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東京宣言「海を護る」
 「海を護る」とは、海洋のガバナンスの実行を、安全保障の視点で捉えた総合的な安全保障の概念である。それは、軍事、平和利用、資源、環境、科学調査などに関する海洋の様々な管理が統合的に行われることを求めている。
 
 「海を護る」概念は、海洋の問題全体に総合的、かつ、統合的なアプローチを提供し、これまでの縦割りの限定的な取り組みパターンを大きく改善するものである。
 
 この「海を護る」概念が、海洋のガバナンスの重要性についての各国の理解を深め、個々の沿岸国が行う主権の行使と国連海洋法条約及びアジェンダ21体制が採択した海洋ガバナンスとの間の調和を構築することを希望し、
 
 こうすることが、世界の海の平和と持続可能な開発を実現し、もって人類の生存と繁栄を確かなものにするものであると確信し、
 
 国連海洋法条約及びアジェンダ21体制が既に各国の約束済みの国際合意であり、その実現のために各国の協力と協調が不可欠であることを再確認し、
 
 今こそ、そのことを政治的意志の表明として、各国および国際レベルで明確にすべき時であると信じ、
 
 私たちは、この新たな安全保障概念「海を護る」の政治的意志の形成とその実行のために、次のような具体的措置を講じることを提言する。
 
I 政治的意志の形成
1-1 各国および国際組織への提案
 各国政府および国際連合その他の国際機関に、新しい安全保障の概念「海を護る」の普及と実現に向けた取り組みを行うことを提案する。
 
1-2 国際的な海洋シンクタンクの設立
 「海を護る」ために国際的に活動する海洋シンクタンクが設立されるべきである。本海洋シンクタンクは、政策研究や調査研究活動の他、地域各国の海洋研究所の情報ネットワークセンターとなること、海洋研究者の国際会議を開催することなどが期待される。
 
1-3 アウトリーチ・プログラムの確立
 海洋の共同財産としての重要性にかんがみ、「海を護る」ための学校教育の拡充と市民意識の向上が図られるべきである。その一環として、「海洋大使」制度や、「海を護る」ことに貢献した海洋貢献者の表彰制度の導入を提唱する。
 
1-4 海洋問題に係わる調整メカニズムや横断的組織の設置
 各国は、海洋に係る調整機構や、横断的な海洋行政組織を設置し、海洋問題に対し統合的にアプローチしなければならない。
 
1-5 「海を護る」国際会議の定期的開催
 「海を護る」国際会議が、各国、国際機関、NGO、学界、地方政府などの幅広い参加の下に、定期的に開催されるべきである。会議と同時に、各国首脳による海洋サミットや閣僚会議も開催されるべきである。
 
II 「海を護る」の実行
2-1 紛争予防・環境保護システム
 地域国際社会において、信頼醸成と紛争予防及び生態系と環境保護のためのシステム及び戦略が構築されなければならない。平和と環境のための行動規範、紛争の平和的解決のための標準、汚染対処マニュアルなどが策定されるべきである。
 
2-2 監視・モニタリング・法施行システム
 各国は、海賊、海上テロ、不法取引、漁業、環境、不法海洋投棄等に対する監視・モニタリング・法施行のためのシステムを構築すべきである。
 
2-3 情報の共有
 海賊、海上テロ、不法取引、違法漁業、環境汚染、海洋生態系などに関する情報は、各国及び地域国際機関において共有されなければならない。関係者は、情報の交換を促進するためのシステムを構築すべきである。
 
2-4 利用国による応分の分担
 利用国は、沿岸国の海洋管理責任遂行上の負担を認識し、沿岸国に対して適切な資金、技術的な援助をすべきである。各国及び国際機関は、そのような協力を促進する制度構築に努めるべきである。
 
2-5 能力構築のための国際協力
 「海を護る」ための能力構築については国際的な協力が必要である。利用国は、特に発展途上の沿岸国に対して、物的・人的資源の援助を提供すべきである。
 
 この宣言は、26人の著名な海洋法と海洋政策の専門家による3年にわたる討議の成果であり、東京で2004年12月2−3日に開催されたシップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所主催第3回国際会議“地球未来への企画「海を護る」”で採択されたものである。
平成16年12月3日
日本国 東京
 
第3回国際会議「地球未来への企画“海を護る”」参加者
栗林 忠男(議長) 東洋英和女学院大学教授、慶應義塾大学名誉教授
Etty R. Agoes インドネシア パジャジャラン大学教授
Sam Bateman オーストラリア ウーロンゴン大学海洋政策センター教授
Robert Beckman シンガポール シンガポール国立大学法学部教授・副学部長
Chua Thia-Eng 東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)
地域プログラムディレクター
John C DeSilva インド インド海軍退役中将
海洋保全・海洋研究センター理事長
Gao Zhiguo 中国 中国国家海洋局海洋発展戦略研究所上級研究員
Abd. Rahim Hussin マレーシア マレーシア首相府国家安全保障局海上安全保障部長
Merlin M. Magallona フィリピン フィリピン大学法学研究センター所長
フィリピン大学法学部教授
Stanley B. Weeks 米国 国際応用科学協会上級研究員
奥脇 直也 東京大学大学院公共政策研究部教授
河野真理子 早稲田大学法学部教授
秋山 昌廣 シップ・アンド・オーシャン財団会長
寺島 紘士 シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所所長
秋元 一峰 シップ・アンド・オーシャン財団海洋政策研究所主任研究員
 
