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5. 北西太平洋地域海行動計画
 
 北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)は、北西太平洋地域の海洋・沿岸環境の保護、管理、開発に向けてUNEPがその地域海域プログラムの一部として立案したものである。11具体的には、当該地域諸国の経済発展に向けて沿岸・海洋環境を賢く利用、開発、管理することに焦点をあてた地域行動計画である。NOWPAPのもとでのプロジェクトは、そのほとんどが海に起因する公害から環境を保護するものであるが、海洋・沿岸の生物多様性を保護するための特別プログラムを立ち上げたり、生態系管理アプローチに基づく持続可能な生物資源開発のためのプログラムにも着手するつもりだ。12
 
 運営には地域調整ユニットがあたり、日韓共催のもと、中国とロシアが参加している。地域調整ユニットは地域の拠点として各種活動の実施について責任を負う。その運営にあたっては多くの問題に直面している。COBSEAやSPREPなどに比べて格段にシンプルな新しい制度的枠組と考えられているが、同地域の持続可能な開発のための戦略として生態系本位の管理手段を明確に取り入れている。13
 
6. 二国間漁業管理体制
 
 北東アジアは伝統的に海洋生物資源の保存と管理に積極的であり、同地域では現在、数多くの二国間漁業協定が施行されている。北東アジア海域では、ほとんどの国の政府が近隣沿岸諸国との間で複数の漁業協定を結んでいる。
 近年の地域全体の政治的関係の改善にともない、中国と日本、中国と韓国、そして韓国と日本との間で続々と漁業協定が調印、実施された。二国間漁業関係の主要な局面について重要な決定を下す共同委員会の設立など、これらの漁業協定を調べてみると数多くの共通点があることがわかる。これまでのところ調整にあたる機関は存在しないが、一連の漁業協定は多国間体制作りに向けての堅固な土台になるかもしれない。
 
7. 大規模海洋生態系の管理体系
 
 1992年に開催された国連環境開発会議(UNCED)での合意に基づき、海岸・海の管理を改善、強化するため、国連自然保護連合(IUCN)と米国海洋大気庁(NOAA)、そしてアメリカ合衆国は共同で、生態系本位の戦略として大規模海洋生態系(LME)の行動プログラムを立ち上げた。大規模海洋生態系は、河川流域・河口から海に向けて大陸棚の境界、さらに沿岸流系の縁辺にまでいたる沿岸地域を包含する海洋空間の範囲である。14それぞれ異なる水深、水位、生産性、および熱帯依存性水中生物個体群によって特徴づけられる。このコンセプトの利点として、集中的で短期的な管理アプローチから脱却し、より大きな空間規模と海洋空間・資源の長期的管理に大規模海洋生態系を位置づけることができる。
 東シナ海、インドネシア海、タイ湾など、アジア太平洋地域ではいくつかの大規模海洋生態系を確認することができるが、大規模海洋生態系を確認する作業は、生態系本位管理に向けての第一歩に過ぎない。国・地域レベルで環境政策・管理施策の充実を図ることはもとより、その施策を実施する運営機関を設立することが、大規模海洋生態系管理にとっての次なるステップとなるだろう。
 
IV. 既存体制に関する主な所見と課題
 北東アジア海域における海洋環境保護・管理について法律・制度上の枠組をざっと見てきたが、その全体的状況と現状は芳しくも明るくもない。既存の体制には数多くの問題があり、それらの問題が体制をばらつかせる原因となっている。この節で、主な問題とその原因を考察する。
 
