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杉樹皮製油吸着材の微生物分解処理技術に関する研究
正員 斉藤雅樹*   小倉 秀**
木本弘之**   山田吉彦***
永水 堅****  福士久人*****
 
*大分県産業科学技術センター
**(独)海上災害防止センター
***日本財団
****ぶんご有機肥料(株)
*****海上保安庁海洋情報部
原稿受理 平成17年8月17日
 
Research and Development of Biodegradation Disposal for SBS (Sugi Bark Sorbent)
by Masaki Saito, Member
Suguru Ogura
Hiroyuki Kimoto
Yoshihiko Yamada
Katashi Nagamizu
Hisato Fukushi
 
Summary
 Sugi bark sorbent (SBS), which is recycled waste, is comparable to commonly used petroleum products in performance and cost and has lower environmental loads. It has been commercially produced since 2001. For the purpose of reducing total environmental loads in the oil recovery, we investigated biodegradation disposal of SBS after use (after adsorbing oil), instead of incineration disposal. It was confirmed that the oil content was reduced from 14,300±1,600ppm to 1,500±500ppm after 164 days-period (36m3 site), and reduced from 8,600±900ppm to 1,400±400ppm after 170 days-period (100m3 site) in a biodegradation experiment using Bunker C in the bark compost (background : 430±140ppm).
 
1. 緒言
 海洋をはじめとする水域での油流出は環境に影響を及ぼすため,迅速な対応が求められる.油吸着材は機械的回収,海上燃焼,油分散剤,バィオレメデイエーションなどとともに選択肢の一つであり,取り扱いや使用が簡便なことから広汎に用いられる.従来品の大半を占めるポリプロピレン製などの石油原料製品の油吸着材に対し,筆者らは同等のコストと性能および低い環境負荷を実現する目的で,杉樹皮製油吸着材(SBS)の開発を1997年より開始し1),2001年に企業化し,製造販売を行うに至った2)
 製造段階,使用段階の環境負荷低減には成功していると考えられるが,油を吸着させた後の処分段階においては焼却という石油原料製品と同じ手段を採らざるを得ないのが現状である.せっかくの生分解性を有していながらその特徴を十分に活かしていないとの声もあり,微生物を利用した使用後すなわち吸油後のSBSの分解処理技術を着想するに至った.
 海洋油濁事故での使用後の油吸着材(マット型)における油の占める割合は,ある事故で我々が実測したところ14〜21%程度であった3).ナホトカ号事故における回収物に含まれる油分は数%だったという報告もある4).事故回収物における可燃物の割合はさほど高くないと推測される.こうした回収物に燃料を添加して焼却処分を行っている現状を知れば,環境負荷低減を目指して微生物分解処理を模索するのはある意味で自然なことである.
 筆者らは,杉樹皮を畜糞などと混合してバーク堆肥を製造する過程で活発な微生物活動が行われることに着目し,油・SBSの分解を試みた.バーク堆肥を油分解に用いた例は,ヨーロッパで報告がある5)6)ほか,国内では油分汚染土壌の浄化対策としての例がある7)
 予備試験として,C重油を吸着させたSBSを数m3のバーク堆肥パイルに埋め,8週間経過後に観察したところ,臭気や触感で油分を感知できない程度になっていた.より安定な条件にある好気発酵処理装置を用いた予備試験においても油分が減少するデータが得られたため8),実用化へのステップとして,バーク堆肥パイルでの一定規模の油およびSBSの分解実験を行った.
 
