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剣詩舞の研究
石川健次郎
―持ち道具を考える(3)―
〈扇の選定〉
 前号では主に扇の種類について述べてきたが、現代の剣詩舞で実際に実用に供せられる扇は、圧倒的に“舞扇”が多いことから、現実に販売されている扇の形態や扇面に描れた絵柄や色彩についても述べておこう。
 そこで改めて剣詩舞に使われる扇の選定を、“扇の種類”別に考察してみよう。(但し全国コンクールに参加する場合は、その使用が不適格と認定されない様に注意を要する)
桧扇
 
六骨扇(霞模様)
 
中啓(松)
 
舞扇(松)
 
 『桧扇』を使う場合は、その作品が奈良平安の時代背景と合致し、然も衣装とのバランスを充分に考慮する必要がある。従って「剣舞」ではあまり需要はないと思うが、「詩舞」では神楽舞や、和歌「天つ風」の五節の舞などは使用の参考になると思う。
 『六骨扇』は前号でも述べたように、現在、演劇舞踊界での持ち扇としては大変に巾広く、王朝から戦国時代の王族、公家、武家に使われるが、残念ながら市販品の図柄が少ないので役柄は限定される。
 『中啓』も前回で述べた様に「能」の作品向きである。但し中啓は舞扇に比べると要返し(かなめがえし)などの扱いがむつかしいので注意して欲しい。なお中啓の絵柄をそのまま舞扇仕立にしたものもあるから詩舞には利用しやすい。
 『仕舞扇』は前号に述べたので省略するが、結局“剣詩舞”で使われる扇の主流は『舞扇』となるので、次にその絵柄、色彩などについて述べておこう。
天地金
 
雲形
 
 まず「剣舞」の場合の持ち扇は、演技者を武人とすれば、その人物の地位の順に、「天地金」「金又は銀無地」「白扇」となるが、役柄で「軍扇(鉄扇)」仕立とか好みで「雲形」「霞模様」を選ぶこともできる。又、人物より作品の内容に拠って扇の絵柄を決める場合は、次に述べる詩舞の場合を参考にすればよい。
 即ち「詩舞」の場合も、演者の使う扇を“役柄”で決めるか、作品内容に相応しい絵柄で決めるかに別れ、その色彩についても、常識的に人物を中心に考えれば、若い人は明るく、年輩者は渋い色を好み、性別では女性は朱(赤)系、男性は青系と云った傾向を考える。
 さて舞扇の選定で最も頭を悩ますのは、沢山ある絵柄の扇の中から何を選べばよいかと云うことである。色々と考えるよりも既製の舞扇を並べてみよう。
 
桜(図案)
 
 
ぼたん
 
海(波)
 
波(図案)
 
 まず作品の内容が植物を扱ったものでは、「松」「竹」「梅」「桜」「柳」「ぼたん」「菖蒲」「紅葉」など数多いが、動物では「鶴」「燕(つばめ)」などと、架空の「龍」や「雷神」などがある。
 
川(流れ)
 
抽象模様
 
 一方作品内容が自然界の情景を描いたものでは、「山」「川(流れ)」「海(波)」「雨」「雲」「霞」「太陽」「月」「星」「嵐」などが、具象的なものから抽象的なものまで様々である。それに最近は抽象絵画の影響をうけて感覚的に内容をデザインしたものが使われるようにもなって来た。
 今回は、僅かな資料しか展示できなかったが、必要ならば新たに下絵を書いて、扇製作の業者と相談すればよい。
 
〈見立て道具〉
 さて剣詩舞の“持ち道具”を考えて見ると、剣舞の刀は当然のこととして、詩舞では圧倒的に扇が主流であり、これには詩舞が明治期に“扇舞”と呼ばれたことも納得できる。それに今回述べた様に、扇の絵柄が舞踊作品に於ける舞台背景の効果を持つことも理解されたと思う。
 ところで此の扇が、実は別な形で持ち道具の効果を発揮する使用方法について述べよう。この使い方は今迄にも「剣詩舞の研究」シリーズの振付でたびたび取上げられてきたもので、扇の「見立て振り」の事である。
 
 
 
 図に示す如く、剣詩舞に共通する扇の「持ち道具」としての使用例に「笛」「槍」「弓」「短刀」「大盃」「笠」などを示したが、いずれも実物を代用したいわゆる“見立て”である。この見立ては図に示す様に、数は少いが“刀”でも適用され、刀が持ち道具として扱われた例である。剣舞は基本的には刀法の扱いで舞踊が表現されるから、刀の鞘(さや)を利用したり、棒(六尺棒又は金剛杖)を使う例はあるが、その他の武具、例えば鎖(くさり)鎌(かま)や鉄砲などを持ち道具として使用する例は少ない。


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