1.5 研究の経過
(1)事業内容
本研究は平成16年度〜平成17年度にわたる2ヵ年事業である。平成16年度は、これまで用いてきた推算手法の問題点を、(1)衛星観測風により計算した平均台風による解析、(2)1999年の台風18号事例による解析から抽出した。次に数値予報モデルを用いた推算手法の基礎として、計算OPTION、初期・境界値、台風ボーガス、解像度などの調査を行い、数値予報モデルを用いた推算手法の精度を評価した。
平成17年度は、数値予報モデルを用いた推算手法の精度向上を目指し、台風ボーガス、データ同化に焦点を当てた検討を行い、数値予報モデルを用いた推算手法の精度を評価する。また、数値予報モデルを用いた推算手法により作成された風場を用いて、波浪・高潮計算を行い、風場の改善により、波浪・高潮推算精度がどのように変化するかを評価する。
2ヵ年事業の作業フローを図1.5に示す。
図1.5 作業フロー
(2)平成16年度事業の成果と課題
平成16年度は、これまで用いてきた推算手法の問題点を、(1)衛星観測風により計算した平均台風による解析、(2)1999年の台風18号事例による解析から抽出した。衛星観測風により計算した平均台風によると、台風は非対称な構造をもっていることが示された。一方、これまでの推算手法は、風速分布が線対称の構造を持っており、現実の台風の非対称性を表現することができないことが分かった。また、1999年の台風18号事例では、観測では、前面に強風域を持つ非対称な構造を持っているが、これまでの推算手法ではその強風域を表現することはできなかった。
数値予報モデルを用いた検討では、できる限り計算負荷が軽く、精度の良い計算手法をめざし、計算OPTIONの調査を行った。その結果、微物理過程は、大領域はSimple ice、中・小領域はGraupel(reisner2)とし、大気境界層は大・中・小領域ともEtaPBL、積雲パラメタリゼーションは、大領域はGrell、中・小領域はなしがもっとも適していることが分かった。初期・境界値の検討では、大気格子点データと海水面格子点データについて検討を行い、大気格子点データはRANAL、海水温格子点データはNear-goosがもっとも適していた。台風ボーガスの検討では、投入した方が投入していない場合と比較して、台風進路推定の精度が向上する可能性が示された。しかし、台風ボーガスを投入したにもかかわらず、初期の1時間で台風が大きく減衰するという課題があった。データ同化(ナッジング)の検討では、ナッジング係数を風、気温とも1.0e-4とした場合がもっとも精度がよかった。解像度の検討では、13.5-4.5kmの2領域の計算でも精度はあまり変わらなかった。
上記の数値予報モデルを用いた新たな推算手法を、これまでの推算手法と精度検証を行った。台風9918号による検証では、新たな推算手法は、これまでの推算手法では表現できなかった非対称の構造を表現しており、各観測地点の観測値と推算値との相関係数は0.81とこれまでの推算手法より優れていた。5事例による総合的な検証では、台風進路を制御することができる事例については、これまでの推算手法と比較して推算精度が向上することが分かった。しかし、数事例では、台風を制御できず、そのような事例では、推算精度は向上しなかった。
平成16年度事業の課題は、(1)台風が強い勢力を保っている期間において、ベストトラックと比較して気圧深度が浅い、(2)事例によっては台風進路を制御できない事例があることであった。これらの課題は、気圧深度の再現性の向上を目的とした精度の高い台風ボーガス、あらゆる台風の進路の制御を目的とした高度な同化手法を検討することにより解決する可能性がある。
(3)ワーキンググループ
この研究を推進するにあたり、当気象協会内に次の検討ワーキンググループを設置して、研究計画の策定、研究の推進および研究経過の検討を行った。平成16年度、平成17年度の「台風時の内湾海上風推算の研究」検討ワーキンググループ委員名簿を以下に示す。
・平成16年度
第1回:平成16年8月9日
第2回:平成17年2月25日
委員 |
大澤 輝夫 |
神戸大学 |
助教授 |
委員 |
吉野 純 |
岐阜大学 |
助手 |
委員 |
益子 渉 |
気象研究所 台風研究部第一研究室 |