2. 周辺技術と目標
2.1 周辺技術
 微生物を用いて鉱物油を分解処理する技術は,油汚染海岸を原位置において修復する技術(バイオレメディエーション)が米国などでは法的にも認められており9),研究及び実際の処理が行われている.
 我が国においては,環境省により汚染場所におけるバイオレメディエーション技術の適用のガイドラインとして,適用場所の想定,汚染状況調査,散布剤の安全性評価,バイオレメディエーション使用適否の検討と適用技術の選択,現場の汚染油を用いた室内実験,現場における小規模野外実験の6つの留意点が挙げられ,実施の可能性を検討する試案が示されている10)ものの,社会的コンセンサスが確立されていないために,いまだ本格的な導入が困難な状況にある9)
 これに対して本研究における提案は,SBSにより回収した油を閉鎖的なサイトにおいて微生物分解処理する方式であり,周辺環境への影響も小さいことから社会的コンセンサスは得やすいと考えられる.同様の考え方であるソイルパイルやバイオベンティングなどと呼ばれる微生物分解処理技術はすでに,土壌の油汚染の浄化手法として注目を集めており,例えば2003年9月に開催された「土壌・地下水汚染対策展(東京)」においては出展76社中48社が研究開発または事業を行っている11)
2.2 目標
 実験に先立ち,油分汚染土壌の微生物による分解浄化スピードについて文献およびヒアリングによる調査を行った.Fig. 1は先述の2003土壌・地下水汚染対策展に出展した企業の配布資料に基づき,油分濃度と分解期間が記されているものの最良データについて,開始点と終了点を直線で結んだものである.
 土壌汚染の油は長年の浸漬で変質している場合も多く,フレッシュな油を人工的に添加する今回の手法が微生物分解に有利であることが予想される.一方,既に油が分散している点などは土壌汚染の場合が有利であると考えられる.条件が異なる点もあるため直接の比較対象とするには必ずしも適切でないが,土壌微生物を用いることや定期的に攪拌を行うなど類似点も多いため目標値を設定する参考とした.
 
Fig. 1  Previously Published Biodegradation Rate of Oil in Soil
 
 土壌汚染対策法で油分の基準値が定められていないが,各企業へのヒアリングでは1,000ppmを目標値と考えているところが多かった.また,1,000ppm以下まで浄化すれば油臭,油膜が発生しないと言われており12),分解後の生成物を再び土壌として利用することも考えられることから,1,000ppmを今回の目標値として設定した.
 また,試みに開始点と終了点から油の分解速度を単純に算出すると,Fig. 1に示すとおり軽質油の場合で60〜550ppm/日,重質油の場合で5〜30ppm/日程度であった.油の分解は濃度依存もあると考えられ,非線形な油分減少を開始点と終了点のみで論ずることはできないが,今回の実験結果を評価する上での参考とするものとする.
 なお,油分濃度の記述は土壌汚染などでは水分を含まないdryでの値で議論されており,一般性を持たせるため本稿でもdryでの油分濃度(ppm)を記述した.
 
3. 誤差評価
 本実験における各測定値およびそれらから算出される油分濃度などの誤差について検討を行った.
3.1 溶媒による油分抽出の実験
 本実験で分解対象とするC重油を,サンプルであるバーク堆肥からどれだけの量を抽出できるかにつき,実験を行った.溶媒には各種公定法に用いられる一般的な溶媒であるn-ヘキサンを用いた.
 サンプルをn-ヘキサンにてソックスレー抽出(4時間)を行い,脱水・ろ過後,80℃のホットプレートにて重量が平衡状態になるまで溶剤揮散させ,乾燥・保冷後に重量変化を測定した.
 C重油そのものをn-ヘキサンで抽出したところ,回収率は投入量の81%(σ=0.6%)であった.また,バーク堆肥にC重油を添加し(油分濃度 7.1%-dry),十分に攪拌した状態からn-ヘキサンにて上記方法で抽出したところ,C重油回収率は投入量の76%(σ=3%,相対誤差=4%)であった.また,バーク堆肥そのものからも,430ppm(σ=140ppm)ほどのn-ヘキサン可溶物が検出されることが判明した.なお,これらはいずれも全量分析であり,サンプリング動作による誤差は生じない.
 また,標準偏差σについては標本標準偏差すなわち二乗偏差の合計を(サンプル数−1)で除し平方根を取り求める方式で計算した.
3.2 各測定値の誤差評価
 4. に示す実験における各測定値における誤差評価を行った.実験室における実験と異なり,フィールドでの比較的大きな規模のものであること,また油分測定対象がバーク堆肥という繊維長が数mmから数cmの範囲にある一様でない材料であることなど,誤差の要因が多くあると考えられるため,それぞれの要因につき検討を行った.
・バーク堆肥の水分率は実験により30±10%(相対誤差32%)とした.
・バーク堆肥の嵩比重は実験により0.46±0.12(相対誤差26%)とした.
・ホイールローダのバケット容積は,バケット形状から,2±0.2m3(相対誤差=10%)とした.
 C重油および吸着マット浸漬用の大型容器の計量は十分精度の高い機材を用いたため,誤差は無視できるものとした.なお,以下文中の測定値は簡単のため最良推定値のみを記載するが,上記誤差を含むものとする.
3.3 サンプリング精度の検証
3.3.1 実験の方法
 今回の実験における油分濃度の経時変化の測定は,27地点サンプリングにより測定する.この際のサンプルにおける油分濃度のバラつきを検証するため,実験を行った.
 本実験の1/18〜1/50のスケールに相当する,2m3(1t-wet,0.7t-dry,ホイールローダで計量)のバーク堆肥のパイルから,27箇所のサンプリングを行った.バーク堆肥を計量しながら小さな山を作った後,C重油を投入し,ショベルにて攪拌を行った.計算上の油分濃度は10,000ppm-wet(相対誤差=10%),14,300PPm-dry,(相対誤差=27%)である.10分間程度攪拌した段階で,パイルの上,中,下層(Section(A),(B),(C))においてそれぞれの断面円の直径を四等分する点を基とする格子点9箇所,すなわち合計27箇所からサンプリングを行った(Fig. 2).サンプリングは一箇所50g程度とした.また,油分濃度はいずれもwetでの測定値を,バーク堆肥の水分率の値を基にdry換算したものである.
 
