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我らの海を救う − 監視システムと環境管理
John C DeSilva
インド海軍退役中将、海洋保全・海洋研究センター理事長
 
要約
 陸上の野生動物が絶滅したり殺戮されたりしてきたように、海の魚も乱獲され激減している。世界最大の漁場であるニューファウンドランド州沖のグランドバンクでは、過去50年間で魚が捕りつくされたため1992年に漁場閉鎖に追い込まれた。他の海洋の多くも、汚染や海洋生物の生息地の喪失、持続不可能な乱開発によって深刻な脅威にさらされている。このような海洋を救済するために残された手段は、厳しい規制による汚染防止や汚染管理、環境保護と環境保全、そして世界の海洋生物資源を破壊や枯渇から守り繁殖を促進することである。
 
 海洋を救う方法は、新しい安全保障概念「海を護る」を導入することである。この概念は包括的な安全保障の概念で、海洋の安全保障を総合的な安全保障の見地から捉えている。この概念では、国家・軍事的安全保障は食糧、輸送、資源、環境、生物多様性の安全保障と同じくらいの重要さとして捉え、すべての問題を国単位で統合するだけでなく国際的な調整も行うことを目標としている。ここで重要なのは協力と協調である。海洋のガバナンスは、正しい知識を持った環境管理によって実現できる。その環境管理は、生態学的に持続可能な開発(ESD)を忠実に実行することが必要である。本論文では、安全で、活気にあふれ、親しみやすい海洋、すなわち総合的な安全保障を満足する海洋を実現するための生態学的に持続可能な管理の方法について述べる。
 
 「海を護る」概念を実行する手段は数多くある。まず、環境管理によって海洋を保護・保全し、そして海洋をクリーンかつ安全に保持するためのガイドラインと規制を策定することである。次に、これらの規制を監視し執行し、持続可能な沿岸と海洋を実現するための措置を講じることである。海洋の健康状態を確認する一つの方法としては、対象とする現象を観測し、その変化に基づき、将来の海洋状態を予測し、多様な分野において適切な法律の執行、海洋開発、海洋保全のための措置を講じることである。監視は、管理面での意志決定を行う際に非常に重要な手段である。全球海洋観測システム(GOOS)は、政府間海洋学委員会(IOC)、世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)の支援で実施されている。このシステムは、批准されているにもかかわらず、未だに実施の最終段階にある。以前から存在する観測組織は通常、活動が地域に限定されており、旧式設備を使用している場合すらある。現在、GOOSによってこれらの組織を統合し、すべてのIOC加盟国を同一基準に引き上げることが期待されている。GOOSによって観測システムの要素はすでに統一されている。観測は科学的に計画され、最新設備が使用可能になっている。観測データは、コンピュータやその他のモデルを使用して処理され、気候や気象の観測組織も使用することができる。観測データやその他の関連情報は、即座に使用可能な形式で表示されるだけでなく、情報提供組織が財政的に自立できるように企業や民間部門にも提供される。同システムの成功の鍵を握るのは実際のところ、加盟国からの財政的支援である。
 
 その他、「海を護る」概念を実行するための手段としては、教育、資金提供、研究・開発、法律的・社会的な仕組みがある。平和と繁栄が広がるように、海洋を思いやり、海洋を蘇生し、そして持続可能な開発を実現させるためには、これらすべての手段を統合・調整することが必要である。そうすることによって、すべての国家は軍事的にも環境的にも安全であると感じるであろうし、すべての海洋利用者も安心して海洋を使用することができるであろう。
 
我らの海を救う − 監視システムと環境管理
John C DeSilva
インド海軍退役中将、海洋保全・海洋研究センター理事長
 
背景
1. 1967年、船でケニアのモンバサを訪れた際、陸路でナイロビに行った。そのときの光景は驚異的であった。平原一帯を見渡す限り、無数の野生動物が一様にして草を食べていた。シマウマ、キリン、アンテロープに似た動物、ヌー、ウィルドビースト、そしてその他に見たこともない動物が数多くいた。その数は数百万頭に上った。その後1986年にナイロビを訪れた際、私は同じ国立公園に足を運んだ。案内人がかなり探し回った後、やっとライオンの群れを見つけた。しかしガゼルやシマウマの大きな群れはそこには見られなかった。車を数分走らせるごとに、案内人が車を停止して数頭のシマウマやキリンを見せてくれた。動物たちは、狩猟や大量殺戮の犠牲になったか生息地を失ったかの理由で、皆消えてしまっていた。それは悲しい経験だった。現在、同じことが海でも起こっている。しかし、すべての異変は水中で起こっているため、陸上での異変ほどはっきりと目には見えない。
 
