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総合的な海洋の安全保障 ― 政治的意志、政策および制度的な枠組み
John C DeSilva
インド海軍退役中将、海洋保全・海洋研究センター理事長
 
要約
 新しいミレニアムを迎え、国家安全保障の概念は変化しつつある。その幅が広がる一方で複雑さが増し、相互の結びつきを深めている。そこには、21世紀の経済・国際関係のグローバリゼーションがさまざまな形で反映されている。このグローバリゼーションには海上貿易・海上輸送が大きく関わっている。従って向こう数十年間は、とくに米国、イギリス、日本やその他の先進海洋国にとっては、海上の安全保障は極めて重要な課題となるであろう。これまで海は常に重要な存在であったが、今日海に別の焦点が注がれている。海は食糧、エネルギー、輸送、貿易、コミュニケーション、レジャーの大切な源であり、これからもそうあり続けるだろう。今後は、これらのニーズに応える安全で安定した供給源として海を維持することが、継続的な課題となるであろう。
 
 海がひどく病んでいることが最近の研究で明らかにされている。人口の爆発的増加とそれにともなう産業化と開発によって、海は、最後にたどり着く大きな掃きだめとして利用されており、食糧資源(魚類)や生態的バランスを保つ生体バイオマス、非生物資源などが危険にさらされ、気候変動や地球温暖化を左右する要因に混乱を招いている。これは主に、陸上に起因する海洋汚染や大気汚染、沿岸開発にともなう湿地帯や海洋生育環境の変化、バラスト水によって運ばれる外来侵入種によるものである。その答えは人口の安定化と持続的な開発にある。1982年の国連海洋法条約は、沿岸諸国の権利と義務とともに、海域の境界を定めた。しかし、船舶のみならず、魚や海洋生物、海流、汚染など、海においては何もかもが、人間が作り出した境界にとらわれることなく自由に動きまわる。世界中の国々が長きにわたって国民の幸福を実現しようとするならば、環境を護るための方法を見つけなければならない。個々の国家レベルでの主権や規制政策では、環境安全保障に関わる問題を成就できるとは保証できない。国民の幸福を脅かす脅威はいつも国境の外で発生するだけでなく、国家レベルの是正措置では手が届かないところにあることもある。
 
 持続的な開発の針路を取るためには、それぞれの国が自国のレベルで活動を調整し、なおかつ地域・地球レベルで他の国々と協力するための手段とメカニズムを見つけなければならない。国連はこれまで、その各種組織と加盟国を通じて数々の条約・協定を取りまとめ調印してきた。しかし、実際に前例があるように、協定に署名したからといって、協定が守られるとは限らない。南北の不一致、人口の爆発的増加、財力などが障害となる。改善策はあらゆるレベルでの活動を通じて進めるべきものである。また、人々の意識や教育、政治的意志、自制心をも求められる。これらがそろって協力と成功が確かなものとなる。各種の国際協定を促進するためには政府からの働きかけも不可欠だが、協定の順守を徹底するには、民間の環境団体や企業、司法をはじめとする社会のあらゆる部門からの働きかけと協力も同じように重要である。そしていうまでもなく先進国は、債務削減や市場参入の拡大、環境協定順守への見返りとしての資金の約束といった開発援助を通じて開発途上国を助けなければならない。さらに援助の一環として、経営・技術分野での人材教育も行うべきである。最後に、環境破壊の最大の原因は貧困であり、世界の貧困層を改善するための措置を講じなければならない。国政と国家間で良識ある管理・協力を実現するには、地方、国、国際レベルでの政策作りが求められる。
 
 この総合的な海洋安全保障の概念を、断片的にではなく総体的に取り扱う国内・国際組織を作らなければならない。世界と地球の生命を守るには、国レベルと地域・地球レベルの双方から海洋安全保障のさまざまな側面を総体的に調整することが不可欠であり、すべての国々が真の協力精神をもって事にあたらなければならない。
 
