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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


競走会のその後の発展
 当競走会発展の特色は、現会長鎮西麻吉氏(昭和三十三年一月十一日副会長に就任、昭和四十年一月二十二日会長に就任)が、丸亀競艇場開設当時の市議会議長であって、後述のように誘致反対の雰囲気の中を東奔西走、世論を啓発して、いろいろと辛苦の末、丸亀市に競艇場誘致開設した。さらに市当局の資金難の中にあって、ボートモーターの一部オーナーとなって競艇事業の運営を助けたことであり、また、昭和三十二年末に、競走会内部のゆき詰り打開のため副会長に就任して、高松市長として多忙の国東会長を助けて直接会務を代行し伸展につくし、昭和四十年には会長に選ばれ、市側と密接に協力して、丸亀競艇売上高、四ヵ年連続急上昇の今日の発展を見ることができた環境を作り出したことである。
 昭和四十二年七月二十日からの、十五周年記念レースを前にしての会長の回顧談は、これらの事情を伝えていると思う。
 丸亀競艇開設十五周年を迎えるにあたって往時を回顧して、鎮西会長談。
 (昭和四十二年七月十六日、週刊新日報記者に語った談話から)
 「早いもので丸亀市が競艇事業を誘致してから、もう十五年になり、その記念特別レースが、この二十日から二十五日まで六日間、盛大に行なわれるわけだが、いま十五年間の足跡を回顧してみると、よくぞ、ここまで成長したものと思うね・・・」誘致当時の市議会議長として開設に積極的に努力、その後は引続いて、香川県モーターボート競走会の副会長、会長としてたゆまぬ協力をしてきた丸亀競艇の生みの親であり、育ての親である。競走会長鎮西麻吉氏は丸亀市富士見町のボート会館で、愛児のすくすくと伸びゆく姿を、その脳裡に瞼の奥に浮かべながら、十五年間の苦闘の跡を感慨無量といった面持で語るのであった。
 「競艇をやらないかという話が、市議会議員二、三の人から、当時議長であった私に持ち込まれたのは二十七年の春頃であった。事業自体はほめたものではないが、市財政の助けになるならばと私も考えて、時の三原市長に相談した。その頃の市財政は赤字のところへ、その前年初めに南村と合併したので、いよいよ四苦八苦の形であったが、三原市長は、あのような性格の人だったから『ギャンブルで赤字補填はネ・・・』とばかり躊躇して応じようもない。そこで一年前に出来た、全国モーターボート競走会連合会の会長、笹川先生はじめ海運局、あるいはその頃ようやく誕生しかけた各府県の地方競走会などの意見をただしたり、いろいろのデーターを取り寄せたりして検討した結果、見込みがあるという結論を得たので三原市長の口説き落しにかかったわけだが、三原市長は『議長の熱心な説得なのでお任せしてついて行きます』ということになり、議員提案で議会へ上程となった。ところが議会内にも強い反対があり、市中にも設置反対のビラが貼られるなど、相当もめたものだが財政に寄与するものなら、ということで議決された。
 設置決定となったものの、これが建設費九千五百万円は特別会計として全額を市金庫から借入れ、一万三千坪を埋立て、地上、水上の諸施設、機械類の購入など、その範囲内で出発した。
 しかし、丸亀へ誘致するまでには仲多度郡、高松市、長尾町などでも、これを希望して激しい競争が行なわれたので、それに打ち勝つためにも随分と骨を折ったものである。
 二十七年十月、冬季を前にしてスタートを切ったわけだが、海面が荒れて思うようにレースが出来ない。勿論、現在の防波堤などもないので、西風の強いときは開催中止、あえて開催しても艇は転覆、エンストなどで、レースはさんざんだった。そんな調子だから売上げはよくない。しかし市としては、赤字にはならなかったものの、銀行からの借入金の支払いができない。
 そうなると開設に反対した人々が、それ見たことかと競艇閉鎖の声を挙げはじめるという始末、その声を実績をもって打ち消そうと、市理事者、われわれ競走会側も、あの手この手と売上げ上昇のため、いろいろと腐心した。
 二十九年頃は、せめて一日の売上げが五百万円あればと念じていたものだが、なかなか思う通りにはゆかない。三十三年には三百七十万円に下った。それからも段々と下降線をたどり、三十五年には三百二十五万円になってしまった。
 これでは、市も競走会も立ち行かぬということで、いろいろと検討した結果、まず、宣伝が足りないことが判った。開設当時の宣伝費は年額八百万円であったものが、三十三・四・五年には三百五十万円に減っている。
 これは、売上げが思わしくないので宣伝費の捻出ができなかったのだろうが、思い切った増額を要望して、三十六年度は七百十万円を組み、翌三十七年度は一千万円を充当することにした。
