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原則・ガイドライン
21. ビジョンと目標を達成するため、海を護るための政策の指針となる原則を次のとおりに提案する。
a)海洋・沿岸の持続的管理を徹底し、未来の世代のニーズに影響を及ぼすことなく今の世代のニーズを満たす。
b)人と国の利益につながる海洋および海洋資源の利用を徹底する。
c)社会の発展と長期的経済発展に寄与する。
d)海洋および沿岸の資源を公益信託に委ねる。他国や他人に悪影響を及ぼすことなく万国・万人の利益につながるバランスのとれた資源利用をする。
e)本質的に関連のある政策を共同で立案し、それを通じて陸(沿岸)、空気、水、生物資源を保護する。
f)生態学的に持続性のある生物・非生物資源の開発を徹底する。
g)人やその他の生物種を含む海洋・沿岸資源を、人・生物種が暮らす生態環境として管理する。このような生態系本位の管理にとっては、国境よりも地理的境界に基づいた管理が適切である。
h)有益な海洋・沿岸資源の利用を理解し、管理する。
i)海洋生物多様性を維持する。減少傾向を阻止し、逆転させ、回復する。
j)海洋・沿岸環境に関係する最良の自然・社会・経済プロセスに基づいて政策を決定する。政策決定者は、海洋・沿岸資源管理を成功に導くように科学や情報を理解しなければならない。
k)人口増加を抑制する。
l)法律は明確で調和のとれた、それに従う人民にとって身近なものにする。幅広い参加を保証する。人々の意識と教育と自制心と政治的意志を拡大・向上させる。
m)国際社会の利益に貢献し、持続可能な開発と環境保護と生物多様性の保全に果たす協調の重要性を踏まえて国際海洋政策を作る。調整にあたる省庁を国際的な話し合いや会合に参加させる。
 
22. 以下、政策に求められる重要条件をいくつか述べる。
a)環境や資源にからむ摩擦を国際的な次元から確認、防止し、衝突した場合には平和的な解決を促す。沿岸警備隊・海軍・沿岸警察など、偵察・警備・監視・執行機関を確固たるものにする。必要に応じ、共同パトロールなどの協調的措置を提携し、観測・監視にあたっては各種情報を共有する。
b)安全問題における過失をもれなく監視する。厳格な執行を徹底する。
c)法律の制定や法律違反者への対処にあたって国を支援する(一般に、曖昧な取り決めや大雑把な規定、執行の手ぬるさ、支援資金不足などが国際環境法を苦しめる)。
d)海洋環境を保護・保存する。汚染と石油流出を防ぐ。石油流出の対応準備を徹底する。陸上や船舶に起因する汚染に取り組むための行動計画を立案する。海洋汚染緊急対応センターを創設する。
e)人的資源、技術的資源、財源を認識する。より広い海での行動の枠組を提供する国連海洋法条約の重要性を認める。海洋開発問題における人材トレーニング、とくに途上国の人材のトレーニングを徹底する。海洋問題に対する協調性の欠如や無関心の根本原因は貧困と財政にあるので、開発援助には特別な注意を払わなければならない。セントラルファンドに貢献し、グローバル統制アプローチに則って資金を準備する。
科学的・技術的研究開発のための資金を準備する。協調性の欠如は海に致命的な結果をもたらすだろう。
f)炭化水素の探査・生産活動は持続性のある形で進める。
g)海底鉱物の探査・採鉱は持続性のある形で進める。
h)良識をもって海商・輸送を増進する。
i)海運(海上と港湾)と交易の安全を保障する。海賊行為やテロ行為に対し、捜索救難組織や共同パトロール、国際海事機関(IMO)によって広められているその他の方策を徹底する。とくに狭い海峡や輻輳する海域での航行の安全対策を徹底する。すなわち、海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)を徹底する。
j)海洋教育や研究・トレーニングへの投資を徹底する。
k)持続性のある沿岸域管理を徹底する。湿地帯を保護し、海洋の生息環境、マングローブ、サンゴ礁の破壊を防ぐ。新規開発にあたっては必ず環境影響評価(EIA)を実施する。
l)海洋の指定保護公園、特別地域(SA)、特別敏感海域(PSSA)などを広めることによって、エコツーリズムや保護、持続可能な開発を後押しする。大規模海洋生態系(LME)を広める。
m)観測・監視システムを徹底して情報やデータを記録する。情報を収集、照合、分析、配布する。それぞれの国で「海洋現状」報告書を作成し、制度面に不備がある国には援助を与える。
n)海洋、行政、科学・技術の各分野で自国の人材を養成し、可能であれば他国の人材も養成する。
o)企業と民間部門を関与させる。
p)NGOを関与させる。
q)司法当局と裁判所を関与させる。
r)海洋環境の保護、海洋教育、研究・トレーニング・生態系に基づく管理への投資に向けて、中央省庁、州政府、地方自治体間の協調を強化する。その調整にあたる上位機関を定める必要がある。
 