総合的な海洋の安全保障―政治的意志、政策および制度的な枠組み
John C DeSilva
インド海軍退役中将、海洋保全・海洋研究センター理事長
 
1. 初めに、2002年と2003年に「地球未来への企画“海を護る”」会議を開催し、さらに今回の会議を開催するなど、さまざまな取り組みを通じて海洋環境の危険を訴えてきた秋山昌廣氏とシップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所の皆様に祝辞を述べたいと思います。また、今回の会議にお招きいただき、私たちの次の世代、そのまた次の世代のために海とその遺産を守り、私たち以上に海の恵みを享受できるようにするという、私にぴったりのテーマで意見を述べる機会を与えていただいたことに感謝します。
 
序文
2. 100年ほど前、世界は力の政治と植民地化に苦しんでいた。産業革命は新しい技術をもたらした。電気と蒸気と鉄でできた船が登場し、西洋諸国は場所と原料を捜し求めていた。地球のことなどほとんど気にかけず、ましてや海のことなど意に介さなかった。当時の海とは輸送の手段であり、沿岸住民の食糧となる魚を意味していた。海は大きな仕切りのようなもので、性能に優れ、より安全で完全武装した船を使ってその仕切りを乗り越える術を会得した者たちが新しい領土を支配し、植民地化できた。原料を安く手に入れ、完成品を植民地に独占的に売りつけて富をなした。産業革命の技術から取り残されたアフリカ、アジア、南米の被植民地国は立ち遅れ、かくして先進国と途上国とに分かれる趨勢が定まってしまった。
 
3. 当時の地球の人口はわずか15億人だった。農地を増やすため森林は見境なく伐採された。海は、地球のあらゆるごみがたどり着く、無限の、底なしの掃きだめと考えられていた。海のことが初めて気になりだしたのは、漁業資源の減少が続いたときだった。1950年代と1960年代になると、海の生物資源保護に対する関心が一層高まった。この時点で世界の人口は30億人を超えており、陸と海の資源では足りないように思われた。ただし当時の国際法体制は、国の領海を 3海里と定めた近代国際法の父フーゴー・グロティウスの時代から大して変わっていなかった。3海里から先は公海、すなわちどの国でも自由に航行、使用できる万国の共用部分であった。1大陸棚の制度は、沖合石油採掘の可能性が現実のものとなり、採掘を規制する法的枠組が必要になってようやく登場した。マンガン団塊採鉱と沖合石油開発は、その利益を手にするのは誰か、誰がどうやってそれを規制すればいいかという疑問を投げかけた。
 
背景
4. どんな環境調査、最近の環境調査をもってしても、海はその大半がいまだに未知の領域である。地球の海よりも宇宙のことの方がよくわかっているし、宇宙の研究には海洋研究の10倍もの金をかけている。しかも、海洋研究の予算は切り詰められている。海底で地図化されている部分は5パーセントにすぎず、科学者たちが深海のようすをつかみだしたのはここ数年のことである。2実際我々は、地球以外の星で生命の痕跡を探し始めるようになってやっと、地球の生命にとっての海の大切さを実感するようになった。金星と火星には水がなく、ほとんど二酸化炭素だけの大気に覆われた不毛の地である。窒素と酸素が主体の大気を持ち、表面の大部分が液体状の水で覆われているのは、太陽系の中で地球ただひとつである。地球には生物もいる。これらの3つの要素が互いに関係しあっていることは科学者たちの確信するところである。3かくして新たな関心が深海に寄せられるようになった。地球上に生命が生まれた30億年以上前には、地球の大気の状態は今日の金星のようであった、つまり、そのほとんどが二酸化炭素で占められていたとする学説がある。火山が噴火し隕石が衝突する当時の条件は、生物にとってよいものではなかった。海の環境は安定していたし、生命の化学的成分を含んでいた。光合成やDNA、RNAの生物学的活性のためには液体状の水が必要である。生物は海の中で進化し、何百万年もかけて大気の化学的性質を変化させた。4海底の、とくに温泉の近く、深海流が海面にまで上昇する湧昇部分と構造プレートの継ぎ目の部分で見つかった生物多様性を示す希少なサンプルは、熱帯雨林で見つかるそれに比肩しうる一連の生物種を示しており、しかもそれらは華氏数百度の温度で、非常に高い圧力のかかる深い酸素のない環境で生きているのである。最後の辺境は宇宙ではなく海である。
 
