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 脳の発達というものを見てみますと、ここに示していますように横軸は0歳から20歳まで取ってありますけれども、縦軸の100がちょうど20歳の所を示してあります(図2)。ここに4つのコラムがありまして、これは脳神経細胞を染めた物です。これは生まれてすぐの赤ちゃんの脳を染めたものですけれども、これを見てお分かりのように、これがI層の神経細胞、これがII層で、これがIII層です。これがIV層で、顆粒状になっています。この木の根っこみたいな形をしている。これがV層の神経細胞です。これがVI層です。わずか2.5から3ミリくらいしかないんですけれども、このように6層構造を成して、そしてV層の神経細胞は神経線維を送っています。そして手足を動かすというようなことをやっているわけです。ですから、赤ちゃんというのはおなかの中にいても、生まれても手足は動くのは、そういう意味でV層の神経細胞がよく発達しているのです。
 
図2 脳の発達の状態
 
 しかしII層、III層の神経細胞はほとんど枝が出ていない。これは脳の中でほかの神経細胞と情報をやり取りするための神経細胞です。ですからこれは電気の配線で言うと、まだ配線ができあがっていない状態を意味しているのです。そしてこれが2歳くらいになりますと、枝があちこちに伸びて、脳の中で情報をやり取りしていきます。脳の神経細胞を染めてみますと、このように樹状突起という枝が染まります。
 そしてこの発達曲線を見てみますと、大体3歳で70パーセントくらい発達するといわれています。ですから「三つ子の魂百まで」という格言がありますように、3歳までの育児というのが非常に大切な時期であります。
 例えば実際あった話ですけれども、ある生放送のテレビ番組で2年半くらい前ですか、地方でゲーム脳をテーマにした番組に出た時に電話相談がありまして、「1歳半からゲームをやっています。現在8歳です。ゲームをやるたびに口から泡を吹いて、手足が痙攣してひっくり返ってしまいます。どうしたらいいでしょう。病院で脳の検査を6回やりました。すべて正常です。全く異常ありません」しかし、ゲームをやるとひっくり返る。これは子守り代わりにずっとゲームをやらせていた。それが子どもにそのまま影響が出てしまったのだと思います。その後どうしているか分かりませんけども、現実的にそういうお子さんがいらっしゃるのです。そのようなことでやはり小さい時の育児というのは非常に大切であると思われます。
 われわれの五感と言われる、耳、目、味覚、嗅覚、皮膚などからの情報がありますが、その中でも、視覚情報が大体90パーセント使われているわけです。ですから、おぎゃあと生まれた赤ちゃんが家庭でのテレビのたれ流し状態で朝から晩まで見ますと、赤ちゃんは完全におかしくなります。要するに脳がいろいろなことに対応できる神経回路が組み上がらないんです。ですからスキンシップが大切であり、そして語りかけが大事だということです。赤ちゃんと会話することです。赤ちゃんは分からないと思っても、それを聞くことによって脳の神経回路が組み上がっていくのです。その話はあとでいたしますが、赤ちゃんだから語りかけても仕方がないということではなく、語りかけが大切なのです。赤ちゃんはよく目を見ます。そのとき目線をはずしてしまうと、赤ちゃんは人間というのは目と目を合わせないというふうに脳に刷り込みをされてしまう。そのような赤ちゃんは目と目を合わせない子どもとして育ってしまいます。ですから、赤ちゃんに対してスキンシップ、そして語りかけというのは、この時期は非常に大切になると思うのです。
 そして10歳くらいで95パーセント脳の神経回路が組み上がります。このように幼児期、児童期というのは、すごい勢いで脳の神経回路が組み上がりますので、こういう時期にやはりものを考える力をつけることが大切です。そして、いろいろな体験、知識を脳に記憶としてとどめることが非常に大切になってくるわけです。
 ある日、山手線に乗った時に、隣に中学生の女の子が座っていまして、一生懸命ノートに走り書きしているのです。ちらっと見たら、クラスメートのことを書いているわけです。そして「何々ちゃんはこうだ。私はこう思う」、「思う」という字を電子辞書を使って打って、漢字が出てくるたびに電子辞書から拾っている。それでこの子はどうしてこんな字が書けないのだろうと不思議に思えてならなかった。憶えていなくても電子辞書があるからそれでいいとそういうことであれば、それでいいのですが、こういった子どもが現実に育っているのですね。
