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3 条約に基づく公海上の干渉
 国連海洋法条約採択後に結ばれた条約の中に、領海外の外国船舶に対する執行措置について定めた規定がいくつか見られる。いずれも、一般的な海上執行措置に関するルールとは別に、条約によって、締約国相互間で執行措置に関する特別ルールを設定しようとするものである。
(1)公海漁業実施協定
 ストラドリング魚類資源及び高度回遊性魚類資源の地域的な保存管理措置の遵守を確保するため、同協定の締約国である漁船の旗国が執行措置をとることを原則とした上で(第19条)、他の締約国による執行措置について、かなり詳細な規定をおいている。締約国は、地域的な保存管理措置の遵守を確保するため、自国の検査官が公海上において相互に他の締約国の漁船に乗船(board)し、検査(inspect)することを認めた(第21条(1))。乗船、検査の結果、当該漁船が保存管理措置に違反していると信じるに足りる明確な根拠があった場合、検査国は証拠を確保し、旗国に通報する(第21条(5))。この通報に対して、旗国は3日以内に回答する義務を負い、みずから執行措置をとるか、さもなくば検査国による調査(investigation)を許可しなければならない(第21条(6))。旗国がこの義務を履行しない場合には、検査国は乗船を継続して証拠を確保し、更に適当な港に移動させるなど追加調査を要請することができる(第21条(8))。
 このように、公海上の漁業違反について、締約国間で執行に関する協力を規定しているが、その特徴として、次の点を指摘することができる。(1)乗船、検査という文言を用いて、この執行措置が条約上の執行措置であることを明らかにし、一般公海海上警察権で用いられる臨検、捜索といった文言を避けていること、(2)拿捕という文言も使用せず、乗船の継続と言う表現を用い、旗国による執行の代替措置であることを示していること、(3)公海上における他国船舶に対してきわめて神経質な規定を定めていること、最終的には旗国の執行措置に委ねること、(4)締約国相互間の措置であること
(2)1988年麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約
 United Nations Convention against Illicit Traffic in Narcotic Drugs and Psychotropic Substances, 1988
(1)第17条
1 締約国は、海洋に関する国際法により、海上における不正取引を防止するため、可能な最大限度の協力を行う。
2 締約国は、自国の旗を掲げている船舶又は旗を掲げておらずかつ登録標識を表示していない船舶が不正取引に関与していると疑うに足りる合理的な根拠を有するときは、不正取引のためにこれらの船舶が用いられることを防止するに当たり、他の締約国の援助を要請することができる。要請を受けた締約国は、その用いることができる手段の範囲内で援助を行う。
3 締約国は、国際法に基づく航行の自由を行使する船舶であって他の締約国の旗を掲げ又は登録標識を表示するものが不正取引に関与していると疑うに足りる合理的な理由を有する場合には、その旨を旗国に通報し及び登録の確認を要請することができるものとし、これが確認されたときは、当該船舶について適当な措置をとることの許可(authorization)を旗国に要請することができる。
4 旗国は、3の要請を行った締約国に対し、3の規定、これらの締約国の間において効力を有する条約又は当該締約国間の別段の合意がされた協定もしくは取極に従い、特に、次のことについて許可を与えることができる。(a)当該船舶に乗船(board)すること。(b)当該船舶を捜索(search)すること。(c)不正取引に関わっていることの証拠が発見された場合には、当該船舶並びにその乗組員及び積荷について適当な措置をとること。
5 関係締約国は、本条の規定に従って措置をとる場合には、海上における人命、船舶及び積荷の安全を危うくし又は旗国その他の関係国の商業上及び法律上の利益を害することがないよう妥当な考慮を払う。
6 旗国は、1に規定する義務の範囲内で、4の許可に、自国と要請を行った締約国との間において合意される条件(責任に関する条件を含む。)を付することができる。
(以下省略)