23. 地域レベル:
a)国定保護地域のネットワークを確立する。
b)絶滅危惧種の保護措置を実施する。
c)研究・管理に関する情報交換機構を確立する。
d)保護管理に関する地域トレーニングプログラムを確立する。
e)より良い行動に向けて国際機関の代表の水準を上げる。
 
制度的枠組(一般)
24. 海洋安全保障全般のキーワードは連携と協調である。ただしこれは、言うは易く行うは難しである。国際協調について考えるには、その前に、さまざまなレベルの枠組を吟味することが大切である。海洋ガバナンスでは、海洋のさまざまな側面・用途を取り扱う数多くの省が関与するが、各々の省はひとつの政権の中で縄張り争いをする。1994年に発効した第3次国連海洋法条約(UNCLOS III)は、軍事活動から沿岸管理、海洋開発、利用、資源、海洋安全・保全、環境、生態系にいたる海洋のさまざまな側面を統合する包括的な法規の枠組である。それぞれ異なる時期に別々に始まった一連のイニシアティブをとりまとめた総合文書であり、海洋の保護・保存に取り組むすべての国々にとっての手引きとなるであろう。1992年のリオの地球サミットでは、21世紀に向けての持続可能な開発のための行動計画であるアジェンダ21が採択された。このアジェンダ21とUNCLOS IIIによって、海洋ガバナンスのための新しいアプローチが形成される。
 
25. UNCLOS IIIは、その策定と公布までに9年にわたる協議と会合を要し、批准に要する賛成国数に達するまでにさらに12年を要したわけだが、今になってみると、その最終成果物には多少の欠陥があるように思える。重大な欠点は、特定の海域に対する沿岸諸国の主権である。海域に対する権利は海域に対する責任をも伴う。第一に、多くの国々は、とくに新たに独立した国々は、自国の主権を用心深くガードするあまり、海域をまたにかけた法律違反者をほかの国々が追跡したり捕まえたりすることを許さなかった。例えば、密輸業者、麻薬密売業者、人身売買業者はもとより、海賊までもが海域から海域へと移動し、近隣国に身を寄せながら逮捕を免れた。第二に、環境保存、海上の安全、汚染の防止・管理に関する自国の責任を、資金不足や設備の不備から果たせない国はたくさんあり、それが原因で海は汚され、資源の管理がでたらめになる。さらにそれが近隣の海域にまで及ぶと近隣諸国を動揺させる。第三に、公海の自由は排他的経済水域の外での持続不可能な漁業を許すものであり、沿岸諸国の保護下にある資源の搾取を招く。この問題には、別個の条約と取り決めが必要となった。UNCLOS IIIの枠組は概ね満足のいくものだが、多少の改正が必要である。例えば、枠組の要となる協調の規定にはもっと強い強制力を持たせるべきだろう。ここではインドのケースを取り上げるが、ほかの国々でも大きな違いはない。インドでは、地方のレベル、すなわち州と郡のレベルと、中央と連邦レベルの組織があり、さまざまな省庁10が海洋とその関係分野の各種問題を扱っている。
 
・環境省(沿岸域管理、保護、保存、保全)
・海運省(海運と港湾)
・農業漁業省(漁業)
・石油天然ガス省(沖合石油ガス)
・内務省(法執行、密輸・麻薬密売・人身売買防止)
・外務省(外交、条約、協力)
・国防省(海軍、沿岸警備隊)
・財務省(財政問題)
・宇宙局(リモートセンシング)
・海洋開発局(協調のための政策、未配分案件、研究、科学・技術、トレーニング)
 
