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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


三国競艇の初開催
昭和28年4月14日、この日快晴、初開催第1レースのボートが、九頭竜川にしぶきをあげてスタートした。
 
昭和28年4月
 四日、第一回武生三国モーターボート競走施行組合議会開会、議会構成は三国町、武生市より議員各五名を選出、初代議長は光成平三郎氏が就任される。
 十四日、二年間にわたる苦心が実を結び、いよいよ待望の初開催、折から快晴に恵まれて、近畿海運局長、笹川会長、小幡県知事等来賓多数の臨席を得て、華やかな開会式はよかったが、当日の売上げはファンも初めてとあってか
第一レース売上げ  三九八枚
当日総売上げ 一〇、八五三枚
六日間累計  八六、八八〇枚
 とあまり成績はよくなかったが、初開催にしては事故なく終わったのは幸いであった。
 開催当時の武生三国モーターボート競走施行組合の執行部は次の通り
管理者 三国町長   光成 滋
副〃   〃 助役  荒川 渉
 〃  武生市助役  松原菊太
収入役 三国町収入役 長谷川湊
 事務局長   大坂 実
昭和28年5月
 事務局長交代、松尾慶三就任。
昭和28年から30年
 何しろ、日本海側唯一のモーターボート競走場であり、宣伝の不足やファンの不馴れに、地理的な悪条件も加わって、施行組合、施設会社、競走会の三者一体となっての努力にもかかわらず、予定したほど売上げは伸びず、関係者ともども正に開拓者としての苦難の途を歩んだのである。
昭和29年5月
 三国町助役の交代により山口市之介副管理者に就任。
昭和29年7月
 漁業補償問題起る。
 モーターボート競走場建設に伴う漁獲の減少に対しては地元漁民とは話合いがついていたのであるが、九頭竜川全域を漁場とする九頭竜川中部漁業協同組合より補償金支払いの要求があり、会社側との意見の相違もあって、長期にわたり交渉を繰返した結果、調停裁判に持ち込まれ、昭和三十年六月に至り円満解決するに至った。
昭和29年9月
 九州枕崎に上陸し、日本を縦断襲撃した洞爺丸台風のため、三国競艇場は全施設が水没し、潰滅的打撃をうける。
 以後河川敷地の宿命とはいえ、伊勢湾台風、第二室戸台風等が襲来するたびに、甚大な被害を受けたが、関係者一体となり不死鳥の如く立ち上がり、競艇場を守って来たのである。
昭和34年10月
 副管理者山口市之介病気のため死亡。
 
