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2005年キャラクター創造力研究会報告書

 事業名 基盤整備
 団体名 東京財団政策研究所


キャラクター創造力研究会第1回(2005年5月26日開催)
発表者:牧野圭一氏
「アニミズム、脳機能からのアプローチ」
 
1 鍋文化とリテラシー
 日本で最初の、マンガとアニメに関する本格的なフォーラム『日本発マンガ・アニメーションのダイナミズム』(2000年東京財団主催:牧野圭一座長)から5年経った。マンガ・アニメの啓蒙活勤は世界的にも成果をあげている。東大にアニメ研究セミナーができ、京都精華大学はマンガ学科を学部にし、大学院を設置した。京都造形芸術大学でもアニメコースができた。本当に驚くほどの進展があった。今回の研究会では啓蒙活動を脱し、キャラクター創造力の背景にある思想哲学を研究する。
 5年前のフォーラムにおいて、この現象は本当に我が国独自の性格に起因するのかどうかというような質問をしたところ、日本独自と考えるのは身びいきだという話もでたが、一方で、これは極東に弓なりに伸びている日本列島が受け皿となり、大陸や半島からやってきた文化の吹きだまりとなって蓄積された文化が発酵し、独自の文化を生んだのだという説明にも非常に説得力があった。言ってみれば、鍋料理のようにさまざまな食材を投げ込んで1つの味を出していく「鍋文化」の1つとして、マンガ・アニメーションを説明して下さった。
 また「リテラシー」という言葉も1つのキーワードになった。世代によってマンガの読み取り速度、読み取り能力、読み取りの質が違うのではないか。マンガの読み取り能力において、日本は非常に優れているのではないかということだ。
 日本のマンガ作品は非常に特徴的で、描線で描かれているし、かなりのスピードで読んでいける。一方、フランスの作家エンキ・ビラルの作品を見ると、油絵調で描かれた作品もあって、1コマ1コマの完成度が非常に高く、思わず見入ってしまう。日本の漫画にももちろんデッサンの効いた素晴らしい作品はたくさんあるが、そもそも日本のマンガとヨーロッパやアメリカのマンガとは、似ているけれどもどこか基本的なところで違うようだ。それは何だろうか、という議論もあった。
 日本のマンガは、文字のような性格を持っていて、象形文字のように読み取られている。養老孟司先生は、「マンガはルビのある漢字」であるとおっしゃっていた。吹き出しの中の文字がルビで、マンガの絵が漢字に相当する。しかも、国語教育の中で小さいころから漢字仮名まじり文を読んでいるため、それを読み取る脳の部位、脳の活動がマンガの読み取り能力に非常に影響しているのではないか、というお話だった。そして、失読症の例を挙げられた。脳には漢字を読み取る部分と仮名を読み取る部分が別々にあって、だから日本人の失読症には漢字だけ読めない人、仮名だけ読めない人もいて、これはアルファベットで教育された人々とは違う。そういう脳の働きからしても日本人のリテラシー能力の特異性が証明できるのではないかというようなお話だった。
 
2 なぜ、マンガに理屈をつけるのか
 私は、もともと読売新聞で政治マンガを描いていたが、いまは精華大学でストーリーマンガを含むマンガ全般に関わり、マンガを一番愛好している若者たちの描く姿、読む姿に日常的に接している。また、大学院にはドクターコースができているが、マンガのドクターというのはまだおらず、ドクターコースの学生をどう評価するかという問題も抱えている。マンガの描き手や描き手の卵たち、研究者、読者といった、一番エネルギッシュな人たちのすぐ側にいることから、現場から見た切り口を引き出すことが、本研究会での私の役目でもあると解釈している。単にマンガ・アニメは大変な文化であるという啓豪の域にとどまらず、何ゆえにマンガがこれほど大勢の人々に受け入れられているのかということを説得力のある形で提示していきたい。それを若者だけではなくて、マンガの研究者にも説明しなければならない。先日、マンガ学会のカトゥーン部会が関西大学で行われた。マンガを描く学生、社会学やその他多様な分野の学生がマンガを介して自分の研究を深めようとか、自分の研究を通してマンガ・アニメとは何なのかを賢明に考えようとし始めている。これは、5年間の非常に大きい変化だ。マンガ学会にもマンガ研究のそうそうたるメンバーが集まっているが、マンガの論文と評論との違いをどう定義するべきか、悩んでいる。従来はマンガ集団とかマンガ協会といった、マンガを描くことに関しては大家、巨匠と言われる方々と、いざ理論を詰めようとすると返ってくる言葉は、「マンガは理論じゃない、面白くなくちゃいけない」「理屈をこねようとするから、マンガが面白くなくなる」というふうに拒絶するものばかりだった。しかし、昨今のマンガの経済効果とか、海外における日本のマンガの評価とかから、いままでマンガ・アニメに着目しなかったような方たちの関心をひくようになってきた。韓国には400の学校にマンガのコースがあるそうだ。大学だけではなく専門学校なども含めた数字だと思うが、いずれにしても大統領令で日本のマンガ・アニメ産業に追いつけ追い越せと大変力を入れている。
 