 極端に言えば、車に乗ればカーナビ。そうすると頭を使わない。それから漢字は覚えなくても電子辞書を押せば出てくる。あるいはパソコンを使えば出てくる。それから携帯でも漢字は拾える。そうすると人間は記憶するということをどんどんしなくなってくる。まさに21世紀はIT社会で、いろんなことが、初めて体験することがどんどんできているわけです。これまで20世紀が機械化文明ということで、一時大変な時代があったわけですけれども、21世紀はIT社会、これからは特に非常に脳を使わなくなってしまうという危険性をはらんでいるわけですから、このことを今後もっと研究して、そして共存できるものは共存していくし、どういう使い方をしたらいいか、そういったことも含めて考えていかなければいけないのではないかと思うわけです。
 遺伝的要素というのは人間の場合60パーセント。これは昆虫の場合は遺伝的要素100パーセントで行動します。魚もそうですね。特に教えなくても、遺伝的要素が適当にオンになって行動を取るのです。
 しかし人間の場合は、生まれてきた赤ちゃんというのはほとんど不完全な状態で生まれてくるわけです。要するに、どういうことかと言いますと、牛とか馬の場合は生まれてすぐ数時間で歩き出しますが、人間の場合は1年近く2本足で歩けない。そういった意味では人間の場合は未熟状態で生まれてくるのです。人間の場合は、耳、目というのはそれなりに発達します。しかしやはり自立できない状態でありますから、これはやはり育児というのは非常に大切になってきます。そして教育環境、テレビを朝から晩までたれ流しにすると、その影響をもろに受けてしまう。ですから、そういう意味では、大人が気を付けてあげなければいけないのです。従って環境的要素というのは40パーセントというふうに言われています。これが新しい皮質すなわち大脳皮質に大きく影響する部分ということになるわけです。
 これは狼少女の有名な話ですけれども、インドの山奥で化け物2匹が狼と洞穴で生活していることが発見され、それを最初に見つけた人は化け物というふうに見たわけです。しかし2本足で歩いていれば人間と、すぐに区別が付いたのですけれども、見つけた時は髪の毛がお尻の所まで伸びて真っ黒に固まっていたと言われています。手と膝で歩いていたわけですから、人間でもない、狼でもない、化け物というふうにとらえたわけですけれども、よく見ると人間の子どもで、現実的には姉妹ということで、今スライドに写っている子は推定8歳といわれています。村に連れて来て、人間としての生活を施すということをやったのですけれども、なかなか人間としての行動が取れなかった。食べ物を与えると皿に口を付けて食べる。この写真は、髪の毛を切りましたから、背中からお尻のほうにかけて真っ白になっていますけれども、手と足は真っ黒です。この子は2本足で歩けるようになったのはその5年後、13歳になって2本足で歩けるようになったといわれています。しかし17歳まで生存したといわれていますが、とうとう走ることはできなかったようです。覚えた言葉はわずか40語足らず。普通3歳であれば大体900語くらい覚えますけれども、言葉も覚えられなかったのです。体は人間、頭も顔も人間、脳も持ちながら人間としての生活はなかなかできなかったのです。まさにこれは40パーセントの環境の影響による不幸な生い立ちの例だと思います。
 これは連合野と書いてありますけれども、連合野というのは神経細胞のネットワークが働くことによって、一つの機能が生まれてきます。ここの所は前頭連合野と呼んでいますけれども、これは人間の場合非常に広い面積を持っています(図3)。猫はちょっとありますけれども、ほとんどない。犬もちょっと。猿もほかの動物に比べると少しは広いですけれども、人間ほど広い面積は持っていない。ここの所は一言で言うと人間らしさに関係する場所です。前頭連合野の前側を前頭前野と呼んでいますけれども、ここに先天的に神経細胞の欠落がありますと、必ず凶悪犯罪を起こします。人を殺すとか、そういう犯罪を起こすということは医学的によく知られている場所です。
 