 この条約規定は、薬物の不正取引に関与している容疑船舶に対して、締約国が領海外でとるべき執行措置に関する規定である。それが外国船舶であると想定される場合は、旗国の対する通報と旗国による国籍確認を行うこととされ、国籍が判明した後には、旗国の許可を得て、当該船舶への乗船、捜索を行い、違反証拠が発見された後に、その他の執行措置をとることが想定されている。条文上は、拿捕、抑留などの文言を使用することが回避されており、これらその後にとられるべきの執行措置が旗国の許可にかからしめられていることを考えれば、旗国と当該執行国との関係において処理すべき事項ととらえられている。国連海洋条約第108条が規定する「麻薬及び向精神薬の不正取引」に関する一般的な協力義務をうけて、具体的事案における執行措置を詳細に規定したものであるが、洋上における薬物不正取引の容疑船舶に対する直接の国籍確認措置が、国連海洋法条約110条(1)各号に規定されていないことを受けて、締約国間で執行措置に関する手続きについて合意したものととらえることができる。(山本草二・国際刑事法330条)その意味では、洋上における近接権の範囲を超えて、薬物不正取引の容疑船舶に対して、違反容疑を根拠とする洋上における乗船、臨検及び捜索が許容されることを示しているものである。
(3)組織犯罪対策条約
 2000年の国際組織犯罪防止条約(United Nations Convention against Transnational Organized Crime)の付属として採択された「陸・海及び空を経由する移民の密輸に対する議定書」(Protocol against the Smuggling of Migrants by land, sea and Air)の中には、海を経由する移民の密輸が船舶によって行われる場合、この船舶に対する洋上での執行措置について、規定をおいている。
(1)第7条(協力)
 締約国は、海洋に関する国際法に従い、海を経由する移民の密輸(smuggling of migrants by sea)を予防し及び抑止するため、可能な最大限度の協力を行う。
(2)第8条(海を経由する移民の密輸に対する措置)
1 締約国は、船舶が自国の旗を掲げ、自国の登録を主張する場合、国籍を有しない場合、又は外国の旗を掲げ若しくは旗を掲げることを拒否するが実際は当該国の国籍を有する場合であって、海を経由する移民の密輸に関与していると疑うに足りる合理的な理由があるときは、そのために当該船舶が用いられることを防止するに当たり、他の締約国の援助を要請することができる。要請を受けた締約国は、その用いることができる手段の範囲内で援助を行う。
2 締約国は、国際法に基づく航行の自由を行使する船舶であって他の締約国の旗を掲げ又は登録標識を表示するものが海路による移民の密輸に関与していると疑うに足りる合理的な理由を有する場合には、その旨を旗国に通報し及び登録の確認を要請することができるものとし、これが確認されたときは、当該船舶について適当な措置をとることの許可(authorization)を旗国に要請することができる。
 旗国は、特に、次のことについて要請国に許可を与えることができる。(a)当該船舶に乗船(board)すること。(b)当該船舶を捜索(search)すること。(c)当該船舶が海を経由する移民の密輸に関わっていることの証拠が発見された場合には、当該船舶並びにその乗組員及び積荷について適当な措置をとること。
3 本条第2項に基づく措置をとる締約国は、その措置の結果を速やかに関係旗国に通報する。
4 (省略)
5 旗国は、本議定書第7条に基づいて、その許可に当たり、自国と要請国との間において合意される条件(責任に関する条件を含む。)を付し、及びとるべき効果的な措置の範囲を定めることができる。締約国は、人の生命に差し迫った危険の回避に必要な場合又は関連する二国間若しくは多数国間の合意に基づく場合を除いて、旗国の明示の許可なしには、いかなる追加的な措置もとってはならない。
(4)1988年の海上テロに対するローマ条約
 この条約は、海上テロリズムにおいて生じる船舶の安全航行を脅かす行為、たとえば暴力・威嚇による船舶の奪取、船舶内の人に対する暴力行為、船舶の破壊行為などを条約上の犯罪行為(crime)と定め(第3条)、これに対して、締約国は、旗国・犯罪地国・犯人国籍国・被害者国籍国・被強要国として犯罪行為を処罰するための裁判権設定を行い(第6条)、犯人所在国は犯人を抑留・予備調査を行うとともに(第7条)、これを引き渡すか又は訴追する義務を負うこととされている(第10条)。しかし、海上テロリズム行為や犯罪船舶そのものに対して海上においてとるべき執行措置については、次のように規定する。
第9条 この条約のいかなる規定も、自国を旗国としない船舶内において捜査・執行管轄権を行使する各国の権限に関する国際法の規則に影響を及ぼすものではない。
Article 9
 Nothing in this Convention shall affect in any way the rules of international law pertaining to the competence of States to exercise investigative or enforcement jurisdiction on board ships not flying their flag.