2. 魚の捕獲、生息地の破壊や汚染が、魚をはじめとするほとんどの海洋生物資源を死滅させているだけでなく、海洋を浄化して健全な環境を作り、私たちの健康、沿岸や海洋の経済を支える生物的多様性をも破壊している。さらに、私たちと共存関係を持つ海洋は、海賊行為、テロ行為、麻薬の密輸、人間の密輸そして戦争にも利用されている。
 
3. 500年前、海洋探検家ジョン・カボットがスパイス、絹、磁器が豊富であるインドへの航路を見つけるために英国国王によって送り出された。目的は果たせなかったが、カボットは世界で最も豊かな漁場であるニューファウンドランド沖のグランドバンクスを発見した。カボットの報告によると、あまりにも多くのタラが遊泳しているため、船の横にかごを吊り下げておくだけで捕獲できたという。中には体長6〜7フィートで重量200ポンドのタラも見られた。また、体長8〜12フィートのチョウザメがニューイングランドのあちこちの川で多数見られ、サケも川にあふれ返っているだけでなく、ニシン、イカ、カラフトシシャモの産卵規模がとてつもなく大きかったため、それを目にする人々を4世紀にもわたって驚かせてきた。第二次世界大戦を経た1950年代、沖合漁業の動力は、帆船から蒸気トロール漁船へ、そして漁獲物処理施設を併せ持つ2500トン以上のトロール漁船へと徐々に移行していった。トロール漁船は8時間交替で、1年中休むことなく魚を捕獲した。トロール漁船による1時間の漁獲量は200トンで、16世紀にスクーナー船による1シーズンの漁獲量をはるかに上回った。1970年代には、処理施設付トロール船がソビエト連邦から400隻、日本から125隻、スペインから75隻、西ドイツから50隻、フランスと英国からそれぞれ40隻、そして東欧諸国から数十隻以上がこの海域に送り込まれた。1タラ漁獲量は1968年に最高を記録したが、それ以降、減少し続けた。1977年、カナダはアイスランドに続き、200マイル沖までをカナダ領海と一方的に宣言した。しかし、目先の利だけを求めて深海トロール漁船を製造した。漁獲量は減少し続け、水産加工工場は閉鎖に追い込まれた。1988年までには、底釣り漁は崩壊寸前であるという調査結果が報告された。しかし政治的理由で、実際に決定された漁獲割当量は、奨励された漁獲量をはるかに上回っていた。漁獲量は4年間で23万5000トンから12万5000トンに、そして最終的には驚くべき事に2万2000トンにまで減少した。そして1992年、カナダ政府は4年前に実行すべきであった措置を講じた。グランドバンクスの漁場をすべて閉鎖したのだ。しかし世界で最も豊かな漁場はすでに崩壊しており、おそらく回復は不可能であろう。この措置は、馬が逃げ出した後に強固な扉を閉じたようなものだ。類似の例が、黒海、バルト海、メキシコ湾、カリブ海など世界の至るところに見られる。海洋生物の激減の理由が乱獲でなければ、その原因は汚染、過剰開発、生物の生息地の破壊、または侵入生物種である。人類の悲しい運命は、豊富な資源を乱獲そして浪費してしまうことである。
 
