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劇場アニメ主題歌と成立過程
 
井上あずみ(歌手)
『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』の主題歌等多数。
 
宮崎アニメの歌は19年前の『ラピュタ』から
 
 森川――本日は最終講義で、ゲストスピーカーとして井上あずみさんをお招きしています。井上あずみさんは、『天空の城ラピュタ』のテーマ曲を歌っていますし、『となりのトトロ』のテーマ曲も歌っているので、皆さんよくご存じだと思います。さっそく1曲目を歌っていただきましょう。曲は『となりのトトロ』のオープニング曲、『さんぽ』です。
 
【イントロ始まり井上さん登場。歌唱『さんぽ』】
 
 井上――早稲田の皆さん、こんにちは。『さんぽ』を知っている人、手を挙げていただけますか・・・うわ、ほぼみんな。ありがとうございます。『となりのトトロ』は1988年の作品です。16年前ですから、公開当時に映画を見た人は少ないと思います。『天空の城ラピュタ』がちょうど19年前の作品ですから、皆さんが生まれたころに『ラピュタ』が生まれたんですね。
 『魔女の宅急便』は、比較的最近なので見たことがあると思います。『魔女の宅急便』は荒井由実さんが主題歌を歌っています。『ルージュの伝言』と『やさしさに包まれたなら』ですね。私は何を歌っているかというと、映画のなかでジジとキキがほうきに乗って海を渡るシーンで流れるメロディーにすてきな詩をつけたイメージソング、『めぐる季節』という曲を歌っています。そういった宮崎駿さんのスタジオジブリのいろいろな作品で歌っています。今回はマンガ・アニメ講座の最終回という、すばらしいときに呼んでいただいてとてもうれしく思っています。短い時間ですがよろしくお願いします。
 
【拍手】
 
 井上――では、『となりのトトロ』を歌います。童心に返って聞いてください。
 
【歌唱『となりのトトロ』】
 
 森川――ありがとうございました。ここで少し私のほうから質問をしたいと思います。
 
 井上――どうして森川先生と私が知り合いかというところから。
 
 森川――そこから言いますか。『ブラック・ジャック』『犬夜叉』『名探偵コナン』のプロデューサーをしている諏訪道彦さんは私の友人なんですが、かつ井上さんの友人でもあるんですね。2001年でしたか、新宿歌舞伎町で毎年行われている忘年会に行ったときに井上さんとお会いしました。そこでぜひ次にこういう機会があったら来てくださいとお願いをして、それで今日に至った経緯があります。3年越しのラブコールです。
 
 井上――森川さんとはご無沙汰していたのですが、こういうかたちで呼んでいただいて、とてもうれしいです。先ほどの『さんぽ』は、幼稚園や保育園で必ず歌う曲なんですね。いまは小学校低学年用の音楽の教科書にも載っているくらい、すごく有名な曲になっています。私はいま、全国各地でファミリーコンサートを行っているのですが、19歳ぐらいの男の子や女の子の前で歌うのは初めてといっていいぐらいです。
 
■ 宮崎アニメにおける音楽
 
 森川――井上さんはお若く見えますけれど、歌手デビューして20年以上になります。デビューしたきっかけを教えてください。
 
 井上――もう歳がわかってしまうのですが、高校を卒業してデビューしました。アイドルデビューだったんですね。森尾由美さん、いとうまい子さんが同期です。そのときに松田聖子さんとか中森明菜さんといったすてきな先輩がいて、あまりにも先輩が売れていたので私たちはあまり売れなかったんですね。それで、歌手をめざして金沢から出てきたのに、タレント業、レポーターの仕事をはじめ、映画にも出ましたし、テレビの仕事などが多くなったんですね。
 
