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II 専門家交流
1. 専門家現地交流概要
 北方四島の自然生態系に生息する生き物やその環境を日露共同で観察することにより専門家同士の意見交換を行う。具体的な観察項目は下記の通り。
1)遠洋観察:ロサ・ロゴサを使用して、外洋に生息する鯨類・海鳥類を日露共同で観察し交流を行う。また、これらの生き物が生息する海洋環境を把握するために、水温・塩分濃度・プランクトン量等の計測を行う。
2)沿岸観察:ロサ・ルゴサIIおよび船外機付き磯舟、ゴムボートを使用して沿岸に生息する鰭足類・ラッコの観察を日露共同で行う。
3)潜水観察および動物の定点観測:歯舞群島ハルカリモシリ島他に上陸して、沿岸に生息する生き物たちの環境を把握するために潜水調査を行い、どのような環境に住んでいるのかを映像として記録する。また、アザラシやラッコなど動物の一日の行動を観察する。
 
2. 調査結果
(1)鯨類調査結果報告 笹森琴絵
【目的】
 2001年8月に実施された色丹島および歯舞群島周辺海域調査の成果をふまえ、6月の同海域に出現する鯨類種と行動の把握、さらに、北方四島では択捉島周辺に集中して情報のあるシャチについて個体識別用データの収集に努める。
 
【調査の概要】:
 本海域における鯨類の目視調査の実施は、2001年以来、これが二度目となる。
 8月に実施した前回の調査の結果では、色丹島周辺での発見鯨類種はイシイルカのみにとどまり、生息密度も極めて薄かった。一方、歯舞群島周辺では、北側でカマイルカが、太平洋側でミンククジラが高密度で確認でき、色丹島との鯨類の生息状況の違いが顕著であった。
 前回とは2ヶ月ほど早期に行われた本調査では、小型歯鯨類をはじめとする全ての鯨種を対象にデータをとり、8月における鯨類分布と比較することを第一の目的とした。また、色丹島駐在のサハリン州海洋環境局 ワジム・クルバドフ保護監督官の情報によると、6月の色丹島太平洋側では、シャチのポッド(群れ)が頻繁に観察できるとのことだが、これは、色丹島へのアザラシの回遊がピークを迎えるため、これを餌として利用する個体群が集まっているのではないか(クルバドフ氏私信)と予測される。これをふまえ本調査の2つ目の目的には、シャチの個体識別用データ(スチール写真、動画)の収集に努め、これまで蓄積してきた、北方4島周辺で採取したシャチのデータと比較することをおいた。
 調査では、離岸10海里地点に頂点をおいた二等辺三角形の調査航路をあらかじめデザインし、そのライン上を10.5ノットの速度で航行し、鯨類の発見があるたびに、動物と出現海域に関するあらゆるデータをとるライントランセクト法を採用した。調査の実施は原則として目視調査員1名と記録者2名によった。
 
【結果】:
『発見鯨種』:計 5種19群26頭
ハクジラ亞目ネズミイルカ科ネズミイルカ Phocoena phocoena
ハクジラ亞目ネズミイルカ科イシイルカ Phocoenoides dalli
ハクジラ亞目マイルカ科カマイルカ Lagenorhynchus obliquidens
ハクジラ亞目マイルカ科シャチ Orcinus orca
ヒゲクジラ亜目ナガスクジラ科ミンククジラ Balaenoptera acutorostrata
 
 これらはいずれも6月の北海道太平洋沿岸から4島周辺にかけて普通に観察される種であった。発見種および頭数の少なさは、過去5回にわたる四島周辺海域の鯨類調査で例をみないものであった。
 期待していたシャチの発見は、わずかに一群だけだった。
 なお鯨類調査を実施した5日間のうち、初日の6月7日と翌8日の二日間を除いては濃霧と強風に見舞われ、概して調査に適した条件とはいえなかった。この条件が目視の精度に悪影響を与え、予想を裏切る発見率の低さにつながった可能性は否めない。
 
【考察と課題】:
 結果でも述べたとおり、本調査での観察条件の悪さは目視結果に悪影響を与えたことが十分考えられるが、それにしても少ない発見であった。特に色丹島周辺での鯨類相の薄さは驚くべきものがあり、前回の8月における調査でも同様の結果であったことも併せると、色丹島周辺は鯨類にとっては重要なハビタットとならない海洋環境を呈しているようにも考えられるが、時期を変え、好条件下での調査結果を見ないと正確にはわからない。
 前回の歯舞群島では大群で観察されたカマイルカだが、今回はほとんど発見がなかったことは、単純に調査が本種の回遊時期に先んじていたことが最大の理由と考えられる。
 いっぽう、悪条件のためとは割り切れないイシイルカの発見の低さについては理由がわからず、同時期における再度の調査が必要と考える。
 第二の目的であったシャチの個体識別用データの収集は、本種の発見が濃霧の中であったことから、撮影は不可能であった。現地関係者へのさらに詳細な聞き取り調査の実施とあわせ、来年度以降への大きな課題の一つとして残った。
 
