4. 高速船搭載機器及び装置と欧州メーカーの動向
高速船の推進機関は高出力軽量で、客船の場合は主推進システムが故障した場合でも自力で近くの避難港に戻れる冗長性が必要であり、高速ディーゼル・エンジン、ガス・タービン、ガス・タービンとディーゼル・エンジンの組み合わせ機関(コンバインド:CODAG)が採用されている。
下表の様に、過去10年間に建造された30ノット以上の高速船の主機は、ディーゼル・エンジンが圧倒的に多い。初期投資と燃料コストは高いが、比較的クリーンで騒音も少ない推進機関であるガス・タービン又はコンバインドシステムの採用例は、特に環境や快適性に配慮する必要のある超大型高速クルーズ客船や特殊HSCに限られている。
高速船の推進装置としては、ウォータージェットが圧倒的に多く、高速船の推進機関は、ディーゼル・エンジンとウォータージェットの組合せが主流となっていることが明らかである。
ガス・タービンとウォータージェットの組合せの例は、1996年建造のStenaの超大型HSC3隻やわが国のスーパーライナー小笠原が挙げられるが、近年の採用例はほとんどない。
また、推進機関製造は、高速船建造ではオーストラリアのメーカーに差をつけられている欧州メーカーが非常に強い分野であることが特徴である。
高速船(30ノット以上)搭載主機の種類
エンジン |
隻数 |
ディーゼル |
267 |
ガス・タービン |
26 |
コンバインド |
7 |
合計 |
300 |
|
出典:Lloyd's Fairplay資料より作成。2005年7月現在。
注:1995年1月1日以降竣工の新造船。建造予定を含む。 |
高速船(30ノット以上)推進装置の種類
推進装置 |
隻数 |
ウォータージェット |
261 |
FPP |
21 |
CPP |
16 |
不明 |
2 |
合計 |
300 |
|
出典:Lloyd's Fairplay資料より作成。2005年7月現在。
注:1995年1月1日以降竣工の新造船。建造予定を含む。 |
下表を見ると、30ノット以上の高速船の主機搭載実績では、ドイツのMTU社が他社を大きく引き離している。
2位のCaterpillarは米系のエンジン・メーカーであるが、欧州でも高速エンジンを製造しており、セールス及びサービス活動は、Caterpillarグループ内でCatとMaKブランドのエンジンを担当するドイツのCaterpillar Marine Power Systems社が行っている。
RustonとPaxmanは英国の高速ディーゼル・エンジン・メーカーであるが、現在はドイツのMAN B&Wグループに属している。従来大型低速エンジンに強いMAN B&Wは、拡大する高速エンジン市場への参入のため、2000年にフランスのエンジニアリング・グループALSTOMから英国の中・高速エンジン・メーカーRuston、Paxman、Mirrlees Blackstoneを買収した。
また、ガス・タービン製造最大手のGEは米系メーカーであるが、ガス・タービン製造はイタリアで行っている。
高速船(30ノット以上)の主機メーカー別搭載実績
メーカー名 |
隻数 |
MTU |
156 |
Caterpillar |
36 |
Ruston Paxman |
34 |
General Electric |
17 |
Solar Turbines |
12 |
MWM |
11 |
Cummins |
8 |
SEMT Pielstick |
5 |
Wärtsilä |
5 |
その他・不明 |
16 |
合計 |
300 |
|
出典:Lloyd's Fairplay資料より作成。2005年7月現在。
注:1995年1月1日以降竣工の新造船。建造予定を含む。 |
4.1.2.1 MTU Friedrichshafen
高速船向けディーゼル・エンジン市場においては、MTUが圧倒的な優位に立っている。
ドイツ南部Fridrichshafenに本社を持つMTUの前身であるMaybach-Motorenbauは、1923年以来ディーゼル・エンジンを製造してきた。当初は鉄道、乗用車向けディーゼル・エンジンを製造していたが、第二次大戦後に鉄道用に製造したエンジンは、非常にエネルギー密度が高かったため、海軍高速艇、警察艇に転用されるようになった。
1960年、Daimler-Benzがフリードリヒスハーフェンのエンジン工場を買収、1969年には企業再編により、高速エンジン部門はMTU(Motoren-und Turbinen-Union Friedrichshafen GmbH)として独立した。現在、MTUはDaimlerChryslerグループの傘下にある。
