はしがき
2005年8月末から9月初めにかけ、ハリケーン・カトリーナはカテゴリー4の強い勢力を維持したまま米国南部に上陸し、ルイジアナ州やミシシッピ州では高潮や洪水等による大規模災害が発生しました。この既存の想定を超える大規模な災害の発生は、わが国においても防波堤の設計を見直すなど高潮等に対する対策の重要性や緊急性が再認識されました。
国内においても、1999年9月の台風18号、2002年9月の台風15号、2004年8月の台風16号及び9月の台風18号など、近年、高潮による大きな被害が発生し、このように頻発する高潮は沿岸住民や船舶関係者にとって驚異となっています。
高潮による水位上昇は、気圧低下による吸い上げ効果や、風による吹き寄せ効果、高波などの影響の他に、その湾固有の地形効果や湾に流入している河川の状況などが複雑に絡み合うため、水位の上昇量は時間的にも空間的にも一様ではありません。
本研究では、任意時間、任意地点における水位の上昇量が推算できるような、高精度・高分解能モデルを作成しました。そして、過去の台風事例を再現することによりモデルの精度を示し、この手順を「高潮・浸水マップ作成マニュアル」として巻末にまとめました。この事業の成果をとりまとめた本報告書が、沿岸構造物の設計条件等の利用や海岸の安全管理に活かされるものと期待しています。
おわりに、この研究は日本財団の平成16年度から平成17年度の2ヵ年の助成事業により実施したものであることを申し添えるとともに、研究開発を推進するにあたり、ご指導を頂きました委員の方々に厚く御礼申し上げます。
平成18年3月
財団法人 日本気象協会
会長 松尾 道彦
2005年米国のハリケーン カトリーナや1999年9月の台風18号など、近年、巨大ハリケーンや台風による高潮が頻発し、沿岸住民や船舶関係者にとって驚異となっている。高潮による水位上昇は気圧低下による吸い上げ、風による吹き寄せ、高波などの一般的要因の他に、その湾固有の地形効果や流入河川の状況などが複雑に絡み合い、水位上昇量は時間的にも空間的にも一様ではない。そのため、任意時間、任意地点における水位上昇量の推算可能な高精度・高分解能モデルを作成し、過去の台風事例を再現することにより、沿岸構造物設計の際の高潮条件値としての利用や港湾や海岸管理者向けの「高潮・浸水マップ作成マニュアル」としてまとめることにより、精度の高い高潮・浸水マップ作成に寄与することを本研究の目的とする。
湾内の高潮水位変動に関係する主な要因を抽出すると、
(1)台風や低気圧などの接近に伴う気圧低下による吸い上げ、強風による吹き寄せ
(2)湾形状(自然地形・構造物)や海底などの地形効果による海水や波の回り込み
(3)降雨によって増水した河川水の海上流出
(4)強風による継続的な高波浪、波浪破砕による水面上昇
などがあげられる。
これまでの高潮推算では(1)、(2)の要素のみ考慮するのが一般的であった。
本研究では、波浪や河川流出予測モデルから出力されるデータを入力条件とする(3)、(4)の要素を組み込んだ高精度・高分解能の高潮推算モデル構築し、さらに越波量を考慮することで高潮・浸水計算の精度向上を目標とする。
本研究開発は平成16年度及び平成17年度の2ヵ年事業である。図1.1に示すフローに従って実施した。以下にその概要を示す。
(1)資料収集整理
本年度は河川・海象データを中心に収集・整理を行った。
・対象海域;瀬戸内海西海域、八代海(微地形データを含む)
・対象擾乱;台風9918
(2)高潮統合モデル最適化
・気圧、風を考慮した3次元高潮推算モデル
・Wave Setupモデル
・河川内高潮モデル
昨年度統合した上記3つのモデルについて、上記(1)で資料収集した事例を用いて高潮検証計算を行い、推算精度をあげるための最適化を検討した。
(3)高潮統合モデルの浸水計算への適用
高潮統合モデルの適用例として、八代海北部の湾奥に位置する熊本県宇城市不知火町松合地区周辺で発生した高潮に伴う水位上昇による浸水状況を計算し、再現性の検討を行った。
図1.1 研究開発フロー
この研究を推進するにあたり、当気象協会内に次の検討ワーキンググループを設置して、研究計画の策定、研究の推進および研究経過の検討を実施した。平成16年度、平成17年度の「高潮による水位上昇推算の研究」検討ワーキンググループ委員名簿を以下に示す。
・平成16年度
第1回:平成16年8月25日
第2回:平成16年12月27日
第3回:平成17年2月25日
委員 |
安田 孝志 |
岐阜大学 |
教授 |
委員 |
鈴木 靖 |
日本気象協会東海支社技術部 |
部長代理 |
委員 |
田中 秀雄 |
日本気象協会東海支社総務・営業課 |
主任技師 |
委員 |
安部 智彦 |
