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3. 諸外国におけるバラスト水規制の動向
 バラスト水管理条約の発効を待たずに規制化が広がりつつあるのが現状である。菊地(2004)1)は、収集した情報より各国のバラスト水規制要件について取りまとめている。表2には、それらバラスト水規制要件の一覧表を示した。以下には、主要国の規制状況を記す。
 豪州は、1998年7月1日、50mを超える長さのすべての外航船及び豪州船舶に対し、バルカーには$210、その他のタンカーを含むすべての船舶には$140を課徴金として四半期に一回徴収し資金とするという、戦略的バラスト水研究・開発計画を開始した。徴収総額が$200万に達する日か、2000年6月30日のいずれか早い方まで実施するとのことであったが、実際には2000年6月30日に終了している。今後、バラスト水の研究等のためこのような課徴金を船舶に課す国が出てくる可能性も否定できない状況にある。
 米国においては、2004年9月27日から、IMOで採択されたバラスト水管理条約に沿った規制が実施されている。沿岸で貿易に従事する油タンカー、米国軍艦、USCG船、及び内港船を除く、EEZ外から米国に寄港するすべてのバラスト水タンク所持船に対する、離岸距離200海里以上の海域でのバラスト水交換が強制となり、また、バラスト水交換の代替として、米国沿岸警備隊(USCG)が承認するバラスト水交換の性能以上で、近い将来策定予定の船外排出基準を満たすバラスト水処理システムの運用も認められることになる。なお、米国議会における法案のバラスト水排出基準の現案は、バラスト水管理条約の排出基準(規則D-2)よりも厳しく、例えばプランクトン類に開しては、100分の1の排出濃度を定めている。
 一方で、USCGは、将来的に有望なバラスト水処理システム開発を促す実船実験のための“船上技術評価プログラム(STEP)”を2004年4月1日から実施している。このプログラムは、バラスト水管理条約の規則D-4の“プロトタイブバラスト水処理技術”に準じたものと考えられる。
 このように、豪州及び米国等は、バラスト水管理条約の作成及び発効に向けての作業を積極的に行いつつ、一方では自国の法整備を進めている。このような先進的な取り組みは、バラスト問題に対する強い危機感によるものと考えられる。これらバラスト水先進国においては、現在IMOで行われているバラスト水管理条約の具体的な規制内容を定める各種ガイドライン作成の過程で、もし、条約の発効が大幅に遅れる状況が予測され事態となった場合には、独自規制の動きをさらに加速させる可能性がある。このような事態は、各国個別の規制の乱立を招き、対策効果の効率性を損ない、また、海運界に混乱を引き起こす可能性がある。
 
