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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


 昭和二十七年八月十二日この日若松、芦屋双方に正式指定が許可された。そこで若松市は直ちに競走場建設に取りかかり予定の市内藤ノ木字童子丸に、洞海湾へ面し約壱万坪の市有地を持っていたのがまことに幸運であった。同年八月二十日先ず整地工事に着手し、併行して岸壁の工事と競走海底の浚渫を行ない、更に各種建物を建築し、所謂突貫工事で同年十月三十一日には見事に竣工したのである。即ち階段式スタンド三ヵ所、投票場(窓口一五三)払戻所(窓口五〇)本部、司令室、副審判室、事務室、選手控所、入場券売場、管理室、標示塔、艇庫、燃料庫、守衛詰所、売店、公衆便所等を完成し、これに伴う各種備品、消耗品の完備を行なった。これより先き、既に事業課としての職員の任命を終え、初代課長に中西儀助を任用して一切の計画を進め、業務内容も庶務と業務に分けて適材を適所に配置すると同時に、盗難、火災等の不時の災害防止のための夜間の警備と、競走開始後の万一の危険を考慮して若松消防署の協力を要請し消防車一台及び係員を常置することとした。これらの配慮は今にして思えば極めて何でもないようであるが、当時にしては担当者達の深慮は言語に絶するものがあったのである。
 次に競走海面については、その必要水面、二一、七八〇坪が昭和二十七年七月、福岡県知事の使用許可を得たので、競走海面一切の設備は全連の技術者及び福岡県競走会の技術員の指導を受け、ようやく一切の準備を完了した。
 また、場内の売店や予想屋のことなど、この間数多くの話題があるが、それらは省略してボート及び選手の養成について回顧してみたい。当初ボートのエンジンについてはいろいろの意見もあったが、結局、大村市が採用しているキヌタが操作が単純で選手も馴れて居り、既にレースで試験済みであったからこれを購入することと決定し、その数量を一応、二十五台と定め昭和二十七年九月八日発注した。なお、艇はランナーボートに決め同日二十隻を発注した。これより先き、選手の数が少なく、競走場の数がふえる毎に相当数の選手を養成する義務を課せられたので、若松は芦屋と協議の上、養成の計画を着々進めていたのである。即ち、昭和二十七年八月、若松市の小学校において採用試験を行なうことで一般の希望者を募り、試験の上、厳選採用した。その結果は若松三〇名(内女三名)が決定し、市費一人当り一万円を支給し大村市玖島崎養成所に送り、三ヵ月間の教育訓練を行なった上、資格を登録することにした。
 さていよいよレースの行なわれる状態になったが、競走場の場所が若松、二島の中間に位置を占めているので、市営バスが若松、折尾間を往復しているものの、競走場のある童子丸に停留所を新設しても、何分不便で、とても何千人ものファン輸送はむずかしく、また小倉や門司競輪場の如く電車の便がないのでファンの心をとらえる魅力が乏しいと思った。そこで思い切った施策の必要性を考え、特別に競走場行の専属無料バスを運行することにした。これは始めてのボート競走で不安もあったが、市の運輸部と協議の上、一日壱千名を輸送する計画をたて、若松、芦屋、直方、折尾、中間方面と合わせて一日三十台を借切る配車計画で、一切の経費を事業課の負担として協定した。しかしこれは、かなり無理な費用と考えられたけれども、かくする以外にファンの心を魅惑する方法が見当らなかったのである。ところが、結果においてこの方法が効を奏し、入場者の数が日毎に増して来た事実を見て、やはり適当であったことを後日確認した。次に宣伝について若干述べると、始め宣伝車三台で市内はもちろん、戸畑、八幡、小倉、門司及び直方、飯塚の各都市はおろか、筑豊地区芦屋、中間の遠賀地区まで広く宣伝し、十一月十二日を初日として第一節第二節を合わせ同月三十日まで開催することとなった。
 
