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シンポジウムI 「日本における新生児聴覚スクリーニングの現状」
シンポジスト
「産婦人科における新生児聴覚スクリーニングの現状」
山口病院 山口 暁
 
 1998年ごろから比較的安価で簡便で精度の高い聴覚スクリーニング装置が日本でも発売されて産婦人科領域での新生児聴覚スクリーニングが普及してきている。2000年に岡山県から開始された新生児聴覚検査モデル事業は、2004年には全国14都道府県で実施されている。また、日本産婦人科医会の調べでも、聴覚スクリーニングは全国33都道府県で実施されているとの報告がある。産婦人科医会や行政により把握されていないケースも多数あると考えられ、出産数ベースでは、50%前後の新生児に対して産科施設で聴覚スクリーニングが行なわれているものと予測される。
 新生児聴覚障害は、1000人に1〜2人と推定され頻度が高い障害である。従来は有効なスクリーニングの手段がなく、診断の遅れ、結果としてその後の療育をより困難なものとしていた。新生児聴覚スクリーニングの普及による聴覚障害の早期診断と療育の開始は、聴覚障害をもつ児の社会性の獲得に有効で、また児の保護者の負担を軽減するものと期待される。
 しかし、反面、聴覚障害の早期スクリーニングによる母子・父子関係確立への影響を懸念する意見も多数認められる。また、新生児時期でのスクリーニングは、産科医、新生児科医、小児科、耳鼻科医、保健師、療育担当者などさまざまな領域が関係する分野のため、効率なスクリーニング体制の構築にはいくつかの障壁も伴う。聴覚障害や聴覚検査に対する誤解や知識不足、精査療育体制の不備などによるスクリーニングをめぐるトラブルも少なくない。
 このため、新生児聴覚スクリーニングの実施にあたっては、スクリーニングを受ける新生児やその保護者に必要以上の負担や不安を与えないためにも地域の状況に則したスクリーニング体制の整備が必要である。
 今回のシンポジウムでは、産婦人科領域での聴覚スクリーニングの利点と問題点、トラブルの具体例に触れるとともに、演者が関係する千葉県船橋市・鎌ヶ谷市でのスクリーニング体制とその成績について報告する。
 
シンポジスト
「新生児聴覚スクリーニングの現状」
森田訓子 小張総合病院耳鼻咽喉科
 
 わが国では、平成10年から新生児聴覚スクリーニングの試みが開始され、現在では全国的規模で実施され始めている。これに伴い、スクリーニング検査でリファー(要精検)となった子どもの耳鼻咽喉科受診数も急激に増えている。平成15年度に日本耳鼻咽喉科学会の福祉医療・乳幼児委員会が全国の各耳鼻咽喉科地方部会に対しておこなった「新生児聴覚スクリーニングに関するアンケート」の調査では、地域単位で同スクリーニングを実施しているのは17地方部会で、そのうちの13地方部会におけるスクリーニング(総数73343人)の結果は、要精密検査344人(0.47%)、両側聴覚障害60人(0.08%)、一側聴覚障害60人(0.08%)であった。精査のために耳鼻咽喉科を始めて受診した時期は、半数以上が生後1カ月以内であった。補聴器の装用に関しては、開始時期は生後4〜6カ月、常時装用は生後6カ月以内、両耳装用は生後7カ月以降の回答が多かった。また、日本耳鼻咽喉科学会では平成14年9月に新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査機関リスト(全国版)を作成し、平成17年2月からは同学会のホームページ上でも同リストを閲覧することができるようになった。さらに、平成17年4月には日本聴覚医学会主催の新生児聴覚スクリーニング後の精密聴力検査に関する講習会(第1回)が開催され、定員を大幅に上回る受講の希望があった。このように、耳鼻咽喉科では新生児聴覚スクリーニングに対して学会全体として取り組み、耳鼻咽喉科医の関心も高まってきている。
 精密聴力検査機関の主な役割は、迅速な聴覚障害の診断とその後の速やかな療育機関紹介、聴覚管理フォローおよび関係機関との連携であるが、リファー(要精検)児の保護者の精神面に対する配慮、支援も不可欠である。今回は、当科における新生児聴覚スクリーニング後の精査状況を中心に、問題点や取り組みについて述べる。
 
