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日本と中国における、幼稚園児の家庭内受動喫煙に関する実態調査
日本側代表
研究者氏名 坂東 春美
日本研究機関 大阪教育大学大学院
中国側代表研究者
研究者氏名 宋 江莉
中国研究機関 中華護理学会
 
要旨
 
目的:健康被害を防止するため、子どもの家庭内における受動喫煙環境の実態把握を目的とする。
方法:日本のA市と中国の北京に在住の幼稚園(保育園も含む)に通う子どもを調査対象とし、その保護者に質問紙調査を実施した。各園より質問紙と返信封筒を配布、その後各幼稚園に持参してもらい回収した。1. 母親及び父親の年齢や同居家族の有無の家庭背景、2. 家庭内喫煙者の有無や家庭内受動喫煙の有無の喫煙環境、3. 子どもの健康問題の有症状に関する子どもの健康状態、4. 妊娠期や授乳期における母親の喫煙状態に関する、胎児期および乳児期における環境を質問項目とし、受動喫煙との関連を分析した。
結果:母親の喫煙は、妊娠期や授乳期において日本の母親が高い割合であった(p<0.01)。現在の母親の喫煙も、日本の母親の喫煙率が高い割合であった(p<0.01)。父親の喫煙は、日本と中国の喫煙率に差はなかった。
 子どもの健康に関する有症状では、日本は受動喫煙ありの者で、食欲がない者と偏食のある者に高い割合で認められた(P<0.05)。中国は、有症状の項目で差の認められるものはなかった。
結論:日本女性の喫煙率の高さが認められ、喫煙を開始することが防げる防煙教育も重要ではないかと考える。父親や母親ともに両国で子どもの前で喫煙を行っている者が30%以上認められ、子どもの前での喫煙に対する受動喫煙の啓発が必要であると考える。また、同居家族がいる世帯では喫煙率が両国で高率になる傾向がある。子どもの受動喫煙が危惧され、父親や母親に対する受動喫煙の啓発にとどまらず、家族全体を含んだ啓発が必要であると思われる。
Key Words 喫煙 受動喫煙 防煙教育 啓発
 
I. 緒言
 わが国の喫煙率は、「平成17年全国たばこ喫煙者率調査」1)によると成人男性の平均喫煙率は45.8%で、成人女性の平均喫煙率は13.8%という結果になっている。また、中国の喫煙率は男性66.9%、女性4.2%である2)。次に、日本の紙巻たばこの総販売本数は1)、2002(平成14)年には、3,126億本で平成9年をピークに減少傾向を示しているが、昭和40年と比較すると約2倍の販売本数となり、世界的にも紙巻たばこ消費量は第3位の消費国である。中国では、紙巻たばこの総販売本数は16430億本であり世界で最大の消費量となっている2)。ここから、日本と中国の喫煙が大変身近な環境であることが伺える。
 次に、喫煙に起因する健康被害は近年様々に挙げられている。Mullerが1939年に喫煙と肺がんに関する報告から始まり3)、2005年Dollらの調査においても喫煙と肺がん等28種のがんにおける関連が述べられている4)5)
 さらに、環境たばこ煙も報告されており6)、がんや虚血性心疾患・喘息を始めとする呼吸器疾患の報告がなされており6)、能動喫煙と類似した疾患の関連性が伺える。
 また、喫煙はこれらにと留まらず、胎児への影響も報告されている。妊婦自身の能動喫煙と、受動喫煙とがあり、胎児はいずれの場合も子宮内受動喫煙とよばれ6)、低出生体重児の研究報告や7)、乳幼児突然死症候群(SIDS)8)による死亡率の上昇が多く報告されている。
 これらのことから喫煙は、能動喫煙者ならびに受動喫煙者において、子どもたちの大きな健康被害がもたらされる可能性が考えられる。こうした報告のなかで、わが国や中国における喫煙環境を考慮すると、成育環境における状況が危惧される。
 次世代への喫煙による健康被害を防止するため、子どもの家庭内における受動喫煙環境の実態把握を、目的とした。
 
