報告書抜粋
平成16年度 沖ノ鳥島の有効利用を目的とした視察団
沖ノ鳥島周辺海域の主権的権利を失うことの損失はなにか
〜抽象論から具体論へ〜
SOF海洋政策研究所
福島朋彦
国連海洋法条約が発効した1994年のこと。私は4ヶ月に及ぶ洋上生活を経験した。長い航海は退屈の連続だったが、時折目にした名も知らぬ島に心癒されたものである。今となっては、あいまいな記憶しか残っていないが、島というものが不安定な船体に対峙する存在と感じたのかもしれないし、船の生活に飽きた身には何か懐かししいものが垣間見えたのかもしれない。「名も知らぬ島が人の心を癒すなんて、長期航海を経験したものでなければ分かるまい」。ついこの間までこう思っていた。
ところが今回、片道2日間の短い船旅にもかかわらず、以前に経験したような心の安らぐひと時が訪れた。11月26日の午前、目の前に現れたものを紛れもない島、と認識した時のことだ。リーフエッジを打つ波と水しぶき、仁王立ちする観測施設、そして小島を取り囲む防波ブロック。南海の孤島にあって人の活動を感じさせる不思議な島、それが沖ノ鳥島だった。ポナペ、ヤップ、コスラエ、西表島、石垣島、久米島、父島、グレートバリアリーフ、マリンディ、モンバサ。幾度となくサンゴ礁の海に親しんできた私であるが、沖ノ鳥島の遠景は、それらと遜色のない美しさを備えていた。
沖ノ鳥島は我国の一部である。この美しい島の上で誰にも干渉されることなく胸を張りたい。きっと今回の視察団参加者の誰もがそう思ったことだろう。また、この島を基点とする排他的経済水域や大陸棚には、我が国の未来を保証するような莫大な天然資源が眠っている。こんな“漠然とした夢”を見る人も少なくはないだろう。美しいものを自分の傍らに置きたいとか、未知なる存在に過剰な期待を込めたくなるのはごく自然の思いだ。しかし最近、そんな思いさえままならぬ状況にある。もちろん、あの“島でなくて岩”の発言以来のことだ。しかし、国連海洋法条約に“岩”が定義されていないなかで“島か、岩か”を論争することは、さながら禅問答である。それに加えて、政治的な駆け引きが見え隠れし、この問題を正面から取り上げる論評は意外にも少ない。中には他国の言いがかりは黙殺するのが最良の策、とする向きもある。私には、この問題への取り組みが前述の夢と同じように“漠然”と映る。“漠然とした夢”を脅かされることに対しての“漠然とした危機感”でしかない・・・と感じるのだ。
沖ノ鳥島は日本の領土であり、基線から12海里は日本の領海、12から24海里までは接続水域である。ここに国際的紛争は存在しない。だから島の上で胸を張ることに他国の干渉を受けるというのは杞憂である(無法者はその限りではないが・・・)。しかしながら、沖ノ鳥島を基点とする排他的経済水域や大陸棚の主権的権利については、前述の“島でなくて岩”の発言をはじめ、我が国と見解を異にする国または研究者が存在する。それらの意見がまかり通れば、12海里以遠の海域に抱く漠然とした夢が消えてしまうかもしれない。ただ、漠然とした夢を失うことはどれ程の損失なのだろうか。排他的経済水域の水中および海底の天然資源、そして科学的根拠をもって認められた時に得られる大陸棚の海底資源、これらが取るに足らないものならば、幻を見て夢と勘違いしたに過ぎない。
誰だって、いつまでも漠然とした夢心地でいたいし、美しい島に見とれていたいものだ。しかしながら、私たちは現実の国際社会や経済活動の世界に否応なしに引きずり込まれているのである。そろそろ抽象論から具体論に移行する時期にきているのではないだろうか。前述したとおり、排他的経済水域や大陸棚に存在する天然資源に期待する人がいるが、その実態を理解する人は少ない。しばしばマンガン団塊やコバルトリッチクラストなどの海底鉱物資源が取り沙汰されるが、南鳥島周辺海域への期待感をそのままあてはめているに過ぎないのではないか。南鳥島の場合は具体的な根拠をもった期待感であるのに対し、調査データの少ない沖ノ鳥島のそれは希望的観測なのである。我が国は2つの小島を維持するために200億以上の措置を施し、大陸棚延長申請のために同じような予算をつぎ込んでいる。この努力に応えるためにも、確保できる主権的権利がどのような利益をもたらすのか、冷静に評価する必要がある。私は沖ノ鳥島周辺海域の天然資源に関する調査データの乏しさを強調し、さらなる調査の必要性を強く訴えたい。
東小島の見学に軸足が置かれた今回の視察は、沖ノ鳥島に関する抽象論が具体論に移行する第一歩として有効だったと考える。この視察を通じて排他的経済水域維持の根拠となる経済活動のあり方が提案されると思うからである。しかし、もし”次”があるのなら、確保した排他的経済水域および確保できるかも知れない大陸棚の周辺海域で調査を行い、より具体性のある議論が広がることを期待したい。