1. 国ごとに異なる優先課題と観点
 
 我々の研究で明らかになった大きな問題のひとつとして、北東アジア海域に接する国々にはその優先課題や大局観に、対立こそなかれ、ずれがあり、そのような思惑の違いが環境管理の地域協力に向けて態度やアプローチの相異をもたらしている。15
 地域協力について中国は、産業・海洋公害や海洋資源の枯渇といった緊急課題に的を絞るよう主張する。中国は伝統的に公式の多国間体制よりも非公式の二国間機構を好む。中国の考えによると、同地域の先進国や国際組織が技術・財政支援に貢献し、環境管理にあたっては定期的な会合や情報・人材交換を促進する立場にある。このような中国の基本的姿勢は、同国が今なお産業化と経済発展を優先する途上国であるという事実を反映しているにすぎない。
 日本は、各国環境省庁の役人だけで地域フォーラムを組織するのではなく、経済閣僚も参加させるべきと主張する。地域環境協力プログラムは、ただ単に金品が行き来する経路に終わらせるのではなく、地域の環境状態と越境海洋汚染の監視に重点を置く具体的プロジェクトがそこから生まれなければならない。日本は多国間協力実施のための中枢機関の設立を支持しない。環境保護にあたって財政支援を必要とするロシアは、どちらかといえばもっと実際的で行動指向の地域環境協力プログラムを好む。16環境保護にあたって地域協力の必要性を訴える韓国は、中国が望む技術的側面と日本が望む環境状態調査の両方を盛り込んだ協力プロジェクトを支持する。17
 各国に見られる優先課題や展望の相異は、経済発展水準の違いを反映するものと言えるのかもしれない。むろん彼らは地域協力を躊躇する理由を説明するだろうが、地域協力を制約する実質的かつ本質的原因はおそらく同地域における脆弱な政治的関係と、北東アジア諸国における全般的な信頼の欠如だろう。
 
2. 地域法制整備のもたつき
 
 もうひとつの大きな問題点は、海洋環境保護・管理のための地域法制の整備がもたついていることである。例えば、海洋環境保護については今のところUNCLOSがもっとも総合的で重要な国際レベルの法的手段である。しかし、1994年に発効されるまでは、主要全地域の海運国によって批准されなかったし、北朝鮮はいまだに加盟していない。ましてや、地域海域保護の点で北東アジア海域は実績に乏しい。前節で述べたとおり、1976年以降には10の地域海域条約が整備され、世界の主要な縁海のほとんどはカバーされた。しかし、東アジア海域全般、とりわけ北東アジア海域は四半世紀に渡って一歩も前進していない。海洋保護と資源管理のための地域海域条約はもちろんのこと、北東アジアは明らかに、多国間条約採択の点で国際社会から大きく立ち遅れているのだ。
 
3. 制度上の過不足
 
 海洋環境保護・管理制度の整備にあたって北東アジアは、2つの大きな問題に直面しているようである。ひとつは制度上の不備であり、ここではこの問題を例証するため、北東アジア海域における3つのケーススタディを引き合いに出す。第一に、既に述べた通り北東アジア海域では数多くの二国間漁業協定が動いているが、地域レベルでその調整にあたる機関は存在しない。
 第二に、北東アジア海域に接する沿岸諸国の大半はUNCLOSに加盟しているが、海洋環境と半閉鎖海の管理について政策・法律の調和を図るという観点から、UNCLOSが定める義務を地域レベルで見直し、調整を図る努力はこれまでのところ見られない。
 第三に、アジア太平洋地域の中で確認された大規模海洋生態系のうち、統治機関が見られるのはタイ湾とインドネシア海とオーストラリアの大陸棚だけである。これは専ら、それらの大規模海洋生態系がたまたま関係各国の管轄権の中に収まっていたからである。東シナ海、黄海、そして日本海の大規模海洋生態系は、急速な経済発展と資源の乱獲によって特徴づけられている。同地域の統治を支持する中国、日本、韓国の3国はこれまで、汚染レベルや漁業事情に関する調査・研究に力を注いできた。しかし、これらの半閉鎖海には生態系管理のための制度上の取り決めはひとつもない。
 環境の研究・監視・保存・管理活動で国際的な協力・協調を深め、実現するための正式な制度機構は存在しない。その結果、同地域における監視・防止プログラムのほとんどは個々の国ベースでないと事が進まないし、そのような一国主義的な取り組みは、物理的な境界ではなく人間が決めた政治的管轄権で足止めを食らうことになるから効果的でない。さらに悪いことに、地域的構造の不在が各国間の一致協力と、UNCLOSが義務づける環境政策の調和を阻んでいる。
 その対極として、既存の体制の下での活動にはかなりの無駄があるように見受けられる。COBSEAとPEMSEAはおそらく東アジア海域で海洋環境保護・管理を受け持つ最も総合的で確立された組織だろう。COBSEAが本質的に東アジア海域における海洋汚染の防止・規制について調査を行う地域学術プログラムであるのに対し、PEMSEAは、COBSEAと同じ海域で陸と海の汚染源から海洋環境を保護することを考えるプログラムである。つまりCOBSEAとPEMSEAという2つの組織は、活動の対象となる地理的範囲が重複しているばかりでなく、参加国も重複している。
 これと同じ重複の問題はPEMSEAとNOWPAPにも当てはまる。つまり、PEMSEAの目標がNOWPAPのそれと重複しているのだ。中国や北朝鮮など、PEMSEAの顔ぶれにはNOWPAPの参加国も含まれているし、2つのプログラムは時として、互いをパートナーとしてではなくライバル視する。
 
