動」も、「配偶者からの暴力」に含まれるようになりました。
精神的暴力に含まれる具体的な行為には、次のようなことが挙げられます。
大声でどなる、命令口調でものを言う、別れたらどこまでも追いかけてやると脅す、暴力を加える素振りをする、他人の前でば声を浴びせる、被害者が大切にしているものを捨てる、付き合いを制限したりチェックする、子どもに危害を加えると脅す、被害者の親・きょうだいに危害を加えると脅す、誰のおかげで生活できているのだと言う、無視する、ペットを痛めつける、など
身体に直接的な危害は加わりませんが、たとえば、包丁を壁に突きつけられたり、大切にしていた洋服などを目の前で破り捨てられたりすれば、目の当たりにする被害者は、心に大きな傷を受けることになります。「絶対離婚はしない」「別れるなんて言い出したらただで済むと思うな」といった脅しが継続し、周囲との人間関係が加害者によって故意に断たれるようになると、「この人からはどうせ逃げられない」「私はどうせ何もできない」と思い込むようになり、被害者の孤立感が深まり、無力感に陥ることもまれではありません。
加害者の言動により、がんじがらめに縛られた被害者の心を紐解くことは、決して簡単ではありません。心理的なストレスから、不眠、フラッシュバック、激こう、などの身体症状を呈することもあります。どのような行為が、被害者を精神的に追い詰めているのか、ゆっくり聞き出し、身体的な症状が深刻な場合には、心療内科などの受診も勧めましょう。
身体的な暴力と違い、傷などの写真は残せませんが、いつ、どのような状況でどのような言葉を言われたか、簡単でも良いので、メモを取っておくことは大切です。記録を取ることで、自分の混乱した感情を整理し、自分が悪いのではない、と気付くことができるからです。こうした記録の保管には、くれぐれも注意しなければならないことを、併せて伝えましょう。
DVの調査によっては、「精神的な暴力」に含むとらえ方もありますが、経済的な暴力は、被害者の自立を阻む大きな要因となっています。
経済的暴力には、次のようなことが挙げられます。
生活費を渡さない、仕事に就かせない、勝手に借金を重ねる、給料をギャンブルなどにつぎ込む、被害者の名義で借金する、自分は仕事をしないで被害者にだけ働かせる、最低限の生活費を渡しレシートやつり銭を細かくチェックする、など
結婚後、長年仕事を離れていたり、子どもが幼いために就労できない状況もよくありますが、加害者は、被害者の自立を恐れているので、わざと仕事に就かせない、というケースも多くあります。そのような場合には、最初から長時間の仕事に就くことが無理でも、パートなどで週に何日かずつ働くような形から始めることを一緒に考えてみましょう。
就労することが短時間でも可能になれば、外の支援ともつながりやすくなり、また、自立の準備を少しずつしながら、自信を取り戻すことにもなります。しかしながら、被害者の状況はさまざまですから、可能性を探りながら、慎重に進めることが大切です。
消費者金融などからの借金が多額になっている場合は、借金の件数、名義人元金の総額、月々の返済金額などを整理し、弁護士や司法書士に依頼して解決していく方法もあります。一人で抱え込まず、問題点を整理しながら解決を図っていけることを伝えることが重要です。
DVの電話相談を受けていても、最初から性的な暴力を訴える人はほとんどいませんが、DV被害者の多くが、他の形態の暴力だけでなく、性的な暴力も受けていることがさまざまな調査で明らかになっています。
性的暴力の行為には、次のようなことが挙げられます。
性的行為を強要する、妊娠の中絶を強要する、避妊に協力しない、見たくないのにポルノビデオや雑誌を見せる、など
性的な暴力は、それ自体、被害者に大変な屈辱感を与えていることが多いので、なかなか相談の場にも表れてきません。無理やり聞きだす必要はありませんが、もし、口を開いてくれたときは、真摯に受け止めなければなりません。
加害者は、被害者をいつまでも自分の元につなぎ止めておく手段として、性的関係を強要し、避妊に協力せず、被害者に妊娠を繰り返させるケースもあります。電話相談を重ねてきた被害者が、いよいよ家を出ようと決心したとき、妊娠していることが分かって家を出るのをあきらめるケースも少なくありません。
1994年、エジプトのカイロで開催された国際人口開発会議において、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」という概念が提唱され、日本でも徐々に広まりつつあります。性と生殖に関する「健康」と「権利」を表しているこの言葉は、「安全で満足できる性生活」を営むことが健康であり、「子どもを産むかどうか、産むとすればいつ、何人までを産むかを決定する自由」を、誰もが持っていることを意味しています。被害者の身体と新しい命を、できる限り守っていくために、支援する側には医療機関や保健センターとのさらなる連携が求められています。
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