II. 対象と方法
1. 調査対象
 日本のA市と中国の北京に在住の幼稚園(保育園も含む)に通う子どもの保護者に質問紙調査を実施する。
2. 調査方法
 平成18年度中に両国の調査対象者に、各園より質問紙と返信封筒を配布、その後各幼稚園に持参してもらい回収した。
3. 主な調査内容
(1)家庭背景
・母親と父親の年齢・同居家族の有無
(2)喫煙環境
・家庭内の喫煙者の有無・家庭内の受動喫煙の状況・喫煙者の喫煙場所
(3)子どもの健康状態
・子どもに関する有症状の状況
(健康状態、喘息、アレルギー、眼や耳鼻の症状、アトピー、咳等呼吸器症状、心臓疾患、胃腸の症状、発達がゆっくり、泌尿器の症状、その他の症状、睡眠の状態、食欲の状態、偏食、通園状況、他児との関係の各項目の有無)
(4)胎児期および乳児期における環境
・子どもの妊娠時における母親の喫煙
・授乳期における喫煙状況
に関して質問を行った。
4. 分析方法
 上記の質問紙の情報より家庭内喫煙による子どもの健康特徴を把握し、さらに両国の相違による健康状況を比較する。
 分析には、統計解析ソフトウエアーのSPSSを使用し、χ2検定を行った。
5. 研究上の倫理
 本研究は、家庭や生活上の環境と健康とのかかわりを明らかにするために行い、調査対象者の個人の尊厳と人権を守り個人情報の取り扱いに対し、厳重に注意を払い行う。また、この旨の説明を調査票上にも表記し、了承の得られた者のみに実施を行った。
 
III. 結果
 平成18年7月1日から同年10月15日までに自記式質問紙を配布し回収を実施した。日本では、2000年から2002年度生まれで幼稚園(保育園も含む)在園児975人を対象に調査を行い583人(59.8%)回収し、中国では、2000年から2002年度生まれで幼稚園在園児1021人を対象に調査を行い632人(61.9%)回収した。
 子どもの性別は、日本は男性297人(50.9%)、女性286人(49.1%)であった。中国は、男性358人(56.6%)、女性274人(43.4%)であった。
 母親の年齢は、日本の平均年齢は33.9±4.3歳、21歳から46歳であった。中国の平均年齢は32.9±3.7歳、22歳から49歳であった。父親の平均年齢は、日本の平均年齢は35.6±5.1歳、23歳から64歳であった。中国の平均年齢は、35.4±4.4歳、26歳から59歳であった。父親、母親以外の同居家族がいる割合は、日本は109人(18.7%)、中国は99人(15.7%)であった。
 母親の妊娠期における喫煙は、日本は59人(10.1%)、中国は1人(0.2%)であり、授乳期では、日本は53人(9.1%)、中国は1人(0.2%)と、妊娠期や授乳期における喫煙率は日本の母親が高い割合であった(p<0.01)。現在の母親の喫煙も、日本は96人(16.5%)、中国は60人(0.9%)と日本の母親の喫煙率が高い割合であった(p<0.01)。喫煙場所では、子どもの前での喫煙は、日本では29人(33.3%)、中国では2人(33.3%)であった。
 父親の喫煙は、日本は283人(48.5%)で、中国は305人(48.3%)と喫煙率に差はなかった。喫煙場所では、子どもの前での喫煙は、日本は87人(32.6%)、中国は90人(31.1%)であった。
 母親や父親と同居家族を含めた家庭内での喫煙者がいる割合では、日本は322人(55.2%)、中国は318人(50.3%)であった。家庭内での喫煙者が子どもの前での喫煙は、日本は105人(18.0%)で、中国は93人(14.7%)であった。
 子どもの健康状態で不調であると答えたのは、日本は151人(25.9%)、中国は159人(25.2%)であった(表1)(表2)。子どもの健康に関する有症状では、日本は受動喫煙ありの者で、食欲がない割合が18人(27.7%)と、偏食のある者の割合が43人(23.8%)で高い割合で認められた(P<0.05)。中国は、有症状の項目で差の認められるものはなかった(表1)(表2)。
 