研究官 |
委員 |
辻本 浩史 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
課長 |
委員 |
松浦 邦明 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
技師 |
委員 |
中野 俊夫 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
主事 |
事務局 |
甲斐 敏英 |
日本気象協会本社管理本部管理部事業課 |
課長 |
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・平成17年度
第1回:平成17年9月8日
第2回:平成18年2月23日
委員 |
大澤 輝夫 |
神戸大学 |
助教授 |
委員 |
吉野 純 |
岐阜大学 |
助手 |
委員 |
益子 渉 |
気象研究所 台風研究部第一研究室 |
研究官 |
委員 |
河合 弘泰 |
港湾空港技術研究所 海洋・水工部
海洋水理・高潮研究室 |
室長 |
委員 |
宇都宮 好博 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
課長 |
委員 |
松浦 邦明 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
主任技師 |
委員 |
中野 俊夫 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
技師 |
事務局 |
甲斐 敏英 |
日本気象協会本社管理本部管理部事業課 |
課長 |
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本調査によって得られた成果の概要を以下に示す。
(1)数値予報モデルを用いた海上風推算手法の検討
数値予報モデルを用いた海上風推算手法の検討では、平成16年度事業「台風時の内湾海上風の研究」で課題として挙げられた台風ボーガスの作成手法、データ同化に焦点を当てて検討を行った。
台風ボーガスは、初期場に気象庁RANALのような空間解像度の低いデータを用いる場合、台風の中心付近に見られるシャープな気圧構造や強風を再現することができないために必要である。しかし、MM5に付属の台風ボーガスでは、(1)非現実的なパラメータを投入しなければならない、(2)台風進路の推算精度が悪いという問題があった。そこで、新たな台風ボーガスとして気象庁ボーガスを作成し、ボーガスなし、MM5付属の台風ボーガス、気象庁ボーガスを初期値とした場合の推算精度の比較を行った。気圧深度誤差は、MM5ボーガス、気象庁ボーガスとも計算初期の中心気圧がベストトラックに近くなり、誤差が大きく改善していたが、MM5ボーガスは負のBiasであるのに対し、気象庁ボーガスは正のBiasであった。進路推定誤差は、気象庁ボーガスは24時間で誤差が80kmとボーガスなしとほぼ同程度の誤差であったが、MM5ボーガスは、24時間で誤差が150km以上とボーガスを投入することで誤差は増加していた。以上から、台風ボーガスは、気象庁ボーガスを投入することがもっとも精度がよいことが分かった。
データ同化は、解析値や観測値の情報を数値予報モデルに同化し、より精度の高い処理を行うために必要である。しかし、ナッジングは、強制的に解析値になじませるため、推算値にスムージングをかける効果があり、進路推定誤差を小さくしようとすると気圧深度誤差が大きくなり、気圧深度推定誤差を小さくしようとすると進路推定誤差が大きくなるというトレードオフの関係があった。また、解析値の変化に対して、予測値が遅れる傾向があった。そこで、新たなデータ同化としてIAUを作成し、データ同化なし、ナッジング、IAUを行った場合の推算精度の比較を行った。進路推定誤差は、推算時間36時間で、データ同化なしの場合に約100kmであったのに対し、ナッジングは約80km、IAUは60kmと小さくなっていた。気圧深度推定誤差は、推算時間36時間でデータ同化なしの場合に約18hPaであったのに対して、ナッジング、IAUとも10hPa弱と小さくなっていた。しかし、これは気象庁ボーガスが推算時間36時間で、負のバイアスを持っていたため、気圧深度が減衰したことで見かけ上、良化しただけである。IAUは、台風0416号や、0418号などで、非現実的な気圧の深まりがあり、気圧深度推定は、ナッジングより悪化したと考えられる。以上から、データ同化手法は、(1)IAUは、進路推定誤差を小さくするものの、特定の事例で気圧深度が非現実的な深まりを見せること、(2)IAUは、ナッジングより計算時間が1.5倍かかることから、ナッジングを使用することとした。
