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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


 責務は実に切迫、重大であるが、町の条件は悪く、希求する姿とは反対に、半永久的に町の繁栄を促し、町財政のたて直しを行なう良策が見当らない。これまた悲しむべき町の運命ではあった。
 このような実状を就任以来、身をもって知るにつれ、町長の苦悩は深まるばかりで、この時突如として現われたのがモーターボート競走法であった。
 遠賀川という水に恵まれ、しかも北九州、筑豊地域の人人の気風は、ギャンブルに必ずしも不相応ではない。人口的にも十分に望みがあり、これは各地の競馬や競輪の成績をみても立証されている。
 黒山高麿町長の心を動かし、決意させたものは、芦屋町のこんな事情からであった。それとは別に、一面においてはこの競艇事業を行なうには、施設、ボート、エンジン、用地、人件費など差し当っての経費だけでも数千万円を要する。当時の芦屋町の年間予算は、およそ五、八〇〇万円程度の貧弱さで、前にも述べたように、常に資金操作に困り、こんな大金を充当する余裕などまったくない。空拳徒手をもって立ち向かわねばならなかったのです。それには法的に問題はあっても借金よりほかに方法はなかった。
 五、〇〇〇万円という金は、大金に違いないが、いまなら、ある意味で調達不可能なものではないが、その頃の芦屋町にとっては巨大な圧力となって重苦しい負担を黒山町長に与えていたのである。
 借金政策をとるにしても、さて一体どこから借りればよいか。貸してくれるだろうか。借り得たとしてもどうして返していくか。結局、返済は事業の成功にまつよりないが事業は都合よく成功するだろうか。
『大川の先を流るる栃殻も
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』
 大死一番、突進あるのみであるとして、総ての責任は、黒山町長が一身に負う覚悟で計画は進められて行った。
 町長、議長などが大村競艇の初レースを視察したのち、芦屋町の競艇事業の実現運動はいよいよ本格的になり、関係者の熱もあがって急ピッチに進められるようになったがたまたま、大村競艇に出張されていた山岸運輸省事務官に乞うて、帰途芦屋町に立ち寄ってもらい競艇場設置予定地の検分をしてもらったことがある。その結果、「場所としては差支えないが地元の人口が三万人以下では経営上成り立たないとして認可しない内規となっている。ただし、隣接市町村と施行組合をつくってその合計人口が三万人を超えれば認めてもよろしい。」ということで、ガッカリしたり、ホッとしたりした。そういうことで、何はともあれ三万人の地元人口をつくらねばならない。そこで隣接の町村に相談して組合をつくろうということになり、遠賀村長古野繁樹氏、岡垣村長吉田徳荘氏に黒山町長が事情を打ちあけ懇請したところ、両村長とも協力を約され、早速それぞれの議会に相談されて快諾していただいたのである。黒山町長もこれで大いに安堵。三ヵ町村の人口は三万八千余となり、内規条件に合致し資格を備えることができたのである。
 従って、これから以後は、芦屋町外二ヶ村競艇施行組合という名称で運動を推進することとなった訳であるが、こうして福岡県、九州海運局などへの運動、東京における運輸省、全国モーターボート競走会連合会などに対する陳情、請願は、ますます激しく熱気が盛りあがって行ったのである。
 運動が激しくなるにつれ、町長、小田敬三助役、町議会議員など入れかわり立ちかわり東京、福岡、門司に出張し波状的に運動を続けたのですが、芦屋町の盛りあがりに比べて問題は簡単、容易には解決しない。・・・
 他方、福岡県モーターボート競走会の設立は、木曽重義氏を中心に、これも芦屋町出身の永島武雄氏等の努力によって進められたが、ここで一つの大きな支障が起って来た。
