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 (1)日本船長協会の機関誌「Captain」への掲載(4月号) 
船舶バラスト水処理技術の開発状況 
平成16年5月26日 
(株)水圏科学コンサルタント 
企画開発室 吉田勝美 
1. はじめに 
 バラスト水処理技術は、1980年代末に豪州と米国で外航船舶のバラスト水による水生生物の移動問題が指摘されて以来、外洋上でのバラスト水交換と共に有力な対策として認識されている。その重要性は、IMO(国際海事機関)で2004年2月に採択された「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」において、処理技術が恒久的な対策、そして一方のバラスト水交換が暫定的な対策に位置づけられたことで一層明確となった。 
 その処理技術の開発は、問題が提起された当初から各国で精力的に行われてきた。しかし、いまだに実用化に至っていない。開発が遅れた要因には二つある。一つは、陸上での水処理と異なり、限られた時間と船内スペースで大量なバラスト水を処理しなければならないことなどの技術的な困難性である。二つ目は、技術開発の目標となる処理基準が定まらなかったことにある。この開発遅延要因のうち、処理基準に関しては、採択された新条約でようやく規定された。この開発目標の決定により、これまでの努力が活かされて技術的な困難性も解決に向かい、実用化への流れが速まるものと思われる。 
 本講演では、2003年7月にロンドンで開催された「2nd International Ballast Water Treatment R&D Symposium」及び2004年5月にシンガポールで開催された「2nd International Conference & Exhibition on Ballast Water Management」で発表された最新の情報を中心に、各国で開発中の処理技術を紹介する。海運界の健全な発展と地球環境保全に少しでも役立てば幸いである。 
  
2. バラスト水処理技術に求められる性能 
 「船舶のバラスト水及び沈殿物の規制及び管理のための国際条約」では、附属書のバラスト水及び沈殿物の管制及び管理規則、D節バラスト水管理基準、規則D-2バラスト水排出(performance)基準で、排出が許されるバラスト水中の水生生物の濃度を次のように規定している。つまり、この水生生物濃度が処理基準であり、これら濃度未満とすることが処理技術に要求されている。 
  
規則 D-2 バラスト水排出(performance)基準 
第1項 この規則に従ってバラスト水管理を実施する船舶は、50μm以上の生物については、1m 3当たり生存可能数10未満、また、50μm未満で10μm以上の生物については、1  当たり生存可能数10未満の排出とし(基準として用いる生物のサイズは、長さ、幅、厚さの中で一番小さい箇所)、第2項に記載されている指標微生物の排出については、指定濃度未満としなければならない。  
第2項 人間の健康基準としての指標微生物については、次の内容としなければならない。 
.1 病毒性コレラ菌(O-1及びO-139)が、100  当たり1cfu未満(cfu = colony forming unit)、または動物プランクトン1g(湿重量)当たり1cfu未満  
.2 大腸菌が、100  当たり250cfu未満  
.3 腸球菌が、100  当たり100cfu未満  
  
 表1は、東京湾の水生生物濃度を仮に基準に適合させることを想定した場合に、必要な減少率を試算したものである。なお、東京湾では基準第2項の病原性コレラ菌と腸球菌に関する継続的な調査は行われていない。 
 海水中の水生生物濃度は、同じ海域でも時間、場所及び水深等で大きく変化する。よって、バラスト水を処理しなくても基準に適合する場合がある一方で、約100億個レベルの水生生物を10個未満にしなければ基準を達成しない場合も生じる。つまり、処理技術には常時基準を達成するための性能として、10μm以上及び指標微生物をほぼ100%除去あるいは殺滅することが求められている。新条約の基準は、このように非常に厳しい内容である。 
  
表1 東京湾の水生生物濃度を基準に適合させるのに必要な減少率 
| 季節  | 
50μm以上 | 
50μm未満 
10μm以上 | 
D-2基準達成に必要な除去および殺滅率(%) | 
 
| inds/m3   | 
inds/ml | 
50μm以上   | 
50μm未満 
10μm以上   | 
 
| 最大 | 
平均 | 
最小 | 
最大 | 
平均 | 
最小 | 
最大 | 
平均 | 
最小 | 
最大 | 
平均 | 
最小 | 
 
| 春季 | 
12,032,960,000 | 
220,385,693 | 
 1未満 
 | 
94,503 | 
9,717 | 
 1未満 
 | 
99.99999992 | 
99.9999955 | 
0 | 
99.99 | 
99.90 | 
0 | 
 
| 夏季 | 
35,775,280,000 | 
3,650,101,217 | 
 1未満 
 | 
74,900 | 
7,429 | 
 1未満 
 | 
99.99999997 | 
99.9999997 | 
0 | 
99.99 | 
99.87 | 
0 | 
 
| 秋季 | 
2,242,590,000 | 
185,218,108 | 
 1未満 
 | 
11,000 | 
885 | 
 1未満 
 | 
99.99999955 | 
99.9999946 | 
0 | 
99.91 | 
98.87 | 
0 | 
 
| 冬季 | 
2,755,280,000 | 
195,193,877 | 
 1未満 
 | 
38,122 | 
2,348 | 
 1未満 
 | 
99.99999964 | 
99.9999949 | 
0 | 
99.97 | 
99.57 | 
0 | 
 
 
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 D-2基準、第1項: 
50μm≦10個未満/m3 
<50μm〜≧10μm:10個未満/ml 
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使用データ:東京都内湾赤潮調査結果(1999-2001) | 
 