同社の2004年度の売上は13.5億ユーロで、75%は輸出向けである。世界に約500ヶ所のサービス拠点を持ち、全世界の従業員数は6,684人(うちドイツ国内5,852人)。研究開発予算は1.07億ユーロで、売上の約8%に相当する。
同社は、同社のエンジンが他社製品よりも価格が高めであることは認めており、それはメルセデス・ベンツとフォルクスワーゲン・ゴルフの違いであると主張している。
(MTUのビジネス戦略)
MTUの主要舶用製品は、以下の通りである。ディーゼル・エンジンは軽量、小型で高速船搭載に特に適している。
エンジン
●ディーゼル・エンジン(275〜9,000kW)
●ガス・タービン(3.1〜27.6MW)
●発電機(230〜1,840kW)
また、MTUはエンジンだけでなく、以下のような関連電子機器、周辺機器を供給し、顧客がひとつのソースで全ての機関設備を調達できることを強みとしている。
エレクトロニック・システム
●エンジン・マネジメント・システム
●電力供給システム
●診断システム
●オートメーション・システム
周辺機器
●冷却システム、空気清浄システム
●弾性エンジン・マウント及びカップリング
●ベース・フレーム
さらに、機器供給だけではなく、プロジェクト・マネジメント、顧客サポートなどのソフト面でのサービスが充実していることもセールスポイントとしている。
顧客及び製品サポート
●トレーニング
●サービス、メンテナンス、ロジスティック
●メンテナンス設備計画
プロジェクト・エンジニアリング及びマネジメント
●仕様と製品の決定
●製品分析とシミュレーション
●インターフェイス分析
●計画段階からトライアルまでの一括管理
サービス
●ファイナンス・マネジメント
●メンテナンス方法の提案
●サービス契約
(MTUのマーケティング方式)
上記のMTUのサービスとしてファイナンス・マネジメントが挙がっているが、高速船エンジン市場で欧米のエンジン・メーカーが優位である理由として、製品とファイナンスを組み合わせたマーケティング方式が考えられる。3
国内に有力なエンジン・メーカーを持たないオーストラリアの主要造船所は、MTUを始めとする欧米のエンジン・メーカーとタイアップし、プロジェクト・プロポーザルとファイナンスをパッケージ化したマーケティング方式を採用する場合が多いとされている。
プロジェクト・プロポーザルとは、潜在顧客である船社に対し、特定航路の採算性、船舶仕様等を提案するもので、ファイナンスは当該エンジン・メーカーの関連ファイナンス会社が融資または保証する。エンジン・メーカーは、通常船舶全体の3分の1に相当するエンジン・コストに見合う融資を提供する。
エンジン・メーカーがこのようなファイナンスを提供する利点としては、以下が挙げられる。
●船舶発注の上流部門から関与することで、安定した需要を確保できる。
●造船所との緊密な関係を維持することにより、値下げ競争を防ぐことができる。
●エンジンの販売だけではなく、メンテナンス等からも利益が見込める。
●船主からの信用が高まり、他の発注でも有利な立場を築ける。
●自社エンジンだけではなく、グループ企業からの製品もパッケージとして売り込むことができる。
このようなマーケティング手法の背景には、系列造船所を持たない欧米のエンジン・メーカーは、エンジン単体を船主・造船所に売り込んでいかなければならなかったという環境がある。特に高速エンジンの場合は、船主が中小企業であることも多く、ファイナンスや採算性試算のノウハウを持たない場合もある。エンジン・メーカーはこのような船主に対し、新造船の発注(あるいは中古船のエンジン交換)を促すため、調査・企画段階から勧誘、あるいは提案を行いながら需要を掘り起こすことを目的としている。
一方、造船会社にとっては、エンジン・メーカーによるプロポーザルやファイナンスの提供は、船主へのアプローチに非常に有利な条件となる。
3「東南アジア・オセアニア地域における旅客船参入手法に関する調査」(シップ・アンド・オーシャン財団)
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75年以上の歴史を持つ米国Caterpillar社のディーゼル・エンジンも、MTUには及ばないが、近年欧州船主向けの高速船における採用実績を増やしている。同社全体の2004年度の売上は302.5億ドルである。
Caterpillarエンジンの成功は、ハンブルク(ドイツ)に拠点を置くCaterpillar Marine Power Systemsがセールスとサービスを担当していることも理由であると考えられる。
