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荒天下での水面上巨大構造船の定常航行性能
―その1 風による抵抗増加特性―
 
正員 藤原敏文*  正員 上野道雄*
正員 池田良穂**
 
* (独)海上技術安全研究所
** 大阪府立大学大学院工学研究科
原稿受理 平成17年10月14日
 
Cruising performance of ships with large superstructures in heavy sea
- 1st report: Added resistance induced by wind -
 
by Toshifumi Fujiwara, Member
Michio Ueno, Member
Yoshiho Ikeda, Member
 
Summary
 From economical and safety aspects the assessment of steady- state cruising performance of ship s under heavy wind loading is very important. A large passenger ship and a PCC with a very large hull and superstructures above sea level, which are greatly affected by wind, are treated in this paper. The assessment of the ship performance is conducted using a computational calculation method. The steady-state equations are formulated based on the MMG model for ship manoeuvring simulation to obtain the steady ship conditions like drift, heel and rudder angles. The wind loads on those ships used in the calculation, including the effect of boundary layer profiles of wind and the heel effect of the ships, are estimated by the method that the authors proposed. As a result, some important characteristics of the resistance increase in steady running condition in heavy wind for the ships are clearly revealed.
 
1. 緒言
 実海域では風、波、潮流といった外乱が存在し、船は目標針路を保持するために当舵をとりながら斜航状態で航走している。一般的に斜航状態の船は船体抵抗が増加するために、海象条件によっては大幅に船速が低下する。運航の定時性や安全上の観点から設計上はシーマージンが確保されているが、遭遇海象下での航行状態の把握は、運航管理及び設計段階での性能予測を行う上で非常に重要である。近頃では船の進行状態がGPSにより正確に計測され、田中1)は風の影響によるPCCの斜航量が非常に大きくなっている実態について報告している。ここでは、水面上船体が大きく風外乱下で斜航し、横傾斜状態にある船の航行性能評価を行う。
 過去の研究でタンカー、ばら積み船を対象として横傾斜の無い前後、左右、回頭の3自由度船体運動により、強風下の保針性能、操縦性能を採り上げた例は多い2)3)4)等。また、横傾斜影響も含めた操縦運動の検討としてはPCCやRo-Ro船も含め様々な船を対象とした平野ら5)6)の検討、コンテナ船を対象とした貴島ら7)の検討が挙げられる。ただし、無外乱下での検討であり、外乱影響による抵抗増加を対象としていない。数少ない例として平野ら8)は模擬風発生装置を模型船上に設置し、実験で風圧下でのLNG船の保針性能を調査すると共に、4自由度操縦運動計算手法の有効性について確認している。
 一方、近年では船長が300mを超える大型のクルーズ客船が建造される状況にある。水面上船体の容積は、水面下船体に比べ非常に大きく、風の影響により大きく斜航、横流れすることが考えられる。しかしながら、現状において風の影響を受けやすい大型客船を対象とした強風下での航行状態、推進性能への影響は、十分検討されていない状況にある。
 そこで本論文では、大型クルーズ客船(以下、大型客船)及びPCCを対象として強風下での定常航行状態の推定を行い、風による抵抗増加特性について調査することを目的とする。強風下での船の航行性能評価を行うためには、(i)遭遇する外乱としての海象条件の適切な設定、正確な(ii)船体に作用する風圧力の推定と(iii)強風下での操縦運動推定を行う必要がある。従来の方法とは異なり(i)に関して、実海域で遭遇するであろう鉛直方向に風速差のある定常風を想定し、計算を行った、(ii)では、従来の方法に比べて推定精度の良い著者らが提案している新しい風圧力推定法9)を利用する。このとき、船体の横傾斜による風圧力への影響も加味した。(iii)では、前後、左右、回頭、横傾斜の4自由度のMMGモデル10)を使用することにより、傾斜状態にある船に対してより実態に近い解を得ることとした。
 本検討により、強風下での大型客船、PCCの風圧下での定常航行状態、すなわち、船速低下量、偏角、横傾斜角、当て舵量が示された。その中で、斜め追い風状態を含む広い風向角において抵抗が増加し、極端な場合は直進航行不能な状況に陥ることを明らかにした。また、今回対象とした大型客船は、限られた風速・風向下ではあるものの抵抗増加が一時的に減少する結果が示された。これらの結論は、船の運航経済性のみならず安全性にも係わる重要な点であると考えられる。従来の方法では採り上げられることの無かった境界層効果を考慮するため鉛直方向に風速差のある定常風を採用する等、実海域での運航性能を精度良く求める上で必要な要件を加えており、今後同種船の実海域性能を評価する場合に本論文で得られた知見は有用と思われる。
 
2. 定常航行運動数学モデル
 船体動揺による影響が小さい状況を仮定し、前後、左右、回頭、横傾斜の4自由度MMGモデル10)により定常航行状態を求める。ここで言う定常航行とは船が針路安定状態で進行することを意味し、一つの航行状態が定まることを意味する。風外乱下で針路不安定な船が操舵を繰り返すことにより運航する場合も考えられるが、ここでは対象としない。
 計算は基本的に著者らが行った方法11)を踏襲し、プロペラ回転数を一定として未知数である船速U、偏角β、横傾斜角φ、舵角δを求める。
 
