「ノンバラスト船の研究開発」
はしがき
本研究開発事業は、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(平成15年9月30日までは運輸施設整備事業団)ならびに日本財団の助成事業として実施した。
平成15、16年度の2カ年は旧社団法人日本造船研究協会において「低環境負荷型外航船(グリーンシップ)の研究開発」の一環として実施してきた「ノンバラスト船の研究開発」事業を平成17年度に財団法人日本船舶技術研究協会が継承して実施したもので、本報告書は、平成17年度の事業内容も含めて3カ年間の研究成果概要を取りまとめたものである。
ノンバラスト船の研究開発委員会委員名簿
委員長 |
上田 徳 |
財団法人 日本海事協会 |
委員 |
佐々木 高幸 |
株式会社 アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド |
佐藤 和範 |
財団法人 日本造船技術センタ− |
末岡 秀利 |
三菱重工業株式会社(*) |
武隈 克義 |
財団法人 日本造船技術センタ− |
高野 裕文 |
財団法人 日本海事協会 |
豊田 宗晴 |
株式会社 アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド |
原田 秀利 |
三菱重工業株式会社 |
光武 英生 |
株式会社 アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド |
山口 信之 |
三菱重工業株式会社 |
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討議参加者 |
池田 陽彦 |
日本造船技術センター(*) |
太田 真 |
日本造船技術センター(*) |
金井 健 |
日本造船技術センター |
塩田 昭男 |
日本造船技術センター(*) |
新郷 将司 |
日本造船技術センター |
時繁 哲治 |
日本海事協会 |
友井 武人 |
日本造船技術センター |
西川 達雄 |
日本造船技術センター |
林 竜也 |
日本海事協会 |
福島 寛司 |
日本造船技術センター |
真鍋 英男 |
IHIマリンユナイテッド |
三宅 竜二 |
日本海事協会 |
宮島 省吾 |
日本造船技術センター |
鷲尾 祐秀 |
日本造船技術センター |
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オブザーバー |
宮武 宜史 |
国土交通省海事局造船課 |
安藤 裕友 |
国土交通省海事局造船課(*) |
西山 裕也 |
国土交通省海事局造船課(*) |
諸川 慎治 |
国土交通省海事局造船課 |
大上 圭 |
鉄道建設・運輸施設整備支援機構(*) |
辻村 一郎 |
鉄道建設・運輸施設整備支援機構 |
松本 友宏 |
鉄道建設・運輸施設整備支援機構 |
吉田 稔 |
鉄道建設・運輸施設整備支援機構(*) |
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事務局 |
田中 圭 |
日本船舶技術研究協会 |
大谷 雅実 |
日本船舶技術研究協会 |
中島 武之 |
日本船舶技術研究協会 |
村上 好男 |
日本船舶技術研究協会 |
仁平 一幸 |
日本船舶技術研究協会 |
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横山 勲 |
日本造船研究協会(*) |
木下 義隆 |
日本造船研究協会(*) |
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タンカー、バルクキャリア等の船舶が空荷状態で航行する場合、船首船底スラミングやプロペラレーシングを防止するため、バラスト水を搭載し一定の喫水を確保している。バラスト水は荷揚港で漲水され荷積港で排水されることから、他海域から船舶によって移送されてきたバラスト水中の海洋生物が排出された海域で繁殖して生態系変化、生態系破壊を引き起こしているという問題が指摘されている。