シンポジスト
「当院における新生児聴覚スクリーニング後の療育の現状」
−STの立場より−
 
埼玉県立小児医療センター保健発達部 北 義子
 
 埼玉県立小児医療センターでは1997年より新生児聴覚スクリーニングをNICUにて開始。1999年初めて産科よりスクリーニング後の新生児を受け入れた。このことに呼応して2000年より新生児聴覚スクリーニングによって難聴を発見された乳児に対しての集団外来を開始した。この集団外来は月に1回の頻度で12回(当初は8回)行われ、難聴乳児を初めて育てる保護者向けに難聴乳児の育児や聞こえ、手話や指文字などのコミュニケーションモード、補聴器や人工内耳、また今後の教育・療育施設についてなどの情報提供を行うとともに、難聴乳幼児を継続的に耳鼻科にて診察し、聴力の変化や鼓膜の異常の有無等を確認している。また、聴力の程度に応じて、高度難聴であればより早期に、軽・中等度難聴であれば聴力程度を確認しつつ補聴器装用を薦めている。音楽療法士の指導により、親子で音楽療法を楽しむ時間もある。聾学校小学部や普通小学校に通う難聴児の親もボランティアとして参加しており、外来の時間は和やかな雰囲気で行われている。
 2005年6月現在、参加終了した難聴乳児は60人である。これらの乳児の現在の在籍施設はろう学校21人、難聴児通園施設(厚労省管轄)6人、難聴児訓練施設(社会福祉事業団)10人、当センター5人、正常化6人、その他(転居、不明)4人であった。保護者の精神的問題のために満足に教育・通園施設に通えず、難聴児に必要な教育に欠けている例はあり、当然ながら難聴児の家族にも現代の家族の問題が反映されている。人工内耳埋め込みを行っているものは6人であった。重複障害があるものは15人であった。言語発達については今後精査する予定であるが、軽中等度の難聴児で継続した言語指導が受けられていれば難聴によるハンディは大変軽減していることが予想される。人工内耳の活用も言語獲得に大きく貢献をしていくと考えられる。また、視覚手段の活用による言語力の発達にも注目して行く必要がある。
 
特別講演1-「ドイツにおける新生児聴覚スクリーニングの現状」
Universal Newborn Hearing Screening in Germany
Priv.-Doz. Dr. med. Gotffried Aust
Assistant Professor at the Free University Berlin
Medical chief of the Cochlear Implant Center Berlin-Brandenburg
Advisory Center for Hearing Disabled Children Berlin-Neukoelln, Germany
 
Abstract:
 
 The recognition of hearing disorders in Germany takes place relatively late despite of various offers of hearing tests and preventive examinations. Corresponding to this late recognition providing of hearing aids and early counselling take place very late. With the Universal Newborn Hearing Screening we now have an objective measure for very early recognition of a hereditary hearing loss. Providing with hearing aids to this very early time is, however, a problem.
 We start in Berlin with testing of hearing aids not before the end of the third month of life. On the other hand parents are confronted very early with a possible consisting hearing disorder. Following our observations parents are worried about already at this moment when their child screening failed and the possibility of a hearing deficit exists.
 There is a high necessity for expert guidance of the parents because the results of screening tests in many cases are still insecure. We had to learn that the time interval of 4 weeks between 1st screening and follow-up screening is to long. Follow-up screening should be earlier, especially in insecure test results, and in these cases parents need comprehensive guidance in their crisis to avoid disturbances in the emotional relationship to their child.
Key words
 
Deafness, Universal Newborn Hearing Screening, Diagnostics, Counselling
 
Abstract: ドイツにおいての新生児聴覚スクリーニングは、遅れている。その検査の普及の遅れより、補聴器装用や、早期療養の遅れが生じているのが現状である。
 その問題解決に向けて、ベルリンで早期発見を志し、3ヶ月以前に発見された難聴児に対しての早期補聴器の装用を働きかけている。しかし、検査結果の評価については、信頼性が100%ではない為、慎重に熟練した医師の判断のもと、結果を両親に説明することが必要と考えられる。また、経過観察の期間について、一回目の検査結果がrefferと出た場合は、なるべく早くの再検査が良いとされる。4週間以上あけての再検は、両親への不安をつのらせるものとなり、なるべく早めの検査が勧められる。
 
スライド1: Introduction
 
スライド2: ドイツでのスクリーニングは遅れているのが現状であるが、今後の課題として以下のポイントについて考察が必要である。
 
スライド3:
1)スクリーニングを施行したかどうか
2)母体が地域の検査でのスクリーニング検査なのか、それともリスクファクターがあったために施行されたスクリーニング検査なのか。
3)検査は片側か、もしくは両側施行したか。
4)スクリーニングの時期と場所
5)スクリーニングの方法:ABRかOAEか
6)スクリーニングにかかるコスト
 
