日本財団 図書館


(11)2006年度日本プランクトン学会シンポジウムの講演要旨
 
処理法の開発―スペシャルパイプ法
菊地 武晃((社)日本海難防止協会)
キーワード:船舶バラスト水、処理法、機械的殺滅、オゾン
 
1. はじめに
 船舶の運航に不可欠なバラスト水による水生生物移動問題の対策に関しては、国際的な海運に関する国連の機関である国際海事機関(IMO)で国際的規制に関する議論が進められ、2004年2月に“船舶のバラスト水及び沈殿物の制御及び管理のための国際条約”(以下、バラスト水管理条約という。)が採択されるに至った。
 このバラスト水管理条約の採択により、発効要件が満たされれば国際的なバラスト水管理が実施されることになるが、現時点で、バラスト水として排出が認められる排出基準(バラスト水管理条約、附属書D-2規則)を満足し、かつ2005年7月に採択されたバラスト水処理装置の認証に係る“バラスト水管理システムの承認のためのガイドライン”、活性化物質を利用するバラスト水管理システムの承認に関する手続きの両ガイドラインの要件に適合する処理装置は世界中で存在していない。
 当協会では、日本財団の支援を受けて、バラスト水問題がIMOにおいて正式議題となった1990年以降、バラスト水内水生生物の処理に関する様々な調査研究を実施してきた。具体的には、塩素、過酸化水素及びオゾンによる化学処理、電気化学処理、ミキサーパイプによる処理の実験を行ってきた。そして、環境・人体への優しさ、船舶への適用性及び経済性の面からこれらの一連の実験結果を総合的に判断し開発に至ったのが、機械的処理法、通称“スペシャルパイプ法”であり、2001年から継続的に当該パイプ法の性能向上のための実証実験を実施してきている。本講演では、世界でも特異な処理法であるスペシャルパイプ法を紹介する。
 
2. スペシャルパイプ法の構造と水生生物処理原理
 スペシャルパイプとは、バラストパイプ中にスリットが入った2枚のプレートが装着されただけの簡単な構造である(図1)。バラスト水を通すだげでせん断力とキャビテーション(図2)の作用により水生生物を破壊する簡単な構造の装置であり、本体も小型で、運用も非常に容易なのが最も大きな特徴である。付属設備も一定流速を確保するポンプだけである。
 処理水量はパイプ直径を変えることと、流速を確保するポンプ出力を調節するだけで容易に対応できる。
 
図1 スペシャルパイプ本体の構造模式図
 
図2 スペシャルパイプの水生生物処理原理模式図
 
3. スペシャルパイプの水生生物処理効果
 このスペシャルパイプ法は、すでに流量100m3/hrレベルのプロトタイプ装置を東アジア/北米西岸航路の(株)商船三井運航のフルコンテナ船“MOL EXPRESS”(パナマックス,4,500TEUクラス)コンテナ船に搭載し、米国ワシントン州政府立会いの下の実験により、洋上交換に代わる処理技術の一つとして認められている。その時の処理効果は、動物プランクトンに対してはほぼ100%処理し(図3)、植物プランクトンに対してもl00%近い処理性能を発揮することを示しており、バラスト水処理装置として極めて有効であることを立証している。
 
図3  北米航路コンテナ船の実験による動物プランクトンに対する処理性能例
 
4. 現在の開発状況
 バラスト水管理条約では、排出基準に指標細菌類についての排出基準も規定された。このことで、プランクトン等に対しては極めて有効な方法であることが確認されているスペシャルパイプ法も、より小型の細菌類に対しての処理性能を要求されることとなった。細菌類に対する処理性能について、スペシャルパイプ自体の性能向上と、他の処理法との組み合わせを実験により比較検討し、他の殺菌法とのハイブリッドシステムが、より効率的であるとの結論に達した。当該システムに関しては、2004年から開発を進めており、活性物質としてオゾン及び過酸化水素とのハイブリッド化により、細菌類に対しても100%の処理効果が得られることを陸上実験で確認している。
 また、スペシャルパイプと活性化物質との組み合わせには相乗効果もあり、他の方法に比べて活性化物質の必要量も少なくてすむ。現在は、2006年に再度船上実験を行うべく、300m3/hr処理レベルのシステムを製作中である。
 
多様なバラスト水処理法の有用性と問題点
吉田 勝美((株)水圏科学コンサルタント)
キーワード:船舶バラスト水、処理装置
 
1. はじめに
 国際海事機関(IMO)は2004年にバラスト水管理条約を採択した。条約発効後に実施が義務づけられるバラスト水管理方策は、外洋上でのバラスト水交換、装置によるバラスト水処理、バラスト水受入施設への排出及びIMOの海洋環境保護委員会(MEPC)で承認されるその他の方策である。このうち、バラスト水受入施設の整備及びその他の方策については、将来にわたっても実現の見通しは立っていない。また、バラスト水交換は既存船を対象にした暫定的な管理方策として位置づけられており、基本的にはバラスト水排出基準を満たす装置によるバラスト水処理が条約発効後の唯一の管理方策として義務化される。ちなみに、最初に適用されるバラストタンク総容積5000m3未満の船舶は、2009年の建造船から装置によるバラスト水処理が義務化される予定である。このように、条約の排出基準を満足するバラスト水処理装置の開発が急務となっている。
 本講演では、各国で開発が進められているバラスト水処理装置について、特徴、有用性及び問題点について紹介する。今後の人為的生物広域化の防除と海洋環境保全に役立てば幸いである。
 なお、本講演で紹介する情報は、主に日本財団の助成事業で入手したものである。また、我が国における開発状況は、本シンポジウムにおける菊地武晃氏の講演を参考にして頂きたい。
 