最後に貴重な機会を与えてくれた日本財団の皆様、荒天のなか的確な操船で今回の視察を成功に導いた大東海運の皆様、たった5日間の船旅であるが寝食を共にした視察団の団員各位、そして陰ながら私の出張をサポートしてくださった財団法人シップ・アンド・オーシャン財団の関係者各位に心からお礼を申し上げる。
* 本レポートは、報告者の感じたこと・思ったことを率直に綴ったものであり、所属する団体の意見を反映したものではない。見解についてのすべての責任は報告者が負うことを申し添える。
沖ノ鳥島の再生について
〜沖ノ鳥島研究会としての取り組み〜
海洋政策研究財団
(沖ノ鳥島研究会)
福島朋彦
1. はじめに
沖ノ鳥島には海水面の上下に翻弄された歴史がある。氷期に広大な陸域を現したかと思えば、間氷期にはその大部分を水没させた。そして再び間氷期にある現代、私たちは沈みゆく沖ノ鳥島に立ち会おうとしている。
沖ノ鳥島研究会は、そんな歴史の必然に抗するが如く、かつて存在したような陸域を取り戻そうとしているのである。研究会では、海面の低下していた氷期の姿に思いを寄せて、陸域が形成されることを“島の再生”と呼ぶことにしている。そして、今回の調査を“島の再生”のフィージビリティを推し量るための基礎調査と位置付け、サンゴ、有孔虫および砂礫に関する調査を行なった。本報告で述べるのは、このうちの砂礫の移送・堆積状況についてである。
2. 沖ノ鳥島研究会の概要
(1)研究会のメンバー
沖ノ鳥島研究会は、平成16年12月にシップ・アンド・オーシャン財団(現、海洋政策研究財団)により結成された研究グループである。メンバーは東京水産大学(現東京海洋大学)名誉教授の大森信博士、東京大学の茅根創助教授、海洋政策研究財団・常務理事の寺島紘士および同研究員の加々美康彦と福島朋彦からなる。このほかにオブザーバーとして国土交通省・河川局・海岸室の野田徹氏、日本財団・海洋グループの山田吉彦氏、古川秀雄氏および高橋秀章氏が参加している。
(2)設立の背景
沖ノ鳥島には、維持再生、利用計画および法的地位、などの検討課題がある(図1)。沖ノ鳥島研究会では、このなかの島の維持再生こそが喫緊の課題と認識している。
環礁内にある2つの小島は、侵食と水没により、消失の危機に瀕している。侵食については、コンクリートブロックの整備やチタン製の防護ネットの設置などの対策が講じられてきたが、水没に関する対策はこれまでのところ皆無である。
水没を予想する理由は島の沈降と海面上昇のためである。島の沈降の原因は今から4千万年前まで遡らなければならない。当時、沖ノ鳥島を含む九州―パラオ海嶺は、その下に沈み込む太平洋プレートに支えられていたのだが、沈み込み帯が徐々に移動するようになるにつれて、支えが失われて100年に1cmの速度で沈むようになったのである。これに対して、海面上昇の方はごく最近のイベントであるが、島の沈降よりも桁違いに影響が大きい。今世紀の海面上昇は10-90cmと予測されているが、仮にこの中間値をとったとしても、沖ノ鳥島にある小島はあと半世紀も待たずして消失の運命にある。補強工事は侵食を防ぐことができても、忍び寄る“島消失”の危機は食い止めようもない。だからこそ、“島の再生”が必要なのである。
図1 沖ノ鳥島を巡る検討課題と沖ノ鳥島再生計画の位置付け
(3)研究会の目標
沖ノ鳥島研究会の目指す“島の再生”亡は、沖ノ鳥島の環礁内にサンゴの欠片(ガレキサンゴ)や有孔虫の殻でできた州島を“自然”に形成させることを指す。そのためにはサンゴや有孔虫の生育環境を整え、より多くの“材料”を生産するとともに、それらを効率的に堆積させる方法を模索する必要がある。それらの技術を開発することおよび具体的な実行計画を提案することが研究会の目標である。
(4)島の再生の実現性
陸域の形成は、自然界では必ずしも特異な現象ではなく、条件さえ揃えば短い時間にも起こりうる。津波などの超巨大エネルギーにより高さ数mの巨礫が運ばれること、台風のような大エネルギーに伴い数kmにわたるリッジが一晩で形成されることなど、自然のエネルギーが陸域を形成する事例は多々ある。
沖ノ鳥島研究会の目指す州島は、それらよりはやや慎ましやかで、通常の波浪や流れによって形成される陸域のことである。津波や台風よりも時間を要すが、それでも10年を目処にした計画を検討している。決して途方もない歳月を想定した州島つくりを提案しようとしているのではない。
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