4. 諸外国で開発中のバラスト水処理技術
 装置を使用するバラスト水処理技術は、バラスト水による水生生物の移動問題が指摘されて以来、外洋上でのバラスト水交換と共に有力な対策として認識されている。その重要性は、バラスト水管理条約における管理方策の中で、処理技術が恒久的な対策、そして一方のバラスト水交換が暫定的な対策に位置づけられたことで一層明確となった。
 処理技術の開発は、問題が提起された当初から各国で精力的に行われてきた。しかし、いまだに実用化に至っていない。開発が遅れた要因には二つある。一つは、陸上での水処理と異なり、限られた時間と船内スペースで大量なバラスト水を処理しなければならないことなどの技術的な困難性である。二つ目は、技術開発の目標となる処理基準が定まらなかったことにある。これら開発遅延要因のうち、処理基準に開しては、バラスト水管理条約が採択されたことでようやく規定された。この開発目標の決定により、これまでの努力が活かされて技術的な困難性も解決に向かい、実用化への流れが速まるものと思われる。
 以下には、バラスト水管理条約採択後の2004年5月にシンガポールで開催された「2nd International Conference & Exhibition on Ballast Water Management」で発表された情報を中心に各国で開発中の処理技術を紹介する。
(1)処理技術の分類と基本原理
 現在、各国で開発中のバラスト水処理技術は、次のように分類される。
 これら処理技術の水生生物に対する効果は、物理・機械的処理技術が大型の生物、熱処理や化学処理は小型の生物に効果的に作用し、複合技術は両者の特性を活用して全生物に対して効果を発揮する。
 また、バラスト水管理条約の排水基準(規則D-2)の決定によって、大きさ1μm前後のバクテリアに対する処理も必須となったために、最近の開発は複合技術が主体となっている。
<バラスト水処理技術の分類と基本原理>
(1)物理・機械的処理技術
 ろ過及び遠心分離による生物除去、機械的に生物を破壊、熱で生物を殺滅
(2)化学的処理技術
 各種化学薬品を直接バラストタンクに注入、あるいは海水や清水を電気分解したりUVを照射して、塩素系物質、フリーラジカルな水酸基やオゾンを生成しバラストタンクに注入して生物を殺滅
(3)複合技術
 物理・機械的処理技術によって比較的大型の生物を除去あるいは殺滅し、化学薬品やUV(生成オゾンでの酸化作用含む)で比較的小型生物を殺滅
(4)その他
 水中の酸素除去による生物殺滅や超電導を利用した生物の除去等
(2)代表的な処理技術
 開発中のバラスト水処理技術の中で、代表的な技術を以下に紹介する。
(1)ろ過及び遠心分離法
 米国、オランダ、シンガポール及びイスラエル等で積極的に開発が進められている、設走サイズ以上の水生生物を除去する。目詰まりは逆洗等の自動洗浄装置で解決可能である。現在は50μm以上の水生生物が処理できる装置が開発されている。処理能力は、数百m3/hr以上も可能ということであるが、搭載に必要な船内スペース等の詳細は不明である。なお、設定サイズ以下の水生生物は処理できないため、最近では化学処理やUV処理の前処理技術として位置づけられる傾向にある。図2には、オランダで開発中の自動洗浄ろ過及び遠心分離システムを示した。
(2)機械的殺滅法
 日本財団の助成を受けて(社)日本海難防止協会が開発を進めている。バラストパイプ中にスリットが入った2枚のプレートが装着されただけの簡単な構造で、バラスト水を通すだけで剪断応力とキャビテーションの作用により水生生物を破壊する。2枚のプレートが回転する方式での目詰まり対策も施されている。簡単な構造のため装置本体は小型で運用も容易である。付属設備も一定流速を確保するポンプだけですむ。開発されたプロトタイプの処理水量は100m3/hrレベルであるが、処理水量の増加はパイプ直径を大きくするだけで対応できる。なお、指標微生物等の微小な生物に対する効果が低いため、現在は化学処理やオゾン処理との併用が検討されている。
(3)熱処理
 豪州、カナダ、英国及びシンガポール等で開発が進められている。メインエンジン冷却系統やボイラー等の既存熱源を利用して、バラスト水漲水時及び漲水後に循環させて加熱し水生生物を殺滅する方法である。高温にすることで全ての水生生物に効果を発揮するが、効果が得られる50〜60℃以上にするためには航海中の循環処理が不可欠で短期航海には不向きである。また、高温による船体への影響及び高温のバラスト水を排出することによる環境影響が懸念されている。図3には、英国とシンガポールが共同で開発中の石油タンカーを想定した熱処理システムの構想を示した。
(4)電気化学処理
 中国、スイス等で開発が進められている。バラスト水を電気分解して塩素を生成し、その酸化作用によって水生生物を殺滅する方法である。開発は、構想あるいは室内実験の段階である。効果は、化学処理共通の傾向であるが小さい水生生物ほど高く大きいと低い。全ての生物を対象にする場合には、かなりの高濃度を必要とする。化学処理としては、この他に化学薬品を直接バラスト水に注入する方法が、塩素(米国、ブラジル、中国、カナダ)、過酸化水素(ドイツ)、アクリルアルデヒド(米国)、ビタミンKが主成分の薬品(米国、ニュージーランド)で検討されている。写真13には、スイスで開発中電気化学処理実験装置を示した。なお、バラスト水条約では、化学物質の使用はIMOの承認が必要と規定されている。
(5)複合技術
 物理・機械的処理技術で大型の水生生物、熱処理、化学薬品、UV、及びオゾン等で小型の水生生物やバクテリアを処理する技術である。両者の効果特性を組み合わせることで、バラスト水管理条約で規定された基準対象全生物に対応することを想定している。現在は、米国、カナダやEUの複数国及び合同チームが開発にあたっている。写真14及び図4には、ノルウェーと米国が開発し、客船に搭載しているろ過とUVによる複合処理装置を示した。
(3)技術開発の方向性
 以上、バラスト水処理技術の現状等について述べた。現在のところは、実船レベルで新条約の基準達成を確認した処理技術は存在しない。今後は、非常に厳しい内容であるものの基準等の目標が定まったこともあり急速に開発が進むと思われる。そして、その中心は、基準への対応と現実性の両面を考えると、大型から小型の生物及び微生物までの処理が可能な「物理・機械的処理技術(ろ過、遠心分離、機械的殺滅)と熱処理、化学処理、UV、オゾン等を組み合わせた複合技術」になると考えられる。ただし、これら複合技術は、現状では大きなスペースを必要とし、燃料消費の増大を招き、高コストになると予想される。多方面で有益な処理技術の開発のためには、斬新な発想と多様な技術を結集した研究開発が将来にわたって必要であろう。
 
図2 自動洗浄ろ過装置(上図)と遠心分離装置(右図)2)
 
図3 石油タンカーを想定した熱処理システム構想図3)


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