 
  
| 大腸菌群数(MPN/100ml) | 
D-2基準達成に必要な除去および達成率(%) | 
 
| 最大 | 
平均 | 
最小 | 
最大 | 
平均 | 
最小 | 
 
| 330,000 | 
8,534 | 
1未満 | 
100 | 
97 | 
0 | 
 
 
 | 
 
 
| D-2基準、第2項大腸菌:250cfu/100ml | 
 
| 使用データ:環境省公共用水域水質調査結果(1999-2001) | 
 
 
  
 なお、IMOが報告しているバラスト水によって移動された代表的な水生生物10種類の内、赤潮プランクトンの大部分と胞子で運ばれたと考えられるワカメは、基準第1項の50μm未満10μm以上の生物に属する。また、ミジンコの仲間、モクズガニの仲間、ワタリガニの仲間、丸ハゼ、クシクラゲ、ヒトデ、ゼブラ貝は50μm以上の生物に属する。また、コレラ菌は第2項の指標微生物である。 
  
3. 開発中のバラスト水処理技術 
(1)処理技術の分類と基本原理 
 現在、各国で開発中のバラスト水処理技術は、次のように分類される。 
 これら処理技術の水生生物に対する効果は、物理・機械的処理技術が大型の生物、熱処理や化学処理は小型の生物に効果的に作用し、複合技術は両者の特性を活用して全生物に対して効果を発揮する。 
<バラスト水処理技術の分類と基本原理> 
(1)物理・機械的処理技術 
 ろ過及び遠心分離による生物除去、機械的に生物を破壊、熱で生物を殺滅 
(2)化学的処理技術 
 各種化学薬品を直接バラストタンクに注入、あるいは海水の電気分解で塩素系薬品を生成しバラストタンクに注入して生物を殺滅 
(3)複合技術: 
 物理・機械的処理技術によって比較的大型の生物を除去あるいは殺滅し、化学薬品やUVで比較的小型生物を殺滅 
(4)その他: 
 水中の酸素除去による生物殺滅や超電導を利用した生物の除去 
(2)代表的な処理技術 
 開発中のバラスト水処理技術の中で、代表的な技術を以下に紹介する。 
(1)ろ過及び遠心分離法 
 米国、オランダ及びシンガポール等で積極的に開発が進められている。設定サイズ以上の水生生物を除去する。目詰まりは逆洗等の自動洗浄装置で解決可能である。現在は50μm以上の水生生物が処理できる装置が開発されているとのことである。処理能力は、数百m3/hr以上も可能ということであるが、搭載に必要な船内スペース等の詳細は不明である。なお、設定サイズ以下の水生生物は処理できないため、最近では化学処理やUV処理の前処理技術として位置づけられる傾向にある。図1には、オランダで開発中の自動洗浄ろ過及び遠心分離システムを示した。 
(2)機械的殺滅法 
 日本財団の助成を受けて(社)日本海難防止協会が中心に開発を進めている。バラストパイプ中にスリットが入った2枚のプレートが装着されただけの簡単な構造で、バラスト水を通すだけで剪断応力とキャビテーションの作用により水生生物を破壊する。2枚のプレートが回転する方式での目詰まり対策も施されている。簡単な構造のため装置本体は小型で運用も容易である。付属設備も一定流速を確保するポンプだけですむ。開発されたプロトタイプの処理水量は100m3/hrレベルであるが、処理水量の増加はパイプ直径を大きくするだけで対応できる。なお、指標微生物等の微小な生物に対する効果が低いため、現在は化学処理やオゾン処理との併用が検討されている。図2には、平成15年度に北米コンテナ船に搭載されたプロトタイプ装置を示した。 
(3)熱処理 
 豪州、カナダ、英国及びシンガポール等で開発が進められている。メインエンジン冷却系統やボイラー等の既存熱源を利用して、バラスト水漲水時及び漲水後に循環させて加熱し水生生物を殺滅する方法である。高温にすることで全ての水生生物に効果を発揮するが、効果が得られる50〜60℃以上にするためには航海中の循環処理が不可欠で短期航海には不向きである。また、高温による船体への影響及び高温のバラスト水を排出することによる環境影響が懸念されている。図3には、英国とシンガポールが共同で開発中の石油タンカーを想定した熱処理システムの構想を示した。 
(4)電気化学処理 
 中国、スイス等で開発が進められている。バラスト水を電気分解して塩素を生成し、その酸化作用によって水生生物を殺滅する方法である。開発は、構想あるいは室内実験の段階である。効果は、化学処理共通の傾向であるが小さい水生生物ほど高く大きいと低い。全ての生物を対象にする場合には、かなりの高濃度を必要とする。化学処理としては、この他に化学薬品を直接バラスト水に注入する方法が、塩素(米国、ブラジル、中国、カナダ)、過酸化水素(ドイツ)、アクリルアルデヒド(米国)、ビタミンKが主成分の薬品(米国、ニュージーランド)で検討されている。図4には、スイスで開発中電気化学処理実験装置を示した。 
 なお、新条約では、化学物質の使用はIMOの承認が必要と規定している。 
(5)複合技術 
 物理・機械的処理技術で大型の水生生物、熱処理、化学薬品、UV、及びオゾン等で小型の水生生物や指標微生物を処理する技術である。両者の効果特性を組み合わせることで、新条約で規定された基準対象全生物に対応することを想定している。現在は、米国、カナダやEUの複数国及び合同チームが開発にあたっている。図4には、ノルウェーと米国が開発し、客船に搭載しているろ過とUVによる複合処理装置を示した。 
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