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1.5 実際に船内犯罪で発生し得る特殊な犯罪ケース
 わが国における刑法犯において、ほとんどのものは刑法の直接適用が可能なケースとなっているが、直接適用が困難で、法解釈が必要なケースも一部発生する。そこで、船内犯罪において、実際に発生し得る特殊な犯罪ケースを以下に2ケース想定し、それぞれどのような考え方で処理されるか説明する。
 
1.5.1 殺人の意図で無人の寝台に向けて包丁を突き刺した場合
事例
 「船内において、機関員甲が日頃からトラブルの絶えない操機手乙に殺意を抱き、乙の就寝中に包丁で刺殺しようと計画。甲は乙の部屋に行き、乙が就寝中と思われる寝台の布団に向けて包丁を突き刺した。しかし、実際は乙は娯楽室にいたため布団の中は空で、乙は事なきを得た。」
 
 この事例では、犯罪の行為者である甲には殺人の故意があったものの、乙が寝台で就寝中であるという認識には錯誤があり、結果的に殺人という結果は発生していない。このように、行為者の犯罪事実そのものに対しての認識に錯誤がある場合を「事実の錯誤」という。更にこの事例のように、重い犯罪(殺人罪)を犯す意志で軽い犯罪(器物損壊)を犯した場合、つまり行為者の認識と発生した事実が異なる場合は「抽象的事実の錯誤」と呼ばれる。
 この事例では、殺人の結果が発生していないので殺人罪は成立しないが、「刑法概説(総論)」(大塚仁 著)、「新版刑法講義総論」(大谷實 著)によると、抽象的事実の錯誤の場合、行為の危険性によっては殺人未遂罪が成立し、同罪が成立しない場合は不能犯として扱われるとのことである。不能犯とは、行為者の主観においては犯罪の実行に着手しているが、結果発生の可能性が極めて低く、処罰の対象とならないものである。
 そして、先述の資料によると、未遂犯と不能犯との区別は、行為時において一般人が認識しえた事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として、一般人を基準に、その行為がなされていたならば構成要件の実現が一般に可能であったかによって判断されるとのことである。
 よって、この事例で殺人未遂罪が成立するか否かについては、行為時の状況を総合的に判断して、一般人が認識しえた事情等を考慮し、一般人を基準に、殺人の実現が可能であったかによって判定されることになる。
 
1.5.2 泥酔中に人を殺す目的で意図的に酩酊状態に陥り人を刺傷した場合
事例
 「船内において、操舵手甲は日頃から職務上の対立の絶えない甲板長乙を傷つけようと考え、酩酊すると暴力的になるという自らの性癖を利用して乙の刺傷を計画した。船内パーティーの機会を利用し、大量の飲酒によって自ら酩酊による心神喪失状態に陥った甲は、会場にあらかじめ準備していたナイフで乙を刺傷したが、周囲の乗組員が直ちに止めに入ったため大事には至らなかった」
 
 刑法第三十九条一項には、「心神喪失者の行為は、罰しない」とあり、心神喪失者、すなわち事理弁識能力が失われた状態の者の行為については不可罰となることが規定されている。よって、この事例では、酩酊によって心神喪失状態で行われた甲による乙への傷害に、三十九条一項が適用されるかどうかが問題となる。
 ここで、甲は自らの性癖を知った上で、意図的に酩酊状態に陥って結果を発生させているので、甲に三十九条一項を適用するのは明らかに不当な結論であり、そのような結論が生じるのを修正するための理論として、「原因において自由な行為」の理論がある。原因において自由な行為とは、行為者が、故意又は過失により自己を責任無能力の状態に陥れ、責任無能力の状態において犯罪の結果を引き起こすことをいう。
 「刑法概説(総論)」(大塚仁 著)、「新版刑法講義総論」(大谷實 著)、「刑法綱要総論」(団藤重光 著)における、原因において自由な行為の取り扱いをみてみると、同行為はいくつかの理論構成により説明されているが、いずれの説も行為者の原因行為時の責任を認め、同行為には三十九条一・二項(二項は心神耗弱者についての規定)が適用されないという見解をとっている。よって、故意に自己を責任無能力の状態に陥れ、その状態において犯罪の結果を引き起こした甲の行為は原因において自由な行為に該当すると考えられ、傷害罪が成立するものと考えられる。
 