Caterpillar Marine Power Systems社は、Caterpillarグループ内のCat(R)及びMaKTMブランドのエンジン全機種のセールス及びサービス専門に設立された企業で、商船及びプレジャー・ボート市場向け中・高速エンジン(11kW〜16,000kW)の製品とサービスのシングル・ソースからの提供を全世界で行っている。サービス拠点数は1,800に及ぶ。
(採用例:Highspeed 5)
2005年夏に就航したギリシャHellenic Seaways社の新造カタマラン型高速フェリー「Highspeed 5」(Austal建造)には、Cat(R)3618型エンジンが搭載された。
1999年設立のHellenic Seaways社は(旧称Hellas Flying Dolphins)ギリシャ最大手のフェリー運航会社で、従業員数約3,000人、35隻のフェリーを所有・運航している。年間旅客数は600万人以上に及ぶ。
同社は旧造船のエンジンや居住区の改造等を進めるとともに、設立以来、新造高速フェリー4隻を発注している。
最新高速フェリーである「Highspeed 5」の主な仕様は以下の通りである。
Hellenic Seaways社「Highspeed 5」の要目概要
船名 |
Highspeed 5 |
航路 |
ピレウス−ハニア(クレタ島) |
造船所 |
Austral(オーストリア) |
船体 |
アルミ製カタマラン |
全長 |
85m |
幅 |
21.2m |
載貨重量 |
470DWT |
乗客数 |
809人 |
車両数 |
154台 |
乗員数 |
26人 |
主機 |
Cat 3618×4、計28,400kW |
発電装置 |
Cat 3408×4、920kW |
推進装置 |
Kamewaウォータージェット×4 |
最大速力 |
41ノット |
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Caterpillar社は、Highspeed 5にCat 3618エンジンが採用された理由として以下を挙げている。
●Cat 3618モデルは既に2,000台以上の実績(うち高速船搭載は120台)、総稼動時間6,000万時間を誇るCat 3600シリーズの改良版であること。
●高出力、高燃費効率、比較的コンパクトなサイズの組合せ。
●IMO及びEPA2007基準に適合。
●エンジンの250以上のパラメーターを監視するMarine Monitering System(MMS II)を提供。
●造船所Austalとの緊密な関係。既に7隻分の同型エンジンを納入。
●Hellenic Seaways社への納入実績。
●ギリシャのCaterpillarディーラーEltrakによるローカル・サポート。
Caterpillar 3616/3618
Commercial Vessel Ratings |
5650bkW(7577bhp)at 1000rpm |
7200bkW(9652bhp)at 1050rpm |
Specifications |
Configurations |
Vee 16/18 Cylinder |
Cycle |
4-Stroke-Cycle-Diesel |
Bore x Stroke |
280mm(11.0in) x 300mm(11.8in) |
Displacement |
3616: 296L(18062cu in), 3618: 3331(20286cu in) |
Governor |
Mechanical |
Aspiration |
Turbocharged-Aftercooled |
3616: LxWxH(mm) |
5872mm x 1871 mm x 3541mm |
Weight(Approx. dry) |
31,000kg(68,350lb) |
3618: LxWxH(mm) |
6113mm x 2161mm x 3462mm |
Weight(Approx. dry) |
37,900kg(83,570lb) |
Average Fuel Consumption at Rated Speed |
7682mhp at 1000rpm |
365U.S. gal/hr |
1381L/hr |
9786mhp at 1000rpm |
455.8U.S. gal/hr |
1725L/hr |
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