4. すべての資源が失われたわけではない。正しい知識を持った上で理にかなった環境管理に取り組めば、海、海の利用と利用者、海洋生物、そして巨大な生態系を救うことができる。生態系は生命の源であり、生物圏の保全および人類の繁栄に不可欠な様々な商品やサービスの供給源でもある。資源を枯渇させないよう生物学的に持続可能な開発を進める必要があるが、同時に、将来の世代が資源不足に陥らないよう配慮しながら現在の必要性を満たさなければならない。しかし行動を起こさなければならないのは今である。海洋資源の減少傾向に歯止めをかけるための行動を今起こさなければ、世界は今後打撃を受け、将来世代の人々に対する裏切り行為となるであろう。6500万年以上かけて進化し続けてきた生物的多様性が、過去200年にわたる破壊的な人為的行為のために、荒廃して崩壊寸前であるという状況は信じがたい。2
 
海洋安全保障
5. 海洋の安全保障に関し、海洋利用や利用者、海洋資源または海洋の生物的多様性の分野において多くの問題がある。これらすべての安全保障問題が、ついに海洋の主な利用者である人間に影響を与えつつある。安全保障問題は、国家・軍事安全保障から、食糧、エネルギー、輸送、資源および生物的多様性の安全保障まで多岐にわたる。各国家はこれらの安全保障問題を単独で、あるいは地域組織、時には国連で取り組んできた。しかし、それぞれの問題が国家レベルまたは国際レベルで個別に取り組まれているため、協調体制が存在せず、あまり効率的とはいえない。たとえば、漁業やストラドリング魚類資源、捜索救助、海上における人命の安全確保、汚染、バラスト水、温室効果ガスなどに関する条約や協定が個別にある。これらは相互に調整されないばかりか、国内レベル、また国際レベルにおいても別々に対応されている状態である。基本的にこれらの安全保障問題は、平和、環境、開発と同様に相互依存の関係にある。海洋安全保障の新しい概念は「海を護る」である。これは包括的な安全保障概念で、安全保障の見地から見た海洋ガバナンスの実施が、すべての国家の安全保障を向上させる推進力と考えている。この概念は、軍事行動、平和維持、海洋利用、資源採取および環境管理を含む海洋管理にかかわるすべての問題に対応し、これらを統合する必要があるという考えに基づいている。海洋ガバナンスの基盤となる行動指針は協調と協力であり、結果的に、海洋の利用者と利用者組織の間での対話が生まれ、効率化と安全保障の向上に役立つ。
 
6. 前のセッションでは、概念「海を護る」を実行するために必要な政治的意志、政策および制度的枠組みを検討した*。次は、この概念を実行するための手段(監視、環境管理および様々な「海を護る」手段)とこれらの手段の統合について考えていく
* John C DeSilva「総合的な海洋の安全保障―政治的意志、政策および制度的な枠組み」
 
環境管理
7. 環境管理とは、環境の保護と保全のための政策を策定し、それを基に生態学的に持続可能な開発(ESD)を目指した海洋戦略を生み出すことである。その後、適切な組織を通してその海洋戦略を実施する計画を立てる。環境の保護と保全、そして海洋の汚染防止と安全確保を実現するには、一連の法律および規制を制定する必要がある。そしてそれらの法律と規制を適切な組織が執行しなければならない。
 
8. これまで異なる時期に制定された多くの法律や規制を必要に応じて改正し、海洋の利用や利用者の間での対立がないことを確認した上で、様々なセクターや海洋レジーム間で調整した統合法にまとめ上げ、包括的な海洋法を完成させる必要がある。国家はそれぞれ異なる国内法を持っており、法律や規制の抜け道も多い。一般的に法律や管理は、国内の主要な業務や産業または問題に向けられる。たとえば、関心事が漁業である国家もあれば、観光業である国もあり、また汚染、侵入生物種、または生物生息地の損失が懸案事項である国家もある。海洋法が統一されれば、すべての国家がそれを採択することができるため、厄介な法案起草に時間を無駄にすることはないであろう。このような海洋法はまた、すべての海洋活動に関する包括的な法律として役立つであろう。これにより海洋の環境、生物的多様性および資源が、保護・改善され、生物学的に持続可能な開発に基づいた最大の資源活用ができるはずである。沿岸環境に人々が魅力を感じる理由は、自然資源から得られる商品とサービス、レクリエーションそして美しい景観であろう。包括的な評価によると、生態系から生まれる商品およびサービスの地球全体での価値は、やや高めの見積り額と思われるが、年間33兆USドルになるという。このうち64%は、海洋サービスによってもたらされている。地球全体の38%は沿岸システムで占められる。3海洋管理では、政府と利害関係者の間、そして政府間における国際レベルでの協力を必要とする横とのつながりが基本となる。海洋管理の役割および責務を明確にし、方針を刷新する必要がある。新しい方針によって変革するべき点は、(a)単一生物種に執着せず生態系全体を視野に入れて予防措置を取る、(b)単一部門(漁業、エネルギー、輸送)ごとでなく統合管理を行う、(c)政府の意志決定方法を専制的で中央集権的なものから協議を伴うわかりやすいものに変える(民間部門企業、地域社会、先住民社会も含む)、(d)環境保護を考慮した経済目標を犠牲にすることなく持続可能な開発目標を推進する、そして(e)すべての新規開発に着手する前に必ず環境影響評価を実施する、などである。
 