新たな概念の意義
<海洋の役割>
 人類社会の発展と繁栄は、通商交易のための海上交通路の利用、漁業資源の確保、海底の石油、天然ガス、鉱物資源の開発利用、産業及び生活空間としての沿岸域の開発と利用に大きく依存している。さらに遡れば大量の水を湛えた海洋環境そのものが地球上の生物の生存を支えており、地球上の表面の7割を占める海洋は人類の生存と繁栄の基盤である。
 
<海洋と人類の関係変化および安全保障概念の変化>
 しかし、近年、世界の海洋では、海洋資源の開発及び利用を巡る対立が深まり、ふとしたことで国家間の紛争が生じ、軍事的緊張が高まっている。また、東西の冷戦構造の崩壊後、各地で冷戦構造の重石の下では目立たなかった宗教や民族の対立から武力紛争が多発し、また想像を超えたテロが発生している。そして、貧困や生活に起因する不満が対立に発展している。
 さらに、世界では、先進国を中心に大量生産、大量消費、大量廃棄という生活様式が進展し、他方で、南北格差拡大に伴う貧困問題が各地で深刻化している。これらに伴い、水質の汚染、資源の乱獲、沿岸域の急激な開発等により海洋環境の悪化、海洋および沿岸域の生態系の破壊、海洋資源の減少・枯渇が進行し、海賊、テロその他の不法行為が頻発している。その上、温室効果ガスによる地球温暖化がもたらす気候変動や海面の上昇のような地球規模の環境問題が顕在化し大問題となっている。
 これらは、海洋の安全と持続的な開発利用を阻害し、人類社会の発展と繁栄、延いては人間の生存そのものに対する大きな脅威である。私たち人類は、これまで抱いていた「無尽蔵に豊かな資源と無限の浄化力を持つ海」という海洋観とそれに基づく『海洋自由の原則』というパラダイムの修正を迫られている。
 同時に、グローバリゼイションが進み、世界規模で貧富の差の拡大と貧困化が進行した結果、平和とは、「単に戦争や紛争がないという状態」だけを指すのではなく、「人々が人間として要求する様々な価値が満たされた状態」を指すべきだという新しい考え方、そして、これを担保するための包括的、積極的内容を持つ「総合的安全保障」、「人間の安全保障」のような新しい安全保障の概念が多くの人々に支持されるようになった。
 
<海洋の管理と沿岸国の主権等との調整>
 このような状況の中で、1994年、国連海洋法条約が発効し、その2年前の地球サミットの成果とあいまって、海洋の持続可能な開発と海洋の総合的管理、即ち海洋のガバナンスを目指す新たな取り組みが世界の海で現実の制度としてスタートした。海域の管轄に着目すれば、それまですべての国に開放され、実際上は能力のある国が開発、利用し、その管理に委ねられていた広大な公海の4割強を占める海域が、沿岸国の主権、主権的権利、及び管轄権の及ぶ海域に移行した。
 しかしながら、国連海洋法条約体制は、本来一体性の強い海洋を、その機能とは無関係に、原則として陸地からの距離によって区分して、距岸200海里にも及ぶ広大な海域の管理を沿岸国に委ねたが、それをするにあたって、様々な海洋の平和利用を促進しつつ海洋生物資源の保存および海洋環境の保護・保全を図る、という海洋の法秩序を確立するためには世界各国がどのように協働するべきかについては、必ずしも明確な仕組みを予め用意していたわけではなかった。このため、世界の海では国連海洋法条約・アジェンダ21体制が企図する海洋の総合的管理と沿岸国の主権等の行使が、整合しない事態がしばしば生じている。
 例えば、沿岸国の管轄海域が拡大して直接隣接国との間で引かれることとなった領海等の境界は、ときに海上犯罪に対する取り締まり当局の追跡を遮断して犯罪者の逃亡を助ける役割を果たし、密輸、密入国、海賊・武装強盗さらには海上テロなどの越境的な海上犯罪を助長している。また、島嶼の帰属やEEZ、大陸棚の境界に関する国家間紛争も発生している。さらに、環境汚染は主権や管轄権といった境界にお構いなく管轄海域を越えて拡散し、海洋生物もまた、個々の主権や主権的権利の及ぶ海域だけには止まっていない。
 個々の国の管轄海域の垣根を越えた国際協調と国際協力がなければ海洋の総合的管理の実行は難しい。「海を護る」の概念のもとに国連海洋法条約・アジェンダ21体制と沿岸国の主権等の行使との間の調和と協働関係の構築が喫緊の課題である。
 
<海洋の総合的管理のための協働関係強化の必要性>
 多くの国々が主権国家としてその統治を最優先課題として、主権に関わると判断した問題については国際協調よりも国内統治を優先しがちであった。
 しかしながら、人間の住む陸域より2倍以上広い海洋は、本来国際的性格を強く持っており、それ故に国連海洋法条約・アジェンダ21体制は、人類の生存と繁栄を確保するため海洋の持続可能な開発を目指すという重要な目的を達成するための国際約束として合意されたである。それは、必ずしも沿岸国の主権等を不当に制約し、不利益をもたらすものではない。かえって、各国が海洋の総合的管理に積極的に参加することによって国家の基盤も確固たるものになるのである。各国はそのことを十分に理解し、自らと人類全体の利益のために、「海を護る」の概念の具体化を目指して、国連海洋法条約・アジェンダ21体制の効率的で調和の取れた実行に積極的にコミットしていく必要がある。


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