 
 なかなかいい曲にめぐりあわないなと思っていたときに、レコード会社のお友達の方がいらして、「『風の谷のナウシカ』って知ってる?」と言われたんです。「私、大好きです。見たことがあります」と言ったら、「それをつくった宮崎駿監督の最新作で『天空の城ラピュタ』という作品があるのだけれど、そのエンディング曲を歌う女の人を探しているんだよ。何人もオーディションを受けたけれどイメージにあう人がいないので、もしよければ、あずみちゃん受けてみる?」と言われて。私はそのときフリーだったんです。そして、宮崎監督と高畑勲監督に、とりあえずいままで歌った曲を聴いてもらってOKだったら、その曲を仮歌で歌ってみようということになって、カセットテープに何曲か持っていきました。そうしたら宮崎監督が、「ああ、この子は本当に歌手だね」と言ってくださったそうです。
 その後に音楽を担当している久石譲さんの事務所に行って、何と久石譲さんのデモテープを聞かせていただいたんです。それでこういう感じに歌えばいいなと思って、久石さんのスタジオに行って歌たったらOKでした。その1週間後に本番で行ったら、メガネをかけた方がいらっしゃって、その方が宮崎監督だったんですね。
 実を言うとこの『君をのせて』という曲は、3、4回しか歌っていなかったんですよ。もっとびっくりなのは『さんぽ』の方で、この曲はもともと杉並児童合唱団だけで歌うはずだったんですけれど、たまたま仮歌で私が歌ってくれと頼まれて歌ったものなんです。
 
 森川――この寄付講座にも宮崎駿監督を呼ぼうとしたのですが、なかなかOKが出ないのでちょっと残念です。宮崎監督はどういう方なんでしょうか。
 
 井上――最初にお会いした『ラピュタ』のレコーディングのときは、まだあんなに髪の毛が真っ白ではなかったですね。映画をつくればつくるほど、精神的に大変なのかなと思いますが。宮崎監督って、学校の先生かなと思うぐらい、とても知性的な方です。いつも外国の絵本を持っているんですよ。宮崎監督はアニメーションをつくる前は絵本作家になりたかったらしいんですね。とても勉強熱心な方です。
 
 森川――『となりのトトロ』も『君をのせて』も、作詞は宮崎駿さんでしたね。
 
 井上――『ラピュタ』で初めて作詞されたそうですが、あれは実は作詞のために書いたものではないのです。映画のなかで使った音楽はサントラ(サウンドトラック)といいますが、こんな感じの映画ですよというのを音楽で表わしたものをイメージアルバムといいます。そのイメージアルバムで「こんな感じの音楽をつくってほしい」というのを久石さんに伝えるために書いた文だったんです。久石さんはそれを見ていい詞だと思ったので、メロディーをつけて曲をつくったのだそうです。
 
 森川――宮崎駿監督のアニメにおける音楽の位置づけは、どのように捉えたらよろしいでしょうか。
 
 井上――いまのテレビや映画のアニメーションの音楽は、どちらかというと作品の内容と違っているケースが多いですね。タイアップしたレコード会社が制作費を出して、その会社のアーティストを売りたいがためにつけるからです。しかし、宮崎監督の作品、あるいはスタジオジブリの作品は皆そうですが、音楽も歌も全部作品の一部なんですね。タイアップではないんです。
 たとえば『ラピュタ』はよく、テレビの金曜ロードショーで放送されるのですが、一番初めに放送したときは私の歌は入っていなかったんです。番組は2時間ですが、『ラピュタ』は2時間4分あって、この4分が歌だからです。そうしたらすごくクレームが来たそうです。「あの曲があって『ラピュタ』が完結するのに、なぜあの曲が入らないんですか」と言われたらしいんですね。それぐらい、音楽も主題歌も作品の一部になっているんですね。だからスタジオジブリの作品は最後まで見て飽きない。映画館でも、みんなクレジットを最後まで見ますよね。こういうところにスタジオジブリの音楽に対する愛情があると思います。
 
好きなジブリ作品
 
 学生――アイドル時代などに、ほかにも仮歌の経験はありますか。
 
 井上――あまりありません。皆さんも夢があると思うんですが、私も小さいころから歌手になりたくて、地元の合唱団に入ったり、歌謡研究所に入ったりして、1週間に1〜2回、学校が終わった後にレッスンに行っていたのです。本当に歌手になりたくて、『スター誕生』とか『君こそスターだ』とか、いろいろなオーディション番組に出て、やっと歌手になったので、どちらかというとそれはなかったです。ただ『強殖装甲ガイバー』という、ちょっとマニアっぽいマンガが映画になったものがあるんですが、そのときは仮歌を歌いました。それから、久石譲さんにすごくかわいがっていただいているんですが、久石さんもアニメ以外にいろいろな映画の音楽をつくっていらっしゃるので、その映画音楽で何曲が仮歌を歌いました。
 