2. 開発中のバラスト水処理装置
 開発中のバラスト水処理装置は、次のように分類される。
(1)物理的除去:ろ過及び遠心分離による水生生物を除去
(2)機械的殺滅:物理的・機械的に水生生物を殺滅
(3)熱処理:熱により水生生物を殺滅
(4)化学的処理:各種化学薬品を直接バラストタンクに注入。あるいは海水や清水を電気分解したりUVを照射して、塩素系物質、フリーラジカルな水酸基やオゾンを生成し、バラスト水中の水生生物を殺滅
(5)複合技術処理:物理・機械的処理技術によって比較的大型の水生生物を除去あるいは殺滅し、化学薬品やUV等で細菌類や比較的小型生物を殺滅
(6)その他:バラスト水中の酸素除去による水生生物殺滅や超電導を利用した水生生物の除去等
 これら処理装置の水生生物に対する処理効果は、物理・機械的処理装置が大型の生物、熱処理や化学処理は小型の生物に効果的に作用し、複合技術は両者の特性を活用して全生物に対して効果を発揮する。
 なお、バラスト水排出基準の決定によって、大きさ1μm前後の細菌類に対する処理も必須となったために、2004年のバラスト水管理条約採択後の開発は複合技術が主体となっている。
 2005年7月のMEPC第53次会合では、バラスト水管理条約の見直し作業に関連して、各国で開発中のバラスト水処理装置の情報が整理された。表1には,それら処理装置の処理原理と開発段階をとりまとめた。整理したのは11の処理装置で、豪州、ドイツ、ノルウェー、韓国、スウェーデン、それに米国で開発が進められているものである。
 これら開発中のバラスト水処理装置のうち、すでに船舶に搭載され船上試験を実施しているものが5つ存在する。2004年のバラスト水管理条約採択後に、実際の商船に搭載可能なバラスト水処理装置が各国で精力的に開発が進められていることが伺える。また、豪州で検討されている熱処理を除けば、全ての装置に活性化物質による殺滅工程が組み込まれており、殺滅効果もかなり向上している。活性化物質の使用は、バラスト水排出基準に細菌類も規定されたことが大きく反映したものと考えられるが、同時にバラスト水処理装置を高度なシステムに進化させた。このように、近年、急速に開発が進んだバラスト水処理装置でも、バラスト水排出基準を満足し、MEPC53で採択された“バラスト水管理システムの承認に関するガイドライン”及び活性化物質を使用するバラスト水管理システムの承認に関する手順”に定められた試験方法で認証あるいは効果等が確認されたものは現時点で存在しない。今後は、ガイドラインに従った各種試験及び認証作業も進むと予想される。ただし、活性化物質を使用するバラスト水処理装置の場合は、装置稼働時には活性化物質の作用(毒)で多くの水生生物を殺滅しなければならない一方で、排出時には無毒状態にしなければならず、相反する要求に対応しなければならない。表1に示した装置においても、この難問に答えられるかについては、不透明である。
 
表1 各国で開発中のバラスト水処理装置
開発国 処理原理 開発段階
豪州 熱処理 ばら積船で船上試験を実施
1. ろ過,2. 船内の発生機で生成した二酸化塩素で殺滅 室内実験レベル
ドイツ 1. ろ過,2. 船内の発生機で生成した活性化物質で殺滅 陸上試験レベル
2006年末に商業化予定
1. ろ過,2. UV照射,3. 150ppmの活性化物質で殺滅 陸上試験レベル
1. 遠心分離と50μmのろ過,2.150ppmPERAKLEAN(過酢酸と過酸化水素をベースにした活性化物質)で殺滅 陸上試験(処理流量200m3、500m3)実施済み、船上試験を計画中
1. 50μmのろ過,2. 電気化学処理で殺滅 2005年5月からプロトタイプ装置で船上試験中
ノルウェー 1. 低圧分離,2. UV照射 船上(7隻)で運用中
1. 50μmのろ過,2. キャビテーション,3. N2ガス注入による脱酸素 陸試験レベル
船上試験を計画中
韓国 海水の電気分解で生成される活性化物質による殺滅 陸上試験レベル
スウェーデン 1. ろ過,2. UV照射による生成水酸基による殺滅 船上試験中
米国 船内の発生機で生成した二酸化塩素で殺滅 船上試験中(処理流量2,500m3/hr)


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION