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(5)再蒸発
 水中に混入した有害物質の再蒸発の過程は、Lyman et al.,(1982)に基づき、次の計算手順で扱っている。
ヘンリー定数(H)
 
H=PVP/(S/MW)
 
 ここで、PVP: 蒸気圧(atm)、S: 溶解度(mg/L)、MW: モル重量(g/mole)である。計算されたヘンリー定数が、H<3×10-7の場合に蒸発が無視できるとする。反対に、H>3×10-7の場合は、無次元のヘンリー定数H'を計算する。
 
H'=H/RT
 
 ここで、R: ガス定数(8.206×10-5atm・m3/mole/)、T: 温度()である。
 
液相での交換係数(K5
 
 
気相での交換係数(K6
 
 
液相と気相を合わせた物質交換係数(K7
 
K7=(H'K5K6)/(H'K6+K5)
 
 ここで、定数K5,K6、K7の単位はcm/hrである。水中から大気への実際の物質移動は、次式で表される。
 
 
 ここで、mは大気に移行する汚染物質の量であり、水深dまでに存在する全物質量と等しい。溶存している物質の揮発する深さdは、最大で波高の1/2に限定されるか、あるいは拡散深さdとする。
 
 
 ここで、Dz: 鉛直拡散係数(m2/sec)、Δt: モデルの計算タイムステップ(sec)である。
 
(6)堆積
 水中の有害物質は基本的に懸濁物質に吸着し、懸濁物質の沈降とともに海底に運ばれるとしている。吸着態の濃度(Ca)と溶存態の濃度(Cdis)の比率は、標準的な平衡理論式を用いて計算される。
 
Ca/Cdis=KocCSS
 
 ここで、Koc: 吸脱着係数(無次元)、CSS: 懸濁物質の濃度(mg/l)である。
 
 懸濁物質に吸着して沈降する汚染物質は、水中の全汚染物質に係数(Ca/(Ca+Cdis)をかけたものであり、この量が沈降速度Sで沈降する。
 モデルの設定では、スピルの継続時間は底泥からの拡散時間(年単位)に比べると短期間(すなわち、日単位)であるため、底泥からの消失も含む底泥からの拡散は、次式で計算される。
 
 
 上式を汚染物質量Qについて解くと、次式になる。
 
 
 ここで、Q: 単位面積あたりの汚染物質負荷量(t/m2)、Dbio: 生物による底泥の攪乱速度(m2/day)、t: 時間(day)、z: 底泥の深さ(m)、k: 分解速度(/day)である。
 
 底泥表面に堆積した汚染物質は、溶出によって再び水中に回帰してくる。物質の溶出量の計算は、Thibodeaux(1977, 1979)の式を使用している。
 
 
 ここで、h: 汚染物質の移動係数(m/day)、Ac: 対象とする底面積(m2)、Cs: 底質中の濃度(t/m2)、Cw: 底層水中の濃度(t/m2)である。
 汚染物質の移動係数hは、次式で計算する(Thibodeaux, 1977, 1979)。
 
h=0.36(VL/ν)0.8(ν/Dν)0.33Dν/L
 
 ここで、V: 鉛直流速(m/sec)、L: 有効距離(m; Ac=L2)、Dν: 底層水中の拡散係数、ν: 海水の動粘性係数である。
 
1.2 HNS海中拡散モデル構築のための検討
 海水より比重の大きいHNSの流出事故や沈没船からのHNSの流出事故は、水産有用種をはじめとする海生生物に及ぼす影響の大きさが懸念される事から、迅速な防除作業が必要とされる。そのために、海水中へのHNS流出後の挙動を予測する必要がある。当該解析に必要な要素は大きくわけて次の項目が挙げられる。
 
(1)流動場(潮流、海流、河川流、吹送流等)
(2)HNSの物性に関する事象
 
 上記2項目のうち、特に流動場については、海水中の3次元的な流れを求める事が必要であるが、このための計算には多くの時間が必要とされる。
 そこで、「平成17年度 危険物の海面・大気拡散防止策及び予測モデル開発のための調査研究(その1)」で実施した様に、例えば潮流ならば、少なくとも主要4分潮(M2,S2,K1,O1)の調和定数を各計算格子にストックする事などが望まれる。
 この様に、潮流計算結果をストックする事により、事故発生時刻からの潮流を時々刻々と予測する事が可能となる。また、近年のパソコンの精度向上より、計算条件の設定が比較的容易な潮流ならば、事故発生時に流動計算を実施する事も1手法になると考える。
 次に、潮流よりも例えば黒潮など海流が卓越する海域の場合、事故発生時に瞬時に流動場を予測する事は、計算条件の設定面から非常に困難である。そのため、既往知見を参考に当該海域の海流パターンを検討し、幾つかのパターンの流動場を事前に計算し、1時間程度毎のベクトルデータをストックする等の手法が考えられる。そして、事故発生時には、その時の海流状況から該当するパターンの流動計算結果を選択して、海中拡散のための基本となる流動場を作成する事が可能となる。
 また、吹送流については、気象予報による風データを用いた計算が妥当と考える。なお、潮流等に事前の計算結果を利用する場合、吹送流を別途計算して、表層の流動場に足し合わせる事となる。しかし、事故発生時に潮流計算を実施する手法を利用すると、風の効果も同時に計算するため、表層だけでなく水深方向にも風の影響した結果が得られる。
 次にHNSの物性に関する事象については、前述の様に沈降、再蒸発、堆積と言った海中での挙動もモデル化されている事から、NRDAM/CMEモデルを参考に検討する。
 この中で堆積については、海水中の有機物等の懸濁物質に吸着して、海底へ運ばれる過程がモデル化されている。この挙動と同様の過程が、放射性核種のモデルでもスキャベンジングモデルとして構築されており、ここでは植物プランクトンをはじめとする懸濁態有機物に吸着する様にモデル化されている。
 海水中の有機物もまた、前述の水質予測モデルで予測する事が可能であるが、この様なモデルで考慮されている要素(水質項目)は多く、計算のための条件設定に多くの時間を要する事が予想される。
 そのため、海中の懸濁物質については、対象海域の既往知見を参考に、季節毎など期間を設定しての平均量を算定し、モデルで考慮する事が望まれる。
 以上を踏まえ、HNS海中拡散予測モデル開発のための海中拡散解析のフローを図1.2.1に示す。
 
図1.2.1 海中拡散解析のフロー


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