 次に、開催日程の件だが、丸亀競艇は高松と観音寺の競輪の真ん中に挾まれており、そのうえ対岸には、児島競艇があって開催日が重なりがちになるという、立地条件がきわめて悪い、そこで私は運輸省に出向いて、丸亀競艇の開催日を土・日曜をはずしてもらうよう陳情して、高松、観音寺競輪と重ならぬようにした。これが三十六年六月三節より実現できた。
 さらに、ファンサービスに重きを置かねばならぬことに気付いて、場内のスタンド、穴場、指定席、さては売店に至るまで、諸施設の改善、船舶運賃の払い戻し、無料送迎バスの増発などに力を注ぐことに改め、最近ではファンサービスとして、昨年は二千五百万円を組み、本年は倍額以上の六千万円計上という奉仕ぶりである。
 このような改善措置によって売上げも年々上昇して、一日平均が、三十八年度には六百三十八万六千六百円に達しその後は文字通り好調一途で、三十九年が九百四十七万三千四百円、四十年が一千四百三十九万三千円、四十一年が二千二百三十五万四千二百円と飛躍的に増加し、三年連続五〇%増と、以上の上昇率はまさに日本一である。
 四十二年も上半期九月末現在で、三千二百六万円となっており、往年念願した一日の売上五百万円は、現在では一レースでそれ以上、いな倍額近いものが、しばしばあるようになった。
 この好調は、競走法が三十七年四月、時限立法から恒久法化するとともに、さきに述べた宣伝の強化、施設の大幅な改善などにもよるが、これには三十八年四月の地方総選挙で堀家重俊氏が当選、市長に就任とともに卒先して競艇事業への関心をしめされ、財的、人的資源を積極的に投人した意欲的な行政力が、大きな力となっていることも見のがすことができない。
 また競艇そのものも、ギャンブル時代から健全娯楽時代に移行し、家族連れが目立って多くなってきたことも見のがせない事実だ。
 四十一年度の売上目標は、三十億円であったが三十二億円に達した。今年度は四十億円を目標にして進んでおるが既に上半期九月末で二十三億円、その達成も決して夢ではない。
 丸亀市の昨年度の税収入は三億五千万円程度であったが競艇事業からの一般会計への繰入れは、税収入を凌駕して四億円に達し、市財政の競艇事業収益に対する依存度は極めて大きい。
 丸亀競艇創業以来、幾多の試練を克服してここに十有五年、確固たる礎を築き得た力をもって、更に、船舶事業及び海難防止事業に寄与するはもとより、海事思想の普及と振興、地方財政改善への目的達成に躍進することであろう」
 以上、会長の回顧談で「競走会その後の発展」の大要が述べられておるが、四十二年度の下半期の売上も好調の一途を辿り、昭和四十二年度の総売上額は、目標の四十億円を突破して、四十九億三千百十八万三千二百円の好成績を収めた。この一日の平均売上額は、三千四百二十四万四千三百円で、昨年に比し五三・二%の上昇率であり、これで四ヵ年連続五〇%以上の増という、他に例を見ない飛躍的好実績を樹立することができた。
 昭和四十三年度に入って、六月十三日までの三十三日間の総売上額は、十三億二千百二十万三千七百円、一日平均売上額は、四千三万六千四百七十六円で依然好調を示しておる。
 この好調の環境を作り出した現会長鎮西麻吉氏は、三十三年、副会長に就任当時から「競艇事業の伸展は、何といっても観客の信頼を得ることである」と選手の管理強化にも力を注ぎ、私財を投じてボート会館の建設に踏切った。そして開設以来、市内の旅館数軒を宿舎に当てていたが、これとの縁をたち切り、四十年七月二十日、鉄筋コンクリート一部三階建、延二百八十五坪の堂々たるボート会館を丸亀競艇場内の一角に完成した。
 また、近年特に瀬戸内海沿岸が埋立てられて工場地に衣替えされ、夏季の海水浴場が失なわれてゆく矢先、一般市民と児童の体位向上に意を注ぎ、丸亀城を背景にした緑したたる城内の絶好の地に、プールを設営し、三十九年七月十七日、市民プールとして丸亀市に贈呈した。
 このプールの贈呈は、市民の喜びの的となり、年々利用者が殺到して日焼けした子供が元気に水しぶきを上げておる現況である。
 他にも、学校、幼稚園、保育所等への寄附、福祉施設の薄幸の老人、児童に寄せられる好意等が、競艇事業の発展の陰の力となっておることは見のがすことができない。
 鎮西会長が、これからも陰に陽に打出すであろう諸施策が、競走会の礎をますます強固なものにし、この事業発展と合わせて、法目的達成に大きく貢献するであろうと堅く信じておる次第である。
 
昭和四十年七月二十日完成のボート会館(競走会事務所と選手宿舎)


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