2.1 船体運動基礎式
 船体運動方程式はFig. 1の座標系に基づき表現すると次式のようになる。
 
 
 ここで、m, Izz, Ixxは船の質量、回頭軸及び横揺れ軸回りの慣性モーメントである。また、u、v、r、φは船体重心を基準とした前後速度、左右速度、回頭角速度、横傾斜角を示す。X、Y、N、Kは水面上及び水面下の船体に作用する流体力である。W、は排水量、メタセンタ高さである。前後方向速度uと船速Uの間にはu=Ucosβの関係がある。
 
Fig. 1  Coordinate systems and definitions of force/moment sign convention for ship hull loading
 
 今、船体が船首を基準とした真風向角ψから真風速Urの風を受けながら定常状態で直進している場合を想定すると(1)式左辺が0となる。すなわち、次式のように表される。
 
 
 様々なUr、ψについて(2)式を解くことにする。
 
2.2 外力
 (1)式右辺の外力は次式のように分離して取り扱う。
 
 
 ここで、添え字のH、P、R、Aを付した流体力はそれぞれ船体、プロペラ、舵に作用する水流体力、水面上船体に作用する風圧力を示す。XH0は平水中での直進時船体抵抗を表し、XHは偏角、横傾斜角がある時の水流体力の変化量である。(2)式が成立することにより、各外力の成分には前後方向に関して船体中心、高さ方向に関して平均喫水位置に作用する流体力を使用する。
2.2.1 主船体に作用する流体力
 舵、プロペラの無い主船体に作用する流体力は、芳村ら12)の表現方法を参考にし、偏角β及び横傾斜角φに依存した次式で表現する。
 
 
 ここで、ρ、Lpp、dは水の密度、船の垂線間長、喫水である。
 XH0は、計算対象とする限られた速度域でフルード数Frを変数とした次の4次式で表現する。
 
 
2.2.2 プロペラ推力
 プロペラ推力Xpは次式で表現する。
 
 
 ここで、tP、n、DPはそれぞれ直進時の推力減少係数、プロペラ回転数、プロペラ直径である。プロペラ推力係数Krは、次式に示すプロペラ前進常数Jの関数としてプロペラ特性曲線より求める。
 
 
 (7)式中のプロペラ位置での有効伴流係数WPは、直進時の有効伴流係数WP0を使って斜航試験結果13)14)15)を元に作成された次式を用いる。
 
 
2.2.3 舵力
 舵に作用する流体力は、貴島ら16)を参考にして次式で表現する。
 
 
 なお、(9)式は舵力に対しての貴島らの重心周りに関する表現を本論文の船体中央周りの定義にそのまま適用できるように記述している。
 操舵による抵抗増加の補正量(1-tR)は、方形係数CBに依存した次式16)を用いる。
 
 
 船体重心から船体に作用する舵干渉力作用位置までの距離の無次元値x'H(=xH/Lpp)及び操舵による船体左右力の付加率aHについてもCBの関数として推定する16)。また、x'R(=xR/Lpp)は、船体中心から舵中心までの前後位置、lCBは、船体重心から船体中心までの前後方向位置であり、船首側を正とする。z'R(=zR/Lpp)は、喫水から舵直圧力中心までの高さ方向距離の無次元値である。
 舵の直圧力FNは、藤井ら17)の直圧力係数fAを使って次式で表す。
 
 
 ARは舵面積、Λは舵アスペクト比であり、舵高さをhとするとh2/ARの関係がある。
 舵への有効流入速度URは次式のように提案されている16)18)19)
 
 
 それぞれの係数は以下の通りである。
 
 
 ここで、wRは舵位置での有効伴流係数であり、直進時の値wR0を使って計算する。また、CWAは船体後半部水線面積係数、CPAは船体後半部柱形係数、Pはプロペラピッチを示す。
 さらに舵への有効流入角αRは、次式のように表現する。
 
 
 整流係数γEは次式に示す載荷状態の影響が考慮された貴島ら19)の方法により求める。
 
 
 ここで、
 
 
2.2.4 風圧力
 風圧力の各成分XA、YA、NA、KAは相対風向角に依存した風圧力係数CAX、CAY、風圧モーメント係数CAN、CAKを使って次式から求める。
 
 
 ただし、
 
 
 ここで、ρA;空気密度、UA;相対風速、AF;水面上船体正面投影面積、同様にAL;側面投影面積、LOA;全長である。風圧力、風圧モーメント係数は著者ら9)の提案している方法を使って求める。
 CHは過去の実験結果20)21)から求めた船体が横傾斜した際の風圧力補正係数であり、CH=(0.355φ+1.0)とする(ただし、φの単位はラジアン)。
 
2.3 定常航行時の平衡方程式
 (3)式から(18)式で得られた各項、係数を(2)式に代入し、sinδsinαRδ2、cosδsinαRαRと簡略化すると、次式を得る。
 
 
 ここで、CPRのような添え字付き係数は、前項にて決定される定数である。
 種々の風速及び風向角でU、β、δ、φを関数として多元Newton-Raphson法により収束解を得る。このとき、KT、CRUはUとβの関数であるが、繰り返し計算を行う上で得られる値を利用することとし定数的に扱う。


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