1.2 船舶航行解析システムの構築と船舶交通特性の把握
1.2.1 レーダ画面上における船舶映像の自動追尾
(1)はじめに
海上交通の調査・研究において、交通観測は実海域における船舶の交通状況を把握するために最も重要な作業である。観測によって交通解析に必要なデータを収集する事ができ、データを解析する事で、交通現象を定量的に捉える事ができる。
交通解析に必要なデータとは、主に交通観測で記録されたレーダ画面上の船舶映像をトラッキングした船舶の航跡データであるが、これまでは人間がそれぞれのレーダ画面毎に船舶映像を確認しながら、手動にて船舶の位置座標を入力する必要があった。
しかし、手動による従来の方法では、取得できる航跡のデータ量に限界があり、人的にも時間的にも多くの負担を強いられてきた。そこで今回、トラッキング時における様々な負担を軽減するために、トラッキング作業を自動処理で行えるようにし、人的・時間的な負担を軽減するようにした。
今回開発した自動トラッキングシステム(自動航跡取得システム)は、予め観測・記録されたレーダ画像(連続した1分毎のレーダ画像)から航行する船舶映像情報(船舶の位置情報、船舶映像の画素数情報)だけを抽出するマスキング・船舶映像情報抽出作業と、抽出された船舶映像情報を用いて船舶の航跡取得を行うトラッキング作業により構成されている。
(2)レーダ画面のマスキングと船舶映像情報の抽出方法
(i)マスキング作業の処理概要
今回の船舶のトラッキングでは、交通観測によって記録されたレーダ画面に、予めマスキング作業(静止情報を除いて移動情報のみを抽出する作業)を行い、海域を航行する船舶映像情報(船舶の位置情報、船舶映像の画素数情報)を抽出する。そして、取得された位置座標をテーブル化しておき、それぞれの船舶のトラッキング実行時にこの座標データを読み込み、同一船舶の座標データであるかどうかを判断している。これによりトラッキングの処理速度を高速化できる。尚、トラッキング対象となる海域は図1.2.1に示すように2局レーダ(防衛大レーダ局・東扇島レーダ局)にて観測可能な海域とする。
ここではマスキング作業の手順を具体的に述べる。マスキング作業では5段階のマスキング処理を行い、レーダ情報から静止情報(陸岸・ブイ等)を取り除いた。なお今回用いたレーダ画像は、東京湾レーダネットワークシステムで1分毎に記録された2005年8月17日00時00分から8月17日23時59分までの24時間分である。なおレーダの観測レンジは6マイルである。レーダの水平ビーム幅は0.8度であり、方位方向の分解能はレーダ局からの距離が6マイルの場合約155mになる。
図1.2-1 2局レーダのトラッキング対象海域
(ii)2局レーダ画像の統合作業(第1処理段階)
下図に示す図1.2-2、図1.2-3は、それぞれのレーダ観測局(防衛大局・東扇島局)において観測・記録されたレーダ画像(2005年8月17日00時00分のレーダ画像)を示す。それぞれのレーダ画像は背景の海図の位置情報(陸岸・航路・ブイ)に一致する様に調整されている。
図1.2-2 防衛大局からのレーダ画像
図1.2-3 東扇島局からのレーダ画像
次に図1.2-2(防衛大局)と、図1.2-3(東扇島局)とのレーダ画像を統合する。画像の統合は、下図の図1.2-4のようにそれぞれのレーダ局からの死角と、レーダの欠点特性(遠方にある船舶映像程引き伸ばされる)を考慮して、中ノ瀬航路出口の北側で切り替えている。図の上部が東扇島局からのレーダ画像、図の下部が防衛大局からのレーダ画像を示す。
図1.2-4 2局の統合レーダ画像
(iii)静止情報の除去作業(第2処理段階)
次の処理作業では、24時間のレーダ観測中、1分毎に記録された殆ど全てのレーダ画像において映像が存在した場所(レーダが物標の存在を認識した場所)、つまり静止情報(陸岸、ブイ等)と認識できる画像をレーダ画面上から取り除く。
全観測時間中(24時間)の半数にあたる50%以上(12時間)の時間、レーダ画面上に現われた物標を、静止情報(陸岸・ブイ等)として取り扱う。これにより、図1.2-5に示すようにレーダ画面上の詳細な静止情報を抽出する事ができる。50%の設定値は、設定値が低いケースだとレーダクラッターなど短時間だけ不連続的に画面上に出現するレーダの偽像(物標情報以外の映像)を拾ってしまう事があり、逆に設定値が高いケースだとレーダ反射波があまり強くない場合、対象物標が静止状態であっても同じレーダ映像として認識されない問題がある事から、中間値であるこの値を使用した。
図1.2-5 抽出された静止情報(陸岸、ブイ等)
(iv)手動による静止情報の除去作業(第3処理段階)
次の処理では、海図情報から予め陸地であると認識できる座標については、図1.2-6に示す様に人間が手動作業にて静止情報として指定する。これにより、先のマスキング作業(第2処理段階)だけでは完全に取り除けなかった陸上の静止情報も、確実に除去する事ができる。また、船舶が航行する海上エリアのみのデータを残す事ができるので、後に行うトラッキング作業時(船舶航跡の取得作業時)の処理速度向上させる事ができる。
図1.2-6 手動作業で指定した陸上の静止情報
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