26. これらの省庁が自らの縄張りを固守するあまり、何か問題があるときには往々にして合意を得るのが困難になっている。たとえば、「海洋頂上委員会」なるものが存在しないのも、その中心となる省や事務局として機能する省をどれにするかについて、各省の意見がまとまらないからである。法規を立案し可決するのは中央政府だが、可決した法規は地方のレベルで実施されるのだから、この地方レベルこそが重要なのである。そこに十分な理解と教育と人々の意識と「意志」があって初めて、プログラムは成功する。たとえば地元の漁師には、漁業資源が減少していること、そして漁獲量を制限することが漁業資源の保護・保存につながることを自覚させ、納得してもらわなければならない。あるいはまた、汚水を浄化処理せずに海に流すと有害な藻類が異常発生し、赤潮が発生することを自覚させなければならない。病める海に対処し、環境を保護・保存し、海洋汚染を防止、規制する上で最も大切なのは、環境に対する人々の意識と自制心である。
 
27. 海洋安全保障の取り組みを成功させるには、政府の参加が不可欠である。企業やNGOにも果たすべき役割はあり、取り組みを援助し、支援することもできるが、国家レベルで主体となるのは断固たる政府の行動である。国内の要求に応じて地方・国レベルの法的・制度的枠組を策定し、地域・全地球的やり取りについて国際レベルの法的・制度的枠組を策定するのは政府である。政府には、海洋活動を扱う全部門を監視し、調整を図る中央調整機関を設けなければならない。さらに政策には幅を持たせ、重要な機能レベルを担う地方・地域自治体がその政策の中で幅広い活動をするための自由を与えなければならない。中央政府は、協力問題について決定権を持つ上位機関が国際会合に参加するようにしなければならない。
 
理想的な制度的枠組
28. 理想的な制度的枠組として、国内・国外の海洋問題を取り扱う組織を用意すべきである。国内レベルの枠組については次のような組織を持つべきである。
a)海洋のさまざまな側面を扱う各種部門を調整し、掌握するための組織。それぞれの部門は中央当局に報告する。
b)方策を実施し順守するための管理運営構造を各体制に設ける。
c)規制の取り締まり、監視および実施を行う機関。
d)情報を収集、照合、分析、配布する観測機関、調査機関、記録機関。
e)法律の枠組作りと制定、犯罪者や違反者を取り扱う法務部門。
f)複数部門内の協調を呼びかける部門。
g)トレーニング・教育機関。
h)研究・開発および科学・技術セクション。
 
29. 諸外国との間で国際的な海洋問題を扱うため、国際レベルの枠組については以下のような組織を持つべきである。
a)下記の事柄を扱う部門。
(i)会議、協力を含む国際関係。
(ii)海運・輸送と海上での安全。
(iii)漁業。
(iv)汚染および地球温暖化、気候変動、オゾン層を含む環境。
(v)保護、生息環境・湿地帯、マングローブ、サンゴ礁、開発、エコツーリズムを含むエコロジー。
(vi)石油、ガスおよび非生物資源。
(vii)沿岸域管理
b)各種部門を調整し掌握する組織。
c)下記の事柄を実施する部門。
(i)監視と合同パトロール。
(ii)観測、調査記録、配布。
d)条約・協定のための法務部門。
e)財政・援助部門。
f)トレーニング・教育部門。
 
30. 政府を動かすのは普通、専門知識が豊富な官僚や役人であり、政策を作るのも彼らである。ただし、官僚や役人をコントロールするのは政治家である。ところが、環境問題に対する世間一般や政治家の意識は低い。政治家にとっての環境問題は、点数を稼いだり、再選されるための勢力や人気を得たりするための材料にすぎない。特に国際協調の話しになると、どの国でも最初に気になるのは自分本位の私利だ。環境政治とは要するに、南北の問題と持てる国と持たざる国の問題である。地球環境問題は、必ずといっていいほど経済問題に結びつく。だから、国連のような大きな討論の場で協調を得るのが難しいのである。しかし、協調なくして我々はこの先生き延びることはできない。
 
