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5-3 ケーススタディ
 ここでは、いくつかのナノテク企業と技術を見ていく。
 
5-3-1 アプナノマテリアルズ(ApNano Materials, Inc.)
住所:22W. 38th Street、New York, NY 10018-6262
設立年:2002年
代表者:Dr. Menachem Genut
企業形態:未上場
 
(1)ビジネスの市場背景
 潤滑剤は、エンジン駆動システムに欠かせない物質である。これはもちろん、自動車だけではなく、あらゆる駆動システムにおいて必要なため、様々ナノテク開発が進められている。
 アプナノの技術は、イスラエルにあるウェイズマン・インスティチュート・オブ・サイエンスで開発された。その後、同研究機関の商業部門イエダR&D(Yeda Research and Development Co. Ltd.)からライセンスを取得し、製品化にこぎ着けた。無機化学物質のナノチューブを利用した固形潤滑剤の商品化は世界で初めてである。
 無機化合物「MS2」を層状にした物質はこれまで潤滑剤や半導体用素材として知られていた。ウェイズマンは、この物質をナノ粒子及びナノチューブに加工することに成功した。また、「WS2」「MoS2」「WSe2」「MoSe2」等も通常は、巨大な層を形成するが、これらも同様により小さな粒子やチューブ状に加工することに成功した。
 従来は、フラーレン(バッキボール)構造は炭素のみで形成できると考えられていたが、ウェイズマンによって、無機化合物でも同様の構造を形成できることが証明された。
 昨年だけで、およそ50種類の無機化合物を素材にしたナノチューブの開発が報告されている。利用される元素の種類も多様化しており、今後同様の商品が登場することになると見られている。
 
(2)主要技術
 同社が開発した潤滑剤「ナノルブ(nanoLub)」は、ナノテクを駆使した固形潤滑剤として初めて商品化された。開発した物質は、あたかも数百万個の極小ベアリングのように回転することによって、駆動システムの摩擦や摩耗を大幅に削減することができる。具体的にいうと、例えば、自動車が必要とする潤滑剤の量が500グラム程度にまで削減できる。
 「MS2」「WS2」「MoS2」等の物質は層状のまま潤滑剤として使われてきたが、層の端から化学反応が起きることによって、序々に分解されてしまうという欠点があった。さらに、サイズが大きいため、金属部品の孔に入り込み、金属の表面を覆うということが難しい。これに対して、同社が開発したナノ粒子やチューブは、金属の孔に入り込み表面上に蓄積する。その結果、金属同士の摩擦を防ぎ、優れた潤滑剤として機能する。また、化学反応による分解を防ぐことで製品の寿命が延び、化学的にも物理的に安定している。
 また、液体潤滑剤、グリース、粉末、薄い金属コーティングヘの添加剤としても利用できる。ナノルブは、非常に表面の粗い金属状でも潤滑機能を発揮する。言い換えると、これまでのように摩擦をできる限り減らすために金属の表面を極端になめらかにする必要性がない。
 同社は現在、製造プラントを建設中だが、完成すれば日に150キログラムのナノルブを製造する予定である。
 
図15: ナノルブのコーティング
 
(3)将来的に見込める市場
 特に、ギアボックス、トランスミッション・システム、アクセルといった駆動部位へ利用することで、燃料の消費効率を極めて高めることができる。また、オイルやグリースに付加する有毒物質の代替製品となるため、環境汚染防止にも役に立つ。
 物質自体が非常に安定しているため、負荷の高い駆動システム、宇宙空間、ジェットエンジン、半導体製造機器等への応用も期待されている。
 また、同社が開発したナノ粒子は、現存するどの衝撃吸収剤よりも高い機能を持つという。例えば、ボロン・カーバイドやシリコン・カーバイド等、防弾チョッキや軍隊の防御素材等に利用されているものに比べて2倍の強度を誇る。最近の研究では、最大250トン・平方センチメートルのショックにも耐えうることがわかった。
 
(4)考察
 製品は、すでに人体への影響等の検査も行ったが、今のところ有害な効果を示す結果は出ていない。したがって、環境への影響からも非常に期待が高まっている。燃費を抑えるところからもクリーン技術として今後、多方面で利用されると考えられる。また、自動車メーカー等の協力を得て、すでに現場での実施試験も行い、高い評価を受けている。
 航空宇宙関係の政府機関も注目している。これは、ナノルブが超低圧環境でも非常に安定しているためである。揮発性が非常に低いことから、クリーンルーム環境での利用も期待されている。同社が作るナノチューブ物質はまた、極度の圧縮を受けたときにも非常に強いのが特徴である。例えば、防弾チョッキのような素材への応用が期待されている。現在の課題は、物質の量産体制を整えることである。
 
5-3-2 インフラマット(Inframat, Corp.)
住所:74 Batterson Park Rd., Farmington, CT 06032
設立年:1996年
代表者:James C. Hsiao, PhD(共同創立者、取締役会長)
Co-founder and Chairman of the Board
企業形態:未上場
 
