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はじめに
 今日、世界の多くの国際海峡では、船舶の交通量増大とタンカーの大型化や老朽化に伴い、航行安全を確保する必要性がこれまで以上に高まっています。しかし、そのための航行援助施設の設置、維持に関する財政的な負担の大部分は、海峡に面する沿岸国が負っているのが現状です。これは世界中のほとんどの国際海峡にも当てはまります。
 我が国への事実上唯一の石油輸送ルートであることから「生命線」とも比喩されるマラッカ・シンガポール海峡を例に取れば、世界経済の発展、とりわけアジア諸国の経済発展を背景に、年間6万隻とも7万隻ともいわれる大型石油タンカー、貨物船などの商船が通航していますが、増加し続ける膨大な数の船舶の交通を管制していくには、灯台や浮標といった従来の航行援助施設等の設置、維持に加え、近年では先進技術を導入した航行援助サービスを提供するための海事インフラの設置も必要とされるようになってきています。
 しかしそういった海事インフラを整備する財政的負担の大部分は、日本による支援の歴史はあるとはいえ、基本的には海峡沿岸国が負い、それが次第に海峡沿岸国にとって過酷なものとなってきています。
 このような海峡沿岸国のみに負担を委ねる現状は、決して公平なものではなく、また「海峡利用国及び海峡沿岸国が合意により協力する」よう求める国連海洋法条約第43条に照らしても、検討の余地があると考えられます。実際に、同海峡の沿岸諸国からは、受益者である海峡利用国と共に海峡の安定を持続的に確保していけるような協力体制の構築を求める声が、日に日に高まりつつあります。
 そこで、SOF海洋政策研究所では、競艇の交付金による日本財団の助成事業として「国際海峡利用と諸国の協力体制に関する調査研究」を実施し、この問題に取り組んで参りました。本報告書は、その平成16年度の成果をとりまとめたものであります。
 この報告書が、国連海洋法条約を遵守した、海峡利用国と海峡沿岸国の協力体制の構築を議論する際のたたき台となり、ひいては世界の輸送量の9割を占める海運の航行安全確保に寄与することがあれば、それは望外の喜びとするところであります。
 
平成17年3月
財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団
会長 秋山昌廣
 
国際海峡利用国と沿岸国の協力体制
研究メンバー
寺島 紘士 (SOF海洋政策研究所所長)
 
国際海峡研究会
小山 佳枝 (SOF海洋政策研究所研究員)
加々美 康彦 (SOF海洋政策研究所研究員)
田中 祐美子 (SOF海洋政策研究所研究員)
 
アドバイザー
栗林 忠男 (東洋英和女学院大学教授)
 
特別寄稿者
Zhan Renping (大連海事大学教授)
Kim Suk Kyoon (莞島沿岸警備隊本部長、前韓国沿岸警備隊国際部部長)
 
海洋電子ハイウェイ(MEH)研究グループ
今井 義久 (SOF海洋政策研究所研究員)
松沢 孝俊 (SOF海洋政策研究所研究員)
韓 鍾吉 (SOF海洋政策研究所研究員)
 