 それは隣接の若松市でもやはり昭和二十六年から競艇事業実施の計画があって、二十七年に入ってからは、漸次具体化して来ており、大村競艇の初施行を契機としていよいよ本格的に動き出して来たのである。
 当時、運輸省では競艇場の許可は、一都道府県に一ヵ所という内規があって福岡県下に二ヵ所の競艇場は許されない。そのため芦屋町と若松市は、古い歴史上のつながりを持っていながら競争相手、競願者の関係に立つことになったのである。不本意ではあるが、やむを得ないめぐりあわせであり、お互いに我が道を行く以外にない。
 若松市は当時人口十万余を有し、近隣して戸畑市、小倉市、八幡市、門司市のいわゆる現在人口百万都市となった北九州の大都市群を抱え、なお筑豊地域数十万の人口を筑豊本線という鉄道一本でその地盤としていた。
 交通機関としての芦屋町は、僅かに西鉄、若松市営バスの便利があるだけの北九州地域においては辺地ともいわれるような地点にあり、背後人口としては、若松市と同じ状況である。このため若松市の出現は、芦屋町にとって競争相手としては大敵といわねばならなかった。しかし、大敵が出て来たからといって一度行動を起した以上、やめる訳には行かぬ。是が非でも目的達成に努力しなければならない。競願の壁を突き破り、芦屋競艇場実現を期して更に一層の熱意にふるいたったのである。
 このように状況が複雑化して来たころ、芦屋中学校の講堂や寺院の本堂などで町内自治会区長を始め、有志、有力者など大半の町民に参集を求め、競艇場設置の計画をその初めから説明、事業の遂行に関して諒解と支援とを求めたのである。初めは競艇というギャンブルについて反対を唱えた人々もあり、特に教育関係者からは強い反対が出されたが、町の財政状況、競艇の本質など当局の熱心な説明と住民相互の討議によって、計画について徐々に理解が得られ、賛同承認を得てここに全町一致、町を挙げての体制を整えることができたのである。もともとこのような事柄についての運動には、町自体の力だけではなかなか成功しないものである。そこで政治的応援を必要とするので、当県第二選挙区選出の衆議院議員、渕上房太郎氏、同じく岡部得三氏、麻生多賀吉氏、並びに第四区選出の平井義一氏、政治家大久保留次郎氏などに援助斡旋をお願いした。平井義一氏は少壮の国会議員であったが、前記の小田十壮氏と年来の友人であることもあって、当時、自民党の大幹部である益谷秀次氏とともに熱心に支援をいただいたのである。
 また三浦義一氏、安岡正篤氏、日本曹達株式会社社長大和田悌二氏、町長の友人、久富達夫氏などの応援を得ることができ、東京での陳情運動は力強く展開されていった。
 こうして五月から六月にかけて、町長、助役、議員などの東京行きは再三であったが、七月に入り、三重県津市での競艇準備が行なわれている最中、町長以下数名がたまたま上京することになり、同行の吉田三郎氏は津市の状況視察のため、名古屋駅から別れて津市に向かった。町長一行は夜十時頃、旅館に定めている神田の大進館に予定どおり到着したが、着くなり吉田さんからの電話で、玄関口で受話器を手にとると、「全連の矢次さんその他が、いま津市に来ているので、今夜直ちに引き返して津に来てくれ。」という。
 暑さは暑し、まして当時は今のように冷房のきいた列車などない折でもあり、旅の疲れもあって、ヤレヤレと思ったが、嫌ともいえない場合でもあり、町長一人で引き返すことになり、三十分ばかり宿で休んで東京駅から最寄りの列車にとび乗って津に着いた。翌日津の競艇場で吉田氏と落ち合い、矢次氏や運輸省山岸氏などと都合よく会談の機会をもつことができ、いろいろと陳情することができたのであるが、暑い最中の強行軍でかなりの年配だった黒山町長、吉田氏ともに競艇運動中の思い出として忘れ難いものの一つであるようだ。