〈スクリーニングを施行したかどうか〉
 ドイツの新生児聴覚スクリーニング検査は、様々な試みを行っているが、最近の傾向としては、遺伝性の難聴児発見に注目している。
 リスクのあるグループに対してのスクリーニングは重要で、約30〜50%の割合で難聴が発見される。一般的に両耳の検査が必要と考えられるが、まれに片側のみの検査を施行している施設が存在する為注意を要する。
 
〈スクリーニングの時期と場所〉
 スクリーニングを施行する施設として推奨されるのは、大病院でかつ訓練された検査技術師による判定が可能な所がよい。時期としては、生後4〜6週間が良いとされている。しかし、その際の検査費用の問題、また熟練した検査技師の判定を受けることができない場合が多い。
 
〈スクリーニングの技術〉
 OAE検査が現在のところ検査の時間が早く、方法も簡便という点で使用頻度が高い。AABRは、OAEに比較するとやや検査方法に時間がかかる点が挙げられる。しかし、検査結果の鋭敏性に関してはOAEよりAABRの方が優れている。結果の再現性については、OAEの方がAABRよりも優れているという報告がある。また、機械の費用については、AABRの方が高い。
 
〈スクリーニングの資金運営〉
 新生児のスクリーニングにかかる費用問題については、大きな課題の一つである。難聴児発見の為の医療対策としては、生後一年目となるので、小児科での対応となる。(U1-U9という時期)その期間の検査については、健康保険で補われる。しかし、実際は、その小児科の技量にかかっており、ばらつきが非常に大きい。国として、聴覚スクリーニング体制を整えない限り、検査施行率は上がらないと考えられる。国としての対策としては、2002年よりベルリンで施行開始され、現在では、広い地域での普及が徐々に広まっている。
 
〈ベルリンでのスクリーニング検査〉
 ベルリンでは、年間31000人が出生し、95.6%が新生児病院で出生し、4.4%が自宅出産している。新生児病院では、スクリーニングの為の機材はそろっており、ほとんどがOAEである。それらの機材は、ベルリンのライオンズクラブにより寄付されたものである。小児病院での出生の場合、AABRを使用する可能性が出てくる。
〈第一のスクリーニング検査〉
 全ての新生児に対してのスクリーニングは。熟練した検査技師がその病院にいる場合は、生後3日目に行う施行すべきである。しかし、十分な人材がいない場合は、大体2〜4週間以内に施行し、その解析は熟練した検査技師が施行する。
〈第二のスクリーニング検査〉
 第一でのスクリーニング時に要検査という結果が出た場合、もう一度再検が必要となるが、その再検査がすぐに施行可能でない場合、専門の耳鼻咽喉科や小児科への受診が必要となる。遅くとも4週間以内に第二回目の検査は必要と考えている。2回目の検査で正常の場合は、その時点でのフォローは終了となる。要再検の場合は、聴覚専門機関での精査へと進む。
 
スライド4、スライド5:
〈検査結果の解析と対応〉
 両親にスクリーニング検査についてと、第二のスクリーニングについてのインフォームドコンセントをしっかりと行い、納得した上で、用紙にサインしてもらう。その際、検査が必要と判断された場合で、両親の拒否があった場合は、マネージメントセンターという対応機関によって説得してもらうことになる。全てのスクリーニング結果は、ベルリンの大学病院と聴覚障害センターに収集され、そこから必要な結果を適宜に関連施設へと連絡がいくようになっている。
〈ベルリンでの新生児聴覚スクリーニングの結果〉
 
スライド6:
 我々の施設においては、第一、第二のスクリーニング検査を施行しており、チームとして患者に対応している。そのスペシャルチームは、耳鼻科、小児科、聴覚言語士、心理療法士、整形外科、ソーシャルワーカーで連携をとっている。
スライド7:
 もしも、感音性難聴がある場合の対応として、精査を進めるとともに、可能な場合は補聴器の装用をする。その過程は、スペシャルチームによって説明があり、具体的には難聴、人工内耳、成長発達、学校、教育、専門性、障害程度、その障害に対しての補償などを両親へ説明を行う。
 