 初日は午前十時に開所式を挙げ、監督官庁たる運輸省を始め福岡県庁、全国連合会会長及び役職員(笹川会長、矢次委員長、平野総務、原田、青木の技術指導員)、大村市長と近隣の各市長、長崎県競走会の役職員、地元市議会議員その他の関係者を招待して盛大に開会した。当日は折悪しく時々小雨を伴う天候であったが、式は順調に終わり、いよいよ待望の初回レースを開始、招待者には招待無料の舟券一枚宛を配り興趣を添えた。
 入場者は約三〇〇〇名、選手は長崎県の選手四〇名で初回レースは小雨交りではあったが、ファンは物珍らしく面白半分で舟券を買うという情景が随所に見られた。予想屋の叫ぶ中を右往左往して、舟券購入窓口はあたかもお祭気分を多分にただよわせていたのである。締切りのベルがしばらく鳴り続いて窓が一斉にしまり、発送の合図によって全艇が走り出し、間もなく勝敗が決定すると、単勝連勝の発表が行なわれた。しかしファンの中には、これらの勝敗も充分呑み込めず、また競技そのものも今から考えると幼稚な技術であったが、一種のお祭気分が場内を包んでいたので極めて和気あいあいのものであった。ともかく、第一日はこのような空気の中で無事終了し、引きつづいて第一節、第二節を心配と夢のような中で完了したことは、今想っても全くなつかしい気がするのである。
 このようにして辛うじて第一節と第二節を終わったが、その頃ようやく初冬に入り天候が極めて不順で、高塔山頂から当日の開催を知らせる花火を打ち揚げたのち、一転して天候が悪化しレース開催不能になるという日が生じ、ファンの不平や騒ぎが憂慮される事態が起ったこともあり、レース開催中止には随分頭を悩ましたものである。また、昭和二十八年に入り東方から吹き寄せる風が強く湾内の浮遊物がレース場水面におびただしく、掃海艇の活動を頻繁に行なったが、それでもスムーズなレース展開が出来ない場合が生じたので、急遽対策として東方海面七〇米にわたり急造の金網を張り巡らし、防止する措置をとった。しかし、生憎(あいにく)この海面が航路になっているため、通船のたびに出走の定刻を遅らせなければならなかった。従ってファンもイライラしてレースの興味をそぐという不利な面も生じた。(後日この航路は埋立のため閉塞されて現在はその心配はない)
 次に、毎回、次第に増加する入場者を迎える市営貸切バスも台数の都合で極限に達し、この面においてもしばしばトラブルを生じて係員の手を煩わすことが多かった。折尾方面から来るファンは二島駅で下車してバスに乗り、若松方面からのファンは藤ノ木駅で下車してバスに移乗するという不便を何とか解消しなければ、現在以上のファン獲得は至難と考え、是非、この際、レース場前に童子丸駅を設置すべく門鉄当局に再三陳情した。だが、最終的には駅の所要敷地と建物を市において負担するということで落着を見、ここに新しく奥洞海駅が誕生した。その結果、レースごとに停車するので、駅到着の際はファンがどっとなだれこむように殺到し、売上高は急上昇を辿り、ついに全国第一位にまでのしあがるに至った。そこで、全国の優秀選手を集め、昭和二十八年十一月七日から同月十日まで第一回のダービーを挙行し、会場には全国施行者の旗を掲揚してにぎやかに開催した。入場者は二万七千三百四十六名、売上高五千五百十一万五千五百円の好成績で、正に空前の収入をあげ、当時としては全く驚異的な数字であった。
 しかし、このような事業の繁栄の裏には、また一抹の暗い悲劇も若干生じ、市民の中には家産を投入して一家離散というような話題もあった。が、いずれにしても初回の五千万円から現在の八億二千四百万円という多額の金額の市費への繰入れは、道路の改修、新市道の敷設、全市小中学校の新校舎の改築及び新設その他市税収入で賄い切れない図書館、老人ホーム、保育所、労働会館の設置等幾多の施設が次から次へと改善されつつあることを思うと、けだし罪を償ってあまりあるものとでも申すべきであろう。
 
 昭和二十八年には、市経済部事業課であったのを事業部に昇格し、初代課長を部長に任命し、新しく課長を置き事業部の充実を図ると共に、事業の発展のため場内施設の改善を行なうことにした。即ち特別観覧席を設けファンが楽んで、而もゆうゆうとした気分で自由に舟券購入が出来、且つレースも充分見透しのきく様工夫した。更に艇庫及びボートエンジンの新規購入や、ボートの自家製造等各方面にわたり思い切った改善を行なった。
 元来この事業は前にも述べたように、発想当時から色々な理由で反対の市民も多かったので、レース場の年中行事として夏季納涼花火大会を催し名実共に一般市民の憩いの場として提供するなどして、多少でも市民の理解を求めるように努めた。このように地元市民の理解を深めてゆくかたわら、他地区のファン獲得には全職員を挙げて研究と努力を惜まなかった。特に宣伝のためには様々な工夫をこらしたもので、一例をあげれば田川郡方面のファン獲得のため競走会と協議の上、同地にボート五隻を輸送し、同郡上野村の溜池に於て宣伝の競走場を造り、艇庫の職員を選手に仕立て模擬レースを展開し、同地方のファンを招待しボートに対する魅力を宣伝した。また、小型飛行機をチャーターし県内の要所方面から日程入りの宣伝ビラを散布したこともあり、筆者はこの飛行機に搭乗して大変な目に遭ったことは未だ生々しい記憶として残っている。最初曾根飛行場から飛び立ち、競艇場の上空を三周し門司、下関方面に向かい、行橋上空から田川、築上、京都、朝倉郡にコースを向け更に田川郡の後藤寺、伊田方面から飯塚市に出て直方を経、曾根に帰還する予定であったところ、八幡製鉄所の黒煙がもうもうと立ちこめて空一面をおおい、飛行士が不馴れのためさっぱり方向がわからず進むのに戸まどうなど一時は全くどうなることかと肝をつぶしたものである。このようなことも今から考えると夢のような気がする程現在の盛況を見て全く感慨無量である。
 ご存知の如く、去る昭和三十七年秋、北九州の住民がひとしく待ちのぞんだ若戸大橋の開通によって、若松市を含む北九州五市は完全に連結され、多核都市となるべき地形状の障害も排除され、世界に類のない五市対等合併という偉業が実現されたわけである。
 当時の若松市は、今や北九州市百万人口の一構成員として引継がれて現在に至っている。
 しかし、最近の社会情勢の変化と世論は、公営競技全体の隆盛とは逆にこれを社会的に批判する声も強まり、このため昭和四十一年一月二十八日付運輸省告示第二十七号によって「競艇場の構造及び設備の規格」の省令が改正され我々施行者には競技の公正安全な運営を行なうと共に健全な大衆娯楽場として施設の近代化と充実を図り、一般大衆のなかに定着し、発展していくべき命題が課せられているわけである。
 このために北九州市としては、合併後の新しい財政需要のもとで財政困難な時期にもかかわらず、法令の示す基準に従い、鋭意改善工事を実施しているため遠からずここ奥洞海の一点に壮麗な容姿をあらわすのも間近いことである。
(開設当初からの発売額推移調添付―次頁―)
 
若松競艇事業収益調
(拡大画面:101KB)


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