3 八百万の神々と先端科学の習合
 日本のマンガキャラクターは、種類が非常に多い。端的な例がアンパンマンで、2,000とも3,000とも言うが、やなせたかしさん自身がいくつかわからないぐらいキャラクターを作ってしまった。ポケモンなども、非常にたくさんのキャラクターが生まれている。それから、1人の作家が、幼児マンガから少女マンガ、少年マンガ、大人のマンガ、劇画調のものまで描いてしまう例がある。手塚治虫さん、赤塚不二夫さん、石ノ森章太郎さんなどがそうだ。乱暴な結論かもしれないが、これも日本人の感性と結びつくのではないかと思う。八百万の神々というか、たくさんの神様仏様、心霊現象も含めて、受け入れている。ただ神々が多いというだけであればヒンズー教もあるし、ギリシャ神話もそうだが、日本において独特なのは、それが最先端科学と同居しているところではないか、と私は考えている。
 ここにいくつかのフィギュアを持ってきたが、京都精華大学の学生たちのデスクにはこういったものがたくさん置いてある。これらを手にとって見ると、その非常な精巧さに驚く。私の世代(67歳)が知っているのはグリコのおまけだが、それとは比較にもならないぐらい高精度のものになっている。こうしたフィギュアを作るには、その原型師の力量が非常に優れている。ロボット系のいわゆる金属キャラにしても、金型を作る技術が非常に優れている。それを考えていくと、江戸の根付までいくのではないか。根付は、象牙、珊瑚、漆などあらゆる素材を使って、これでもかというぐらい小さな世界の中に当時のキャラクターを彫り込んでいるが、そういった世界と相通ずるものがあるのではないかというのが、職人である私の直感的な見方だ。
 1つのキャラクターを描き込んでいくときに、作家は様々なものを頭の中で考える。私が何十年も前に描いた幼児もののキャラクターを例に挙げると、これは初めからターゲットがあったのではなく、頭の中に様々なイメージが混在していて、それは動物であったり坊やであったりメガネであったりするのだが、その中から1つを引き出してくるというプロセスがあるわけだ。ほとんど脈絡がないような想念といったものがどの作家の頭の中にも渦巻いているわけだが、そこから何か1つの目的を持ってキャラクターを生み出そうとする。そうして生まれて、世界的なヒットになったキャラクターも、そうならなかったキャラクターも、作家の頭の中では脈絡のないものが闇鍋のように渦巻いていて、そこからある何らかの要因によって形になっていく。日本の場合、キャラクターを作るのに、ほとんどタブーがない。どんな国でも宗教とか政治とか社会習慣などで、かなりの縛りがある。日本でも皇室をマンガにすることにはかなり厳しい面があるが、それ以外はほとんど縛りがないと言っていいような中で私たちは仕事をすることができる。そこに大変優れた読み取り能力のある、層の厚い、質の高い読者がいて、マンガそしてキャラクターを育てているのではないか、と私は考えている。
 
