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新規範発見塾(通称 日下スクール) vol.26
本書を読むにあたって
「固定観念を捨て、すべての事象を相対化して見よ」
―日下公人
 これからは「応用力の時代」であり、常識にとらわれることなく柔軟に物事を考える必要がある。それには結論を急がず焦らず、あちこち寄り道しながら、その過程で出てきた副産物を大量に拾い集めておきたい。
 このような主旨に沿ってスクールを文書化したものが本書で、話題や内容は縦横無尽に広がり、結論や教訓といったものに収斂していない。
 これを読んだ人が各自のヒントを掴んで、それぞれの勉強を展開していただけば幸いである。
(当第26集は、2006年2月から3回分の講義を収録している)
 
KUSAKA SCHOOL
 
第113回 特別大きな世界展望 PART1
(二〇〇六年二月二十三日)
国民意識の新たな変化
 世の中の流れはどんどん変わっておりまして、その風向きをずっと延長して、なるべく壮大な物語をつくろうではないかということを試みます。
 というのは、このところ壮大な物語が日本中まったく供給不足だからです。皆さまは、さぞや政治の裏話を聞けるかとお思いでしたら、申しわけありません。今日はそういう話はしません。
 経済の話をいたします。これは私のやり方ですからお許し願いたいのですが、みんなが経済の話をしているときは、私はしない。みんなが政治の話をしているときは、外交や防衛や経済の話をする。つまり皆さんの知識の補いになるサプリメントのような話をしたいのです。「これがディナーだ」とかの大それたことは、言いたくないのです。
 今までこの新規範発見塾で、政治というよりは、外交・防衛の話を多くしてきたのは、経済のほうはあまり動きがなかったからです。
 一%ぐらい上がったか下がったか、そんなことなら国民はほんとうは気にしていない。しかし昔からの惰性で「取次業者」というのがいて、経済新聞はそれを載せていれば今日一日済んだと思う。国民が聞きたいのは「底割れはあるかどうか」だけで、「あるぞ」と言うと本が売れました(笑)。しかし、なかなか来ない。さあ、どうなのかというわけで、このごろは「底割れはないぞ」という本が売れるようになりました。
 実はもっと前に、国民はもうそれを感じています。底割れはないらしい。それなら安心だ。貯金を下ろして、少しは楽しんでもいいじゃないかという個人消費が動き出す。それをとらえて、民間は新製品を売り出す。最初はちょっとしか売れません。統計には出てきません。だから統計なんか見ている人は、全部間違える。ほんとうですよ。メディアも間違える。だから発行部数はどんどん低下していくのです。
 というわけで、需要もないのに経済情報は飛び交っていた。経済分析は飛び交っていた。皆さんも惰性で経済新聞を取って広げるが、実はあんまり読んでない。多分、それが実際だと思います。それが健全です。
 むしろ日本の問題は外交、防衛のほうにあるぞと私は思っていましたから、東京財団でも研究会を幾つか立ち上げてまいりました。そんな時期がもう三年ぐらい続いています。
 そうこうしているうちに、経済に動きが出てきました。
 
経済の回復で、日本人は自信を回復してきた
 一般に日本人は「国際友好、親善が大切である。外国のことをそんなに悪く言うものではない。そういう色眼鏡で見ると世界はますます悪くなる、好意的な目で見てあげなさい」という人が多くて、私は手こずっていました(笑)。
 「ほんとうのことを言っているだけだ」と言うと、「どうして日下さんは、そういう変なことをみずから信じられるんですか」と言う。「だってこのとおりじゃないか」という話をしても、ついてきません。挙句の果ては「あなたの生い立ちは何ですか」とか聞かれる(笑)。これは追求する力が弱い人がそういう質問をするのです。「あなたと私は同じものを見ている」と言われたくないらしい。
 そんな話は別として、新しく吹いてきた風が、そろそろ新聞にも、テレビにも出てきました。日本人は自信を回復してきた、という風です。
 いったんそう思って見れば、二年前からそうなのです。私は二年前から言ってきました。けれども二年前、あるいは去年は、まだあまり誰もそう言わない。だから一般的には見えなかったのだと思います。しかし最近は、自信を回復してきたということが、多くの人の目にはっきりしてきた。その理由の第一は経済が回復してきたからだと思います。
 その自信の正体は、底割れはないということです。そういう安心で、ここから次の日本経済が始まる。
 これがこの半年か一年間のことだろうと思います。
 
日本の自信回復は三階建て
 そこで次に進むと、日本の自信回復は三階建てになっているのではないかと思います。一階は経済、二階は外交、防衛です。三階は文明・文化・思想の発信力です。
 二階の外交、防衛における自信回復も少し前から始まっています。日本がだんだん自信がついてきて、イエス・ノーをはっきり言うようになった。言ってみたら、案外通るということを発見した。外国からは特別有効な日本いじめの手がないらしい。そんなものは、もともとないのであって、さもあるかのように書き立てた新聞は発行部数が激減また激減。言ったことが全部外れるのですから仕方がない(笑)。
 「日本はけっこう底力があるらしい」と気がついたのが去年あたりで、おそらく今年から始まるのは、向こうの日本に対する態度が変わるということを、我々は見るからです。つまり、殴れば日本は何か出すだろうと思っていたが、出さないらしい。殴れば損をするのは自分たちだと気がついてくる。それを見て、日本人はもっと自信が回復するというわけです。つまり外交、防衛での自信回復が、前段と後段とあって、もうそろそろ後段に入ってきたと思います。
 その気になった若手の学者が、ぽつぽつ出てきました。この人たちは自分で単行本を書くしか発表の場がない。だから、出版不況だ、みんな本を読まないらしいなんて安心していてはいけないんです。本屋へ行って、新人のあまり売れてない本を買わなければいけない。その人たちの発想は私と同じです。例えば、日本と中国の関係で、経済的に日本は何も頼っていない。頼っているのは向こうなのだから、絶交したってこちらの損害は知れている。向こうは再び立つあたわざる打撃を受ける。
 ということを私は思いついて、この新規範発見塾でも何度か話してきましたが、ようやくそういう本も出てきました。この人たちは、統計をもとにきちんと計算してくれています。そういう統計が揃ってきたからです。日本はアメリカに依存しているか、アジアに依存しているか、中国に依存しているか――ということを、いろいろな統計を集めて計算してみると、絶対にアメリカである。中国へはほとんど依存していない。
 つまり、中国はたくさん買ってくださってありがたいと日本の財界は言っているが、中国はそれをまたアメリカに輸出している。だからアメリカが不景気になったら、中国も止まってしまう。もとはアメリカであるというわけです。
 これは昔、台湾でも言われたことです。台湾経済を論じた本を、台湾の本屋で買いますと、これがけっこう読めるのです。台湾の漢字は古い漢字です。それから経済学用語は同じです。日本人がつくった漢字の経済学用語を、台湾はそっくり使っています。中国本土も同じです。だから買ってきて読むとわかる。
 「代打出撃的輸出大成功」と書いてありました。つまり台湾の輸出が大成功しているのは、日本の代打である。日本から教えてもらったものを安くつくって、アメリカに売って儲けているのであって、もとは日本であるという意味です。今、中国でそう書いているかどうか知りませんが、そういう本がもしないとすれば、気がついていないならおかしい。気がついていても書けないのなら言論統制です。


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