表1 日本の子どもにおける有症状
 
表2 中国の子どもにおける有症状
 
IV. 考察
 妊娠期及び授乳期において、日本女性の喫煙率の高さが認められた。これは、妊娠中の受診機関における禁煙支援の強化も必要と言えるが、妊娠前からの喫煙習慣があり、禁煙が困難になっている可能性が考えられる。このことから、喫煙を開始することが防げる防煙教育も重要ではないかと考える。近年は、喫煙開始が未成年期に及び、防煙教育の早期介入を実施することが必要であり学校教育との連携が大切と考える。中国の女性における喫煙率は、日本の女性に比較して低率ではあったが今後も喫煙者の増加につながらないためにも、同様に防煙教育の早期介入が重要ではないかと思われる。
 父親の喫煙率において両国の差は認められなかったが、父親や母親ともに両国で子どもの前で喫煙を行っている者が30%以上認められた。今回の調査においては、子どもの成長発達に多くの影響を示すものは認められなかったが、受動喫煙の影響が報告されていることからも子どもの前での喫煙に対する啓発が必要であると考える。
 次に、同居家族がいる世帯では喫煙率が両国で高率になる傾向がある。さらには、同居家族のいる世帯では子どもの前での喫煙をしている者の割合が高まり、子どもの受動喫煙が危惧される。ここから、父親や母親に対する受動喫煙の啓発にとどまらず、家族全体を含んだ啓発が必要であると思われる。また、世帯の中で喫煙者が存在する事は、子どもにとって喫煙が大変身近であり喫煙行動そのものが抵抗無く定着しやすい環境下であるとも考えられる。家族の喫煙行動が、次世代の喫煙者を生むきっかけとなり世代間連鎖を断ち切るためにも、世帯単位や家族単位での禁煙支援も重要であると考える。
 子どもの有症状において、中国では受動喫煙との関連は認められなかったが、日本においては受動喫煙者のうち、食欲がない者と、偏食のある者が高い割合で認められた。こうした背景に関連するものは今回の調査では把握できていないが、成長発達の活発な時期であり栄養摂取における影響を及ぼす可能性が考えられ、今後も調査を重ねて明らかにする必要があると思われる。
 
おわりに
 今回、調査実施にあたり日本及び中国の方々のご協力とご理解を賜りましたこと、また多岐にわたりご指導い頂きました、福井医科大学名誉教授、緒方昭先生に厚くお礼申し上げます。
 本研究に対してご助成を賜りました、財団法人日中医学協会に対し深く感謝申し上げます。
 
作成日:平成19年3月13日
 
引用文献
1)平成17年全国たばこ喫煙者率調査, 日本たばこ産業株式会社による調査より
2)The Tobacco ATLAS. 財団法人日本公衆衛生協会
3)Muller F H. Tabakmissbrauch und Lungencarcinom. Z Krebsforsch 1939; 49: 57-85.
4)Doll, Richard; Bradford Hill, Austin: Mortality from cancer in relation to smoking: 50 years observations on British doctors. Br J Cancer. 2005 Feb 14; 92(3): 426-9.
5)Hirayama, T. Nonsmoking wives of heavy smokers have a higher risk of lung cancer: a study from Japan. Br, Med. J. 282: 183-185, 1981.
6)厚生省編: 新版喫煙と健康; 喫煙と健康問題に関する検討会報告書, 第2版. 保健同人社:
7)厚生労働省雇用均等・児童家庭局: 平成12年乳幼児身体発育調査報告書, 2001.
8)Blair PS, Fleming PJ, Bensley D, Smith I, Bacon C, Taylor E, Berry J, Golding J, Tripp J: Smoking and the sudden infant death syndrome: results from 1993-5 case-control study for confidential inquiry into stillbirths and deaths in infancy. Confidential Enquiry into Stillbirths and Deaths Regional Coordinators and Researchers. BMJ 313(7051): 195-198, 1996.


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