表1 調査日別発見鯨類
(群れ数/個体数)
調査日 鯨種
ネズミイルカ カマイルカ イシイルカ ミンククジラ シャチ
6・ 7 3/4 1/1 0 1/1 0
6・ 8 1/4 0 2/3 2/2 0
6・11 0 0 0 0 1/3
6・12 5/5 0 0 3/3 0
合計 9/13 1/1 2/3 6/6 1/3
 
表2 鯨種別発見総数
鯨種 群れ数 個体数
ネズミイルカ 9 13
カマイルカ 1 1
イシイルカ 2 3
ミンククジラ 6 6
シャチ 1 3
総計 19 26
 
(2) 鰭脚類調査結果報告
浅野悠美・石川慎也・中川恵美子・小林万里
●はじめに
 北海道納沙布岬から北東へと連なる歯舞群島・色丹島は、地理的に北海道東部から千島列島へとつながる生態系を形成している。過去の調査でも多くの鰭脚類・ラッコが確認されており、北海道東部との移動および回遊の可能性も考えられている。
 今回の調査では、歯舞群島・色丹島周辺での鰭脚類・ラッコの生息状況を明らかにすることを目的とし、上陸(生息)場所と個体数の調査を行った。しかし、悪天候のため、色丹島と歯舞群島ハルカリモシリ島大島のみの調査となった。
 
●調査方法
<色丹島>
 調査は2005年6月8〜12日に行った。ロサ・ルゴサII(47t)で色丹島沿岸を低速で航行し、観察員が船首にて鰭脚類・ラッコの上陸・遊泳を観察した。観察は肉眼および双眼鏡を用い、必要に応じてフィールドスコープを使用した。鰭脚類・ラッコを発見した場合には、種類、発見時間、発見頭数、調査船の位置(緯度・経度)、走行速度、水深、陸地までの距離および気象を記録した。鰭脚類の場合には上陸・遊泳個体とも、Adult(成獣)とPup(当年産まれの0歳獣)の識別を行った。
<ハルカリモシリ島>
 調査は2005年6月9・10日に行った。歯舞群島ハルカリモシリ島大島に上陸し、陸上より鰭脚類・ラッコの上陸・遊泳を観察した。観察は肉眼および双眼鏡を用いた。鰭脚類・ラッコを発見した場合には、種類、発見時間と発見頭数、発見時の観察者の位置(緯度・経度)、気象を記録した。鰭脚類の場合には上陸・遊泳個体とも、AdultとPupの識別を行った。また、ハルカリモシリ島におけるアザラシ上陸地の環境条件を知る予備調査として、アザラシが遊泳していた海域(地点AおよびP)の水温(℃)と上陸地(地点A)の気温(℃)および照度(Lux)を測定した。
 
●結果・考察
A. アザラシ類
 今回の調査において確認されたのは、ゼニガタアザラシ(Phoca vitulina stejnegeri)およびゴマフアザラシ(Phoca largha)の2種であった。北海道周辺からカムチャッカ半島までの太平洋西部に分布するゼニガタアザラシはIUCN(世界自然保護連合)により絶滅危惧II類に指定されている(Jefferson 1998)。
 
<色丹島>
 色丹島における調査地点を図1、確認個体数を表1、各調査地点の概要を表2に示す。なお、6月9・10日は霧により視界が悪く、観察を試みたが、海上から色丹島沿岸を観察することは出来なかった。ゼニガタアザラシはAdultが上陸410頭・遊泳24頭の計434頭、Pupが上陸38頭・遊泳2頭の計40頭、合計474頭を確認した。ゴマフアザラシは上陸2頭、種不明アザラシは上陸・遊泳ともに1頭ずつを確認した(表5)。
<ハルカリモシリ島>
 ハルカリモシリ島大島における調査地点を図2、確認個体数を表3、各調査地点の概要を表4に示す。調査員は地点A(43.25.07N°、146.09.43E°)から上陸し、各地点はアルファベット順に調査した。なお、6月9日と10日では観察場所が重複しているため、個体数の合計は日別のみとした。6月9日にはゼニガタアザラシはAdultが上陸1頭・遊泳37頭の計38頭、Pupが上陸1頭・遊泳19頭の計20頭、合計58頭を確認した。6月10日にはゼニガタアザラシはAdultが上陸224頭・遊泳39頭の計263頭、Pupが上陸120頭・遊泳25頭の計145頭、合計408頭を確認した。また、ゴマフアザラシのAdultの上陸1頭、種不明アザラシの遊泳1頭も確認された(表5)。
 ハルカリモシリ島大島の地点AおよびPにおける水温を図3および4、地点Aにおける気温と照度を図5に示す。気温については、計測機器を地表に直接設置したため実際の気温よりもやや高い値となった。
 
