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北東アジア海域の環境管理:統治問題と制度上のアプローチ
Zhiguo Gao(高之国)*
中国国家海洋局海洋発展戦略研究所教授・上級研究員
 
I. はじめに
 北東アジアは、政治・経済・社会システムの多様性と世界で最も人口が集中する都市・国で知られている。大規模な海洋生態系、諸島、広大な湾、船舶で込み合う海峡など、独特の海洋・海岸構成のみならず、商業的に重要な漁場・養殖場や豊かな沖合い鉱物資源(石油、ガスなど)が同地域を特徴づけている。
 
 しかしながら、沿岸地域における人口の急増と急速な経済発展はいや応なく、その海洋環境・資源に重圧をかけている。制度上の枠組作りの遅れや実施体制の不備など、さまざまな海洋統治問題が海洋環境保護と持続可能な開発の作業をより一層厄介なものにしている。
 
 我々の研究では、東シナ海、黄海、日本海に接する5つの国々、すなわち中国、日本、大韓民国(韓国)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)、ロシア連邦を分析の対象とする。本論文では、同地域における環境・法律・制度上の海洋統治事情を重点的に論議する。
 
 本論文では、北東アジア海域における環境管理体制の現状を考察するが、そこには二重の狙いがある。すなわち、現在の海洋環境管理体制が抱える重大問題や不備を明らかにすること、そして北東アジアの海洋環境保護の観点から、地域協力に向けての制度上の取り組みについて政策上の提案を行う。
 ここでは4つのセクションに分けて論述を進める。まずは、北東アジア海域の海洋環境事情を簡単に紹介する。第2部では、同地域における主要な法律・制度体制を考察する。第3部では、海洋統治や環境保護の地域協力にからむ重大問題を明らかにし、分析する。最後に、同地域に期待される制度上の発展について政策上の提案を行う。
 
* 文学士・法学修士(北京)、法学修士(ワシントン)、法学博士(ダルハウジー)、国家海洋局・海洋発展戦略研究所(CIMA)所長、中国海洋大学および中国科学院生態環境センター教授。連絡先:State Oceanic Administration, #1 Fuxingmenwai Ave., Beijing 100860、eメール:zgao@public.bta.net.com。本論文で表明される見解はもっぱら著者のものであり、中国政府や著者の所属先の見解を必ずしも代表するものではない。本論文の作成に協力してくれたQiu Jun女史に謝意する。
 
II. 同地域における最近の環境変化
 第二次大戦終結以来、北東アジア諸国の関係は政治とイデオロギーの相異に悩まされている。これは同地域の全体にあてはまる傾向であり、海洋開発はもとより、海洋の環境保護もその例外ではなかった。
 1970年代あたりから沿岸国の海上管轄権は拡大し、海洋資源をめぐる競争が激化したことによって、同地域の沿岸海域のほとんどは国の管轄区域か、さもなくば各国の主張が対立する場所と化してしまった。これらの海域は、あるときは政治的緊張の源となり、またあるときは沿岸諸国間の紛争の場となってきた。このような理由とその他諸々の理由により、海洋環境管理全般と、とりわけ北東アジアにおける法律・制度の発展は、同地域の全般的情況に立ち遅れてしまった。
 現在、北朝鮮を除く北東アジアの沿岸諸国はすべて国連海洋法条約(UNCLOS)に加盟している。各国の海洋に対する主張と管轄権を表1に要約する。
 
表1: 北東アジア沿岸諸国の海事管轄権
(2004年3月31日現在)
出典: UN, Law of the sea, Bulletin No.54 United Nations, New Year, 2004, pp.132-147を参考に筆者が編集
1. 宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡の東西水路、および大隅海峡に限り3マイル制限が適用される。
2. 50海里軍事水域。1977年8月1日の軍司令公告
 