協調に向けての代替アプローチ
31. 21世紀には、地球環境問題の新しいテーマに世界の関心を集めることが求められるだろう。1990年代の終わりにかけて、深刻な海洋汚染問題(陸上にある汚染源)に対してロンドン条約がさほど意味をなさないと考える環境運動家は増えていた。そうした圧力の高まりが地球サミットとアジェンダ21に結びついた。アジェンダ21とは、持続可能な開発を実現するための青写真としての方策を明らかにする行動プログラムである。後にブカレスト(1974年)とカイロ(1994年)での国際人口開発会議開催に結びつくこととなった1972年のストックホルム国連人間環境会議から、バンクーバー(1976年)とイスタンブール(1996年)で開催された国連人間居住会議、メキシコシティー(1975年)、コペンハーゲン(1980年)、ナイロビ(1985年)、北京(1995年)でそれぞれ開催された世界女性会議、1995年の社会サミット、1992年リオの地球サミット、2002年にヨハネスブルクで開催されたWSSDに至るまで、数々の会議から、経済、社会、人口、性別、居住問題を相互の体系的関係の中で見つめるための幅広い枠組が得られ、さらにそれぞれの会議があたかも1本の糸をなし、各会議の議題と成果を環境に結びつけることができた。一連の会議では、先進工業国と、1972年のストックホルム会議をボイコットしたブラジル率いる途上国との間で食い違いが生じた。途上国は先進工業国の動機に対して深い疑念を抱いていたし、先進工業国が一時的に夢中になっている環境ブームによって、貧困と低開発という重大問題に取り組む最優先課題から関心がそれ、資源があてがわれなくなるのではないかと心配した。また、先進工業国が環境という名目のもとで自分たちに新たな制約を課すのではないかと心配した。例えば、アジェンダ21の中には鯨の保護に関する条項があったが、ほとんどの途上国にとって、それはどうでもいいことだった。事実、ストックホルム会議は、同会議に招かれた途上国の擁護者インディラ・ガンジー首相がその演説の中で途上国の利益と懸念を訴えたことによってボイコットを免れたのだ。そのガンジー首相が印象的な言葉の中で端的に指摘するとおり「環境汚染の最大の原因は貧困」である。11実際、これからも財源の問題と責任・費用の共有基盤は先進国と途上国との間の争点であり続けるだろう。ほとんどの環境問題と持続可能な開発の問題で、とくに気候変動と生物多様性保護の問題で、これまで国際交渉の焦点となってきたのはこの財源と責任・費用の問題である。12ストックホルム会議の意義は、そのような国際交渉のための枠組が確立されたこと、そしてそこから協調的な取り決めが成立したことである。このストックホルム会議を契機に、途上国は影響力を発揮しながら国際交渉に全面参加するようになった。ストックホルム会議を受けて、新しい環境イニシアティブが数多く出現し、本部をナイロビに置く国連環境計画が設立され、多くの国々で環境関連の省庁が設立されるに至ったのである。
 
32. 文書や条約に署名したからといって、それが実施されるとは限らない。今後10年間にわたってグローバルな環境体制を創造し、強化するため、政府とアナリストはこれまで3つの幅広い代替戦略を提案してきた。
a)グローバル外交に漸進的な変化をもたらしてきた政治プロセスの継続。
b)経済的発展と環境・資源保護の両方で新しい南北のパートナーシップを確立し、環境協調に新たな活力を与える取り組み。
c)環境の取り決めを阻む、もしくは弱体化させる個々の国の力を抑え、これを確実に実施するための新しい地球環境ガバナンス制度を作る試み。
 
漸進的変化アプローチ
33. これは継続的・漸進的変化に基づくアプローチであって、グローバルなレベルでの政策、枠組、制度構造などに劇的な変化をもたらすものではない。今あるグローバルな政治制度、外交上の慣例、社会経済情勢などの諸条件の中でケースバイケースで問題に対処することで、相応の進歩が得られることを前提とする。このアプローチでは、調印国に規制措置への義務を負わせずに、調査・監視問題を分担することを目的に、コンセンサスを模索する。気候変動条約を例にとると、調印国は原則に従うことを誓約するが、その原則には幅を持たせ、温室効果ガスについて自国のプランを採用したり地球変動に関する調査を調整する際には独自の裁量を発揮できるようにする。そうすれば、モントリオール議定書のような全地球的に法的拘束力を持つ協定を取り決めることができるだろう。漸進的戦略に沿って取り決められる協定には幅をもたせ、先々により積極的な方策をとるための余地を残しておく。絶対的な目標やスケジュールを、国の事情によって決まる国家プランの目標およびスケジュールに置き換えることができるだろう。さらにその国家プランは、最新の情報とフィードバックに基づいて定期的に修正できるだろう。このように協議を重ねることで、遅れている国でのペース調整は確実に加速されるだろう。
 