本書の構成
 「国際海峡利用と諸国の協力体制に関する調査研究」事業は、広い海洋の中でも、その地勢からひときわ重要な位置を占める、国際海峡を対象とする調査研究の事業であります。
 世界で100をゆうに超える国際海峡のなかでも、我が国にとり「生命線」とさえ言われる航路であり、また中国、韓国などの近隣東アジア諸国にとってもその重要性が益々高まっているマラッカ・シンガポール海峡(以下、マ・シ海峡)を、第一のそして最重要テーマに位置づけました。
 現在、マ・シ海峡では、悪名高い海賊(武装強盗)、交通量の増大とそれに伴う海事インフラ整備のための費用負担問題、そして従来とは異なる航行援助システムの導入といった、重要かつ興味深い様々な問題が提起されています。こうした問題を解くキーワードは、関係者の相互理解に基づく「協力」であるはずで、それをいかに実現するかは、国際社会の永遠のテーマとも言えるでしょう。
 本年で2年度目となる国際海峡における協力体制の構築に向けた調査研究事業の目標を、やがて本格化するであろう協力体制構築の際に有力なパートナーとなりうる中国、韓国の動向の把握に据えて取り組んで参りました。
 本書は3部構成になっています。第1部「最近の展開」では、マ・シ海峡における航行安全確保のためのコストを、海峡を利用する国(利用国)と海峡の沿岸国との間で応分の負担を果たしていくための国際協力体制を構築する問題、すなわち負担共有問題をめぐる最近の展開について整理します。この問題をめぐる議論は、平成16年 10月にマレーシアで開催された国際会議において、中国政府関係者がマ・シ海峡の問題に対して積極的にコミットする姿勢を見せたことからにわかに進展の兆しが見られました。第1章「マラッカ・シンガポール海峡における負担共有問題をめぐる最近の展開」(加々美康彦、SOF海洋政策研究所研究員)では、そうした様子を中心に最近までの展開を簡潔に整理します。
 第2章「マラッカ・シンガポール海峡における負担の共有−過去の議論と将来の展望」(ロバートC.ベックマン、シンガポール国立大学教授)は、負担共有問題をめぐって90年代末以降開催されてきた国際会議で扱われた論点を的確に整理し、今後の展望を示すものであります。本論文は昨年度の事業報告書に英文で掲載されたものであり、この度筆者の許可を得て日本語に翻訳して再録したものであります。負担共有問題が海上セキュリティの問題と組み合わせて扱われることの必要性を論ずるこの論文は、2004年以降の展開に大きな示唆を与えると思われます。
 第2部「利用国の視点」は、マ・シ海峡の主要な利用国である中国と韓国の研究者と実務家に寄稿を依頼し、それぞれの視点からマ・シ海峡における航行安全、セキュリティ確保に向けた協力体制の取組みについて論じて頂きました。第1章 “International Cooperation on the Straits of Malacca and Singapore -an Aspect from User State Point of View-”(マラッカ・シンガポール海峡に関する国際協力−利用国の視点−)(Zhang Renping、大連海事大学教授)は、近年特に高まりつつある中国にとっての同海峡の重要性を指摘した上で、同海峡の安全を確保するための協力の枠組と、海峡問題に関する同国の外交政策の展開を整理し、この問題における国際協力の必要性を改めて問うものとなっております。
 第2章 “Challenges to International Cooperation to Secure the Straits of Malacca and Singapore ”(マラッカ・シンガポール海峡を護るための国際協力へ向けた挑戦)(Kim Suk Kyoon博士、現莞島沿岸警備隊本部長、前韓国沿岸警備隊国際部部長)は、マ・シ海峡の法的地位やそれを取り巻く国際的情況を整理した上で、韓国政府による同海域での安全保障および航行安全へ向けた取り組みを紹介し、今後の費用負担のための国際協力のあり方が模索されております。
 負担共有問題について中国、韓国からの視点で論じられたものが必ずしも多くないなか、これらの論文は貴重な情報であると思われます(ただし、これらの論文はあくまで個人の意見として書かれたものであることをお断りしておきます)。
 第3部は「海洋電子ハイウェイ(Marine Electronic Highway : MEH)」に関するSOF海洋政策研究所の研究員による報告集です。MEHとは、情報の電子化を軸とした船舶通航の高度化であり、現在国際海事機関によってマ・シ海峡で5年間のデモンストレーションが計画されています。今井研究員による「海洋電子ハイウェー・デモンストレーションプロジェクトの進捗状況」では、このプロジェクトの経緯について調査した結果を、構想、資金調達、適用技術の面から報告します。松沢研究員による「海洋電子ハイウェイに関する技術要件の現状」では、もともとMEHが持つ特長と機能を整理し、ポイントとなる技術要件について現在の水準をレビューして、MEHの実現可能性を探ります。最後に、韓研究員による「MEHに関する韓国の参加およびその見解」では、現代の海事/海事IT大国のひとつである韓国が、MEHデモンストレーションプロジェクトにどのような立場で参加しているかを概観します。
 本書の完成間際、まさにマ・シ海峡で日本船籍のタグボートが「海賊」に拿捕されたとの報道がありました。一刻も早く、こうした不安のない、安心して航行できる国際海峡にしていくため、本書が少しでも貢献できることがあれば幸いです。
 
平成17年3月 国際海峡研究会


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