1982年の国連海洋法会議を契機として、1992年の国連環境会議から国際海事機関IMOに対して船舶のバラスト水排水に関する基準作成が要請された。IMOはこれを受け、1995年海洋環境保護委員会MEPCにおいて船舶のバラスト水管理条約新設の検討を始め、2004年2月にバラスト水の処理等に関する条約「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」を採択した。この条約に基づき、船舶には、今後、海洋生物含有量の少ない海水との洋上交換、バラスト水中生物を殺滅する処理装置設置等が義務付けられることとなった。
ノンバラスト船の研究開発は、平成15(2003)年度から、国の推進する研究開発として国土交通省主導の下、旧運輸施設整備事業団、(独)鉄道建設・運輸施設整備支援機構及び日本財団からの御支援も受け、(社)日本造船研究協会において研究開発が開始され、平成17(2005)年度からは(財)日本船舶技術研究協会が承継して、(財)日本造船技術センター、三菱重工業(株)、(株)アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド及び(財)日本海事協会に業務委託して進められたものである。
なお、本研究開発に先立って、(財)日本造船技術センターが、バラスト水問題に対する有効な対策の一つとして、バラスト水を搭載しなくとも空荷状態の船首船底スラミングやプロペラレーシングを防止するのに十分な喫水を確保できる船舶の設計概念“Non Ballast Water Ship(ノンバラスト船、NOBS) Concept”を考案し平成13(2001)年度から大型タンカー、バルクキャリア等を対象に研究開発を行ってきており、本研究開発は、これらの研究開発を受け継ぎ、拡大したものである。
以下に、この3カ年にわたるノンバラスト船型に関する研究開発の成果の要約を示す。
NOBSは、バラスト水を搭載せずに安全運航に必要な喫水を確保できる船型を目標としており、本研究開発では、船底傾斜船型を採用して所要喫水を確保し、これに伴う排水量減少の問題を幅広化の選択により解決した。つまり、本研究開発におけるNOBSは在来船型と比較して、船幅が広く船底傾斜の大きな横断面を有することを主な特徴としている。
事前検討の成果を踏まえ、バラスト水積載量が大きくNOBS化の効果が大きいと考えられる大型タンカー(スエズマックスタンカー及びVLCC)を対象として本研究開発を進めることとした。
本研究開発にあたっては、バラスト水の海域間移送をしないで済む船型として、バラスト水を積載しない空荷状態(ノンバラスト状態)で在来船型の空荷状態(満載排水量の30〜40%に相当するバラスト水を搭載するバラスト状態)と同等の耐航性能を有すること、及び経済性を満足することを目標とした。
これらの目標を達成するためには、載貨重量の確保と空荷状態の喫水確保の両立、船首船底スラミング対策、プロペラ没水深度確保、船首船底補強や縦曲げモーメント増加による船殻重量増大等の課題があり、これらを解決すべく本研究開発を進めた。
上記の対象船型、開発目標、予想される課題を考慮して、ノンバラスト船型のモデル船型について、平水中の推進性能、波浪荷重等に関する水槽試験、試設計等を実施し、以下の成果が確認された。
1)ノンバラスト船型の空荷状態の船首船底スラミング発生頻度と衝撃圧力、プロペラレーシングは、在来船型の空荷状態と同一レベルである。
2)船体構造強度については、(財)日本海事協会の最新構造基準である“タンカーの構造強度に関するガイドライン(PrimeShip-Hull)”に基づいて評価を行った結果、十分な強度を保持し得る。
3)ノンバラスト船型の推進性能は、在来船型と比較して、満載状態では少し悪化するが、空荷状態では大幅に改善されることから、トータルで6%以上の向上を達成できる。
4)操縦性能については、優れた針路安定性等、IMOの操縦性能基準を満足している。
5)船体の幅広化及びこれによる縦曲げモーメント増加等のため、船体鋼材重量が増加し建造コストは相対的に増加するが、3)の推進性能向上により、これを相殺することができる。
主要寸法、船体形状及び推進装置の工夫により、これまで必要不可欠と考えられてきたバラスト水を搭載しなくとも安全に航海できるNOBSコンセプトに基づいて研究開発を行ってきたが、一連の調査研究、各種試験、試設計等を通じて、所期の開発目標を達成できた。
本研究開発は大型タンカーを対象として進めたが、一連の研究開発成果の多くは中小型タンカー、鉱石運搬船、バルクキャリア等に適用可能で、今後、これらの船型も含めて個々の航路・港湾条件に対応しつつノンバラスト船型開発を進めることが重要である。