(1)ビジネスの市場背景
 同社が手がけるのは、ナノ・コーティング、磁気ナノ複合材料、医療用埋め込み型装置、触媒の4分野。これまでに顧客ベースの資金調達で800万ドルを獲得している。これには、連邦政府によるR&D契約や企業との共同開発等が含まれる。販売額が急速に増加していることを受け、ナノテク専門企業としては初めてデロイトの「Y2002 Deloitte & Touche Connecticut Technology Fast 50」に表彰される。同賞は2003、2004年ともに獲得している。
 インフラマットは、インフラに使われる部品用のコーティングの耐用年数を向上するためのナノ構造物質を開発している。今日では、様々な業界で使用されている機械部品に必要とされる高性能コーティング技術の需要は益々増加している。しかし、ナノ分子や微細パウダーは非常に軽く、噴霧ガスの中では使えない。このため、溶射には不向きであることがわかった。そこで、インフラマットは、ナノ分子粉末を溶射できる極小粒に再構成する技術を開発した。
 同社の共同設立者であるフシャオ氏は、姉妹会社であるUSナノコープ(US Nanocorp, Inc.)の設立者でもあり、バッテリー・インテリジェンス(Battery Intelligence, Inc.)の取締役でもある。
 
(2)主要技術
 同社が保有する特許技術は主に、(1)大量のナノ素材を合成する安価な湿式化学技術(2)ナノ・コーティングの溶射向けナノ構造粉剤の工業用原材料の再構成及び溶射技術「ソリューション・プラズマ・スプレー」に関するものである。
 ナノ・コーティング分野では、高性能の浸透性遮熱コーティング(TBC断熱)技術の商用化を開始。同社は、これまでコーティングに使われてきた原材料を代替する新たな材料としてイットリア安定化ジルコニア(YSZ)に注目、ソリューション・プラズマ・スプレー(SPS)という同社が特許を保有する新技術を開発。耐性としても経済的なコストとしても効率的なコーティングを可能にした。
 これまでのコーティング技術としては、大気プラズマ溶射(APS)や電子ビーム物理蒸着(EBVPD)法があったが、それぞれ高温への耐性がいまひとつ、コストが最大2,000万ドルかかる等の問題があった。SPSは、高温への耐性と低コストを兼ね備えたという点で優れている。
 従来のプラズマ溶射では、粉末状の原材料を使っていたが、SPSはジルコニウムやジルコニアを含む前駆物質溶液を霧状にして液滴を形成し、高温のプラズマフレームに吹き付ける。これが、物理・化学反応を経て、高速で金属素地の上に蒸着されTBCを形成する。
 SPSは、金属の表面温度で摂氏約160度での温度降下が可能になる。そのため、航空機のタービンエンジンや発電用工業用タービンの高熱ガスを遮断するために使われ、金属部品の耐用性向上や、エンジンの燃料消費量の減少につながる。
 現在同社のコーティングが採用されている例として、米海軍が保有する潜水艦や、航空母艦、掃海母艦のデッキがある。SPSを採用したコーティングは、航空機のタービン(ジェットエンジン)や業界用機器等の高熱を発する部分が主要な用途となっている。また、TBC断熱や、耐水性の濃度の高いセラミック等にも使われている。
 
(3)将来的に見込める市場
 現在は、軍用のエンジン等に多く使われており、米海軍では150種以上の製品に使用されているという。機器やシステムの導入の価格が低く一般市場への進出も容易である。技術がこれまでも使用されてきた約4,000ドル・クラスのCOTS(Commercial Off-the-Shelf)プラズマ・スプレーガンにも対応していることも、同社技術の普及を促すと考えられる。
 例えば、小型のエンジン等にも応用されることが予想される。また、潜在的な応用先として、人工装具や関節等向けの医療用埋め込み型装置のコーティングが考えられる。コーティング材料のナノ構造物質も多く開発しているため、様々な用途への応用が可能になっている。
 
図16: ソリューション・プラズマ・スプレーの概略
 
(4)考察
 一般にナノテクの研究開発は進んでいるものの、ナノサイズの物質が人体にどのような影響をもたらすかという問題は常に指摘されている。医療器具やそのほか人の生活に密着した製品は、健康に対する悪影響がないという点を証明できなければ、広く普及できない。
 一方、インダストリアル・ナノテク(Industrial Nanotech, Inc.)が現在特許申請中のコーティング技術、ナンスレート(Nanslate)は、現代で最も断熱効果が高いとされているHydro-NM-Oxideを使用する。ほかにもナノ構造物質を使用するコーティング技術・材料を開発する企業は増加しており、インフラマットがマーケティングを行う上で、これらの企業と競合していく。同社がSPSを定着させるためには、技術の柔軟性を活用し、より幅広い用途を応用していく必要がある。


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