日本財団 図書館


はじめに
 本報告書は、競艇交付金による日本財団の平成16年度助成事業として実施した「新たな概念に基づく海洋の安全保障に関する調査研究」の成果を取りまとめたものです。
 
 人類社会の持続可能な発展のためには、海上交通路の安全利用、漁業資源の安定的確保、生活・産業空間としての沿岸域開発など、海洋の持続的な開発と利用が不可欠であり、そのためには、科学技術の発展や国際協力など開発のための努力と共に、海洋の平和維持や海洋の自然環境・資源保護が必要となります。
 しかし、近年、海賊やテロなどによって海上における航行の安全が脅かされる一方、沿岸域の乱開発や、陸上起因・船舶起因による海洋汚染、水産資源の乱獲などによって生態系の破壊や資源の枯渇などが起きており、海洋の持続可能な発展にとって大きな脅威となっています。
 このような脅威を排除して、海洋の平和維持と自然環境・資源の保護を図ることが、海洋の開発とともに人類社会の持続可能な発展の礎であり、21世紀最大の課題であると認識するにいたりました。そこで、従来の軍事を中心とした安全保障の概念を見直し、海洋環境の視点を包含した新たな総合的海洋安全保障の概念“海を護る”の構築を提唱し、さらに、その概念を具体化して、海洋の平和維持と海洋環境の保護を実現していくための法的・政策的枠組みと行動計画の作成を検討してきました。
 平成14年度は、内外の専門家を招聘して第1回の国際会議を開催し、新たな総合的海洋安全保障の概念“海を護る”の重要性を確認するとともに、問題点の所在を明確化しました。
 平成15年度は、その概念のさらなる明確化と普及・実行のための構想を練るとともに、日本やアジア諸国に限らず世界的にも重要なシーレーンが存在し、かつ環境や資源の問題を抱えるマラッカ海峡、南シナ海、インドネシアおよびフィリピン周辺海域などを含む東南アジア海域を念頭に平和維持と環境保護にかかわる問題を抽出するとともに、問題解決のためのメカニズムについて考察しました。
 本年度は、新しい海洋安全保障概念“海を護る”の意味と意義を明確に定義し、それを実行に移すための具体的措置を検討するために、東アジアを中心に世界の9カ国および国際機関から海洋法および海洋政策の専門家を招いて、最終の国際会議を開催し、そこで、参加者の総意として、『東京宣言“海を護る”』を採択しました。
 この東京宣言では、新たな海洋安全保障概念“海を護る”を実現するための政治的意志の形成とその実行について、国際的な海洋シンクタンクの設立、“海を護る”国際会議の定期的開催、紛争予防・環境保護システムの構築、情報の共有、利用国による応分の負担など10項目にわたる具体的措置を講じることを提言しています。今後は、この東京宣言に盛り込まれた提言を実行していくことが重要であると考えており、機会あるごとに関係方面にこのことを訴えていくこととしています。
 海洋から様々な恩恵を受けている人類は、「海洋との共生」を理念として、海洋の側に立って“海を護る”という意識を高めるとともに、海洋問題解決に向けて各国内で積極的に取り組み、また国際間でも共通の認識のもとに国境の枠を越えて協力することが必要と思われます。人類の生存基盤である海洋の総合管理を促進させるために、皆様のご理解とご協力をいただければ幸いです。
 
平成17年3月
シップ・アンド・オーシャン財団
会長 秋山昌廣
 
1. 事業の概要
1.1 事業目的
 人類社会の持続可能な発展のためには、海上交通路の安全利用、漁業資源の安定的確保、生活・産業空間としての沿岸域開発、海底に存在する石油・天然ガス・鉱物資源の開発、波浪発電などの海洋エネルギーの利用、海水成分からの希少元素の採集など、海洋の持続的な開発と利用が不可欠である。
 そのためには、科学技術の発展や国際協力など開発のための努力と共に、海洋の平和維持や海洋資源の保護・管理、海洋環境の保護が必要である。
 海洋の平和維持と海洋資源の保護・管理を含む海洋環境メカニズムの維持保全への配慮と対応は、人類社会の持続可能な発展の礎であり、21世紀最大の課題である。このような認識に基づいて従来の安全保障の概念を見直し、海洋環境の視点を包含した新たな海洋安全保障の概念「海洋の平和維持と環境保護“海を護る”」を構築し、その実践のための取組体制、行動計画について検討し、関係機関へ提起することを目的とする。
 
1.2 事業の実施内容
(1)検討会等の開催
 提言のまとめ方・国際会議の運営等に関して検討会および運営会議を開催し、助言や指導を受けながら事業を実施した。なお、検討会・運営会議のメンバーは次の通りである。
検討会・運営会議のメンバー(順不同・敬称略)
栗林 忠男 東洋英和女学院大学教授、慶應義塾大学名誉教授
奥脇 直也 東京大学大学院公共政策研究部教授
河野真理子 早稲田大学法学部教授
秋山 昌廣 シップ・アンド・オーシャン財団 会長
寺島 紘士 シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所所長
秋元 一峰 シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所主任研究員
事務局
玉眞  洋 シップ・アンド・オーシャン財団 海洋政策研究所研究員
ヴィヴァル・カテリン・リー 〃         〃
加々美康彦         〃         〃
松沢 孝俊         〃         〃
 
