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(8)日本マリンエンジニアリング学会誌掲載
 
解説
Explanation
“Special Pipe”を用いたバラスト水処理装置の開発
和田雅人
1. はじめに
 社団法人日本海難防止協会は,1958年の創立以来,海難及び海洋環境汚染という海にまつわる多くの問題を,あらゆる角度から調査研究し,単なる机上での検討だけでなく,実際に船を使用するなどの実験を行いながら解決に結びつけてきた.また,海上安全及び海洋汚染防止に関する国際的な動向に即した形で,実験及び調査研究を進め,その結果を多くの人々に伝える役目も担ってきた.今後も“より安全に,より豊かに,美しく”との願いをこめて,海に関わりをもって生活している人々の立場に立って問題に取組み,一層の努力を重ねながら活動を続けていきたいと考えている.
 さて,バラスト水問題に関しては,1992年より日本財団の補助/助成事業(表1参照)及び自主的調査研究として,国際海事機関(IMO)の審議動静に即した形で,継続的・精力的に取組んできた.また,米国,豪州等では地域ごとの規制を既に開始しているため,それらの情報も常に収集し考慮して進めてきた.
 2004年2月に採択された「船舶バラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」について,IMOではできる限り早期に発効することを目指している.本条約に基づく規制が始まれば,バラスト水を積載できるタンクの総容種及び建造時期に応じて,段階的に条約基準を満足する処理システムの搭載・運用が不可久となる.2009年以降に引き渡される新造船の契約なども進む現在,残念ながら,実船レベルで条約の処理(排出)基準(D-2基準)を達成した処理技術は,世界中の何処にも存在しない.
 しかし,2005年7月ロンドンのIMO本部で開催された,第53回海洋環境保護委員会(MEPC53)において,バラスト水管理の根幹である「バラスト水処理システムの承認のためのガイドライン」(G8)及び「活性化物質を利用するバラスト水管理システム承認の手順」(G9)の両ガイドラインが採択され,世界各国で処理システムの開発,承認のための陸上試験施設準備などの活動が活発化してきている.
 当協会では,他に先駆けていち早くバラスト水処理装置の開発に着手し,現在は,株式会社エム・オー・マリンコンサルティング,株式会社海洋開発技術研究所,株式会社シンコー,株式会社水圏科学コンサルタント,三井造船株式会社とのプロジェクトチームを結成し,共同で実用化に向けた開発を進めている.
 船舶運航に必要不可欠なバラスト水を媒体とする有害水生生物の国際間の移動・拡散の防止・最小化は,21世紀初頭に人類が直面している地球規模の海洋環境保全問題の一つであり,解決の方策を早期に実施しなくてはならない.本バラスト水処理装置の開発は,この問題解決の有力な手段となることを確信している.
 一方,国内においては2005年6月1日に,外来生物による生態系,人の生命・身体,農林水産業への被害を防止し,生物の多様性の確保,人の生命・身体の保護,農林水産業の健全な発展に寄与することを通じて,国民生活の安定向上に資することを目的とする「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」が施行された.現時点では,バラスト水等を起源とする特定外来生物の指定はない.しかしながら,同法に基づく特定外来生物等の指定対象ではないが,今後も特定外来生物の指定の適否などについて検討することとしている「要注意外来生物リスト」には,ムラサキイガイ等10種類の外来生物について,バラスト水等が導入経路又は手段の一つとして指摘されており,同リストの今後の動向も考慮に入れて開発を進める必要があるだろう.
 
2.“Spccial Pipe”の開発
 “Special Pipe”を用いた処理技術の開発は,表1に示すとおり2001年度から実施しており,それまでの調査研究結果及び“大型化が比較的容易”,“簡便性”,“経済性”,“安全性”,“搭載性”などを老慮しながら開発を進めてきた.また,国際的な承認を得るための活動(MEPC及びGloBallast等の国際シンポジウムでの発表)を行うとともに,規制内容及び各種議論への参考資料を提供してきている.
 
表1  当協会で実施してきたバラスト水処理装置開発
関連調査研究一覧
年度 処理法 水生生物に対する効果
1991 さまざまな物理化学的処理法の検討
1992 塩素:
滅菌濾過海水使用実験室実験
実際のバラスト水への投入を想定した実用有効処理濃度
有毒渦鞭毛藻類遊泳細胞:5mg/
同シスト:100mg/
過酸化水素:
滅菌濾過海水使用実験室実験
実際のバラスト水への投入を想定した実用有効処理濃度
有毒渦鞭毛藻類遊泳細胞:5mg/
同シスト:50mg/
1997 オゾン:
自然海水使用実験室実験
植物プランクトン処理濃度:1mg/
有殻渦鞭毛藻処理濃度:0.6mg/
動物プランクトン処理濃度:1mg/
細菌類処理濃度:10mg/
シスト処理濃度:20mg/
1998 電気化学:
自然海水使用(通電量3V/1A程度)20m3/h
陸上実験
直径100μm孔電解槽滞留時間2〜90秒で、動・植物プランクトン・細菌シストへの50〜100%処理
目詰まり・大型化が課題
1999 ミキサーパイプ:
自然海水使用20m3/h陸上実験
植物プランクトン:3本直列1 pass直後で約50%処理
動物プランクトン:3本直列1 pass直後で約60%処理
細菌/シストへの明確な効果なし
パイプ1本10循環で、シスト以外のほとんどの生物死滅
オゾン1mg/注入で、パイプとの相乗効果でシスト処理
2001 “Special Pipe”:
自然海水使用20m3/h陸上実験
スリット板1枚内蔵パイプで、浮遊甲殻類:スリット部流速約26m/sec 1pass直後で約90%処理
衝突板の追加で、約40%上昇(圧損増幅せず)
2002 “Special Pipe”(スリット板2枚):
自然海水使用100m3/h実機陸上実験
Special Pipe+目詰まり対策装置システム実験(流速約29m/sec 1 pass直後)
植物プランクトン:52%処理
動物プランクトン:80%処理
バクテリア:約30%処理
2003 “Special Pipe”(スリット板2枚):
100m3/hプロトタイプ機船上実証実験(北米西岸航路コンテナ船)
10以上50μm未満水生生物:条約排出基準達成(2 pass漲/排水時)
50μm以上水生生物:バラスト水内水生生物内在状況により排出基準達成/不達成(条約排出基準が極めて厳しいため)
病毒性コレラ菌、大腸菌及び腸球菌実験できず。(バラスト水中に該当生物が非常に少なかったため)
2004 “Special Pipe”(スリット板2枚):
自然海水使用20m3/h実験機陸上試験
約基準が極めて厳しくなったため、“Special Pipe”自体の性能・効果向上及びオゾン添加による効果実験
 
2.1 “Spccial Pipe”の処理原理
 多数のスリットを有する2枚の板をバラスト配管内に装着し(図1及び2),海水がスリットを通過する際に発生する2つの力を利用して(図3),海水に含まれる生物等を機械的に殺滅している.
 
図1 構造図
 
図2 断面図
 
 発生する2つの力とは,前方スリット板を通過する際に発生する流体の剪断力及び前方スリット板通過時に発生するキャビテーションが,後方スリット板(衝突板)に衝突する際の衝撃力である.
 
図3 殺滅原理
 
 2001年の実験では,処理量:20m3/h(パイプ径50mm)の装置を用いて実験を行い,動物性プランクトンの損傷率(表2)に示すとおり,前方スリット板1枚で処理した場合(剪断効果のみ)よりも,後方スリット板を組み合わせ,2枚で処理した場合(剪断+キャビテーション効果)の方が効果の高いこと及び流速を上げることによっても効果が高くなることが確認された.
 
表2
 
 図4は処理前の海水に含まれるOithona(カイアシ類の一種)の正常な状態を示し,図5には“Special Pipe”で処理し,完全に破壊された状態を示している.
 
図4 Oithona処理前
 
図5 Oithona処理後


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