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 認知症の患者さんの展覧会を、京都でやりました。2年前にやったものです。12カ月のアートセラピーというかたちで、12カ月のカリキュラムと患者さんの作品を出品していただいたものです。
 
 
 私たちはどんなときに感動するのかなということを考えてみますと、私は、素晴らしい人格に出会ったときとか、スピリチュアルな経験をしたときとか、好きなアートに出会ったときとか、制作しているときでしょうか。
 皆さんリンゴを見ていると、リンゴに感動して絵を描くと思ってらっしゃるでしょう?だけど、そうではないのですよ。リンゴを見ていて、リンゴに感動するなんてことはあまりないのです。でもリンゴを見て、描いてアウトプットしたときに感動するのです。でも、左脳で描いてしまったリンゴには感動しないのです。右脳で描くと、こんな絵を私が描けたといって感動するのです。また描いてみたいとなるのです。
 ですから、そこのアウトプットがすごく大事なのだということを、ぜひ知っておいていただきたいと思います。
 先程、この研究会の石野さん、高橋史郎先生が感性福祉研究所を紹介していただきましたけれど、ちょっと見ていただきましょうか。今第2期目に入っています。第1期は1998年から2003年までありまして、今は2006年度です。第2期です。
 
 
 私たちの研究テーマはこういうテーマでございます。臨床美術人材教育研究、認知症の高齢者に対する研究。私は今2期目に取り組み始めたのです。こういうことをやっております。介護予防としては宮城県の富谷町と埼玉県の蓮田市で。事例として予防講習会です、富谷町の場合は。
 蓮田市の場合は、臨床美術士を蓮田市で育てています。そして育った人たちは、私たちと一緒に認知症予防講習会をやっています。蓮田市の場合は、市民に認知症のテストを実施しようとしましたら拒否されました。「そんなことをやるなら、私、参加しない」と老人たちに言われてしまいましたので、アンケートだけになりました。こういう状態になっています。
 少し作品を見ていただきましょう。美術に対するイメージの変化は、この場合、絵が嫌いだった人たちが好きになったわけです。ファイブコグというテストでは五つの認知機能を、前頭前野の認知機能の変化を見たわけです。前とあとです。これは皆さんのお手元に資料が行っていると思いますから、あとで見てください。アンケートはこういうアンケートです。
 いきなりアナログ画、雨のアナログ画を描いたこともあるのです。抽象画がいきなり描けたわけです。60過ぎの人たちがみんな抽象画をガラスで描いたのです。この方たちは、認知症のテストで測られるのが嫌だといって、保健センターが嫌々老人たちを集めてきて始めたのですけれども、本当に素晴らしい作品を描かれました。
 
 
 これはナスの量感画です。先程はリンゴでやっていたように、ナスを描いたのです。皆さん、全く素人です。こういうアンケートの結果が出ています。この絵は天国に道が向かっていくような絵です。不思議な絵です。これは桜の時期に、これからの時期ですけれど、桜を描いたものです。感性記録評価表というのは、私たちが独自に付けているのです。
 では少しビデオを見てもらいましょうか。それで終わりにしたいと思います。感性福祉研究所のプロモーションビデオがございますので、ちょっと見ていただいて、最後を締めたいと思います。
 これは感性福祉研究所と言って、東北福祉大で私たちのために作ってくださったと言ったら変ですけれど、作っていただきました。
 