(1)第1回打合せ 平成16年4月21日(水)
・事業の進め方
(2)第2回打合せ 平成16年5月11日(火)
・新たな海洋安全保障の概念「海を護る」の必要性の説明要領
(3)第3回打合せ 平成16年5月17日(月)
・宣言案の検討
・国際会議の計画案
(4)第1回検討会 平成16年5月31日(月)
・事業の進め方
・国際会議の開催要領
・宣言案の審議
(5)第4回打合せ 平成16年6月10日(木)
・国際会議の構成
・招聘候補者
(6)第5回打合せ 平成16年6月21日(月)
・国際会議の構成
・宣言案の検討
(7)第2回検討会 平成16年7月9日(金)
・国際会議の実施要領
・招聘候補者リストと提言書の作成依頼
・宣言案の審議
(8)第1回国際会議運営会議 平成16年10月22日(金)
・国際会議の実施要領
・宣言案に対する招聘者からコメント
・提言書
(9)第2回国際会議運営会議 平成16年11月18日(木)
・国際会議プログラム
・配布資料
(10)国際会議事前打合せ 平成16年12月1日(水)
・国際会議の進め方
(11)国際会議の開催
・会議名:「地球未来への企画“海を護る”」
・開催日:平成16年12月2日(木)、3日(金)
・場所:東京都港区虎ノ門1-15-16 海洋船舶ビル10階大ホール
(12)第6回打合せ 平成17年2月3日(木)
・会議録・報告書のまとめ方
 
(2)実施内容
 新たな海洋安全保障の概念「海を護る」を構築し、それを実行に移すための政治的・制度的枠組や行動計画について検討し、関係機関へ提起することを目的に、以下の内容を実施した。
(1)提言書の作成依頼
 「新たな海洋安全保障の概念“海を護る”」の重要性をアピールするための「宣言文」の素案を作成し、内外の専門家にコメントを求めるとともに、新たな概念を実行に移すための政治的・制度的枠組や行動計画の策定に資する提言書の作成を依頼した。
 依頼した専門家と提出された提言書のタイトルを表1-1に示す。
(2)国際会議の開催
 内外の専門家を招聘して、平成16年12月2日(木)、3日(金)の二日間にわたり国際会議「地球未来への企画“海を護る”」を開催し、二日間の討論を経て、参加者の総意として東京宣言「海を護る」―新たな海洋安全保障の提言―を採択した。
(3)海外調査
 海上安全や環境保護に関する国際的な規則作りをしている国際海事機関(IMO)や閉鎖性の極めて強いバルト海の海上安全や環境問題に取り組んでいるバルト海海洋環境保護委員会(ヘルシンキ委員会:HELCOM)などを訪問し、国際会議で採択された「東京宣言」に関して意見交換を行うとともに、それぞれの機関で実施している施策について情報収集を行った。
(4)取りまとめ
 提言書や国際会議および海外調査の成果に基づいて取りまとめを行い、事業報告書および会議録を作成した。
 
表1-1 執筆者と提言書のタイトル
(執筆者アルファベット順)
氏名 所属 提言書のタイトル
Etty R. Agoes
インドネシア パジャジャラン大学
法学部教授
「海を護る」の実現に向けた政治的意志、政策および制度的な枠組み:インドネシアの事例研究
Sam Bateman
オーストラリアウーロンゴン大学
海洋政策センター教授
「海を護る」概念の実施に向けた能力構築
Robert Beckman
シンガポール国立大学教授、副学部長 マラッカ・シンガポール海峡における協力体制の確立と実施
Chua Thia-Eng
東アジア海域海洋環境管理パートナーシップ(PEMSEA)
地域プログラムディレクター
東アジア海域の安全保障:地域対話の枠組強化
John De Silva
インド海軍退役中将
海洋保全・海洋研究センター理事長
総合的な海洋の安全保障―政治的意志、政策および制度的な枠組み
我らの海を救う−監視システムと環境管理
Zhiguo Gao
(高之国)
中国国家海洋局海洋発展戦略研究所
教授・上級研究員
北東アジア海域の環境管理:統治問題と制度上のアプローチ
河野真理子
早稲田大学法学部教授 新たな概念「海を護る」に基づくアジア地域での国際協力の実現に向けて
Merlin M. Magallona
フィリピン大学法律センター
国際法研究所所長
プロジェクト計画:国際規制レジームの包括的かつ統一されたグローバルな海洋ガバナンスへの統合
奥脇 直也
東京大学大学院公共政策研究部教授 アジア海域の海洋ガバナンスと情報協力体制の構築
Wilfrido V. Villacorta
ASEAN事務局次長 海を護るためのASEANイニシアチブ
Stanly B. Weeks
米国 国際応用科学協会(SAIC)
上級研究員
海上安全保障確保を目的とした能力構築について:アルバニアの事例研究


目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION