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3 国連海洋法条約上の「抑留」概念の国内法的受け止め方
 次に、これまで見てきた、排他的経済水域における漁業及び海洋汚染に関する国連海洋法条約の枠組みについての国内法の受け止め方を見てみる。
(1)排他的経済水域における漁業等について
 国連海洋法条約第73条に関係する国内法としては、排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(以下「排他的経済水域漁業主権法」と略す)及び漁業法があげられる。
 ここでの法構造は、まず、排他的経済水域漁業主権法が「海洋法に関する国際連合条約に定める権利を的確に行使することにより海洋生物資源の適切な保存及び管理を図るため、排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等について必要な措置を定める」(同法第1条)として、排他的経済水域における外国人の漁業等についての基本的法制度を構築している。
 そして、国連海洋法条約第73条第2項の「拿捕された船舶及びその乗組員に関する規定」に対応するのは、同法第24条以下である。第24条は、「この法律の規定に違反した罪その他の政令で定める罪に当たる事件(以下「事件」という。)に関して拿捕(船舶を押収し、または船長その他の乗組員を逮捕することをいう。)が行われた場合には、司法警察員である者であって政令で定める者(以下「取締官」という。)」の「当該拿捕に係る船舶の船長(船長に代わってその職務を行う者を含む。)及び違反者」に対する担保金制度に関する告知事項を定め、次条以下の規定は、この担保金制度の手続について定めている。
 この法的仕組みは、まさしく、刑事事件に関する裁判への出頭確保の制度であり、訴追に関する仕組みといえる。つまり、国連海洋法条約第73条第2項の「拿捕」を刑事司法手続における作用と認識し、国内法に受け止めたものと言える。その意味で、国連海洋法条約上の概念と国内法上の概念についてのずれはない。
 しかし、それでは国連海洋法条約第73条第4項の「抑留」についてはどのように考えればよいであろうか。
 排他的経済水域漁業主権法は、漁業法に定められている漁業監督公務員の設置、権限行使及びこれに関する罰則の適用(漁業法74条並びに第141条及び第145条(第74条に係る部分に限る。))について、これを排除していない(排他的経済水域漁業主権法施行令第1条第2号)。したがって、漁業監督公務員は、排他的経済水域においても、法令の励行に関する事務をつかさどり、必要があれば船舶等への立入検査も実施可能であると解することができる。(16)
 ここに、法律違反の結果に対する罰則の適用手続とは異なる、さらには司法警察権の作用とは異なる、法律違反の有無の調査、法律違反の予防等といった行政警察権の作用の存在が見いだされる。
 この行政警察権の発動によって、外国船舶が排他的経済水域において「その意に反してとどめられた場合」(例えば、航行中の船舶を検査のために停止させるなど)、この状況が国連海洋法条約第73条第4項の「抑留」の行政措置の部分に当たると言い得るものと考えられる。
 ただ、どの程度「止(留)める」と「抑留」となるのかについては、さらに検討を要するものと思われる。
 
(2)海洋環境の汚染防止について
 国連海洋法条約第220条に見られるような、海洋環境の汚染防止等に関する沿岸国の執行措置については、国内法では、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律(以下、「海防法」と略す)によって受け止めている(17)
 国連海洋法条約第220条の「抑留」と「保証金」制度に関する事項は、海防法では同法第65条以下に規定されている。ここでの規定の仕方は、排他的経済水域漁業主権法の場合とほぼ同様である。すなわち、第65条では、政令で定められた司法警察員(取締官)が行う、担保金制度に関する告知を定め、第66条、第67条でその手続について定めている。
 つまり、海防法は、国連海洋法条約上の規定の「自国の法律にしたがった手続(船舶の抑留を含む)」という事項を、法律違反に対する罰則の適用に関する手続として受け止めたものと言える。
 しかし、ここには当然、その前提として、行政法令の目的を達成するための違反の予防、発見、是正の措置が必要とされ、海防法はこれを制度化している(例えば第6章「海洋の汚染及び海上災害の防止措置」の各規定など)。そして、これらの行政措置、すなわち行政警察活動にともなって、外国船を止める(留める)ことがあったとすれば、それが「抑留」の概念との関係で評価されることになるものと考えられる。なお、この場合も排他的経済水域における漁業等の場合と同様、どの程度「止(留)める」ことが海洋法条約第220条上の「抑留」にあたるのかについては、さらに検討を要することになる。
 
