平成17年度
瀬戸内海の防災と環境対策に向けた高潮・津波の影響評価に関する研究
報告書
平成18年3月
独立行政法人 産業技術総合研究所中国センター
瀬戸内海の防災と環境対策に向けた高潮・津波の影響評価に関する研究
1. 研究概要
瀬戸内海は、産業開発や都市開発などにより環境が悪化してきた。一方、高潮や津波などの自然災害の発生に伴う突発的な環境の悪化が心配されている。これは高潮や津波の襲来によって流動が大きく変化し、港内の海底に堆積した有害物質を含むヘドロなどの底質物質が港外に広く拡散するからである。これまでの高潮や津波の研究は、防災面から取り組んで評価しており、今後の港湾設計の中では防災と環境の両面を考慮した対策技術が必要である。
本研究では、瀬戸内海大型水理模型を使用して、防災と環境との両面から高潮や津波による潮汐・潮流変化、拡散現象などの実態を解明し、将来の港湾設計のための対策に資することを目的とする。
瀬戸内海沿岸域では、台風に伴う高潮や異常潮位が近年頻繁に発生し、人々の暮らしに深刻な影響を与えている。またプレート境界型の地震によって発生する津波が瀬戸内海に襲来すれば、その影響は計り知れない。瀬戸内海沿岸域における安全で安心な社会の形成を実現するためには、沿岸域の災害軽減や環境保全の研究が不可欠である。
これまでの高潮や津波の研究は、防災面から取り組んで評価したものが殆どであり、環境面も含めて評価したものはない。高潮や津波などの非定常なイベントは、港内で予想外の強い流動変化を発生させたり、海底に堆積した有害物質を含むヘドロなどの底質物質が広く拡散して水質環境を悪化させたりする可能性が高い。
本研究では、瀬戸内海大型水理模型を使って、防災と環境対策に向けて「異常潮位、高潮の影響評価に関する実験」と「津波の影響評価に関する実験」を実施する。先ず、異常潮位、高潮の影響評価に関する実験では、瀬戸内海の主要な港湾において異常潮位や高潮による潮汐変化を測定して災害度合を明らかにし、閉鎖性海域の流動変化や拡散現象について解明することを目標とする。次に、津波の影響評価に関する実験では、瀬戸内海の主要な港湾において津波の到達時間や最大高さなどの伝播特性を明らかにし、防災のために作られた護岸や堤防で囲まれた海域内の流動変化や拡散現象について解明するとともに、局所海域における防災と環境を考慮した対策技術を検討する。以上のことを解明、検討することにより、防災と環境との調和がとれた港湾設計を提案する。
本研究の研究期間は、平成17年度から平成19年度までの3年間である。本研究では、瀬戸内海大型水理模型を使用して、防災と環境との両面から異常潮位、高潮や津波による潮汐・潮流変化、拡散現象などの実態を解明する。3年間の研究項目は、下記の通りである。
1. 異常潮位、高潮の影響評価に関する水理模型実験
(1)主要港湾における異常潮位時の潮汐測定と災害度合の解明(平成17年度実施)。
(2)閉鎖性海域における異常潮位時の流動変化と拡散現象の解明。
(3)高潮時の潮汐測定と災害度合の解明(平成17年度実施)。
(4)高潮時の流動変化と拡散現象の解明。
2. 津波の影響評価に関する水理模型実験
(1)主要港湾における津波の到達時間や最大高さ等の伝播特性の解明(平成17年度実施)。
(2)津波波形の形態の違いによる津波伝播特性の解明(平成17年度実施)。
(3)津波発生源の違いによる各海域での津波伝播特性の解明。
(4)局所海域での津波による流動変化と拡散現象の解明。
(5)局所海域における防災と環境を考慮した対策技術の検討。
初年度(平成17年度)では、研究項目の1.(1)、1.(3)、2.(1)、2.(2)を実施した。各研究項目での水理模型実験の実験回数を表1-1に示す。
表1-1 水理模型実験の実験回数
研究項目 |
実験回数 |
1.(1)主要港湾における異常潮位時の潮汐測定と災害度合の解明 |
10回
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1.(3)高潮時の潮汐測定と災害度合の解明 |
7回
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2.(1)主要港湾における津波の到達時間や最大高さ等の伝播特性の解明 |
10回
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2.(2)津波波形の形態の違いによる津波伝播特性の解明 |
10回
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合計37回
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高潮や津波の実験に使用した瀬戸内海大型水理模型実験施設の概要について述べる。この水理模型は、1973年(昭和48年)に建設され、瀬戸内海の海水汚濁の実態解明や環境修復のための流況制御技術の開発研究に使用されている1。
写真2-1に示した瀬戸内海大型水理模型は、紀伊水道、豊後水道、関門海峡までの瀬戸内海全域を、水平方向1/2,000、鉛直方向1/159に縮尺した歪み模型である。海底地形は詳細な海図をもとに専門職人が手作りで施工精度3mm(現地換算48cm)の厳しい条件で仕上げた三次元海底地形となっている。模型建屋は鉄骨構造で製作され、高さ23m、長さ230m、内海部の幅50m、紀伊水道及び豊後水道部の幅は100m、実験場の面積は約17,200m2とサッカーグランド2面がゆうに収まるほどの広大な規模である(図2-1参照)。模型内の海域水量は5,000m3であり、内海には数多くの島(737島再現)と埋立地や防波堤、主要河川73本が作られており、最新の地形を再現している。
写真2-1 |
瀬戸内海大型水理模型(播磨灘上空より九州側へ向かって撮影) |
図2-1 瀬戸内海大型水理模型の平面図
この水理模型内に潮汐潮流を現地と同様に再現させるため、紀伊水道、豊後水道、関門海峡の3ヶ所に起潮装置を設置し、制御コンピュータにより各種の潮汐を0.1mmの精度で発生し再現させている。なお模型の時間縮尺は1/159であり、M2潮12時間25分は模型時間で約5分になる。模型諸元を表2-1に示す。
この水理模型の潮汐潮流の精度を極限まで満すために約5年間の調整を行い、再現性を高めた。さらに、模型内の物質拡散の相似性についても、基礎実験を積み重ね極めて高い精度で再現されている。模型実験で使用する各種観測装置は独自の開発を含め最新装置が整備され、世界最高の実験技術と精度が育成されている。近代のデジタル式のスーパーコンピュータに対し、アナログ式の水理模型は流動現象の再現性や精度は決して劣っていない。しかも画像の世界で表現するという優れたコンピュータ・シミュレーションでも決して表現できない、実空間を実感しうる再現性を水理模型は有している。
表2-1 瀬戸内海大型水理模型の諸元
1 山崎宗広、上嶋英機:世界最大規模のアナログシミュレータ「瀬戸内海大型水理模型」の歩みと業績、沿岸域学会誌、第18巻1号、pp.33-35、2005.
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