 
 この規定は、先に見てきたような一般海上警察権の行使の範囲内で対応することを予定しているにすぎない。その意味で、洋上の犯罪船舶そのものに対する近接、臨検及び捜索、拿捕という措置について、新たな権限を締約国に認めたものではない。
 
4 その後の海上執行措置の動き
(1)具体的事件の例
(ソ・サン号のスカッドミサイル輸送)2002年12月9日、アラビア半島南端のイエメン南東約数百カイリの海上で、対テロ警戒中のスペイン海軍艦船2隻が、船名を隠した貨物船に国籍を示すように求めた。しかし、同船がこれに従わずに逃走を図ったため、警告の上、3発の威嚇射撃を行って停船させた。その後、米海軍と共に臨検を行った結果、同船は北朝鮮から積み出された15基の北朝鮮製スカッド・ミサイルと通常弾頭、23個の燃料カプセル、化学物質容器約85個を輸送している「ソ・サン号」であることが判明し、これらを米海軍に引き渡した。
 同月11日には、イエメン政府は、積荷が自国の自衛目的のために発注し、そのために輸送中のものであったことを明らかにし、それらの引き渡しを求めた。そのため、米国は、同日、船舶及び積荷を拿捕、押収する権限はないとして、これを釈放した事件である。
 米国は、大量破壊兵器(核、生物、化学兵器)の運搬手段であるミサイルの輸出を、大量破壊兵器そのものの拡散と同等の脅威としてとらえ、クリントン政権及びブッシュ政権はこれを防止するための措置をとってきた。しかし、ミサイルの輸出については、国際的な管理体制が確立されているわけでもなく、ましてや公海上における外国船舶の輸送を規制する条約があるわけでもないから、米国及びスペインが同船をそれ以上干渉することは許されないと判断したものであろう。他方、北朝鮮は、13日、同船が北朝鮮の貨物船であったことを認めた上で、米国等の行為が「海賊行為」であるとして非難し、謝罪と補償を求めた。
(BBC China号によるウラン濃縮装置の運搬)2003年9月末、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイからスエズ運河経由でリビアに向かったBBC China号を確認し、運送会社とドイツ・イタリア両国の協力を得て10月初め、ドイツ政府を通じて同船舶をイタリアに向かわせ、イタリア南部のターラント港に入港させた。この船を米国情報機関の要員らが臨検したところ、積荷目録にない核兵器用ウラン濃縮のための遠心分離機の部品数千点が見つかり押収した。(2004年1月1日付けワシントン・ポスト、読売新聞2004年1月23日夕刊、毎日新聞2004年1月3日付)
(Ville de Virgo号のウラン濃縮装置)2003年4月上旬、地中海をスエズ運河に向かって東に進むフランス船籍の貨物船「Ville de Virgo号」にフランス当局から緊急連絡が入った。同号は、ウラン濃縮装置に転用される恐れがある英国製のアルミ管22トンの入ったコンテナをドイツのハンブルグから中国向けに運送途中であったが、北朝鮮の会社が仲介業者として名を連ねており、ドイツの情報機関は北朝鮮への不正輸出の疑いがあるとして、フランス政府を通じて、コンテナの引き渡しを求め、同号はエジプトでコンテナを降ろし、ドイツ企業の経営者がドイツ検察当局に拘束された。(読売新聞2003年6月6日付)