4 脳内イメージの可視化
 マンガのキャラクターは、劇画のように実際の人物と同じプロポーションのこともあるが、概ね3頭身、ときには2頭身だったり2頭身以下のものまである。アンパンマンなどがそうだ。やなせさんという作家の頭の中で、先人たちが描いたスーパーマンやアトムというようなものがあり、そこからアンパンの擬人化によるスーパーマンという非常に奇妙なものができた。アンパンがスーパーマンになって空を飛ぶという発想は、プロでさえなかなか受け入れられなかったと聞いている。最初のアンパンマンは3頭身半ぐらいのプロポーションだったが、だんだんと胎児型プロポーションになっていった。すると、1歳に満たない赤ちゃんが絵本のアンパンマンを見て反応したという。この丸と点という図章に反応しているというのだ。これは養老先生も指摘されていた。例えば、ふくろうの顔は、丸の中に黒い点が2つあるが、そういったものを顔として認知するということがある。キャラクターというのは方程式があって描くのではなくて、星雲状態のもやもやとしたものの中から何かがぽっと生まれる。アンパンマンが、突然、生まれてくるということだ。やなせさんご自身が「69歳のブレイク」と言っているが、その前に15年間ぐらいの時間があったのだ。そして、キャラクターが2頭身に縮まり単純化されて、いわゆる「かわいらしい」状態になってきたこと、テレビという媒体が使われたこと、そういういくつかの要因が一点に集まった時にブレイクしたのだと思うが、ブレイクが起こる前はそれを扱っているプロでさえわからなかった。
 ずっと昔のダッコちゃんというキャラクターのときもそうだった。おもちゃ業界は、おもちゃは、赤、黄、青、緑が混在しているような派手な色彩でないとヒットすることはありえないと言っていたが、真っ黒なダッコちゃんが日本中を風靡した。その後には、オバQという真っ白なキャラクターが日本中の人気者になって、業界の常識は破られた。業界はこういうものが売れるはずだという方程式で考えているが、客のほうは自分の感性で買っている。流行るには時代の背景とか様々な要素があると思うが、モノクロームであるがゆえに大人にも受け入れられたというようなことがあるかもしれない。
 キャラクターが作家の頭の中で星雲状態で生まれるときには、これは絶対に売れるぞといった物差しは一切ない。キャラクターは、あらゆるものが投げ込まれた星雲状態で整合性もない頭の中に、何らかの理由で1つの焦点が結ばれてポンと生まれてくる。これは脳の活動の可視化ではないか。作家の頭の中にモヤモヤっとしてあったものに形が与えられ視覚化された。場合によっては触覚まである。これはコーラのおまけに付いていたイチロー選手の素晴らしいキャラクターだが、まず原型師がいる。この原型を作るには、相当の彫刻の技術、工芸の技術を持っていないとできない。さらに量産するには、素材開発を考えなければならない。これだけ細密なものを抜き出すためには金型を作る技術も必要だ。これは中国で彩色するのだが、目はきちんと描いてあるし、ヒゲまで描かれている。1つ1つ間違いなく細密な彩色が施されていて、ユニフォームのシワまで作り込んであるし、文字もきちんと書かれている。これが目の前に置かれたとき、誰もがすごいと感心させられる。「可視化」という言葉は関西原子力研究所上島研究員が論文で触れていて、見えないものを見せるということだ。―原子の形とか紫外線や赤外線という見えない光までを映像として見せるようなことも含まれている―マンガにおいては、様々な雑多な要因、作者ですら説明不能であるようなものまでを可視化する。それがマンガであり、キャラクターではないかというのが、描き手の側からの提示だ。理論ではなく、そういうふうに思える。私だけではなく、同僚のマンガ家や学生たちの苦闘している姿を見るなかで繰り返し感じ取っているものだ。
 言ってみれば私は臨床医の立場であって、この島ではこういう熱病が流行っているけれども原因が分からないので、専門医の先生方に「これはどうしてでしょうか」と提示してお見せする役割だ。5年間にマンガを取り巻く環境は変わってきたが、その中でもなお変わらぬものがあるとしたら、それは何か。様々な情報を皆様に生のままで提示してご意見を伺い、深めていきたいと考えておりますので、よろしくお願いいたします。
 


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