バラスト水の処理等に関する条約に基づく詳細規定、及びこれらの規定を満足する処理装置の製品開発が実現していない現在、これらの処理装置の設置に必要なスペース、設置費用、運転費用等、不明である。他方、ノンバラスト船型は、これらの装置を装備することなく、あるいは必要最小限の容量でバラスト水移送に伴う海洋生物移動という海事産業に課せられた責務を解決する手段として有効であることから、環境に優しい全く新しい次世代型の船舶として、今後、できるだけ早くノンバラスト船型が建造され、海洋環境保全に大いに貢献することが期待される。
タンカーやバルクキャリア等の空荷状態においては、軽荷重量+燃料等のみでは軽すぎて充分な喫水が得られない問題がある。
図1にスエズマックスタンカーの例を示すが、バラスト水を搭載しないノンバラスト状態では船首喫水が極めて浅く、かつプロペラも半分近くが露出してしまう。このため、
・船首船底に波浪による衝撃が発生する(船首船底スラミング)、
・プロペラが空中に露出しプロペラが空転する、かつ、波浪の山谷やそれによる船尾の上下動のためプロペラの没水深度が変化し、主機関のトルクや回転数が激しく変化する(プロペラレーシング)
という問題が発生する。そこで、従来から、空荷状態においてはバラストタンクにバラスト水を漲り安全航海に必要な喫水を確保している。図1に示したスエズマックスタンカーのバラスト状態の例では、約43,000トンのバラスト水を搭載している。
図1 在来船型(スエズマックスタンカー)
このバラスト水は、荷揚港で漲水し荷積港で排水されることから、他海域から移送されてきたバラスト水中の海洋生物が排出された海域で繁殖して生態系変化・破壊を引き起こす、という問題が指摘されてきた。
本研究開発のノンバラスト船型は、上記のタンカーやバルクキャリアのバラスト水移送の問題を解決すべく、図2に示すように船体平行部においても大きな船底傾斜を設けることによって、空荷状態においてもバラスト水を漲水することなく安全航海に必要な喫水が得られる船型のことである。
図2 ノンバラスト船型のコンセプト
(船体中央の断面形状の違い)
このような船型では、図の塗りつぶした部分が無いので船体下部の排水量比率が小さく、小さい排水量でも比較的大きな喫水を確保することができる。しかしながら、その分、満載状態の排水量が減少することから、載貨重量も少なくなってしまう。その対策として、船の長さ、幅、満載喫水を大きくすることで載貨重量の不足分を補うことになるが、港湾事情による長さ制限、運河の通行幅からの幅制限、港湾事情、航路による喫水制限等を考慮する必要がある。
本研究開発では、これらの制限が比較的少ない大型タンカー(スエズマックスタンカー及びVLCC)を対象として、比較的制約の少ない船幅を増加させることでノンバラスト船型を確立することとした。
本研究開発におけるノンバラスト船型の開発目標を次のとおりとした。
ノンバラスト船型の開発目標
(1)バラスト水の移送
バラスト水の海域間移送をしないで済む船型とする。
(2)空荷状態の耐航性能
バラスト水を積載しないノンバラスト状態で、在来船型のバラスト状態と同等の耐航性能を有する。
(3)経済性
満載状態と空荷状態の平均燃料費を、在来船型の満載状態と空荷状態の平均燃料費に対して5%以上節減する。
また、在来型タンカーが通常搭載するバラスト水量の1/4程度のバラスト水量を一時的に搭載して普通以上の荒天時においても安全航海が可能、との条件も付加した。
本開発目標を達成するために、予想される主な技術上の課題は次のとおりである。
1)載貨重量の確保と空荷状態の喫水確保の両立
2)ノンバラスト船の船底傾斜を過大としないために空荷状態の喫水を在来船型のバラスト状態の喫水より小さくした場合の船首船底スラミング対策、プロペラ没水深度確保
3)スラミング対策として在来船型以上の船首船底補強が必要となること、また、幅広化により波浪中縦曲げモーメントが増加することから、全体的に船殻重量が増大すること
4)船首喫水が浅いので船尾トリムが大きくなり前方視界が悪化すること
5)幅広化により操縦性能が悪化する可能性があり、IMOの操縦性基準への適合性
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