(ポン・ス号のヘロイン密輸)2003年4月16日、シドニーから800キロ離れたオーストラリア南東部の海岸で、ヘロイン50キロを持つ男2人が逮捕された。沖合に停泊していた貨物船を警察の警備艇が追跡し、無線交信で北朝鮮の「ポン・ス号」(4,000トン)と確認されたが、停船命令に従わず、航行を続けた。豪政府は、18日夜、シドニーの海軍基地から最新鋭のフリゲート艦を出動させたが、高波の中、貨物船は何度も進路を変え、20日夜明けになって、ようやく天候が回復し、シドニー沖百数十キロの洋上で豪海軍フリゲート艦は機関砲を貨物船に向けるなか、ヘリ2機とゴムボートの特殊部隊十数名が乗り移り、操縦室を占拠し、30名の乗組員を拘束した。乗組員は、北朝鮮のパスポートや身分証明書を持ち、朝鮮労働党員も含まれ、ヘロイン125キロ末端価格180億円が押収された。(読売新聞2003年6月8日付)
 いくつかの事例を概観したが、これらの事案は、港内の措置、あるいは領海からの追跡権の行使と見るべきものもあるが、BBC China号によるウラン濃縮装置の運搬の事例は、船会社に対する管轄権を有するドイツ政府の要請に基づく措置としてとらえるべきものと考えられる。他方、ソサン号のスカッドミサイル運搬の事例においては、洋上における外国艦船による近接権行使及び国籍確認のための臨検権行使という形をとったものと考えられ、ミサイル運搬という事実が判明したとしても、それ以上の措置をとることができないとして釈放したものと見なければならない。
(2)海上テロ防止及び大量破壊兵器の拡散防止
 2001年9月11日の同時多発テロ事件及び海上テロ事件を受けて、海上のテロリズム行為を防止し、大量破壊兵器の拡散防止を目的として、このローマ条約を改正する動きが活発化した。2002年8月にIMOの法律委員会(LEG)に提出された米国提案(LEG 85/4)とその後の審議状況によれば、人に危害を加える目的で爆発物、生物・化学物質、放射性物質を保持、運送、使用等を行うこと、同物質を用いて威嚇すること、テロ関係条約上の犯罪を犯すために同物質を運送すること、さらに化学兵器、核兵器及び生物兵器を輸送・運送することなどを新たにローマ条約上の犯罪行為と指定する(第3条)。その上で、海上における執行措置について、締約国は、自国官憲がいずれかの国の領海外の海域で本条約上の犯罪行為に関する容疑船舶に遭遇した場合、容疑船舶が主張する国籍国に国籍確認を要請し、それが確認された場合には、その旗国に対して同官憲が当該船舶に対して適切な措置をとることを承認するよう要請する。旗国は、要請国官憲が、当該船舶の本条約上の犯罪行為の有無を確認するため、当該船舶に乗船、捜索及び質問することを承認することができる。他方、容疑船舶が主張する国籍国への国籍確認要請に対し、4時間以内に回答がない場合には、要請国みずから、当該船舶に乗船し、その国籍証書等を検査するとともに、犯罪行為の有無を確認するため捜索し、質問することができる。これらの措置の結果、犯罪行為の証拠が発見された場合、その後の追加措置は旗国の承認を必要とするが、旗国は要請国(証拠発見国)の官憲に、当該船舶、積荷及び乗船者の拿捕を承認することもできる。
 このようなローマ条約の新たな海上執行措置についての枠組みは、容疑船舶への国籍確認のための近接権と犯罪容疑に関する臨検権の両者を含み、執行措置については旗国の承認を前提としながらも、4時間ルールを盛り込もうとしている点などを見れば、従来の条約の枠組みを越えるものであり、最終的にどのような形となるかは予断を許さないものである。
 
※本報告は、平成15年度の中間報告書の再掲である。


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