図3  ラット、ネコ、チンパンジーおよびヒトの前頭前野(黒い部分)の比較
 
 そして、細かに言いますと、理性とか創造性、道徳心、それから物事の手順、将来に対する計画、意思決定、そして作業記憶、ワーキングメモリーという機能ですね。例えば104に掛けて電話番号を聞き取って、それを一時的に記憶して相手に電話を掛ける。話が終わるとその電話番号は消去されて消えている。こういう一時的な記憶、これが作業記憶、ワーキングメモリーという機能です。これもやはり前頭前野にあるわけです。
 それともう一つ大切なことは古い脳に対して抑制をかけているのです。要するに動物的にならないように、抑制をかける場所なんですね。これがIT機器、特にゲームであれば、ゲームをたくさんやることによってここが機能しなくなる可能性が高くなってくるのです。そうすると視覚的に嫌な人を見ると殴る蹴る刺して殺す。そういうことが平気でできる。そして反省は起こらない。悪いとは思わない。理性道徳心がないわけですから、当然起こらないわけです。前頭前野の機能低下ということが起こっている可能性が非常に高いということです。人間らしさは頭半分前、前頭連合野を中心に存在するわけですけれども、頭がいいというのは頭半分後ろです。IQ、知能指数が高いというのは頭半分後ろなのです。そこにいろんな知識が必要であれば記憶として残る。側頭連合野の奥には古い脳でありますけれども、海馬と言われる場所があります。ですから頭半分後ろは知能に関係した場所で、前側は人間らしさで、人間性は非常にいいけど知能が駄目だと学校の成績が駄目なのは、学校の勉強を怠っているからそうなっているだけで、頭を使えば良くなるわけです。これに対して、頭はいいけど、どうも人間性が悪いという人もいるわけです。両方いい人はノーベル賞を取れるような創造性豊かな人です。私の行ったロックフェラー大学は2003年で設立100年、最低10年で一人ノーベル賞受賞者が出る大学でしたから、100年で22人のノーベル賞関係者が出ていますから、そういう大学ですと、食事に行ってもたくさんノーベル賞を取った人がいるわけですが、特に偉そうな顔はしていません。
 アインシュタインは非常に偉大な学者ですが、しかし、べろを出しておどけた写真などがあります。普通は偉い人は、そういうおどけたような顔をしません。前頭前野も良くて、後ろのほうも優れている人はそういうこともできるということです。
 これは分業地図と書いてありますけれども、私たちの脳の場所というのは細胞が適当にあるわけではなくて、今お話しました人間らしさに関係した前頭前野と言われるところです(図4)。目から入った情報は視覚野と言う場所に入ってくるわけですけれども、視覚野から今度は角回と言う場所に情報が入ってくる。ここで見たものが何であるかということを、過去のデータと照合して認識するわけです。
 
図4 「新しい皮質」の分業地図
 
 ですから、例えば鉛筆を見せたとしますと、情報が視覚野に入ってきたときには、鉛筆そのものの形は見えないんですけれども、これが段階的に組み合わさって鉛筆の形を過去のデータと照合されて鉛筆と認識されます。それを言語化するために、ウェルニッケ野の感覚性言語野、と言われている場所にさらに情報が入って更に言葉を作り出すブローカ野、運動性言語野と言われる場所で言葉を作る。そして出力細胞である運動野、口を動かす場所に情報を入れて最終的に口が動くわけです。そういうネットワークによって私たちの脳は働いているということになるわけです。ですからそういうネットワーク、それがこの人間の場合、非常に大切になってきます。







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