 矢次氏といえば、いま一つ、同氏がその後芦屋町に来られ、実地の検分をされたが、おおむね色よい返事を洩らして帰京された時のことである。丁度その頃は夏も盛んな折で物凄く暑い日が続いていた。貧相な町役場の二階の会議室には風がはいらない。町会議員や女子職員が交替で汗をかきながら矢次氏一行を背中からあおぐということがあった。矢次氏も苦笑され、「これは日本一ぜいたくな扇風機だ。」といわれたそうであるが、当時の芦屋町は、扇風機一台すらも買えない有様であったから、このこともいまでは忘れ得ない思い出として関係者の笑い話となっている。
 東京では、ある時先発した小田氏が偶然に泊った神田淡路町の四流?旅館が、その後ズルズルと芦屋町の定宿みたいになってしまったが、その名が先ほどの大進館といい、縁起がよいと負け惜しみ半分喜んでいた。しかし、朝目をさまして障子の隅に小さな昆虫が二匹ほど散歩しているのをみつけて大騒ぎした事件もあったというから、実状としては、宿賃が安いというのが真相のようである。
 東京での運動は、その後も何回となく続けられたが、その頃の運輸大臣は石井光次郎氏、事務次官は牛島辰弥氏であり、船舶局長は甘利昂一氏であったが、特に甘利局長は芦屋町が弱小町であり地元人口も少なく、しかも財政状況は極めて悪いなかで競艇事業を行なうのは、好ましくないより無謀だ、しかも失敗したらあとはどうするのかと芦屋町のためを思う老婆心からであろうが、容易に許可することに同意の素振りを示してくれなかった。芦屋町が不許可なら自然軍配は若松市の方にあがることになる。形勢としては甚だ悲観的になって来た。なおも食いさがって運動を続けたのであるが、町長としてそんなにいつまでも東京に居る訳にもゆかず、あとを吉田、小田氏に託して帰町したのである。ところが待つこと数日、七月の下旬になって形勢が好転したので至急上京せよとの連絡があり、町長はまた急いで上京したのである。
 上京後、衆議院議事堂内の委員会室で、平井代議士立会のもとに運輸省政務次官、佐々木秀世代議士に吉田、小田氏らとともに面会したところ、佐々木政務次官は、「芦屋町及び若松市出願の件については、種々検討したが、この際、従来の内規を改め、一都道府県一ヵ所と定められていたのを二ヵ所以上許可出来るように改めることにした。よって芦屋、若松の二市町出願を認める。但し、福岡県モーターボート競走会役員等の顔ぶれをみてみると、芦屋色に偏っているようだ。そこでこの際、若松市側の役員を数名加えて貰いたい。」と条件が示された。
 これは本来競走会に属することであり、施行者たるべき町長がとやかく言えることではないのだが、事態は即答を要する場合でもあり県競走会の木曽会長には事後に諒解をお願いすることに腹を決め、承諾の返事を町長から答えたところ、「それでは、只今言ったように取り計らうことになる。」ということで、会談は上首尾に終わり、長かった暗闇のなかから、美しい一条の太陽の光にふれたような思いで、思わず目頭が熱くなるのを感じたのである。宿に引きあげてから、長く、つらかった請願運動を想い返し、安堵と喜悦の裡に、全身から力が抜けてしまったようでその夜の眠りがどんなに深く安らかであったか想像にかたくない。
 芦屋町が、地元で、また東京で運動を繰り返している間若松市においてもまた同様に猛烈な運動を展開していたのはいうまでもない。しかし、この日限りで最早、競争、競願の立場は消えてしまった。いやこれからはむしろお互いに手をとりあって、この事業をそれぞれ成功に導くよう共同歩調をとらねばならない。黒山町長等がこんな気持になっていたおり、一日、石井運輸相と席を共にし、大野丈蔵若松市議会議長等と挨拶を交すことができたのは、芦屋町にとって幸いなことであった。
 これで大体の見通しがついたので、一応東京を引きあげることになり、町長、吉田両名は帰芦したのであるが、この間の東京逗留は前後二十日あまり、暑さのなかでの難行苦業の連続であったのである。


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