 森川――アイドル時代の曲はどういう曲ですか。
 
 井上――『スターストーム』という曲です。
 
【歌唱『スターストーム』の一節】
 
 井上――もうなくなってしまいましたけれど、リバースターレコードというポニーキャニオン系列で発売されていました。
 
 森川――いまはどういう活動をされているんですか。
 
 井上――スカイパーフェクTVやケーブルテレビで放送されているキッズステーションというチャンネルで、15分間の『すきすきキスゴン』という子ども番組があるんです。大きな恐竜の子どもが出てくるんですが、そのキスゴンと一緒に全国を回っています。火曜日と木曜日の朝の番組です。
 
 学生――ジブリ作品で何が一番好きですか。
 
 井上――やはり『ラピュタ』です。一番好きな場面はどこかというと、ロボット兵が火に囲まれて、それでもシータとパズーを助ける、あそこがいつも泣けます。すごく大きくて凶暴なんだけれど、心やさしいロボット兵。
 あなたは何が一番好きですか。
 
 学生――マンガのほうの『ナウシカ』です。
 
 井上――『アニメージュ』に連載されていたものですよね。知っていますか、あれを宮崎監督は鉛筆で描いていたんですよ。普通マンガはGペンを使いますが、宮崎監督はすごく濃い鉛筆で描いていたんです。
 
宮崎監督の話から思いついた娘の名前
 
 学生――今後また、宮崎監督のアニメで歌われる予定はありますか。
 
 井上――そういう予定はいまのところないのですが、宮崎監督とはずっとお友だちでいたいと思っています。実を言うと私は9月に子どもを生んだのですが、「ゆうゆ」と名づけました。字は「侑夕」です。夕方を人生の晩年とすると、年を取っても周りにたくさん人が集まるようにという願いをこめました。
 この名前にはわけがありまして、お腹がちょっと大きかったときに宮崎監督に何年ぶりかでお会いしたんです。いまやアカデミー賞監督ですから、偉くなってしまってなかなかお話できないかなと思っていたら、なんと宮崎監督自ら玄関まで迎えに出て来てくださって、「よく来てくれたね」と。『ラピュタ』『トトロ』のときキャンペーンで全国を一緒に回ったんですけれど、そのときと同じぐらい腰が低くて、大監督になってもすばらしい人だなと実感しました。そのとき1時間ぐらいお話をしたんです。
 宮崎監督は2005年1月5日で64歳になられるんですが、外国にもよく行かれるということで、「日本の老人はかわいそうだ」と言うのです。どうしてかというと、「外国に行くと、すごい格好いいおじいちゃん、おばあちゃんがたくさんいるよね。どうして日本は老人ホームというと、空気がきれいだといいながら、人があまりいない所に建てるんだろうね。歳をとればとるほど人恋しくなるじゃない。僕は絵を描き続けるけれど、年を重ねるほどたくさん人が集まるような、そういう人生を送りたいな」と言ったんですね。
 そのときに、自分の娘にも、歳をとったときに周りにたくさん人がいるような人間でいてほしいな、そういう人生であってほしいな、と思ってこの字にしました。宮崎監督は本当にいい人です。さすがに、ああいう絵を描かれる、お話を書かれる方だなと思います。
 
 
 井上――今回は外国の方もたくさんいらっしゃっているのですが、スタジオジブリの作品は海外でも大人気です。実を言うと、ちょうど『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞を獲ったときにドイツのデュッセルドルフとゾーリンゲンに行って歌ってきたり、香港でも「マンガ節」といって8月に3日間か4日間ぐらいで35万人ぐらい集まる、コミケ(コミックマーケット)とゲームショーと全部一緒になったようなすごいショーがあって、そのときも呼ばれて行きましたが、日本のマンガがこんなに売れているんだと驚くぐらい、すごかったです。みんな北京語や広東語になっていて、びっくりしました。
 
 森川――日本のマンガ・アニメは11兆円産業と言われています。自動車が8兆円ですから、わが国最大の輸出産業といえばマンガ・アニメです。
 では最後に1曲歌っていただきます。
 
 井上――『天空の城ラピュタ』のエンディング、『君をのせて』です。
 
【歌唱『君をのせて』、アンコールで『めぐる季節』】
 
 井上――きょうは本当にありがとうございました。ぜひコンサートにも遊びに来てください。
 
【拍手】







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