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−日中医学協会助成事業−
東アジアでのフェニルケトン尿症の分子遺伝学的解析
研究者氏名  岡野 善行
日本研究機関 大阪市立大学大学院医学研究科
研究者氏名  宋 
中国所属機関 首都児科研究所
 
要旨
 フェニルケトン尿症(PKU)は新生児マススクリーニングにより世界的な規模で化学診断、遺伝子診断、治療がなされている。我々のPKU遺伝子診断システムは1)GC clampプライマーを用いたWAVE核酸フラグメント解析法による異常エクソンの検出。2)当該エクソンのダイレクトシークエンスによる遺伝子変異の同定。3)multiplex ligation-dependent probe amplification(MLPA)法による欠失変異の同定を行っている。今回、日本在住フェニルアラニン水酸化酵素(PAH)欠損症患者179名の分析結果では、シークエンスにて遺伝子変異を343/358対立遺伝子に、MLPA法にてエクソン5&6の欠失変異を2/15対立遺伝子に同定した。61種類の遺伝子変異(15種の新規変異)で遺伝子診断率は96%であった。中国在住患者では349/370対立遺伝子(94.3%)で遺伝子変異を同定した。日中間で主要な遺伝子変異は共通しているがその頻度は異なっていた。また、少数個別的な遺伝子変異は異なっていた。13C-Phe経口投与によるフェニルアラニン呼気テストではin vivoPAH活性(13CO2の累積回収率、CRR%)は古典型と軽症型PKU患者、ヘテロ保因者、そして正常コントロールの各群で有意に異なっていた。軽症型PKUではテトラヒドロビオプテリン(BH4)は残存in vivoPAH活性に比例してPAHを活性化した。
 
Key Words フェニルケトン尿症、フェニルアラニン水酸化酵素、ビオプテリン、遺伝子解析、呼気テスト
 
緒言:
 フェニルケトン尿症(PKU)は肝臓のフェニルアラニン水酸化酵素(PAH)の欠損によって発症する常染色体劣性遺伝疾患である。新生児マススクリーニングによる早期発見と早期治療の結果、PKUでの精神運動発達遅滞等の症状は予防され、良好な経過をとっている。PAH活性は主に肝臓で発現し、末梢血や繊維芽細胞では認められないことから、PKUの診断はPAHの測定ではなく、食事などの環境的要素の影響を受ける血中フェニルアラニン値でなされている。PKUは無治療時の血中フェニルアラニン値とフェニルアラニン摂取許容量から軽症高フェニルアラニン血症(HPA)から軽症型PKU、古典型PKUと種々の重症度が知られており、遺伝的な多様性が明らかにされている。酵素診断が通常行われていないPKUでは患者の重症度を推定することは非常に重要である。遺伝子診断の目的の一つは臨床重症度の推定である。今回、我々は新しいPKU遺伝子診断システムを開発し、日本在住患者179名について分析した。すなわち、1)GC clampプライマーを用いたWAVE核酸フラグメント解析法(DHPLC)による異常エクソンの検出。2)当該エクソンのダイレクトシークエンス(DS)による遺伝子変異の同定。3)multiplex ligation-dependent probe amplification(MLPA)法による欠失変異の同定を行っている。フェニルアラニン呼気テストでin vivo PAH活性を測定し、PKUの臨床表現型と遺伝子型の関係、テトラヒドロビオプテリン(BH4)の反応性について検討した。中国在住患者185名について宋準教授が分析した結果もあわせて報告する。
 