(2)数値予報モデルを用いた海上風推算手法の評価
数値予報モデルを用いた海上風推算手法の評価は、まず台風9918号による詳細な検証を行い、その後、20事例による総合的な検証を行った。
台風9918号は、中心気圧950hPaと強い勢力を保ったまま八代海を通過し、周防灘を抜けた台風である。台風は、九州上陸前には、軸対称に近い雲域を持っていたが、九州に上陸し周防灘を通過する時刻になると、本州の北に存在していた前線と相互作用し、非軸対称な構造に大きく変化していた。八代海や周防灘では30m/sを越える強風が吹き、苅田では、台風通過前に39.5m/sの強い風を観測していた。これまでの推算手法は、風を過小評価する傾向があり、苅田では台風通過後に最大風を推算していた。一方、数値予報モデルを用いた推算手法は、風速の最大値を概ね再現しており、苅田の台風通過前の強風も推算することができていた。これは、数値予報モデルを用いた推算手法は、(1)これまでの推算手法では求められなかった海上と陸上の風速差など、地形影響をより精密に表現することが可能である、(2)対流活動や中緯度に特有の前線との相互作用など、様々な原因から生じる台風の非対称性を表現することが可能であるためであると考えられる。
総合的な検証は、(1)八代海・周防灘、(2)伊勢湾、(3)播磨灘に高波をもたらした20事例で行った。八代海・周防灘に高波をもたらした12事例では、数値予報モデルを用いた推算手法は、これまでの推算手法と比較して相関係数が高く、精度が良かった。伊勢湾に高波をもたらした2事例についても、数値予報モデルを用いた推算手法の精度は良かった。一方、播磨灘に高波をもたらした6事例では、数値予報モデルを用いた推算手法の精度は、他の2海域と比較してよくなかった。この原因は、播磨灘に達する台風は九州や四国を通過してくるために、対称性は崩れており、台風ボーガスで表現することが難しいためと考えられる。しかし、八代海・周防灘や伊勢湾のように外洋に面している海域については、数値予報モデルを用いた推算手法の精度は、これまでの推算手法と比較してよかった。
(3)波浪・高潮推算の評価
周防灘を対象として、この海域に強風をもたらした3事例の台風、T9918、T0314、T0418号について、(1)2次元台風モデルとマスコンモデルの組み合わせ(以下、従来モデル)による海上風と海面気圧の推算値を外力とした場合、(2)数値予報モデルによる海上風と海面気圧の推算値を外力とした場合の波浪・高潮推算結果を比較・評価した。
従来モデルの海上風による波浪推算の結果、波高はピーク時には徳山沖で4m以上に達したが、周防灘西方では波高は概ね2m前後であった。数値予報モデルの海上風による波浪推算の結果、波高はピーク時には徳山沖まで5m以上に達し、強い東風により周防灘西方でも3mを超えた。周防灘西方の波浪観測地点(苅田)における波高および周期の時間変化は、従来モデルの場合には観測値と比較して過小であったが、数値予報モデルの場合はほぼ再現した。これは、周防灘を東から西へ向かう強風の再現性が向上したためであると考えられた。数値予報モデルの海上風・海面気圧による高潮推算の結果は、従来モデルの場合と比較して、最大潮位偏差の分布パターンが異なった。これは推算された海上風の風向の違いによるためであると考えられた。数値予報モデルの海上風・海面気圧による高潮推算の結果は従来モデルの場合と比較して潮位観測値に近づいた。
台風0314号、台風0418号についても、同様に数値予報モデルの出力結果を用いた場合は従来モデルの場合と比較して波浪・高潮の精度が向上した。
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