日本気象協会東海支社技術部調査課 |
技師 |
委員 |
大西 健二 |
日本気象協会関西支社調査部応用気象課 |
技師 |
委員 |
齊藤 勝也 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
技師 |
委員 |
高井 博司 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
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吉野 純 |
岐阜大学大学院工学研究科 |
助手 |
事務局 |
甲斐 敏英 |
日本気象協会管理本部管理部事業課 |
課長 |
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・平成17年度
第1回:平成17年8月2日
第2回:平成17年12月2日
第3回:平成18年2月28日
委員 |
安田 孝志 |
岐阜大学 |
教授 |
委員 |
吉野 純 |
岐阜大学 |
助手 |
委員 |
鈴木 靖 |
日本気象協会首都圏支社調査部 |
部長 |
委員 |
宇都宮好博 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
課長 |
委員 |
田中 秀雄 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
主任技師 |
委員 |
齊藤 勝也 |
日本気象協会首都圏支社調査部応用気象課 |
技師 |
委員 |
小林 博行 |
日本気象協会東海支社総務・営業課 |
主任技師 |
委員 |
安部 智彦 |
日本気象協会東海支社技術部調査課 |
主任技師 |
委員 |
内田 洋平 |
日本気象協会関西支社調査部応用気象課 |
技師 |
事務局 |
甲斐 敏英 |
日本気象協会管理本部管理部事業課 |
課長 |
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本研究によって得られた成果の概要を以下に示すとともに、「高潮・浸水マップ作成マニュアル」を巻末にまとめた。
前年度に従来型の高潮モデルにWave Setup、河川流の効果を含めたハイブリッドモデルを構築した。前年度の結果は実況値との比較ではよくあっていたが、風計算から見直さないと再現が不可能な例もみられ、マイヤーズの式による風計算の限界もみられた。今年度は最新の時間発展可能な力学モデルMM5を用いて風計算を行い、それを用いて高潮計算を実施した。
有明海のような大きなスケールの湾では今回のMM5の風はMyersの風よりも良好な結果を残したが、比較的小さなスケールで周囲を陸域で囲まれた八代海では改善はみられなかった。これについては、スケールの小さな海域や周囲を囲まれた海域での計算場のモデル化に対し、従来考えられているよりも細密なメッシュ分割、海底地形や海岸線の適切なモデル化が必要なことが想定される。
力学的モデルの長所は風、気圧の整合性がとれたまま時間発展が可能であることで、今後高潮予測の有力な手段であると思われる。ただし、今回対象としたような小さな湾では台風位置による風向の変化が重要で位置について適切な補正方法を検討する必要がある。
今回実施したMM5による風計算結果を用いた高潮計算では、松合地区で痕跡などから想定された潮位を再現できなかった。したがって、本書における浸水計算では、松合地区の実施された現地調査の報告書に記載された潮位変化を用いた計算を行った。なお、高潮計算時に得られた松合地区前面海域の潮位差(2cm)は、浸水計算の高潮境界値に引き継ぐこととした。
浸水計算の結果は、既存の文献などとほぼ同等の水位レベルを示しており、再現性については良好な結果を得られたと考える。
今回は、風、波浪、高潮などのモデルを統合し浸水計算まで実施する高潮統合モデルの開発を2年度にわたって実施した。モデルとしては、全般的にはほぼ良好な再現性を確保できていると考えられるが、地域的な問題により高潮の再現が不十分であった。このような問題はあったものの、従来、個々に独立したモデルとして運用されてきたものを統合したことにより一連の作業を効率よく実施することが可能となった。また、従来、高潮が海域のみ(一部大河川の河口部は実施)で行われていた計算を、河川を遡った計算により海域と河川内高潮の統合も考慮したモデルを構築できたことは非常に有意義なことと考える。
今後は、運用事例を増やし、より一層の再現性の精度向上に向けた検討を行っていくことが重要である。
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