無惨!水没した三国競艇場
昭和29年9月、洞爺丸台風のため九頭竜川が氾濫、全施設が濁流に没し、潰滅的な打撃を受けた。
 
昭和35年5月
 事務局長松尾慶三退職、後任として三国町企画部長大坂実、兼務のまま就任。
 この頃になり、一日平均売上げ四百五十万円余と伸び、開催時主催者の予定していた額に到達、ようやく好転のきざしを見せて来た。
昭和35年9月
 三国町助役佐藤昌副管理者に就任。
昭和36年から37年
 ゆるやかではあるが売上げ順調に伸びる。
昭和38年5月
 初開催以来十年間の長きにわたり委託運営してきた、三国競艇施設株式会社と協議の結果、委託を解除することとなり、施行組合の実質施行に切り替えると共にオーナー権の譲渡を受ける。
 開設当初の苦しい時代に、赤字に悩みながらも経営に努力してきたのがわかるだけに基礎も固まり収益の見通しもついた時期に、組合側に引取ることは心苦しいものがあったが、三国競艇施設株式会社の西出社長、織田専務の大乗的見地に立っての協力により、何等のトラブルもなくスムースにバトンタッチが出来たことは、誠に感謝に堪えないところである。
 実質運営の実施に伴い、事務局に課を設け下の通り発令した。
業務課長 佐藤良樹
整備課長 中島栄五郎
昭和40年3月
 競艇場移転の案起る。
 度重なる災害と、河川利用のためには避けられぬ塵芥の漂流、冬季の荒天によるレース中止等、従来より種々困難はあったが、たまたま近く九頭竜川が一級河川に昇格し、建設省の管理になるとの風評もあり、この際競走場を移転してはとの案が持出された。
 折から来町された笹川全国モーターボート競走会連合会長に御足労を願い、予定地として池上地籍の俗称「フケ」の一帯を見てもらったところ、極めて良好な適地であるとの事であった。
昭和40年4月
 武生三国モーターボート競走施行組合事務局を、事業局に改める。
昭和41年4月
 競走場として使用中の九頭竜川が一級河川に昇格、その管理が福井県より建設省に移管されたので、堤外地にある施設一切を早急撤去するようにとの通達があり、光成管理者は、一瀬競走会長、施設会社織田専務等の協力を得て、再三にわたり建設省出先機関に対し、施設の撤去の延期方を陳情すると共に、移転地の候補地選定に着手、最初、三国町郊外の水居水田地帯に白羽の矢を立て、土地入手にかかり、ほぼ地元民の協力を得て実現するかと思われたが、農地転用許可がおりず、やむなく中止せざるを得なくなったので、その後競走会、施設会社とともに競艇場建設委員会を作り
1 鯖江市郊外の染色団地不用地
2 三里浜砂丘地帯
3 池上地籍俗称「フケ」附近
4 滝谷台地後方附近
等々慎重に検討を加えたが中々決定を見るに至らず、一方レースは現在地にて、そのまま続行していた。
昭和41年5月
 九頭竜川の一級河川昇格に伴い、河床の浚渫がはじまり浚渫船が競艇場附近において作業を始めたので、しばしばレースに支障を来し、一時はレース開催不能というケースも出てきたが、関係者の努力と協調によって最少の被害で済んだのは幸いであった。
昭和41年7月
 事業局長交代、永谷太作就任。
 新競艇場の移転先を、ようやく一番最初に予定した池上地籍「フケ」附近にしぼり、交渉することとなる。
昭和41年10月
 競艇場移転について芦原町との間に公害の問題、舟津区の水利の問題、地元池上区に対する補償の話し合い、借地料の件等々、幾多の難関はあったが、光成管理者等関係者の努力奔走によって、一つ一つ解決し池上地籍に競艇場建設が本決まりとなる。
昭和42年4月
 運輸大臣あて、三国競艇場移転許可申請書を提出する。
昭和42年9月
 三国町役場において、福井県の主催により競艇場移転による公聴会を開催し、住民の意志を聞いたが、反対意見なく平穏裡に終わる。
昭和42年10月
 競艇場移転許可と同時に工事に着工、建築工事は大和ハウス工業株式会社、土木工事は酒井建設工業株式会社が請負い、総工事費七億円、昭和四十三年六月竣工予定である。
 なお、年度別売上状況は、別表の通りである。
 
昭和28〜昭和42年 売上及び入場者成績表
年度 開催日数 売上金額 一日平均
売上
入場人員 一日平均
入場人員
一人当り
買上額
28 125
296,425,400

2,371,400

198,086

1,722

1,585
29 128 385,398,700 3,010,900 173,797 1,358 2,218
30 123 435,783,500 3,514,400 151,294 1,220 2,880
31 137 518,679,500 3,786,000 155,144 1,132 3,343
32 138 598,222,600 4,335,000 194,361 1,338 3,078
33 145 622,878,700 4,295,700 178,495 1,231 3,490
34 144 609,742,800 4,234,300 155,506 1,080 3,921
35 141 652,725,800 4,629,300 153,799 1,091 4,244
36 130 700,371,600 5,387,500 172,758 1,329 4,054
37 138 853,187,000 6,182,500 206,172 1,494 4,138
38 137 1,085,069,400 7,920,200 140,976 1,029 7,697
39 141 1,464,911,900 10,389,400 145,494 1,174 8,851
40 136 1,726,746,200 12,696,700 163,502 1,202 10,561
41 142 2,283,350,400 16,079,900 194,340 1,369 11,749
42 143 2,748,227,200 19,218,400 204,392 1,429 13,446
 
完成間近い三国競走場(昭和43年4月上旬撮影)
 
新・三国競走場の施設(概要)
総工費 六三五、〇〇〇、〇〇〇円
総面積 一五七、二八一・四四m2
競走水面 長さ 五四〇m、幅 一四〇m
 水深 一・五〜一・八m
待機水面 長さ 一五〇m、幅一四〇m
観覧席 一階 二五〇m2 立見席(一千人収容)
二階 八七三m2 椅子席(二千人収容)
投票所面積と窓口数
第一投票所 三五一m2
発売六三、両替四、払戻四〇、計一〇七
第二投票所
発売九五、両替八、前売六、計一〇九
駐車場
第一〜第四駐車場
三五、〇一七m2、収容数 一、八一〇台
バス専用  七二〇m2  〃  一五台
タクシー専用五七〇m2  〃  三〇台


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