 1994年にUNCLOSが発効し、同地域の沿岸諸国は新たな「海の囲い込み」行動に突入した。同地域の主要沿岸諸国は、領海と排他的経済水域(EEZ)と大陸棚に対する従来の主張に加え、UNCLOSの中で規定される大陸棚の延長の申請を完了したか、その準備を進めている。1ロシア連邦は2002年にその申請を国際海底機構に提出した。日本と中国は、2009年までの申請提出を目指し、各々の大陸調査計画に奔走しているという。
 最近では変化に2つの傾向が見られる。ひとつは、冷戦終結を受けて同地域の政治システムと経済システムの両方が変化を遂げている。ほとんどの国の政府は、国内政策と地域関係の両方でイデオロギーよりもむしろ実利に傾くようになった。地域全体が「海を護る」を含む平和と発展を目指す格好になっている。グローバル化が進む市場・経済で競争に勝ち抜くため、国富・国力を増強する作業に専念している。沿岸諸国の多くが、海洋資源の開発と利用によって自国の経済成長が刺激されるばかりでなく、近隣諸国との開発格差が縮まることに気づいている。
 もうひとつの傾向として、同地域における安全保障に対する関心事は「9.11同時多発テロ」以降、テロ対策や持続可能な開発など、これまでにない安全保障問題に置き換わっている。こうした流れをくんで、北東アジア海域においては地域協力に対する具体的要求/きっかけが多少なりとも生まれている。
 北西太平洋地域には大規模で多様化した生態系があり、そのいくつかは脅威にさらされている。数ある環境問題のうち、同地域にとって最も差し迫った環境課題はおそらく沿岸環境の悪化と資源の枯渇だろう。さらに、人口過剰や急速な産業化、拡大の一途をたどる海洋資源利用の問題などがあいまって環境問題をより一層厄介なものにしている。これらの問題は本質的に越境的な問題でもあるから、国と国とが協力しながら海の開発と統治の相互作用を理解する必要がある。
 北東アジアの海は深刻な越境的環境問題に直面している。その半閉鎖の海の中で起きる環境問題はもはや局限的な出来事として片づけるわけにはいかず、生態学的・社会経済学的に深遠な意味合いを持つ問題として捉えなければならない。海洋環境保護・管理に対する政治的意識は比較的低く、コストの分担がもたらすメリットは明白である。そこで、まずは北東アジア海域の地域協力から手をつけるべきなのである。
 
III. 地域の取り組みと既存の枠組
 ここでは、北東アジア海域における環境管理のための法律・制度上の枠組を概観し、要約する。
 
1. 国連海洋法条約(UNCLOS)
 
 ここでUNCLOSについて触れるのは、同地域の国々のほとんどが1990年代半ばにこれを批准しているからである。UNCLOSは、加盟国とその地域が海洋環境のための国家政策や地域計画を整備するための総合的枠組を規定している。UNCLOSに述べられている通り、海洋空間の問題は密接に関係し合っており、全体として捉える必要がある。2さらにUNCLOSは、すべての国々に海洋環境を保護、保存する一般的な義務と、国際規則を実施しながらありとあらゆる汚染源から海洋環境を守る責務があるとする。3とりわけ我々の分析に関係することとして、UNCLOSは協調的海洋環境保護体制作りの義務を課し、半閉鎖海に接する国々には海洋環境保護に関する政策の調和を図るよう呼びかけている。4
 
2. UNEP地域海計画
 
 海洋環境保護の点では、国連環境計画(UNEP)が世界でもっとも進んだ多国間の協調的取り組みである。20年近くもの協議と経験を経た後、その地域海プログラムは現在世界各地の13の地域海にまでおよび、140程度の沿岸・島国が参加している。これまでに調印された条約は10、協約は28程度を数え、10の行動計画が実施されている。UNEP地域海プログラムのもとで調印された10の条約は表2のとおりである。5
 
 UNEPの地域行動計画は主に(a)環境評価、(b)環境管理、(c)環境法制、(d)制度上の取り決め、(e)財務上の取り決めからなり、どれも似たような構造を持っている。
 UNEP地域海計画の狙いは、海洋・沿岸地域の環境問題に取り組む包括的アプローチの形成である。アジア太平洋地域については、東アジア海域、南太平洋、そして北東太平洋を取りしきる3つの制度的枠組みが確立されており、我々の研究対象となるのはそのうちの2つである。
 