34. ただし漸進的アプローチだと、グローバルな協定に途上国を縛りつけるのが困難であるため、環境体制の有効性は往々にして損なわれるだろう。先進工業国が地球環境プログラムに途上国を引き入れるための資源転用を躊躇する問題は解決されないまま残ってしまうだろう。そして環境問題は、それよりも大きな南北経済開発問題から孤立し続けていくことになる。そこでこの漸進的アプローチは、徐々に進歩するという前提のもと、効果的な体制に向けて小幅に歩み寄ることになっていく。気候変動の交渉に先進国の過去の政策が持ち込まれると、地球全体での排出量目標削減レベルは設定されても、先進工業国による温室効果ガス排出の安定化は取り上げられないだろう。技術移転のための資源が約束されない限り、取り決めの中で途上国の炭素排出制限を義務づけたところで、あまり効果は望めない。したがって、環境劣化が進む前にこの深刻な傾向を逆転させるための弾みを得るのは、このアプローチでは難しいということである。
 
グローバルパートナーシップアプローチ
35. グローバルパートナーシップアプローチとは、地球環境問題と経済関係とを結びつける新しい南北の合意を指す。南北経済問題の協調を環境外交の中心に位置付けるグローバルなパートナーシップ戦略である。これは、持続的な地球の発展なくして環境や天然資源は保護できない、現在の世界経済システムでは持続可能な開発は不可能だとする前提からスタートする。途上国はおそらく、地球環境について先進工業国が望む取り決めと南北経済関係に関わる要求との間に何らかの接点を求めるから、そういった政治情勢も念頭に置く。漸進的アプローチとは対照的に、全体観的なアプローチを通じて環境体制作りを目指すグローバルな駆け引き戦略といえる。先進国には、途上国の主要な経済問題に取り組み、各国の環境・資源管理を手助けする新たな意欲が求められるだろう。一方途上国は、とくに中国、インド、ブラジル、メキシコ、インドネシアといった大きな途上国には、環境に対する先進国の懸念に共鳴するような経済開発計画作りが求められるだろう。
 
36. このグローバルパートナーシップアプローチなら、圧力をかけながら駆け引きをする作戦をとれるだろう。例えば、地球気候変動を人口政策に結びつけるのである。世界の人口は2000年の60億人から増加し、2050年以降は100億人で安定する見込みだが、これは、全世界で効果的な対策を講じた場合の話しである。人口増加の90%は途上国で占められているのだから、先進工業国からは人口安定化の約束を要求する。これに対し途上国からは、1人当たりのエネルギー消費量の削減を北側先進諸国に約束させればいい。この駆け引きの原理は主に、環境に関する取り決めに従う見返りとして、債務削減や市場参入の拡大、大規模資金援助の約束の形で開発援助を得るために用いる。
 
37. グローバルパートナーシップアプローチでも、地球環境問題に取り組むためにはある程度の政治的意志が要求されるだろう。しかし、この「意志」が欠けているように見うけられる。おまけに、米国、ドイツ、日本には、このアプローチが構想するある種の資源移転に対する根強い反発がある。13南北パートナーシップアプローチの成功は、北側諸国と南側諸国の相互依存と国益を理解できるかどうかにかかっている。先進工業国は、途上国の協力なくして地球環境問題は解決できないという事実を認めなければならない。一方途上国は、北側先進工業国の援助なくして持続可能な開発の戦略を遂行できないことを理解しなければならない。パートナーシップアプローチを批判する者たちはコストがかかりすぎると主張する。一方これを支持する者たちは、このアプローチを採らなかった場合に途方もない代償を払うことになると反論する。
 
