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'05剣詩舞の研究◆8
青年・一般の部
石川健次郎
 
剣舞「和歌・君がため」
詩舞「和歌・淡路島」
剣舞
「和歌・君(きみ)がため」の研究
作者不明(さくしゃふめい)
〈詩文解釈〉
 この和歌の作者は不明であるが、《青葉しげれる桜井の・・・》と旧文部省唱歌でも一般によく知られている楠木正成と長男正行の「桜井の別れ」を詠んだものである事がわかる。頼山陽の記した『日本外史』によれば、楠木正成は延年元年(一三三六)五月中頃、京都に攻めのぼって来た足利尊氏の大軍を湊川に迎えうつために兵庫に向かって出陣するが、その途中桜井の里で十一歳の長男正行を呼び、この度の戦いは安危の決するところ、自分が戦死したと聞いたら、父に代って身を以って国に殉じ、天皇に忠義をつくせとさとして後醍醐天皇から賜った宝刀を授けて訣別を申しわたした。正行は父と共に行動を請うたが正成は叱って許さず、湊川の戦場に向った。
 和歌の内容は以上のことを簡潔に述べていて『上の句は、男子たるものは天皇のために命を捧げる事が本懐であると我が子に諭し(さとし)、下の句は、自分は率先して足利軍との嵐の如き激戦地に向って桜井の里を後にした。』というもの。但しこの句は楠木正成の心を詠じたもので本人の作ではない。
 
〈構成振付のポイント〉
 舞踊構成の要点として、振付動作のポイントを取上げてみると、(1)主君のために命を惜まず戦うことが男子の本懐である。(2)親が我が子に教えさとす。(3)率先して艱難(かんなん)の渦中(戦乱の真っ直中(まっただなか))に立ち向かう(突き進む)。と云った三点にしぼられる。
 そこで和歌の二回くり返しの演奏から、構成振付の配分を次の様に考えてみよう。まず前奏は楠木正成の風格で、徒歩か馬に乗って登場し(2)に従って、正行を手まねき、そのまま(1)を具体的な振で教えさとす。一例としては、まず主君に対して刀の扱いも深重に丁重な拝礼をなすと、背後から討ってくる賊に向かって居合的な抜きつけを見せる。なおも攻めてくる左右の敵に、立ち座りしながら、主君を護衛する様な形で剣技を見せる。
 くり返しからは、居住まいを直し、我が子正行を呼び、賜剣(扇の見立)を与える振りを見せ、合戦に立ち向かう武人の身繕いとして鉢巻き襷(たすき)で身を固め、立ち上って数回素振りの剣技を見せ、納刀して扇をかざして舞台を一巡したら下手に向って一気に突き進んで行く(退場する)。
 
桜井の別れ
 
〈衣装・持ち道具〉
 前項でも述べたように楠木正成が我が子正行と桜井の駅で別れたときの心情を、読人知らずの別人でも適切に現わしている。從って演者はなるべく楠木正成のイメージを思い浮かべて、衣装は黒紋付に茶の縞袴がふさわしく、持ち道具としては黒骨に金無地の扇が小刀の見立てにもなる。振付にもよるが鉢巻とたすきは用意する。
 
楠公出陣
 
詩舞
「和歌・淡路島(あわじしま)」の研究
源兼昌(みなもとのかねまさ) 作
〈詩文解釈〉
 小倉百人一首に選ばれた和歌として大変に有名ではあるが、作者の源兼昌(?〜一一一二)については美濃守俊輔の子で、従五位下皇后宮大進であったらしく、そして鳥羽天皇の天永三年に三十九歳でなくなっている。
 なおこの歌は金葉和歌集の冬の部に、源兼昌、関路の千鳥と言へる事を詠める、と詞書(ことばがき)がされていて、和歌の意味は『須磨の浦から淡路島に飛び通う千鳥の鳴く声のために、この須磨の関守(関所の役人)は、幾夜も眠りからおこされてしまい、佗びしい思いをした事であろう』と云うもの。
 須磨は古くから西国街道の宿駅として知られ、また白砂青松に恵まれた景勝の地であった。ここに関所が設けられたのは大変古く、また源氏物語の「須磨の巻」や、謡曲「松風」などの舞台としても名高い。源氏物語の須磨の巻に、『友千鳥もろ声でなく曉は、ひとり寝覚のとこも頼もし』とあるが、兼昌はこの歌にヒントを得たのであろうか。しかし千鳥の鳴く声のあわれに佗しい情景を、兼昌は関守に託して見事に描いている。
 
小倉百人一首「淡路島」読み札
 
〈構成振付のポイント〉
 風光明媚な須磨の関所の関守は、夜ごとに淡路島に通う千鳥の寂しい鳴き声を聞いて、いつも寝床で目をさましては佗びしく(わびしく)、やるせない思いにかられるのである・・・、と云った関守の心を舞踊化する。構成のポイントとして仮りに関守の人物像を、平安時代の雅びな京都から単身赴任してきた若い都人として、遠く都を離れた生活で望郷の思いがつのり、それは都の恋人や肉親であるか定かでないが、いずれにしても人を恋しく思う心が夢にも現われたりして、寂しい千鳥の鳴き声によって一層狂おしくさえ思うのである。
 現代的に云えば一種のノイローゼであろうが、古典舞踊では、例えば恋人を想う「保名」などが多少ではあるが美しく描く舞踊表現の参考になる。一例として振付の手順を述べると、前奏から快をつかった千鳥の飛ぶ形容で登場して(上の句)は色々な形を見せる。(下の句)は役変わりして、片ひざを立てた寛ぎ(くつろぎ)座りした関守が居眠る様子から、扇で夢を払って立ち上ってちどりを追う。二度目の(上の句)は向きを変えて舟に乗った人になり、扇の櫓を操ったり情景描写をするうちに、恋人の幻を見つけて追いかけて行き、倒れる。(下の句)は千鳥の声を聞いて寝ざめた関守は立ち上って呆然とさまよい、やがて都(上手)の方向に去って行く。
 
〈衣装・持ち道具〉
 着付は千鳥をイメージして白か薄水色で袴はグレーがよいが、これは上下反対でもよい、舞扇は都人らしい優雅な模様にしたい。
 女性の場合の髪型は根とりにして、銀か薄水色のたけなが(髪飾りとして結ぶ紙)で結ぶと千鳥のイメージになる。


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