対象と方法:
1)PKUの遺伝子解析
 血中フェニルアラニン値(治療前)が5mg/dl以上の日本在住PAH欠損症患者179名/358対立遺伝子について分析した。DHPLC法では40bpのGC-clampプライマーを片側に用いて、13エクソンをPTC-200 Thermal-cyclerでPCR増幅合成した。95℃5分でdenatureした後、45分間で25℃へクーリングした。DHPLC分析にはWAVE system(Transgenomics, UK)で行った。ヘテロデュープレックスを示したエクソンをPCR増幅合成した後、GFXpurification kit(Amersham)で抽出し、dRhodamin Terminator Cycle Sequencing Kitを用いてABI PRISM 310 genetic analyzerで分析した。遺伝子変異を同定できなかったサンプルはmultiplex ligation-dependent probe amplification(MLPA、MRC Holland)法にて分析した。DNA 100ngを98℃で5分間denatureした後、SALSA probe mixとMLPA bufferを加え60℃16時間でハイブリダイゼイションした。54℃15分でligationした後、6-FAMで標識されたプライマーを片側に用いてPCR増幅合成した。TAMRAでラベルした内部サイズ標準(TAMRA-500、ABI)を使用してABI-377 gel scquencerで分析した。中国在住PAH欠損症患者185名/370対立遺伝子についてsingle-strand conformation polymorphismで遺伝子変異のあるエクソンをスクリーニングした後、シークエンス解析した。
2)フェニルアラニン呼気テスト
 PAH欠損症20例(男11人、1-23歳)、6-ピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素(PTPS)欠損症2例、ヘテロ保因者4例、正常コントロール4例について分析した。PKU患者の内訳は、古典型PKU(無治療時の血中フェニルアラニン値>1.2mM)が13例、軽症型PKU(0.6-12mM)が6例、軽症型HPA(<0.6mM)が1例であった。13C-フェニルアラニン(13C-Phe、10mg/kg、最大量200mg)を内服後、0、10、20、30、45、60、90、120分に呼気を採取し、質量分析計(Breath MAT Plus; Finnigan MAT, Germany)にて13CO212CO2を測定した。BH4(10mg/kg/日、最大量200mg/日)を呼気テスト前3日間連日服用しBH4反応性をチェックした。呼気テストでは、1)呼気中の12CO2に対する13CO2の割合をΔ13C(‰)でとして、2)投与された13C-Pheのうち120分間の呼気中に12CO2として排出された量を累積回収率(CRR、%)をin vivo PAH活性の指標とした。
 
結果:
1)PKUの遺伝子解析
 PCRプライマーにGC-clampプライマーを使用したDHPLCの結果の例を図1に示した。エクソン12のR413P変異では、通常プライマーを使用した場合メインピークの左に1本のpeakが確認できるだけであったが、GC-clampプライマーではヘテロデュープレックス由来とホモデュプレックス由来の各2本のピークが確認でき、ピーク判定が明確になった。他のエクソンにおいてもGC-clampプライマーを使用することで遺伝子変異の存在を容易に検出できるようになった。次にMLPA法でエクソン5&6欠失変異を検出した結果を図2に示した。コントロールサンプルと比較して欠失変異ではエクソン5と6に対応するピークが明らかに低下していた。そして、その面積比を比較するとコントロールの0.4〜0.6であった。
 日本在住PAH欠損症患者179名の分析結果では、改良DHPLC法とシークエンスにて遺伝子変異を343/358対立遺伝子に、MLPA法にてエクソン5&6の欠失変異を2/15対立遺伝子に同定した。61種類の遺伝子変異(15種の新規変異)で遺伝子診断率は96%であった。中国在住患者の185名の分析では70種類の遺伝子変異(15種の新規変異)で遺伝子診断率は349/370対立遺伝子(94.3%)であった。主要な遺伝子変異はR243Q、EX6-96A>G、R111X、Y356X、R413Pでそれぞれの頻度は22.2、11.1、8.7、6.5、6.5%であった。
 
図1 DHPLCにおけるGC-clamped primerの影響
 
図2 MLPA法におけるエクソン5&6欠失変異の検出
 
2)フェニルアラニン呼気テスト
 経口投与された13C-Pheが生体肝で代謝され呼気中に13CO2として排出される。正常コントロールとヘテロ保因者では13C-Phe投与後20-30分にΔ13Cのピーク値を示し、42.3‰(28.7-53.4‰)と27.2‰(21.1-32.5‰)であった。一方、古典型および軽症型PKUではΔ13C値は低く、ピークも示さなかった。BH4負荷後、軽症型HPAの呼気中Δ13C値は著明に増加し、20-30分にピーク値24.5‰を示した。軽症型PKUも同様にΔ13C値は増加しピーク値8.87‰(3.8-21.6‰)を示した(図3)。
 古典型PKU、軽症型PKU、軽症型HPA、ヘテロ保因者、正常コントロールの各群でCRRは有意に異なっていた(図4)。BH4負荷により軽症型PKU(4例)とHPA、(1例)でCRRは2.6倍上昇したが、古典的PKU2例ではその上昇を認めなかった。BH4投与で血中フェニルアラニン値が2mg/dl以下にコントロールされているPTPS欠損症患者2例のCRRは5.88%と19.0%であった。
 軽症型PKU患者の遺伝子型は、軽症型変異(L52S、R241C、R408Q)と重症型変異の複合ヘテロ接合体で、軽症型HPAはR241Cのホモ接合体であった。
 