 北海道太平洋側のゼニガタアザラシの出産期は5〜6月で、ゴマフアザラシの出産期は3〜4月である(Shaughnessy and Fay, 1977)。今回の調査期間はちょうどゼニガタアザラシの出産期にあたり、パップが多く確認されるものと期待された。しかし、調査期間中は海上に絶えず霧がかかり、視程が2〜3km以下になることも多く、沿岸の観察は非常に困難であった。ハルカリモシリ島の調査では視程は50〜100m程度で、陸上から上陸個体を確認することも難しい状況が多かった。
 色丹島ではゼニガタアザラシのPupが40頭、ハルカリモシリ島では6月9日に20頭・10日に145頭が確認され、この両島がゼニガタアザラシの繁殖場(出産・育児・交尾が行われる場)として利用されていることが考えられた。色丹島の確認個体数は過去の調査と比べるとやや少ないものの、ゼニガタアザラシが優位である傾向に変化はなかった。また、地点gおよび地点p、q(大崎周辺)で確認個体数が多く、これも過去の調査結果とほぼ一致する。よって、これらの地点は色丹島の中でも重要な上陸場であることが確認された。特に、地点gでは砂利浜に上陸している個体が多く、確認数も今回最大であった。北海道内ではゼニガタアザラシは主に岩礁に上陸しており、砂利浜に上陸している例は少ない。岩礁に比べて砂利浜は海に逃げにくいことから、アザラシがこの上陸地を安全な場と認識して利用していることが考えられた。
 ハルカリモシリ島では、確認頭数の3〜4割がPupであり、ゼニガタアザラシにとって重要な繁殖地であることが示唆された。特に、確認数の半分以上のPupが地点C、Jで確認されており、ゼニガタアザラシの出産・育児の場として利用されていることが考えられた。2001年8月の調査では、ハルカリモシリ島でゴマフアザラシおよびラッコが多数観察されている。特に、ゴマフアザラシは2001年には最大確認頭数が368頭であったのに対し、今回の調査では1頭であった。これが季節的なものであるのか、あるいは悪天候など他の要因によるものであるのかは今後更なる調査が必要である。
 2003年・2004年の釧路および根室周辺の海表面水温は4〜6℃であり(北海道立中央水産試験場)、これは今回の結果とほぼ一致する。今回は実験的に気温と照度を測定したが、今後各地点におけるこれらの数値を測定・比較することで、アザラシの利用場所の環境的条件が明らかになるのではないかと期待される。
 今回の調査はゼニガタアザラシの繁殖期にあたり、色丹島およびハルカリモシリ島大島が繁殖場として利用されていることが確認された。今後は範囲を歯舞群島全域に広げ、アザラシの上陸場の環境や利用形態などを詳細に調べることが望まれる。
 
B. その他の鰭脚類
 6月8日に色丹島にてトド(Eumetopias jubatus)遊泳1頭を確認した(表1、2)。また、6月8日にロサ・ルゴサIで行われた国後島−色丹島間での鯨類目視調査において、キタオットセイ(Callorhinus ursinus)3頭が確認された。
 
 両種とも過去に色丹島およびハルカリモシリ島で確認された例はほとんどなく、色丹島およびハルカリモシリ島大島周辺をあまり利用していないことが考えられた。
 
C. ラッコ
 ラッコ(Enhydra lutris)は北太平洋辺縁部の、千島列島南部からアリューシャン列島、さらに南カリフォルニアまでの沿岸海域で見られる(Jefferson 1998)。近年、歯舞群島での個体数が増加し、北海道沿岸での目撃も増えてきている(服部 2004)。
 
 本調査では6月9日にハルカリモシリ島大島でラッコ親子1組が確認された(表3、4)。
 
 前述の通り、今回の調査では悪天候のため視程が50〜100mほどしかなく、観察が非常に困難であったため、ラッコは親子1組しか確認されなかった。今回の調査に同行していたロシア側研究者のナターリアによると、調査の前月(2005年5月)に同島に上陸した際にはラッコの親子が40組ほど確認できたという(中川私信)。2001年8月の調査では、同島で34頭(うち親子7組)が確認されており、歯舞・色丹海域におけるラッコの生息場所の中心であることが示唆されている。今後、北海道沿岸のラッコの保護管理を考えていくためにも、ハルカリモシリ島を中心とした、北方四島全域での継続的な調査が望まれる。
 
●参考文献
Shaughnessy P.D. and Fay F.H. 1977. A review of the taxonomy and nomenclature of North Pacific Harbour seals. J. Zool., Lond. 182: 385-419.
Jefferson T.A., Leatherwood J.S., and Webber M.A. 1998. 海の哺乳類FAO種同定ガイド. pp. 258-261; 298-299. NTT出版株式会社. 東京.
服部薫. 2004. 北海道の海生哺乳類の概要. 小林万里・磯野岳臣・服部薫 編. 北海道の海生哺乳類管理. pp.41-45. 北の海の動物センター, 札幌.
北海道大学北方四島グループ.2001.「歯舞・色丹海生動物専門家交流」訪問の記録. pp.10-29.「歯舞・色丹海生動物専門化交流」実行委員会
北海道立中央水産試験場 海洋環境部. http://www.fishexp.pref.hokkaido.jp/exp/central/kaiyou/Soktop.htm#kako


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