4 国連海洋法条約上の抑留概念と海上保安庁の執行可能な行政措置について
 以上検討してきたとおり、国連海洋法条約上、沿岸国が外国船舶に対する執行管轄権の行使として、抑留を実施できるのは、排他的経済水域における漁業活動に関連する事項と海洋環境保護に関連する事項である。これらはいずれも国内的には行政目的実現のための法制度で受けとめられており、この場合、条約上の抑留概念は、逮捕や拿捕といった他の概念と書き分けられていることに意味がある。したがって、抑留概念は、国内法でいうところの行政警察、なかでも、主に狭義の行政警察としての措置とほぼ対応しているといってよいものと思われる。
 そして、わが国としては、行政法令の執行とその実効性確保の仕組みの中で、排他的経済水域における漁業及び海洋汚染防止の場合については、「刑事手続と担保金」の制度及び行政調査等の制度でこれを受け止めたのである(18)
 そこで、このような法制度の中で、海上保安庁が国連海洋法条約上の「抑留」規定との関係で、どのような行政措置が執れるのかを考えてみる。
 ここで、考慮すべきは、第一に、「抑留」が許容されるのは、排他的経済水域における漁業に関することと、海洋汚染に関することのみであるということ、第二に、それぞれの場合への国内法上の対応は、排他的経済水域漁業主権法及び海防法といったそれぞれの行政法令によって規律されており、その実効性確保の法的仕組みにおいては、共に、罰則の適用を持って臨んでいることである。
 そして、両制度とも、当該行政法令の違反の予防、発見、是正の措置を用意していることが明確であり、これは本稿で言う行政措置に当たることは、前述のとおりである。したがって、海上保安庁が執りうる措置は、基本的には、国連海洋法条約の枠組みの中で確立された、国内行政法制度の目的とする事柄の達成のための手段、すなわち狭義の行政警察作用として行なわれる「相手の意に反したとどめ置き」ということになるものと考えられる。なお、以上のような枠組みにおいて、保安警察的な措置が抑留概念の中で執れるかどうかという事柄についてはさらに検討の必要がある。
 
おわりに
 以上のように、抑留概念について、国連海洋法条約及び国内法の条文解釈を中心に、ひとまず検討してきたわけであるが、冒頭及び本文中でも触れてきたとおり、本稿は、未だ必要な検討の一部に着手したにすぎないものといわざるを得ない。
 積み残した、問題点としては、例えば、狭義の行政警察措置として、国内法たる漁業法にもとづく立入検査を実施した場合、それが直ちに、国連海洋法条約上の抑留と評価されるのか、それとも抑留と評価されるには一定程度の時間的経過を要するのかなどといった事柄である。このような問題を検討するためには、抑留概念に対する国際社会の認識はいかなるものなのか、各国の認識はいかなるものか、といった事柄を綿密に検討する必要があるものと思われる。これらの検討については、今後の課題とさせていただきたい。
 