5. 世界中の人々に食糧とリクリエーションを提供する海は、世界貿易のハイウェーとして利用され、有用なエネルギーと非生物資源を生みだす広大な源であり、世界の気候と生物多様性をコントロールする。残念ながら海はまた、文明が生みだす全ての廃棄物が最後に行きつく場所として何気なく、あるいは、それと知って、利用されている。沿岸地域を中心とする人口の爆発的増加と技術の進歩によって、我々は海が持つ自然の摂理をかき乱し、再生可能な資源を使い尽くし、その自然の美を損ない、最後には海を危ういものにし、軍事力を行使したり不安をかきたてたりするための手段と化しながら海を侵害してしまった。
 
海を護る
6. 数十年前まで海は無限と考えられていた。厄介なことに、我々人類はそれまで海ついて十分な研究を行っていなかったし、海についてはほとんど何もわかっていなかった。過去半世紀にわたる人口の爆発的増加と、性急で行き当たりばったりの開発と、魚の乱獲と、無節操な資源利用と、野放しの汚染とによって、海は今ひどく病んでおり、今すぐ何か手をうたない限り死の危機に瀕している。人口と開発は後戻りできないから、海を守るには何か別の処置をとらなければならない。国際連合機構(UNO)はこれまで、その主導のもと数々の会議を開催し、各種の問題についてさまざまな行動計画・規則を公布しているが、それが成功するかどうかは国連加盟国の順守と協調・協力にかかっている。ただし、国連レベルと地域レベルと国レベルのさまざまな問題が別個に、ばらばらに扱われている。ここに、海洋とその脅威に関係するあらゆる問題について包括的にアプローチする必要がある。これこそが、新しい海洋安全保障の概念「海を護る」である。この概念は、軍事、輸送、食糧、環境、生態系の保全など、海洋とそれに関わるあらゆる側面の安全保障を視野に入れたコンセプトである。
 
7. 国連海洋法条約は、領海、群島水域、海峡、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、および公海の諸海域に海洋を分割し、特定の海域に対する主権を沿岸諸国に与えた。資源に対する権利を持つ沿岸諸国にとって、その権利よりも重要なことは、資源やバイオマスを守り、維持する義務・責任があるということだ。ところが、海洋の汚染や生物資源は境界線を意に介さない。つまり、ストラドリング魚種や高度回遊性魚種、侵入生物種、保護、地球温暖化、海洋汚染などの問題は、特定の国の特定の領域に限定できるものでなく、人が作った境界を越え、地球的な地域的な影響力を持つ。例えば、人間の生活圏から遥かに離れたカナダの北極地方でさえ、食物網のあらゆるレベルで5、DDTやPCB、重金属、工業用化学薬品が見つかっている。したがって、海洋の問題は一国の問題でなく、すべての国々の責任、さもなければ特定の地域に含まれる国々の責任、特定の水域に面する国々の責任なのである。
 
8. 国家安全保障はセキュリティの形としては最古のものであり、人類が船を使って航行する術を会得して以来、国家安全保障の最重要要素は海上保安だった。海上保安は概して、ハイテクを駆使した船と強力な武器を持つ海軍を作り、増強することによって達成された。問題のほとんどはいつも近隣諸国間で起こり、強い海軍が抑止力となる一方で、その多くは協定や条約や話し合いで片づけられた。「地球未来への企画“海を護る”」に関する2003年度会議で明らかにされたとおり、環境と平和は互いに結びついており、環境・食糧・輸送の安全が危うくなると2国間で戦争や小競り合いが生じる。世界がこのことに気づきつつあるのは喜ばしいことである。今年は初めて環境問題の専門家であるケニヤのワンガリ・マータイ女史にノーベル平和賞が授与された。ノーベル委員会は「地球の平和は生物環境を守れるかどうかにかかっている」と述べた。さらにマータイ女史は「資源が破壊されると少なくなった資源をめぐって争いが生じるので、平和にとって環境はきわめて重要」と語った。6複数の国々が緊密に協調することで環境・食糧・輸送の安全が向上し、ひいては海洋全体の安全向上につながることもわかっている。
 
9. 輸送の安全には、船舶と貨物、乗客と乗組員を海賊行為やテロ行為から守ること、海での人命を守ること、航行の安全、捜索・救助、密輸、麻薬密売、人身売買を防ぐことなどが含まれている。また、船底の有毒塗料など、船舶に起因する汚染や海洋投棄を防いだり、バラスト水の規制によって外来侵入種を防いだりする必要もある。食糧・資源の安全保障では、ストラドリング魚種や高度回遊性魚種を含む漁獲制限、持続可能な開発戦略の追求、海洋保護海域の通知などを含む。環境安全保障では、環境保護・保存、船舶や陸上に起因する海洋汚染の防止、石油流出対応準備、あらゆる新規開発にともなう環境影響評価、地球温暖化や気候変動、オゾンホールの抑制のための温室効果ガスやフロンガス(CFC)の排出規制などに取り組む。生態系の保護では、マングローブやサンゴ礁、湿地帯の破壊の防止、海洋生息環境の変化の防止、大規模海洋生態系(LME)や特別区域、特別敏感海域(PSSA)の宣伝普及などを含む。その行動計画は総じて持続可能な開発戦略を徹底するものである。持続可能な開発とは、現在のニーズを満たし、なおかつ未来の世代のニーズをも満たせる形で開発することである。多くの専門家が同意するように、経済的観点から見た持続可能な開発には、自然の資本を消費するのではなく、自然の利息で食いつなぐことが要求される。
 
10. 本論文の狙いは、「海を護る」の概念を実施するための政治的意志と政策と制度的枠組を論じることである。すでに述べたように、人口と開発と環境と平和は互いに関係し合っている。人口と開発は海洋環境の保護・保存に反比例する。人口が増えれば増えるほど消費と住宅と汚水とごみは増え、汚水とごみはことごとく最終的には海にたどり着く。人口増加は汚染源の増加を意味する。したがって、人口規制こそが環境保全や持続可能な開発の重要な側面となる。人口はできるだけ早期に安定させなければならないし、それは人々の意識と教育を通じて可能である。そこで、教育にも目を向ける必要がある。
 
11. 開発が進むと産業、農業、輸送手段、港、施設などが増え、最終的には水中や空気中に投じられる産業生産物や流出物、排出物が増える。海洋汚染源のうち、海洋投棄(10%)と船舶からの流出(12%)と沖合石油・ガス(1%)が23%を占め、空気中への排出(33%)と陸からの流出物(44%)が77%を占める。7開発はまた、海洋生育環境の変化や湿地帯の侵食をも意味する。米海洋政策委員会が先ごろまとめた報告書によると、米国では今日までに淡水・海水湿地帯の50%余りが改修されたり、破壊されたりしている。8だからこそ持続可能な開発が求められるのである。持続可能な開発は、汚水やごみや産業廃棄物や流出物を、海に放出される前に処理すること、そして漁獲量その他を制限することを意味する。そのための施設を建設するには莫大なお金が必要になるので、資金調達が環境保護や持続可能な開発の重要要素となる。財源が不足している途上国では、持続可能な開発の要求に応じることができないという悪循環に陥っている。汚染物質や生物種にとって海の境界は虚構にすぎないから、ある一国の問題は他国の不安につながる。したがって、環境保護や持続可能な開発の取り決めに応じる余裕のない国々には十分な財源を用意することが不可欠である。資金調達はこれまで、協調の妨げとなってきた。1日の稼ぎが1ドルに満たない人口が世界の5分の1を占め、8億人の人々が栄養失調になっているさなか9、明日の食物にありつけるかどうかもわからない彼らに、孫たちのために地球を守れと説いたところで、易々と納得しないだろう。内戦と飢饉で荒れるスーダンのダルフールで、飢餓に直面しながら環境保護に取り組む難民たちの姿は想像しがたい。金に余裕のない国々の計画に資金を提供することが、余裕のある国々にとっての倫理的責任である。
 