グローバルガバナンスアプローチ
38. グローバルガバナンスアプローチは、既存の制度と国際法では地球が直面する環境課題に十分に対処できない、全世界レベルでの大々的な制度改革なくして拡大する環境破壊や天然資源の減少に対処できないという前提に基づく。それには環境規制を各国に課し、違反国に制裁を加える権限を有するグローバルな環境立法機関が必要だろう。1989年にはこれに似たアプローチが議題に上り、30の国々がこれを支持したが、イギリス、米国、中国、日本、そしてかつてのソビエト連邦の反対に遭った。途上国のほとんどは、自らの主権が先進諸国によって侵害されることに敏感になるだろう。大掛かりな監視と取り締まりを行いながら、経済制裁を実施する権限を持つ全世界的規模の執行組織を確立するにはとてつもないコストがかかることを理由に、このような制度に反対する意見がある。また、国際体制を順守する国は、必ずしも制裁を恐れるがゆえに順守するわけでもなく、だとしたら、このような超国家的制度は必要でなくなる。わずか2、3年前にはひどく理想主義的なアプローチに思えたこのグローバルガバナンスアプローチが、先進工業国の支持を得るようになって突如正当性をおびるようになってきた。地球環境政治がこの先さらに進歩した段階なら、地球環境統制機関の創設は妥当かもしれない。
 
グローバル協力への理想的なアプローチ
39. 以上、各種のアプローチを検討した結果、グローバルガバナンスアプローチは適したアプローチとはいえない。なぜなら、制裁をもってしても非協力的な国を地球環境体制に従わせることはできないかもしれないからである。一方、グローバルパートナーシップアプローチは、経済問題に関する南北の食い違いにもかかわらず支持を集めつつあるがが、たとえ協定や条約が調印されようとも、十分な財源がなければ協調にこぎつけることはできない。したがって、最もスローで最も効率の低い漸進的変化アプローチが、真の協調を目指すアプローチとして適しているようである。場合によってはこのアプローチによって人々の意識と政治的意志が増せば、順守の度合いも増し、グローバルパートナーシップアプローチに徐々に結びついていくだろう。さらにこのアプローチなら、環境保護、ストラドリング資源、陸地に起因する海洋汚染など、グローバルではなく地域レベルの、ときには途上国だけが関係する環境問題が出現した場合に、グローバルパートナーシップアプローチの線に沿って処理できるだろう。18の海域で実施されている地域海プログラムではこの方法が成功しており、しかも手持ちの財源だけでやり繰りできている。その他の問題、例えば全地球的な範囲におよぶ地球温暖化、気候変動や侵入生物種などの問題は、純粋な漸進的変化アプローチに沿って処理できる。したがって、グローバルなパートナーシップよりも地域のパートナーシップのほうが成功する見込みが高い。ただし、すでにある環境問題への取り組みに何百万ドルもの金をかけている先進国は、途上国に対する経済援助の約束を躊躇するかもしれない。バラスト水によって北米海岸に持ち込まれた侵入生物種に取り組むプログラムはその一例である。米国政府が1989年から2000年にかけて侵入性ヨーロッパゼブラ貝の規制措置にかけた出費は7億5000万ドルから10億ドルにもおよぶ。14
 
40. 前述の政府レベルの枠組には、NGOや企業からの支援と参加も必要である。また、新しい地球環境体制の妨げとなる障害物を払拭するうえで、有権者や草の根運動からの支援が力を発揮するだろう。環境NGOのグローバルネットワークは今後間違いなく大きくなり、国境を越えた連携を強めるだろう。NGOは、財団からの財源を拡大し、近代的な通信手段を利用しながら世界各地の活動家を奮起させ、世論を高め、その政治的影響力を増すだろう。
 
41. 企業はこれまで、環境保護と持続的経済成長とが両立可能の目標であることを学んできた。良識ある企業は、持続可能な開発が会社にもたらす利益に気づきつつあり、自身の営利本位の業績と社会や環境への配慮を一元化するための方法を模索している。この問題は、多数の大手企業が参加する国際商業会議所や持続可能な開発に関する世界実業評議会など、数々の主要産業団体で支持されている。15司法もまた、強力なサポーターとして海洋安全保障支援の枠組の中に取り込まなければならない。どの国でも司法は、学識と良識を兼ね備えた裁判官を配置した独立機関である。インドの最高裁判所はこれまで環境問題を単独で裁定してきたし、インド政府を問責したことさえある。例えば、デリーの深刻な大気汚染状況を踏まえ、公共バス、タクシー、原動機付き軽三輪車のすべてを圧縮天然ガス(CNG)仕様に改装する命令を出したことがある。正当な猶予期間を経た後にヤムナー川を汚染する企業の全面閉鎖を命じたこともある。そのおかげで大気汚染やヤムナー川汚染の状況は劇的な変化を遂げた。
 
