2. 実験の準備
本研究はニーズの幅広いと思われる車いす利用者のホームと車両の段差と隙間の問題を計測するために、被験者の対象範囲について考察する。なお、被験者の分類は交通エコロジー・モビリティ財団が平成13年8月に作成した「公共交通機関旅客施設の移動円滑化整備ガイドライン」4頁及び、国土交通省中国地方整備局ユニバーサルデザイン実践手引きの中の「移動制約者の定義と配慮事項」の分類を参考に、下表の試験対象者とした。
表2-1、試験対象者
No |
移動制約者の分類 |
1 |
児童 |
2 |
車いす利用者 |
単独電動車いす |
3 |
単独手動車いす |
4 |
介助付き車いす |
5 |
視覚障害者 |
弱視者 |
6 |
ベビーカー利用者 |
健常者 |
|
表中の「児童」については、7〜9歳の小学校低学年男女が該当し、平均身長は1186〜1303mm(HQL測定値)である。また、ベビーカー利用者は車いすで移動する際のウイリー(Wheelie前輪上げ)に相当し、これも検証設定値限界内であれば、完全に移動可能であることを確認した。以上の理由により、今回の検証はNo 2〜5に相当する被験者を検証の対象とした。
つぎに、被験者の人選であるが、交通バリアフリー協議会とコラボレーションを行った工学研究所は総合リハビリテーション内にあり、自立訓練部を同時に備えた施設であるため、この中から被験者の同意を得て工学研究所と綿密な連携のもとに被験者の人選を行った。手動車いす利用者の被験者は、交通事故等で頚椎、胸椎、腰椎に損傷を受けられた方々で、現在リハビリ中の研修生を対象にした。脊椎箇所の部位によって障害の程度が違い、頚椎損傷者7名、胸椎損傷者7名、この他右麻痺者1名、計15名の男女の方にお願いした。電動車いすについては、腕力に依存しない理由で、協議会と工学研究所の健常者3名が行った。視覚障害を持った弱視者は2名で、添付表に示すように障害等級2級の方を対象にした。
被験者総数はベビーカーを押す人を含めると21名であり被験者No 1〜21の番号を割り付けた。詳細は「被験者の特徴」で記述する。添付表3-5の「ホームと列車の段差、隙間における通過実験、被験者一覧」の記載は、前輪キャスター径、後輪駆動輪径および自重などの車いすの仕様は被験者が使い慣れた車いすを使用し、同時に被験者自身の牽引力も測定した。また、手動車いす利用者はウイリー(前輪上げ)の出来るか否かによって、段差、隙間の通過の難易度に大きな隔たりがある。
2.2 なぜパートナーに兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所を選んだか
本研究を行うに当たって、試験対象として移動制約者を幅広く考慮すること、移動制約者同士が互いに不都合にならないようなデータを取得するべきであると考えた。しかしながら、これを実現するためには各障害者団体に対して参加を呼びかけて試験実施及び被験者対応を行うことが必要であるが、投入可能な人的資源が交通バリアフリー協議会には乏しいこと、また、試験を行う場所も持っていないことから、被験者を募集することが比較的容易で訓練施設を持つリハビリテーションセンター等の公的機関と共同で試験を行うことが良いと考えた。
そこで、国立身体障害者リハビリテーションセンターを含むいくつかのリハビリテーションセンターの調査や発表された論文を調査する中で、自走式車いす利用者及び視党障害者の方々の両者に対して、歩車道境界部の段差構造(段差、勾配、溝)に対する感応による評価と車いすに関しては、力学(物理)的アプローチを併せて用いて研究されている兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所(兵庫県立総合リハビリテーションセンター内。以下工学研究所と呼ぶ)を第1候補とすることとした。方針決定後、工学研究所を訪問し、試験の目的を説明すると共に、工学研究所所有の設備を見学し、打ち合わせを持った。その結果、目的に対し賛同を得るとともに、既存の設備を利用して比較的容易に試験が実施できると判断し、パートナーとして工学研究所を選択した。
本研究で実施する実験の目的は、できる限り大勢の移動制約者が自立して問題なく車両の乗降が可能となるホームと旅客用乗降口の段差と隙間はどのような値となるかを現状の技術的な制約条件にとらわれず検証することである。そのため、実験では電動車いす、手動車いす、および視覚障害のある人を視野に入れて被験者の設定を行うことにした。電動車いす(普通型および簡易型)については、腕力に依存しないので、健常者が乗車して操作を行った。とくに手動車いすについては利用者(ユーザー)ごとの駆動力に差があるものと考えられるため、今回の実験では、被験者として協力してもらったのは手動車いす使用者15名(A〜O)、弱視(ロービジョン)の人2名(P、Q)とした。
(1)被験者の概要
車いすによる段差・隙間通過実験では3台の電動車いすと15台の手動車いすを使って行う。3台の電動車いすは展示用のものであり、15台の手動車いすは各々のユーザーが日常生活において使っているものである。今回の実験に被験者として協力してもらったのは手動車いす使用者15名(A〜O)、弱視(ロービジョン)の人2名(P、Q)である。なお、電動車いす(普通型および簡易型)による通過実験については、腕力に依存しないので、健常者が乗車して操作を行っている。
被験者A〜Qの概要を以下に示す。
A: 男性25歳;第12胸髄損傷
ウィリー可能。
B: 男性27歳;第6頸髄損傷
ウィリー不可。
C: 男性29歳;第6頸髄損傷
ウィリー不可。
D: 男性20歳;第6頸髄損傷
ウィリー不可。
E: 男性25歳;第5、6頸髄損傷
ウィリー不可。
F: 男性32歳;第12胸髄損傷
ウィリー可能。
G: 男性47歳;第8〜12胸髄損傷
ウィリー可能。
H: 男性42歳;脳卒中片麻痺
ウィリー不可。
I: 男性38歳;第6胸髄損傷
ウィリー不可。
J: 男性50歳;第6頸髄損傷
ウィリー不可。
K: 男性29歳;第12胸髄損傷
ウィリー可能。
L: 男性20歳;第5胸髄損傷
ウィリー可能。
M: 男性24歳;第8胸髄損傷
ウィリー可能。
N: 女性34歳;第6頸髄損傷
ウィリー不可。
O: 女性23歳;第5胸髄損傷
ウィリー可能。
P: 女性75歳;黄斑変性症
右視力0.01、左視力0.01
視野中心部欠損、周辺部のみ見える
白杖使用。
Q: 女性55歳;網膜疾患
右視力0.06、左視力0.08
視野中心部のみ見え、視野は狭い
白杖使用。
なお、ウィリー可能とは、ハンドリムに前進方向の力を瞬発的に加えると同時に体重を後方にかけることによって前輪キャスターを地(床)面より浮かせ、バランスをとりながらその状態を維持して後輪(駆動輪)のみで走行できることである。ウィリーできると、キャスター輪の径が小さくても比較的高い段差を越えることができるようになる。
(2)電動車いすの仕様
3台の電動車いすのうち1台は図3-1に示す4輪タイプのハンドル型電動車いすで、車輪径は前後輪とも256mm、重量は940Nである。
図3-1 使用したハンドル型電動車いす
もう1台は図3-2に示す普通型で、ジョイスティックを顎で操作する方式である。キャスター径は220mm、駆動輪径は330mm、重量は911Nである。
図3-2 普通型電動車いす通過実験
残りの1台は図3-3に示すような電動車いすである。これは手動車いすに電動ユニットを装着したもので簡易型電動車いすと呼ばれている。キャスター径は170mm、駆動輪径は560mm、重量は245Nである。
図3-3 簡易型電動車いす通過実験
|