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4. 前部エントランス・ホール
 ラウンジから前部エントランス・ホールに出ると、いきなり3重に重なる階段の構成美に圧倒されます。
 部屋の中央をいっぱいに占める複雑な階段構成はいささか不便の趣(おもむき)を感じないでもないのですが、機関室からの排気を煙突に導くための煙道をどうしても通さねばならない経路として、やむを得ない措置(そち)だったようですが、出来上がってみると今までにない新鮮さが感じられ評判となったようです。
 互いに交叉(こうさ)する階段の側板は国産の天然材で形成されたクリアーラッカー仕上げ、柾目(まさめ)の文様がしっとりと部屋全体を支配する中、階段の中央にはアルマイト板に蒔絵で松田が描いた「尾長鶏(おながどり)」が美しく広い空間に輝いて見えます。
 
5. 一等読書室
 前部エントランス・ホールを通り抜けると一等読書室です。天井一杯、しかも前後方向に5メートルの幅をもつ書棚が内部壁面の中央を占有しています。この部屋の前後にはそれぞれ両開き扉がついていて自由に通り抜けでき、両扉とも内面一杯に縁なし鏡がはりつけてあるため長い長い鏡の像が常に部屋の長さ方向の映像を写し出すことになって、部屋の渋さとは反対に思わぬ遊び心を感じることができます。
 “八幡丸”のカラースキームを見ると、壁面の装飾は漢詩の文字を鋳造(ちゅうぞう)によって浮き上がらせ黒地に白くあしらったものとなっています。また、狭い部屋ゆえ天井が高すぎると落ち着きがなくなるものですが、この部屋については床から2メートル近辺まで天井の白を塗り下げることによってその問題を解決しています。
 
6. 一等喫煙室
 “新田丸”の一等喫煙室は、残念なことにカラースキームが残されていないので写真から推察するしかありません。この部屋の室内は、それまでのクラシック様式に比べ、実にシンプルで開放的な印象を強く受けます。
 直径30センチはあろうかと思われる黒柿の2本の柱が貫禄(かんろく)十分に正面に構えて部屋をガッチリ引き締めています。老木の肌を思わせる高貴な輝きは見る者の目を捉えて(とらえて)放しません。
 また、グラスを傾けながら談笑する渋くて気品漂う男の世界を演出するための室内の基本色は何と言っても薄紫(うすむらさき)でしょう。この色は壁や絨毯にも多く用いられる気品高い色だからです。
 中央正面には幅3.5メートルもある、3人の天女を描いた現代絵画がわずかに湾曲(わんきょく)した壁面一杯に描かれています。
 
一等喫煙室、天井にリング状の間接照明がある 三菱重工業
 
一等喫煙室、前方に天女のような女性の絵画がある 三菱重工業
 
 際だって目立つのが天井照明でしょう、格(ごう)天井のように一段上がった中央天井より、三角の断面をした丸いリング状のものを吊り下げ、内部に照明器具を仕込んで間接照明としています。これと連携するように両サイドの広く大きな角窓の上部も細長い平板を天井から吊り下げ、同じく間接照明としていて、あかりの統一感を出しています。
 照明器具類は、全て真鍮(しんちゅう)金物の手作りによる一品生産品でずいぶん高価なものだったようです。
 ソファー類についても、一等喫煙室にふさわしく内装に調和したシックで落ち着いた印象のものが揃えられています。
 
7. 中央エントランス・ホール
 エレベーターが5層のデッキを上下に結びます。中央の大階段をプロムナード・デッキからA−デッキに降りると、そこは両舷に舷門を備えた中央エントランス・ホールです。
 一等船客は先ず(まず)この広間に乗船の第一歩を印す(しるす)ことになります。
 中央には穏やか(おだやか)に湾曲したカウンターのある案内所が、またその向い側にはこの階を上下に結ぶ廻り階段が設けられています。
 このエリアは、今までのプロムナード・デッキを巡って来た目には天井が低く、ややうっとうしい気分を感じなくもないのですが、寸法的に600ミリの差があるので致し方ない所でしょう。プロムナード・デッキの天井が高すぎたのかもしれません。
 
 
中央エントランス・ホールと案内所、中央奥に左舷の舷門が見える 世界の艦船


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