意識、教育、政治的意志
12. 地球上の生命は海の中で生まれ、陸地にまで広がった。さらにそれは人類という最も高度で発達した生命の形にまで進化したわけだが、悲しいかな、正にその人類が今では、自らの故郷にあたる生育環境を、すなわち、海を知らず知らずとはいえ破壊しているのである。「金の卵を生むガチョウを殺す」という諺のとおりである。私は「知らず知らずに」と明言する。なぜなら、海の運命に人々が気づいていたら、もっと慎重になれただろう。自覚を持つことは大切である。海は国境で区切られ、それぞれの国には責任があるが、海の生物多様性や天候や環境に境界などなく、人が作った人工の境界を越えて自由に行き来する。教育水準が高い国々では意識も高いが、この継ぎ目なき状況、すなわち、ある一国の問題を別の国の問題として解決しなければならない状況では、あまり意味をなさない。しかも、意識の水準が高い人々の間でも、「自分の国でも、地域でも、海でも、浜でもないのに手をうつ必要がどこにある?」という気持ちが残っている。グローバルなスケールで海を大切にしないと、その毒は、最終的には自分たちのところにまで達し、死に追いやることに気づいてないのである。
 
13. 意識の水準が最も高いのは科学者と環境運動家であり、ついで知識層、実業界、最後に一般人である。私たちが環境・海洋危機の問題に取り組むには、政治的意志を持たなければならない。この政治的意志とは必ずしも政治家の意志ではなく、むしろそれは人々の意志、社会的意志であり、その結果としての政府の意志である。規制や条約、協定の順守を徹底する意志であり、協調・連携の意志、海を護るための行動を起こす意志である。もしも社会的意志が不在なら、それはすなわち海洋汚染や環境危機について無知な一般市民を意味し、その一般市民が選ぶ国会議員に事情通を期待できるであろうか。つまり、地元の人間が海洋汚染を優先課題として捉えないなら、国会議員や政府もまたしかりである。事実、国会議員の大半は、海洋環境に関する知識や意識をほとんど持ち合わせていない。インドの選挙で海洋環境が問題になることは絶対にないし、政党のマニフェストで言及されることすらない。幸い、最新の問題を政府に伝えるシンクタンクやアドバイザーは存在するが、環境、とくに海洋環境は、それ相応のプライオリティを獲得していない。ほとんどの人が、海は無限で、陸からたどり着くがらくたのすべてを永遠に受け入れてくれると考えている。ようするに彼らは、このテーマについて教育を受けなかったがゆえに気づいていないだけなのである。
 
14. したがって、教育の問題がからんでくる。幸い、識字率は過去20年の間に上昇しているが、まだ十分ではない。また、子供の教科書に目を通してみて、環境に関する教訓が1つか2つは見つかるかもしれないが、海や海洋環境については何一つ見つからないだろう。私の組織、すなわち海洋保全・海洋研究センターの目標のひとつに、人々の意識向上がある。このほかに、海洋環境に関する教えを子供の教科書に盛り込むことで、少なくとも15年先には(手遅れにならないことを祈る)、彼らを見識ある市民にまで育てあげるという目標がある。自覚を持つということは、自らの責任を明らかにし、自制心を働かせることでもある。このほかに、ビジネスの世界をお手本にし、宣伝広告や印刷物の記事、電子メディアのゴールデンアワーのストーリー、ディスカッションやホームコメディ、セミナーや会議などに交えながら一般大衆の意識を高める方法もある。ビジネスの世界では、広告会社が製品を売りこむための新しいノウハウをたくさん持っている。それと同じ要領で環境意識を高めるのである。一部のNGOは、デモや行動を通じてマスコミの注目を集めるという革新的な方法を実践している。意識と教育は人々に、そして社会的意志に影響を与え、ひいては政府の意志に影響を与える。その政府の意志こそが政策を作るのだ。願わくは、このようにして政治家たちの意識も向上させたいものである。今のところ、ほとんどの人々が海について知っていることといえば、たとえ学位がある人でも、海が世界の表面の4分の3を占めていること、船が航行し貿易を営む主要な媒体であること、沖合で多くの石油が生産され海上輸送されていることぐらいである。もちろん、魚が海で獲れることくらいはわかっているが、それ以上のことは知らない。海がどれだけ痛めつけられているかを確かめるため、浜辺を歩く人はあまりいない。インドの例を引き合いに出したが、途上国のほとんどで状況に大差はないだろう。
 