2 国連海洋法条約にある基本的関連条項等について
 世界の伝統的な海洋秩序は、植民地獲得競争や資本主義の発展と言った17世紀から19世紀に至る経済的・社会的要請に支えられて、「広い公海・狭い領海」の二元的区分の上に成り立ってきた。20世紀においても、世界各国の漁業資源、天然資源等に関する権益の対立や軍事的な権益の問題から、水域の区分とその法的地位についての国際的な合意を得るのは長く困難であり、数々の国際的な摩擦を引き起こしてきた。
 こうした海洋をめぐる諸国の動向に促されて、国連の国際法委員会は1951年以来海洋法に関する法典化の作業を進め、その結果、1958年第一次国連海洋法会議、1960年の第二次国連海洋法会議を経て、1973年に第三次国連海洋法会議が世界約150ヵ国の代表を集めて開催され、領海、接続水域、排他的経済水域、公海等の水域の区分についても協議がなされ、最終的に「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)が採択されることとなった。同条約は1994年発効し、わが国においては1983年署名、1996年同条約及び実施協定が発効した。
 国連海洋法条約には1996年7月現在で世界104ヵ国が締結国となっており、未加入の国も存在するが、排他的経済水域の制度のように既に慣習法化したとみなされた規定もあり、事実上国際社会における海洋秩序を形成するものであるといえる。
 以下に、国連海洋法条約及びその他の法律に基づく、海洋における法的秩序の概要を説明する。
 
2.1 国際法上の水域の区分とその法的地位
 第一・二次国連海洋法会議においては、各国の利害の対立から領海の幅員についての国際的な統一には至らなかったが、第三次国連海洋法会議においては水域の区分とその法的地位において国際的な合意が成立し、その成果は国連海洋法条約にまとめられている。以下、表2.2.1に同条約における水域の区分をまとめるとともに、図2.2.1、図2.2.2、及び2.2に水域の区分の概念を説明する。
 
2.2 基線
 基線とは領海の幅を測り始める基準線であり、海岸の低潮線である通常基線、屈曲した海岸線や至近の島を直線で結んだ直線基線、湾の入口を結ぶ湾の基線がある。
 
2.2.1 内水
 内水とは、沿岸国の領海の基線等の内側の水域であると定められ、河川、湖、運河、港内、湾内、内海等の水域がこれにあたる。内水には領土と同様、沿岸国の絶対的な主権が及ぶ。
 
2.2.2 領海
 領海については、領海の基線を設定し、基線から12海里以内の水域が沿岸国の領海と定められた。領海には沿岸国の主権が認められるのが原則であるが、沿岸国の利益と国際航行の利益のバランスの上に、外国船舶の無害通航権が認められる。通航は、一般に沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り無害とされるが、国際法の規則に従って行われるものとされる。
 
2.2.3 接続水域
 領海の外側12海里以内の水域は接続水域と定められ、沿岸国は、
 
・自国の領土又は領海内における通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令の違反を防止すること
・自国の領土又は領海内で行われた上記の法令違反を処罰すること
 
について必要な規制を行うことができると定められている。
 
2.2.4 排他的経済水域
 領海の基線から200海里以内の水域は、沿岸国の排他的経済水域と定められ、沿岸国は同水域において、すべての天然資源を探査、開発、保存、及び管理するための主権的権利をもつ。しかし、国連海洋法条約の規定は、同水域における資源・経済に関すること以外については、他の国々の海洋の利用において公海に準じた扱いを示しており、船舶航行等の通常の利用に関しては、公海と同じ規則が適用される。
 
2.2.5 群島水域
 多くの相互に近接する島々が、自然の地理学上の単位をなしているものを群島と呼び、それらの領海は、全体としての群島を囲む基線を基準として設定される。その際の基線を群島基線と呼び、群島基線の内側を群島水域と呼ぶ。群島水域には原則として沿岸国の主権が及ぶが、その法的地位は内水と完全に同じではなく、国連海洋法条約による制約を受ける。


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