(1)成田頼明「国際化と行政法の課題」『行政法の諸問題 下』(1990年)80頁
(2)この点に関し、山本草二博士の論考が重要な示唆を与えている。
 すなわち、「各国の行政作用がもたらす国際的な関連性と影響、そしてそれに伴う国際紛争の発生を考えれば国際行政法の対象と機能を実証的にとらえ、その実定法規性を確定することが、理論上も実務上も不可欠といえよう。」(「国際行政法」『現代行政法体系1』(昭和58年)329頁
(3)山本草二『国際法 新版』(1994年)231頁
(4)山本、前掲注(3)232頁
(5)田中二郎『新版行政法 下巻』(1983年)32頁。なお参照、田上穣治『警察法新版』(昭和58年)43頁。
(6)田中、前掲注(5)32頁。なお参照、田上、前掲注(5)30頁
(7)田中、前掲注(5)32頁。なお参照、田上、前掲注(5)44頁
(8)この点につき、小寺彰教授の詳細な研究がある。小寺彰「拿捕」(平成15年度「各国における海上保安法制の比較研究」中間報告書)
(9)小寺、前掲注(8)47頁。なお、小寺教授の研究によると、arrestは、国連海洋法条約上2つの意味で使われており、「一つは、米英の海事法上の概念で、船舶に対する訴訟(in rem)の開始の意味であり、もう一つは、容疑者の刑事訴追に先立つ容疑者の身柄確保の意味である」とされる。そして、前者の意味の邦語訳が「拿捕」であり、後者の意味の邦語訳が「逮捕」である」とされる。
(10)Myron H. Nordquist ed., United Nation Convention on the Law of the Sea 1982 a Commentary, Vol. 2(1993), p. 795
 なお、山本草二博士は、本項の規定に関し、「関係国内法令の違反があった場合には、その履行を確保するため、乗船・臨検・拿捕・抑留などの強制措置と司法手続(起訴・処罰)を行うなど、執行・司法管轄権も与えられている」と述べられ、抑留と司法上の手続については、別のカテゴリーのものとして認識しているようである。山本草二『海洋法』(1992年)173頁、『国際法新版』(1985年)391頁も同趣旨。
(11)小田滋『注解国連海洋法条約 上巻』(昭和60年)234頁
(12)なお、海賊行為について、山本草二博士は、海賊行為の定義は、変化があり、当初は公海上での強盗罪と解されてきたが、海洋法条約では、「窃盗の意思の有無を問わずに、むしろひろく公海における暴力行為または船舶の運航の支配・奪取を海賊行為の本質と解している点が、注目される」としている。(「国際刑事法」(1991)249頁)
(13)小寺、前掲注(8)47頁では、「抑留」を事実上の概念ととらえている。
(14)物理的検査を、「立入検査、捜査、抑留などを包括する概念と考えられている」とするものもある。栗林忠男『注解国連海洋法条約 下巻』(平成6年)130頁。なお参照、「新海洋法条約の締結に伴う国内法制の研究 第4号」50頁。
 また、本稿では、第220条の詳細な解釈論にまで立ち入ることはできなかった。これに関しては、山本草二「沿岸国の執行措置−とくに船舶起因汚染を中心に」海洋法・海事法判例研究(平成4年)、兼原敦子「海洋環境保護に関する関係法令とその執行−船舶起因の海洋汚染を中心として」新海洋法の展開と海上保安第2号(平成10年)、田中利幸「旗国による停止要請からみたボンドと排他的経済水域の環境の保護」新海洋法の展開と海上保安第3号(平成11年)、参照。
(15)山本、前掲注(14)171頁。なお参照、Myron H. Nordquist ed., United Nation Convention on the Law of the Sea 1982 a Commentary, Vol. 4(1991), p. 300
 また、山本論文では、このdetentionとarrestの書き分けにつき次のように説明がなされている。すなわち、「船舶起因汚染に関する執行措置は、犯意を欠く行為に対して行われる場合もあり、船舶の抑留は必ずしも訴訟手続と関連するとは限らないとして、arrestに代えdetentionの語に改めた(1978年第7会期第3委)。それは、原因行為の犯罪責任については中立的で、行政上の一時的な航行停止の措置であることを明らかにする趣旨である」と。この点に関し、国内行政法システムの中での、行政の実効性確保の仕組みとしての「罰則とその適用」の考え方と、国連海洋法条約上の「罰則とその適用」の考え方にある種の相違点があるものと思われる。
(16)この点に関し、参照、橋本博之「国連海洋法条約と漁業法令の執行・取締」新海洋法の展開と海上保安 第2号(平成10年)94頁。
(17)海洋環境保護に関し、国連海洋法条約と国内法令の関係、執行の法的構造については、兼原、前掲注(14)、田中、前掲注(14)に詳しい。
(18)ただし、担保金制度に関しては、条約上には多少の差異がある。つまり、排他的経済水域における漁業に関するものについては、拿捕のみに担保金制度を設けいているのに対し、海洋汚染防止に関するものは、その限定がない。
 また、排他的経済水域における漁業に関して、行政調査実施にともない、抑留と判断される行為については、旗国への速やかな通報が必要となるものと解される。


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