4. 海洋に対する理解と知識の欠如
 
 生態系や生物学的プロセス、魚種の相互依存はもとより、人間の活動が海洋と半閉鎖海システムに与える影響について理解や知識が欠けている。地域協力が実際に経済的利益を沿岸諸国にもたらすということを認識するのにも時間がかかっている。そこで、意志決定者と地域社会の意識を高めること、そして沿岸諸国の間で海洋生態系に関する科学的知識・情報を共有することが、効果的な海洋環境管理・保護に向けての能力作りにあたって避けて通れない課題となる。これはまた、北東アジアにおける地域協力体制作りに向けて気運を高めることにも繋がるだろう。
 
5. 地域協力に向けてのその他の課題
 
 それぞれ異なる国際環境条約に署名する北東アジア諸国の間では、海洋環境保護・管理に関係する法律、政策、施策に一貫性が見られない。今ある地域環境体制の中でも、統合海洋管理と生態系本位アプローチに関する施策にはばらつきがある。例えば、COBSEAとNOWPAPの調整ユニットは、統合海洋管理の原則と生態系本位アプローチの両方を取り入れている。他方、統合沿岸地域開発の実施を強調するPEMSEAだが、その戦略の中では生態系管理アプローチに具体的に言及していない。18
 それとは別に、北朝鮮は地域協力がらみのある種の問題を代表する国である。北朝鮮はしばしば状況に応じて地域協力活動に参加するが、その理由は定かでない。また、北東アジア地域には全体的に意志の疎通と信頼が欠けている。このような国レベルの難題や地域レベルの問題は、相変わらず地域協力を目指す過程で結びつきの弱さとして露呈している。
 
V. 政策提言と結論
 これまで見てきたように、海洋環境保護・管理体制は過去30年に渡って世界中で拡大し強化されてきた。しかしながら国際条約に参加/準拠するという点で、そして地域海域条約を整備するという点で、東アジア海域全般、特に北東アジア海域の実績は乏しい。UNCLOSのもと、海洋地域協力に関する国の義務を果たす作業がこの地域では大幅に遅れている。問題の一部は、経済発展水準の違いや各国の思惑の違いに根差している。
 東アジア地域における地域協力プログラムは伝統的に南シナ海に重点を置くものであり、北東アジア海域に対する注目度は低い。筆者の見解では、海洋環境保護に伴うありとあらゆる地域協力問題のうち、北東アジア海域が直面する最も根本的な課題は制度の不備の問題である。このようなインフラの欠如ゆえ、地域の中で調整の行き届いた協力プログラムの整備が阻まれ、関係国際組織からの働きかけや援助が捗らなかったのである。
 同地域における全般的な関係改善にともない、環境開発は着実にそのスピードを増しており、そのことは多国間協議の増加や海洋環境保護の協力に関する様々な提案からも明らかである。例えば、イースト・ウエスト・センターのMark J. Valencia氏は海洋体制の創造を提案したが、これは当初協議機関として機能し、関係各国間の不確かな関係、競争、管轄権に関する意識、相互不信などを踏まえ、それぞれの国が自国の水域を管理する自助的形式を取るものである。Valencia氏が構想したのは、共通の方針、共同研究、教育、トレーニングなどを議論できる「ゆるみのある協議機構」である。これはまた、海洋環境を中心に様々な国際組織のイニシアティブの合理化を図るフォーカルポイントにもなるだろう。そして信頼が築かれ、話し合いと協力の習慣が定着したあかつきには正式な組織を設立できるだろう。19Valencia氏の著述は、東アジア海域に協力を呼びかける建設的提案として捉えることもできる。この提案の強みは実用主義、思慮深さ、実行可能性にある。
 Valencia氏の構想を前に進め、直ちに実行に移せるようにするため、補足的な提案を以下に記す。東南アジア海洋法・政策・管理プログラム(SEAPOL)は、20「東南アジア海事機関理事のための地域フォーラム」の形で「ゆるみのある連合」を始動させた。この地域フォーラムのもと、2000年にはThailand Institute for Marine Affairs(TIMA)、2001年には中国海洋発展戦略研究所(CIMA)、そして2002年には韓国海洋水産開発院(KMI)の主催で3つの会合が持たれた。しかし2001年にSEAPOLが解散したこともあって、2002年を最後に同フォーラムの運営は滞っている。そこで、このSEAPOLの地域フォーラムにValencia氏の提言を継ぎ合わせる形で、かつてのフォーラムを(北東アジア海域のみならず東アジア海域を範囲に入れた)新しい地域協議機構に変えることを提案する。
 そうすれば、地域の枠組を新たに作るためのコストは最小限に抑えられるし、既にあるフォーラムのメリットを最大限に引き出すことができる。最大の利点はおそらく、ゼロからスタートするのでも、いつまでも先送りにするのでもなく、Valencia氏が構想した協議機構を直ちにスタートできることだろう。勿論、北東アジアにとっての究極の目標が地域海域条約の締結と、海洋環境とその資源利用を管理する地域拠点の確立であることに変わりはない。
 筆者は、北東アジアにおける海洋環境の発展が、同地域の政治的勢力や経済的成果と両立するとは考えない。海洋資源の利用にあたり、この地域の海は明らかに建設的な地域協力アプローチを必要としている。北東アジアは必ずやこの孤立と不信の海を、未来の人々に繁栄をもたらす協力の場に変えることができるだろう。
 