Fig. 2 Sampling Points in Bark Compost Pile
 
3.3.2 結果
 結果をFig. 3に示す.
 油分濃度の測定値におけるバラつきは大きく,平均値6,900ppm-dry(σ=4,700ppm-dry,相対誤差=68%)となった.
 目視においてほぼ撹拌されたと思われたが,粘調なC重油の油滴の周囲に雪だるま状にバーク堆肥がまぶされて生成したと思われる直径1〜5cm程度の塊状の物体が多く観察された.これらは油分抽出器具の構造上,取り扱い困難なためピックアップしなかったこと,また,サンプリング可能な直径2cm以下の塊についても小さなサジですくい上げる際にピックアップされにくいこと等が原因で,測定値の油分濃度が低めに出ていると思われる.事実,計算上は14,300ppm-dryであるはずの油分濃度は平均値で6,900ppm-dryすなわち投入した油分の48%にあたり,バーク堆肥からのC重油回収率76%よりもかなり低い測定値となっていた.なお,この塊状の物体は時間が経過するほど観察されることが少なくなり,開始後120日でほぼ観察されなくなった.
 
Fig. 3  Histogram of Oil Content in Sampled Bark Compost
 
 このことから,この実験で得られたC重油回収率(48%)を油分濃度の補正に用いることは適当でないと判断し,本実験の結果は,あくまでサンプリングにおけるバラつきの度合いを利用するものとする.すなわち,標本標準偏差から求めた相対誤差を各測定値に採用する.ただし,C重油投入後,スコップによる手作業での10分間の撹拌という段階でのサンプリングであり,水飴状の高粘度の液体がパイル全体に一様に混合されているとは考えにくく,塊状に点在していると考えられる.2週間ごとの切り替えしや,微生物分解が進むにつれ,この油塊は小さくなり分散・均一化が進行すると考えられるため,3.3の実験のバラつきの度合いは実験開始直後には適用可能であっても,それ以後は時間経過とともに小さくなると推測され,あくまで参考と考えることが妥当である.
3.4 油分濃度の誤差評価
 これまで述べた各誤差要因を総合する.独立な複数要因が重なるときは誤差を二乗和で算出している.
 初期油分濃度は,ホイールローダのバケット(相対誤差=10%)での作業回数(100m3の場合50回)により求めたバーク堆肥パイル容積,バーク堆肥の嵩比重(相対誤差=26%),投入C重油の重量(相対誤差≒0)から求めているため,相対誤差=27%と考えられる.
 各測定時点における推定油分濃度は,n-ヘキサン抽出重量法により得られた実測値から,バーク堆肥からのC重油回収率76%(相対誤差=4%)で除し,水分率(相対誤差32%)からdry換算することによって求めるため,相対誤差=32%と考えられる.
 参考までに3.3において求めたサンプリングにおける誤差を算入すると,各測定時点における推定油分濃度は相対誤差=75%となる.恐らく,この数値は考えられうる最大に近いものである.
 また,バーク堆肥自身の持つ溶媒溶出分(430±140ppm)も誤差を考慮し,グラフ上で帯表示とした.油分濃度の低い測定値では影響が大きいため,結果の評価において注意が必要である.


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