〈結果〉
スライド8:
 我々の施設においては、TAOAE(trasitory evoked oto-acoustic emission)という器材を使用している。OAEと比較すると、ノイズやアーチファクトなどの点より優れている結果が得られている。OAEで要再検の結果が出た場合、ABRでの精査へ進む。
スライド10、スライド11:
 2004年度において、826人中262人が我々のセンターを受診しスクリーニングを施行した。その内、162人は第一のスクリーニング、100人が他病院で要再検という結果うけ、第二のスクリーニングを施行した。
年齢は第一のスクリーニング:生後3〜169日(平均49.6)
第二のスクリーニング:生後6〜157日(平均43.6)
結果は第一のスクリーニング:162人中167人が正常。8人が要再検
第二のスクリーニング:100人中80人が正常。20人が要再検
その20人中5人が2回目に正常。15人が要再検
 数回に渡り要再検と出た21人中9人が重度感音性難聴、10人が中等度感音難聴、2人が伝音性難聴という結果となった。その内、19人の感音性難聴児に対し補聴器装用と今後のコンサルトを開始した。(Table 1)
 今までの聴覚の歴史より注目すべき点として:周産期の問題、遺伝疾患、先天性疾患、聴覚有毒性薬物、アルコール中毒、トキソプラズマ感染症
 合併症を有するような遺伝疾患が基礎にある場合は、聴覚に異常をきたすケースが散見される。
スライド12: (Table 2)新生児スクリーニング検査262児においてのリスクファクター
スライド13: 2000年と2004年でのスクリーニングについての比較は、2002年頃より検査率が上昇している。
〈両親への対応〉
 第一もしくは第二のスクリーニングで要再検と両親へ説明した場合、多くの場合は全く聞こえない聾でないかと両親は心配する。その為、なるべく早期の再診をアレンジするよう心がけており、その際の説明は慎重に行っている。
 多くの親は、他の施設やインターネットで難聴の情報を入手し勉強しているケースが多い。ある程度の知識はすでにあり、適切な早期対応が必要だということも知っている場合が多い。6ヶ月時の補聴器装用や人工内耳適応についての説明を行う。中には、新生児に対して、話しかけや歌うことをやめてしまう親もいる。また、検査施行がうまくいかないケースや、両親の受け入れがいまいちの場合などは改めて時間を設けて対応している。
 
スライド14:
〈ベルリンでのスクリーニング施行に際しての問題点〉
 第一の問題点として、31000人の出生に対して、検査は38%にしか施行できなかったということである。その原因として以下のものが挙げられる。
・財政、金銭的問題
・人材不足問題
・健康保険の見直し
・教育関係の人材不足
・検査などの解析、技術能力の問題
・結果に対しての組織の働きかけの問題
 
 現在ドイツでは健康保険の見直し段階にあるが、関係者の人材確保についてははっきりとした対策案はないのが現状である。一方、無職者の増加も年々認められており、必要な現場には波及されていない悪循環がある。検査技師の能力については、様々なことが関わっており、検査方法の未熟さ、データの解析不測、の他に患者に対してのアンケートコンサルトシートヘの記入を施行してくれない場合などある。それに対しては、検査についての教育コースなどを設けて更なるレベルの向上が必要と考えている。
 
スライド15:
スライド16:
〈新生児スクリーニング後の対応について〉
 難聴が発見されある程度確定された場合の対応は、可能な限り週に一回一時間の診察とムンテラを行い、同時に補聴器の装用を開始する。他施設と比較し、我々の病院では比較的早期に装用を開始している。
 
〈まとめ〉
 新生児聴覚スクリーニングによって、極めて早期の難聴発見が可能となる。今までの述べたような検査方法で難聴児を見つけ出す。第一のスクリーニングで今後悪くなる可能性があると判断した場合は聴覚検査や小児科でのフォローを施行している。
 早期に発見された場合の補聴器装用について、補聴器の装用自体に慣れる装用ように生後3〜4ヶ月から開始するとよい傾向がある。
 また両親の難聴に対する受け入れについては、大きな問題で個人差があるものの十分な時間をかけての説明を行って対応している。
 スクリーニング検査の盲点として、第一のスクリーニングで正常という結果が出た場合、その後絶対に難聴を来たすことがないという保証にはならないことが挙げられる。従って、正常という結果がでた場合でも、難聴の状態に注意を向け、簡単な聴覚検査を施行するなどの対応が必要である。
スライド17:
 最後に一番我々が重視していることは、両親への対応で個人差があることを踏まえて、今後の対応をしっかりと説明し、かつ両親が主体となり積極的に難聴に対してのケアを行っていけるような配慮を心がけている。
 
日本語訳:埼玉県立小児医療センター耳鼻科 安達 のどか
監訳:埼玉県立小児医療センター耳鼻科 坂田 英明


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