I. 伝えられた神戸
神戸の地は古来から和歌に詠まれ、古典文学に登場する多くの名所を生んできた。名所とは、人々が共通したイメージをもつ名だたる所のことであるが、その源泉は歌枕や物語であった。歌枕の布引の滝は『伊勢物語』にも登場し、同様に須磨や明石は『源氏物語』の舞台となっている。また『平家物語』は一の谷合戦のエピソードを多く語っているが、それに由来する多くの名所が残っている。一の谷合戦の余韻がまだのこる1207年、最勝四天王院(さいしょうしてんのういん)(京都・白川)の襖(ふすま)を新調する際、天皇以下の歌人が全国46ヶ所の名所の和歌を詠進したが、神戸周辺では芦屋、布引の滝、生田社、須磨浦、明石浦が選ばれた。このとき襖絵を分担した絵師の兼康は現地を取材しないと描けないといって、異例にも実景をみるため須磨・明石に赴いている。
時代が下るにつれて、名所のイメージから派生して新たな文学や演劇作品が生まれている。在原行平(ありわらのゆきひら)が須磨の浦を詠んだ和歌などから生まれた世阿弥(ぜあみ)の謡曲『松風』は、須磨を舞台にした松風・村雨姉妹の悲恋の話であるが、当時から人気を集め、須磨の地に松風・村雨ゆかりの新たな名所を生んでいる。このように名所のイメージは、時代の推移とともに様々に変化しながらも再生し、今日まで伝えられてきたといえる(なお高僧伝絵や社寺縁起絵などにも神戸の地が舞台になっているものがあるが、今回の展示では省略した)。
1
奈良絵本 伊勢物語
室町〜桃山時代 16世紀
Illustrated books of the Tale of Ise, Nara Ehon
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〔布引の滝〕
2
須磨寺参詣曼茶羅図
桃山時代 17世紀前半
須磨寺蔵
Mandara of Making a pilgrimage to Sumadera Temple
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3
源氏物語画帖
伝住吉如慶
江戸時代 17世紀 白鶴美術館蔵
Picture Album of the Tale of Genji Attributed to Sumiyoshi Jokei
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〔須磨〕
〔明石〕
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