巻末脚注:
 
1 The United Nations Convention on the Law of the Sea, United Nations, New York, 1982..
2 同上
3 同上
4 同上
5 詳細はウェブサイトhttp://www.fni.no/で確認できる(2004年11月20日アクセス)。
6 United Nations Environment Programme, "Vision and Plan: A Systematic Approach. Long-term Plan of East Asian Seas Coordinating Unit," EAS/RCU, Bangkok, Thailand, 2000. See http://www.easrcu.org/Publication/COBSEA/LTPlan.pdfを参照。
7 同上
8 PEMSEAの概要はhttp://www.pemsea.org/abt%20pemsea/abt_overview.htmで確認できる(2004年11月20日アクセス)。
9 海洋環境管理に関する東アジア諸国からの要望を受け、国連開発計画は地球環境ファシリティーの試験段階から支援を得、「東アジア海域海洋汚染防止管理計画」という名称で機関を設立した。これはASEAN(ミャンマー、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ブルネイ・ダルサマール国、シンガポール、タイ、ベトナム)、カンボジア、中国、北朝鮮を含む地域プログラムである。当初認可された800万米ドルの予算に加え、オーストラリア政府から500万豪ドルの寄付を受けた。
10 同上
11 United Nations Environment Programme (UNEP), "Draft The Action Plan for the Protection, Management and Development of the Marine and Coastal Environment of the Northwest Pacific Region", Nairobi, September 1993.
12 NOWPAPの初期事情はIvan Zrajevskij, "The North-West Pacific Region Action Plan: Progress problems and lessons learned", in Hyung Tack Huh, Chang IK Zhang, and Mark J. Valencia (eds.), Proceedings of the International Conference on East Asian Seas: Cooperative Solutions to Transnational Issues (Seoul: Korea Ocean Research and Development Institute and East-West Center, 1992) で確認できる。
13 M. Tsamenyi, H. Djalal and M. A. Palma, " Institutional Frameworks for Ecosystem-based management in the Asia Pacific Region".
14 大規模海洋生態系についてはhttp://www.edc.uri.edu/lme/intro.htmで概論を確認できる。
15 M. J. Valencia, "Ocean Management Regimes in the Sea of Japan: Present and Future", a paper presented at the ESENA Workshop: Energy-Related Marine Issues in the Sea of Japan, Tokyo, Japan, 11-12 July 1998.
16 同上
17 同上
18 M. Tsamenyi et al, supra note 14.
19 Valencia, supra note 15.
20 1982年に設立されカナダの財政援助を受けたSEAPOLは2001年に消滅した。学者、官僚、民間部門代表、そして東南アジア海洋体制に関心を寄せる人々からなる主要非政府ネットワークだった。当該地域の政府・学界の専門家250名余りと地域外の準会員50名からなるネットワークが10年の存続期間中に定期的に会合した。


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