図3  フェニルアラニン呼気テストにおける13CO2/12CO2の経時的変化
 
図4  フェニルアラニン呼気テストにおける累積回収率
 
考察:
 これまでPKUでは世界中で450種類以上の遺伝子変異が同定されている(http://www.pahdb.mcgill.ca/)。日本と中国での遺伝子解析では、それぞれ61種類と70種類の遺伝子変異が同定されている。頻度の多い主要遺伝子変異(R111X、IVS4nt-1、EX6-96A>G、R241C、R243Q、Y356X、R413P)は両国に共通して認められることが多く、日本と中国のPKU遺伝子のそれぞれ67%と63%を占めている。日本人と中国人ではPKU遺伝子種類と頻度は近似しているが、欧米白人のものとは異なっている。これらのことからPKU遺伝子変異の大部分の発生起源は古く、白人種と別れて以降、両人種に分離する前であると推測される。今回同定された遺伝子変異ではR241C、P407S、A373T、A132V、L52S、R408Qの各変異はPAH活性が残存していると推測され、その遺伝子変異を有する患者はmild PKUもしくはmild HPA患者であった。
 フェニルアラニン呼吸テストでは経口投与された13C-Pheは小腸から吸収され、門脈を経過して肝細胞に輸送される。肝細胞内の13C-PheはPAHにより代謝され、チロシン、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸を経て、最終的に13CO2として呼気中に排泄される。呼気テストでは、特別な前提条件や血液サンプリングのような痛みを伴う操作を必要とせず、約2時間の呼気のサンプリングで終了するために、容易にしかも繰り返し行うことができる。フェニルアラニン呼気テストでのCRR値は、図4に示したように古典型PKUから軽症型HPAまで連続している。このことはPKUの臨床表現型が非常に多様であることと一致し、PKU遺伝子変異の多様性と一致している。事実、本研究においても20人の患者で18の異なる遺伝子変異が認められている。
 呼気テストの結果では、それぞれ、古典型PKU、軽症型PKUと軽症型HPA患者は、1%<、1-1.4%、2.4%の有意に異なるCRR値を示しており、逆にCRRから臨床表現型を決定できると考えられた。Kureらにより軽症型PKUではBH4投与により、血中フェニルアラニン値は低下することが報告されている1)。我々の呼気テストではCRR1%以上の症例、すなわち、軽症型PKU、軽症型HPA症例にBH4反応性が認められた。PTPS欠損症患児と軽症型HPAの呼気テストの結果から血中フェニルアラニン値を良好にコントロールするためのCRRの目安は5-6%と考えられた。
 今回の研究では、臨床表現型、呼気テスト、遺伝子型の3者は各患者で一致しており、不一致例はなかった。PKUの臨床表現型と遺伝子型の関連性が報告2)されるとともに、その後その不一致例が多数報告されている。呼気テストは臨床表現型に影響を与える環境因子のうち食事量などの不確定要素を除外することができ、臨床表現型と遺伝子型の不一致例により詳細な検討に有効である。欧米でのこの呼気テストを利用した臨床表現型と遺伝子型の関連性ではTreacyら3)は呼気テストによる臨床表現型と遺伝子型の不一致、特にヘテロ保因者での不一致例を報告し、Mutauら4)の呼気テストを用いた検討では、軽症型PKUであっても、また、同じ遺伝子変異であってもBH4に反応する場合としない場合があると報告している。その原因として、PAH側の要因とともにBH4側の要因としてのBH4の生体内への吸収能の個体差、などを含めて今後、検討する必要がある。フェニルアラニン呼気テストは、PKUの臨床型、BH4反応性PAH欠損症の診断、およびBH4投与量の決定に有効であると考えられた。PKUでは原則的に臨床表現型と遺伝子型に関連性が認められ、PKUの臨床症状を規定しているのは遺伝子型であるということが明らかである。しかしながら、その不一致例も存在し、何らかの要因が関与しているが、その因子についてはいまだ十分に明らかではなく、その解明は新しい治療法への糸口になる可能性がある。
 
参考文献:
1) Kure S et al. Tetrahydrobiopterin-responsive phenylalanine hydroxylase deficiency. J Pediatr 1999; 135: 375-378
2) Okano Y et al. Molecular basis of phenotypic heterogeneity in phenylketonuria. New Eng J Med 1991; 324: 1232-1238,
3) Treacy EP et al. Analysis of phenylalanine hydroxylase genotypes and hyperphenylalaninemia phenotypes using L-[1-13C] phenylalanine oxidation rates in vivo: a pilot study. Pediatr Res 1997; 42: 430-435
4) Muntau AC et al. Tetrahydrobiopterin as an alternative treatment for mild Phenylketonuria. N Engl J Med 2002; 347: 2122-2132
作成日:2007年3月9日


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