結論
42. 新しい“海を護る”の概念は、総合的な海洋安全保障のための包括的アプローチを意味する。軍事・国家の安全保障であれ、輸送、食糧、環境、生態系の安全保障であれ、あらゆる安全保障は相互に関係し合っている。テロ行為や海賊行為は海の安全を脅かす物騒ではっきりと目に見える脅威だが、実は我々の資源や環境、生態系バランスに対する目に見えない潜在的脅威のほうが大きい。目に見えない脅威は、海を静かに、しかし確実に死に追いやるからである。我々が直ちに行動に踏み切れば、すべてが失われることはない。海洋資源・環境にとって最大の脅威は、人口の爆発的増加とグローバリゼーションと開発である。答えは、持続可能な開発戦略を遂行することにある。まずは、人々の意識と教育を通じて政治的意志を築き上げなければならない。次に、地方、国、国際レベルの構造・枠組作りを通じて、海洋環境保護・保存と海洋の平和利用を一元化しなければならない。国連海洋法条約は、いろいろな側面をほぼ全面的に網羅したが、管轄する境界と主権の問題は予見しなかった。海洋ガバナンスのコンセプトは、緊張緩和に始まって、取り締まり、監視、予防・保護措置にまでおよぶ協調的枠組を通じて遂行しなけれならない。海洋ガバナンスの根底には、軍事活動、平和維持、利用、資源採取、環境管理を含む海のあらゆる側面に取り組み、一元化しなければならないという考えがある。
 
43. たしかに協調はきわめて重要なものであるが、南北間では持続可能な開発と環境保護・保存にかかわる財政のことで、絶えずいざこざが生じている。先進国は、債務削減、市場参入拡大、資金援助の約束などの形で援助を提供しながら、持続可能な開発の要求に向けて途上国を後押ししなければならない。また、政府関係機関はもとより、地域社会や企業、NGO、司法もまた「海を護る」概念の責任の一端を担うべきである。ひとつの国の中で、すべての国民が平等の権利を持ち、富者と貧者の両方が等しく開発プロジェクトの恩恵に浴することができるようにするには、虐げられた者たちや非特権階層を持ち上げるための援助と支援を政府から提供しなければならない。それと同じように、この「地球村」の事業や計画の中ですべての国々が対等のパートナーでいられるようにするには、世界の管理運営組織(World Administration)が、途上国をはじめとするすべての国々に十分な財源を保証しなければならない。
 
1 Lawrence Juda, International Law and Ocean Use Management; Routledge, London; 1996
2 John Temple Swing: What Future for the Oceans - Foreign Affairs Sept - Oct 2003
3 James Lovelock: "The Ages of Gaia: A Biography of our living Earth" New York : Norton, 1998
4 Colin Woodard: Ocean's End: Basic Books: 2000, New York
6 Times of India, Mumbai, 09 Oct 2004
7 United Nations Environment Programme; The State of Marine Environment; Oxford, England, Blackwell Scientific Publications, 1991
8 NEA 230 of 21 Sep 2004
9 World Summit Secretary General Nitin Desai at the World Economic Forum meeting in New York, 04 Feb 2002
10 Krishna Saigal: Article on "National Institutions of Governance in Marine Affairs of India"
11 Maurice Strong: Stockholm Plus 30, Rio Plus 10'in World's Apart by James Gustave Speth ; Island Press 2003, Washington DC
12 ibid.
13 Gareth Porter et al: Global Environmental Politics: Westview Press 1991 - Boulder Colorado
14 Sarah McGee, Proposals for Ballast Water Regulation: Biosecurity in an Insecure World, 2001 Colo. J. Int'l Envtl. L. & Pol'y.
15 World Summit Secretary General Nitin Desai at the World Economic Forum Meeting in New York on 04 Feb 2002


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