(ビデオ上映)
−− 皆さん、こんにちは。ここ、東北福祉大学感性福祉研究所では、アートセラピー、造形美術療法の研究の実践が行われています。アートセラピーとは、絵画、陶芸活動を通じて、アルツハイマー病の解明を行うものです。アルツハイマー病は治らない病気と言われ、99パーセントの患者が放置されてきました。2000年に塩酸ドネジペルという薬が開発されましたが対症療法であったために、約9カ月で元に戻ってしまいました。
 ところが、それまで再生されることはないと言われていた脳が実は再生されることが分かって、脳のリハビリということが言われるようになりました。そこで注目されたのがアートセラピーです。アートセラピーでは感性機能を中心に脳の活性化をさせ、神経組織を刺激し、脳全体が萎縮することを予防し、再活性化への道を開きます。
−− ここ、介護老人保健施設、せんだんの丘では軽度から中度の認知症の症状がある入居者にアートセラピー、造形美術療法を行い、6カ月間の経過を追ってリハビリを試みる研究を行っています。
金子 今日は、私たち、スペインのガウディにあやかってアントニオ・ガウディのような素晴らしいオブジェを造りたいと思います。
−− アートセラピー中、頭に21カ所電極を付けてもらい、大脳皮質の低化度を測定しています。神経細胞の活動変化をリハビリ前後で比較検討しています。リハビリは7名から8名の患者グループに、プロの芸術家と助手が指導に当たっています。1回2時間で、月3回授業が行われます。個性的で自由な表現、すなわち右脳的な活動を行うことで脳を活性化することを目的としています。生活するうえでは、上手に完成された作品を造り上げることが目的ではなく、あくまでもプロセスを楽しんでもらうことが重要です。課題からはずれても、プロならではの講師のアドバイスにより、素晴らしい得意な納得のいく作品にそれぞれ完成していきます。また、講師のほめ言葉で自信を着け、次回への意欲もわいてきます。
参加者 ただ夢中で描いています。ここに来るだけでもわくわくです。
助手 皆さんで拍手を。どうもありがとうございました。(拍手)
−− それでは、アートセラピーのさまざまな工夫について見てみましょう。絵にはデジタル画とアナログ画があります。ここに描いている絵は左脳の絵と言われるものです。左脳は言葉を聞くといち早くそれをシグナルに置き換えます。右脳の絵を描いてもらうためには、まずウオーミングアップを兼ねて線を描く練習をします。そのあと、線と点を使ってさまざまな感情を表現してもらうアナログ画を描いていくのです。
 平安、喜び、怒りなど、場面、場面を思い出し、次々に描いていきます。次にジェスチャー画を見てみましょう。これらはすべてわずか10秒ほどで描かれたものです。強く握った拳、軽く握った拳を実際に実感したうえで描いてもらっています。
金子 絵に描くときに、この重さも描いてみよう。
−− こちらは描く対象そのものが持つリアリティーを表現する量感画です。リンゴを描いています。まず重さを感じてもらい中身を観察し、中身の色香を描いていきます。時には実際食べてもらったりもします。中身が描けたら、今度は外側をじっくり観察し、皮の色を何色も選択してもらいます。
 同じリンゴでも一人一人個性豊かなリンゴを表現することができています。こちらは、修正輪郭画と言われるものです。手や指を描くのではなく、指のあいだから見える空間に目を向けて描いていくのです。ここまでに紹介したさまざまな方法で脳を鍛えていくのです。
 アートセラピーのカルチャーです。季節感を大切にし、絵画、彫刻、工芸、陶芸など、美術の分野すべてを網羅するオリジナルカリキュラムです。
 では、アートセラピーのもたらす心理的効果についてご紹介しましょう。新田武夫さんが海にまつわるものを製作する時は、いつでもマストの上に乗ります。漁村で育った新田さん。ふるさとの海ではたくさんのカツオが上がったことだと言います。そんなふうに海の話をするときの新田さんは、少年のように目を輝かせています。
 福田房子さんが自分のお気に入りの写真をコラージュして作品にされて持ってきたのは、20歳のころのお見合い写真でした。房子さんは横浜生まれの横浜育ち。「昔、女は勝手なことができなかったから。よく結婚相手を選びたかったんだけど」。そういってセラピーに付き添うご主人のほうをちらっと見る表情は、今でも女学生のようです。
 アートセラピー参加者の年齢別構成です。アートセラピー参加者の痴呆症状別構成です。
 これは簡単な知能テストMMSEの結果をグラフにしたものです。軽度痴呆における有効率です。左側が知能テストMMSEです。右側が認知症患者の実際の症状を検討したものです。重症痴呆における有効率です。
 大脳皮質劣化度測定によるアートセラピーの効果です。脳波上、大脳皮質の神経細胞がすべて活動した時を1としたうえで、電気的に活動をしている細胞の割合を示したグラフです。右下のピンクのゾーンが正常領域です。左上に行くほど重症です。正常値は0.96から1のあいだとされています。2時間のアートセラピーをすると、神経細胞の活動が右下の正常ゾーンに近付いていくことが分かります。
 アートセラピー後1週間たつと数値は少し下がりますが、再び行うと前回より改善されていることが分かります。アートセラピーを6カ月行った患者の認知、香りのテストの偏差値の平均です。これを見ると、95の正常値にまで戻ったことが分かります。このことは、アートセラピーが日常動作行動、ADLを向上させることを示しています。
−− アートセラピーは、今までの医療には見落とされていた人間の感性に根差したアクティビティーを活性化することによって、さまざまな可能性をもたらしました。例えば終末医療の分野でも大きな成果を上げています。また、アートセラピーは脳の代償機能を高めるとも言われています。人は自らの存在理由を探して生きているとも言われています。アートセラピーを若い人にも、健常者にも広めることによって、より積極的な福祉が創造できるのであります。すべての人がそれぞれの喜びを味わう。そのことを通じて生き生きとした人生の社会を創造していく。それがアートセラピーの使命です。
(ビデオ終了)
 
金子 時間がきてしまいました。今日はいっぱい作品を持ってきたのですが、少し欲張って持ってきてしまったもので、見ていただけなくて申し訳ございませんでした。臨床美術の広がりとしては、このような広がりがございます。今大学でも東北福祉大学、法政大学で、臨床美術というかたちで入っております。今年の9月から東京学芸大学でも、入る予定でございます。本当に皆様のお力添えをいただいて、この臨床美術が、アートセラピーがますます多くの方に知っていただけるようにしていけたら幸いでございます。本当につたない話で申し訳ございません。ありがとうございました。(拍手)


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