15. インドでは映画と映画スターの人気が高く、映画スターのファンクラブがいたるところにできている。これと同じ要領で、すべての学校に、大学に、地方に、海のファンクラブを作る必要がある。世界自然保護基金(WWF)やグリーンピースなど、グローバルな環境団体はいくつか存在するが、海専門のグローバルな海洋環境団体はない。そこで私は、シップ・アンド・オーシャン財団(SOF)の主導のもと、赤十字国際委員会(ICRC)やWWFに匹敵する、たとえば「オーシャンセーバー」といった名称で、海洋安全保障の概念を専門に扱う全世界的規模の団体を設立することを提案する。また、政治的意志を築き上げるには、マスコミや電子メディア、実業界とのパートナーシップを築き、意識の普及にあたる必要がある。海洋安全保障にあたって、企業とメディアが大きな影響力を持つ重要な利害関係者であることを忘れてはならない。
 
政策
16. 以上、海洋を救う上での問題点を確認したうえで、これからの方針を具体化する必要がある。つまり政策を立案し、我々の行動規範となるガイドラインを定めなければならない。この海を護るための政策は、海に関する長期的なビジョンと目標に根ざしたものとなるであろう。
 
ビジョン
17. 長期的な海洋ビジョンとは、安全で、清潔で、繁栄し、持続可能な形で管理され、平和につつまれ、人々が人間としてのさまざまな願望を満たすことのできる海洋・沿岸を作ることである。海とそれに関係する経済は、一国の所得と雇用に大きく寄与する。海は、輸送、食糧、エネルギー、鉱物、化学薬品、医薬品、娯楽など、さまざまな産業・用途を支えながら引き続き経済に貢献するべきであるが、それと同時に、持続可能な形で開発し、高度な生物多様性と危機に瀕する生育環境を維持しなければならない。ある一国における生態学的に持続可能な開発が他国の利益を害することがあってはならないので、すべての国と国との間で海洋ガバナンスの調整を図り、さらに各国の省庁間でも円滑な調整を図らなければならない。NGO、企業そして世間一般もまた海洋ガバナンスに関与しなければならない。
 
18. 環境保護・保存と生態系の保全と持続可能な開発は、人々の意識と教育と政治的・社会的意志にかかっているので、将来的にはエコロジー・環境大学や持続可能な開発に関する経営者向け学習課程、海洋に関する子供・学生向けの基礎教育などが考えられる。また、将来の海洋関係の組織には、先々の海洋状態を予測し、意志決定者や海の利用者に役立つような研究・観測組織や監視組織も含めるべきである。
 
主要戦略
19. 主要戦略:
a)人と人、国と国との対立を招く恐れのある問題地域を監視し、手遅れになる前に対話のお膳立てをするための戦略。
b)環境保護と生態学的に持続可能な海洋・沿岸開発のための国家・国際戦略。
c)生物多様性を保全するための国家・国際戦略。
 
目的・目標
20. 海を護るための当面の目的と目標:
a)好戦的・半社会的活動のための海洋利用をなくし、海洋の平和利用を徹底する。
b)海洋の生物多様性を理解し、監視し、保護する。
c)環境を保全し、海洋・沿岸の劣化を防ぐ。
d)経済的に持続可能な水産業を通じて経済的発展を促進する。
e)地域住民の利益とニーズと責任を確認し、合意を得たうえで、その便宜を図る。
f)海洋・沿岸に関係する経営科学、技術、エンジニアリングのノウハウを伸ばし、活用する。
 


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