3. 東アジア海域調整機構 (COBSEA)
 
 UNEPは海洋汚染の防止・規制について調査を実施する地域学術計画を作るため、その総括プログラムのもと1981年に、東アジア地域海洋環境沿岸部保護・持続的開発のための行動計画を策定した。この行動計画の実行を取りしきるのが、オーストラリア、カンボジア、中国、インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、およびベトナムからなる東アジア海域調整機構(COBSEA)である。6行動計画には、海洋環境におよぶ人的活動の影響の評価、沿岸汚染の規制、マングローブ、海中植物、サンゴ礁の保護、廃棄物処理、技術移転などが盛り込まれている。この行動計画から南シナ海とタイ湾について大規模な越境診断分析を行うプロジェクトが生まれた。
 COBSEAは長年にわたり、3つの長期的戦略を整備した。すなわち、東アジア海域の海洋生息環境保護にあたって地域ぐるみのバランスのとれた取り組みを実現するためにプロジェクト・計画を一元化すること、生物多様性の保護と生態系の復旧と公害管理を中心に地域の優先行動課題を明らかにすること、そして海洋生態系が持つ社会経済的、文化的、生態学的重要性について意志決定者と地域社会の意識を高めることである。7
 
4. 東アジア海域環境管理パートナーシップ (PEMSEA)
 
 東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)8は、「東アジア海域海洋汚染防止管理のための地域計画」9を基礎とし1999年に成立した地域プログラムである。その実施には国連開発計画(UNDP)と国際海事機関(IMO)があたり、地球環境ファシリティー(GEF)の資金供給を受ける。ブルネイ・ダルサラーム国、カンボジア、北朝鮮、インドネシア、日本、マレーシア、中華人民共和国、フィリピン、韓国、シンガポール、タイ、ベトナムの12ヶ国が参加している。
 
表2: UNEP 地域海条約 (2004年11月現在)
番号 地域条約 採択地 採択年
1
Protection of the Mediterranean Sea against Pollution
バルセロナ
1976年
2
Co-operation on the Protection of the Marine Environment from Pollution
クウェート
1978年
3
Co-operation in the Protection and Development of the Marine and Coastal Environment of the West and Central African Region
アビジャン
1981年
4
Protection of the Marine Environment and Coastal Zone of the South-East Pacific
リマ
1981年
5
Conservation of the Red Sea and Gulf of Aden Environment
ジェッダ
1982年
6
Protection and Development of the Marine Environment of the Wider Caribbean Region
カルタヘナ
1983年
7
Protection, Management, and Development of the Marine and Coastal Environment of the Eastern African Region
ナイロビ
1985年
8
Protection of the Natural Resources and Environment of the South Pacific Region
ヌメア
1986年
9
Protection of the Black Sea against Pollution
ブカレスト
1992年
10
Co-operation in the Protection and Sustainable Development of the Marine and Coastal Environment of the North-East Pacific
アンティグア
2002年
出典:The Fridtjof Nansen Institute, Yearbook of International Cooperation on Environmental and Development Vol. 11, 2003/4, (Published by Earthscan Publications)
 
 その目標は、長期的かつ自主的原則のもと、国レベルと地域レベルの両方で海洋汚染の防止、規制、管理に取り組む参加国政府を支援することである。政府間、省庁間、部門間のパートナーシップを通じて東アジア海域の生命維持システムを守り、再生可能資源の持続的利用を実現することを目指す。このプログラムでは、東アジア海域が持つ半閉鎖の性質と、同地域の問題の多くに見られる越境的性質には生態的・社会経済的に大きな意味合いがあるということを踏まえている。参加国は、政府間、省庁間、部門間のパートナーシップを通じて東アジア海域の生命維持システムを守り、再生可能資源の持続的利用の実現に向けて共同で事にあたることを決定した。10


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