9. 海洋法は、最新の海洋管理の法的基盤になる。海洋管理の戦略的目標は、海洋環境に関する私たちの理解を深めること、環境保護の推進、持続可能な経済政策の支援、そして持続可能な開発のための新しい技術や新しい機会を提供するために、科学的なノウハウや、研究、技術を奨励することである。
 
10. 海洋戦略の策定後、環境管理の実行組織は行動計画を作成する必要がある。行動計画の作成時には、様々な海洋安全保障を必ず視野に入れるべきである。これらの様々な海洋安全保障には、国家の主権と安全保障から、前に述べた輸送、食糧、資源、環境および生物的多様性の安全保障までが含まれる。これらの各安全保障に関連する法律は、SAR(海上における捜索及び救助に関する国際条約)やSOLAS(海上における人命の安全のための国際条約)などの条約、そして海洋利用者、海洋資源および海洋環境のあらゆる脅威からの保護を含むすべての保安基準を満たしている必要もある。たとえば、とりわけ輸送の安全保障には、安全な航行、海賊行為およびテロ行為からの船舶、乗組員、乗客の安全確保が含まれる。テロ行為からの安全確保はさらに強化され、港湾の保安、船荷の安全、およびコンテナの危険を最小限に抑えることも含まれるようになった。同様に、環境の安全保障管理には、環境の保護と保存(漁業、海洋資源および生物的多様性を含む)、および汚染防止と汚染管理が含まれる。4多くの脅威に対して予防措置を講じることが、より効果的でコスト効率も良い解決策である。しかし、上層部の大半の人々は悪化した状況の修復方法により大きな関心を示しているのが実情である。それを示す良い例として、タンカーのダブルハル化のコストよりも突発的な石油流出事故の対応に、そしてバラスト水対策よりも繁殖力の強い侵入生物種の対応に多くの関心が向けられている。エクソンバルディーズ号による石油流出事故に対してエクソン社が抱える損害賠償総額は数十億ドルに上った。そのうちの50%が石油除去の作業費であった。エクソン社は最終的に10億ドルで妥結した。5
 
11. 環境は絶えず変化している。地球の反対側の事象が気候に影響を与える(例:エルニーニョ、インドモンスーン)のと同様、ある海域の事象は全く別の海域に影響を与える。海洋の状態を確認する1つの方法は、観測対象分野の現象とその変化を観測することである。現在の観測データと過去のデータを基に(過去観測)、変化の見られたデータをモデルに適用し、内挿法または外挿法によって将来の海洋状態を予測する。その結果に応じて、予防措置や警告発令の実施、または規制を制定したり直接行動をとったりすることが可能になる。研究および変化する技術とともに観測は、海洋の管理者だけでなく、その他の関連科学分野や関連政府の管理者にとっても不可欠な情報であるため、監視システムに統合する必要がある。監視の物理的および科学的な側面は、非常に詳細にわたり、面倒で退屈なものであるが、環境管理には非常に大切なものである。監視は、観測、記録、検査をともなう作業として広く認識されている。それぞれの作業段階において、協力と調整が大切であること、それゆえ環境管理において、国内レベルだけでなく他国の政府や政府機関との国際レベルで情報を共有し、コミュニケーションをとり協議する必要性があることを強調したい。


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